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二十八話 情報戦

「それで......つまる所、剣の腕を確かめようと振り回していたら知らぬ間に地面を斬っていたのですね?」


そう言って目線をジッと向けてくるのは、ベガン伯爵。

場所は、学長室だ。

怪訝な空気が、鬱陶しいほどその存在を主張して二人を包んでいた。


「え、ええ。まさか切れるなんて思いもしなかったの......」


実力で言えばレインのほうが圧倒的に上だが、今この学院内で見れば立場は逆転する。

べガン伯爵は、レインの上司だ。


「就任初日に道場を切り刻んだ教師なんて、長いこと生きてきましたけど見たことがありませんよ」


ため息とともに言う。

レインはぐぅの音も出なかった。


「本来ならば懲戒免職ですが、あなたの場合はそうも行きません。どうしたものか」


ポクポクと変な時間が過ぎた。

無駄な悪さはせず大人しくして、そしていつか信頼を勝ち取って自由に外に出入り出来るようになろう、と考えていた矢先の出来事だ。

本当に面目ない。

しかも就任初日であったのだから、なおさらだ。

伯爵がしばらくの思考の後とうとう口を開いた。


「決めました。あなたの給与を減らします。本来であればもっと重いのですが、王から”彼女だけは外に出すな”と指示されているので仕方ありません」


やはり、まぁ予想はできていた。

問題は、その額である。


「えっと、一体どのくらい.......」


「そうですね、5割と言ったところでしょうか」


......死活問題であった。

レインは、一礼をして学長室から出る。

彼女の最初の授業がもうすぐに迫っていた。

陰鬱な心持ちで学院の廊下を歩くのだった。


しばらく後。

場所は、第三剣術道場。

ちなみに、レインが切り刻んだのは第一剣術道場だ。


レインがその場所に到着する頃には既に生徒は集まっていた。

ついでに、最初の授業と言うこともあってかシェイン教諭が同伴している。

彼とレインとの間に、幾分のぎこちない空気が流れた。


「せんせー、なんかあったんですか?」


そう言って近づいてくるのは、男子生徒の一人だ。

流石は将来有望な騎士の卵、無駄なところに感がいい。

あんまり変な態度を取って勘ぐられたりしては威厳に関わるので、なんでもないわ、と適当に返事をしておいた。


そうして、授業が始まる。

レインは一体何を彼らに教えようかと、一晩考えてきた。

どうやって教えるかも、全く全てが手探りなので不安が募る。

これ以上学院内での評価を落としては、自由な行動すら出来なくなってしまうかも知れない。

普通の生活と一概に言っても、中々に難しい物があるのだと改めて実感した。


目を生徒に向ければ、指定の実践用の鎧を身に着け、道場に一列にきちんと整列しており、教養の良さが伺える。

彼らは新しい先生の言うことを、今かと待ち構えているようだった。


「最初に皆に聞くけど、戦いで一番重要な物って何かわかる?」


シェイン教諭が、ほう、と驚くような顔をした。

カリキュラム的に言えば、彼らが学ぶ中に戦術や基礎教養の時間はある。

が、しかし、大半を締めているのは剣術の実践の時間で、果たして授業の内容が本当に身についているのか一抹の不安が残っていた。

レインは、果たして教養の時間の内容がきちんと頭の中に入っているか、それを確認したかったのだ。

ちなみに、教科書の最初の方に、情報を得る事が第一と書いてある。


はい、と奥の方の男子が手を挙げる。

黒い髪の毛の、見るからに質実剛健な生徒だ。

レインは彼を指名した。


「情報である、と言うのは教科書に書いてあります。しかし、自分の意見はやはり剣の腕だと思います」


「ありがとう、そうね、学習した内容は身についているようね。理由はわからないのかしら?」


覚えてはいるのだな、と感心した。

ただ、納得はしていないらしい。

やはり剣術の時間に比重をかけすぎているが為か、情報の有用さに気づいていない。


「はい、自分は剣の腕を研鑽(けんさん)するためにこの学院に来ました。なので、剣を鍛えてこそ一人前になれると考え、なので情報の重要性が理解できません」


随分と硬い言い方だ。

授業の内容を覚えていて、しかもこうしてすぐに言える所からして真面目な性格なのだろう。

だからなのだろうか、自分の意思を曲げない、悪く言えば頑固さも垣間見える。


「そうね、じゃあ、教えてあげるわ。前に来てちょうだい」


いくら授業の内容を文字で反復したところで、体験しなければ意味がない。

生徒は、一瞬驚いた顔をしたが、意図を理解したらしくすぐにこちらに来た。


「私を魔物だと()()して、あなたならどうやって倒す?」


釈然と言い放つ。

一瞬、生徒達がザワついた。

言われた当の本人は、ポカンとした表情でレインを見つめている。

が、程なくしてピシッと持ち直し、きっぱりと答えた。


「剣で、両断します」


「そう。やってご覧なさい」


その声に生徒達は更にざわつく。

こんな教育を受けた事は、無いのだろう。


「い、いや、しかし......」


言われた男子も、流石に戸惑っている様子だ。


「大丈夫。本気でかかってきなさい、じゃなきゃ意味がないもの」


背丈はレインより高く、彼から見れば同い年くらいの少女だ。

戸惑う気持ちも分かる。

しばらくの間が空いた後、男子生徒はようやく剣を抜いた。


「では、行きます」


覚悟を決めたように、スゥ、と息を吸い込む。


「──トリァ!!!」


鋭い一閃だった。

ヒュッと高い音を立てて剣は迫る。


ガシッ。


そして、その全ての力は一斉に失われた。

気迫のこもった最高の一撃は、レインの片手で防がれた。


「良い攻撃ね。魔術を使って剣を加速させて、見えない程の速度で相手を斬る。日頃の成果が表れてるわ」


大きな力を加えられプルプルと震える切っ先を、五本の指でしっかりと抑えている。

しばらくして男子生徒がようやく力を加えるのを止めたことを確認して、離した。

息を呑んで見守っていた生徒達が、途端に、先程より更に大きな声で、ざわついていた。


「それで、今のは何でそうなったか分かったかしら?」


自分の、渾身の一撃を軽々と防がれて呆然としている彼に問うた。

ようやく我に帰ると、ポツリポツリと言う。


「自分の......剣の腕が劣っていた、のでしょうか......」


聞いてレインは、まだそこに固執するのかと半分呆れる。

そんな所では、無い。


「いいえ。

あなたがこの先どれ程剣の腕を磨こうと、さっきと同じ剣じゃ同じ結果に終わるだけよ。

あなたは知らなかった、私が反射速度を上げる魔術を使っていたことを。

だから、いつまで経ってもその剣じゃ私に届かない。

でも、今反射速度の魔術を使っていることを知った。

次からはどうする?」


もちろん、そんな魔術は使っていない。

レインの素の反射速度だ。

けれど、そうでも言っておかねば()()()()した反射速度に言い訳がつかなかった。

しかしそれを聞いた男子生徒は、ハッと見上げると何かに気づいた様子で答える。


「魔術を使って、範囲攻撃をします」


「その通り。

これで私に少しは届くようになる。

敵を知らないというのは、すなわち負けると言う事。

剣の腕だけじゃなく、知識も蓄えなさい。

じゃないと、あなたより弱い人にも負けるわよ」


彼女の最初の授業は、その後もつつがなく進行し、そして終わった。

生徒と教諭、双方からの評価は良好であった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


月下、涼しい風が(なび)く。

レインの長い銀髪が、フワリと舞う、白い月光を反射して。

場所は、学院の屋根の上であった。


「初日はとても良い授業をされたようですね。やはり私が見込んだだけの事はある」


後ろから、低く響く声が。

その主は、バーレ・ガレイ王国国王、またの名を、強欲の魔王。

国の中でも限られた人しか知らない国家の闇だ。


「聞きたいことがあるのだけど」


レインは、彼の降り立つかなり前から、その接近を知っていた。

高高度を異常な速さで接近する人間の形をした機械。

地平線の果てから現れた瞬間に、国王だと分かった。


「なんでしょうか? と言っても、おおよその予想は付きますが」


「なぜ私をこんな学院に閉じ込めたの?」


カチャ、と機械の足が着地する音が聞こえる。

魔術だろう、自分は自由の身か、忌々しい。


「それはそれは。そんな事ですか。察しの良いあなたならもう分かっていると思っていたのですけどね」


隣に立ち、月を見上げる。

大きく耳まで裂けた、金属の顔が不気味に反射した。

ユラリ、と月光がその表面を撫でる。


「合理的に考えた結果です。

全ての研究機関は、王城の内部、またはその近くに位置しています。

いくら取引をしたと言えど、お膝元に魔王などという存在を置くわけには行きません。


けれどこのブレンドウェイ魔術学院だけは、それなりの研究施設を併設していますが、それでいて王都からは離れています。

しかもあなたが()()()()時にしばらく足止めできそうな人員も、数名いる。

更に、あなたを退屈させないように仕事も用意できる。


こんな場所はここ以外に有り得ません。

様々な可能性を考慮した結果、ここに落ち着いたのですよ」


よく言えた物だなと苛立った。

”裏切った”?

こんな所に閉じ込めておいて、その物言い。

何という身勝手だろうか。


「へぇ、あんな陳腐な魔物を二体程度配置しておいて、それで私を押さえつけれると本気で思っているのね。合理的に考えれても、慢心が過ぎるんじゃないの?」


障壁に、魔物に、あとは兵器か。

この学院の戦力は把握しきれていないが、今の所は自分を止めるには遠く及ばない。

見縊(みくび)られた物だと月を見上げた、その時。


「あなたこそ、慢心ですね。国の最高峰の研究機関をナメられては困ります。ここには、悪魔がいるのでね」


ジッと静寂が流れる。

とても不穏な物言いだ。

この学院には、自分を足止めできるほどの魔物だ居るというのか。

一瞬その正体を聞こうと口を開きかけたが、やめた。

おそらくこれ以上踏み入っても何も言わないだろう、自分を牽制するためにあえて言ったのだろうから。

代わりに、気になっている事を聞く。


「それと、もう一つ。

あなたべガン伯爵に、あの子達に、ジェネアに、サラに、一体何をしたの?


......いいえ、言い換えるわ。


()()()()()で魔力の無い、記憶を失っている人が散見されると聞くわ。

その人たちに何をしたのか、言いなさい」

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