二十七話 白状
翌日。
レインはびくびくしながら立っていた。
場所は、「騎士育成館」第二教室の後ろである。
「えー、連絡が二つある。一つ目。今日の未明。剣の道場に何者かが荒らしたとみられる斬撃跡が発見された。心当たりのある者は申し出るように」
無精ひげを生やした強面の先生が、ズラッと礼儀正しく各々の机に座った生徒を見て、告げた。
レインは立ちつつ、冷や汗をかきながらその様子を見守っている。
マジかよ、酷いな、てかそんな実力者いたか?......
生徒が若干ざわつく。
「皆も知っているだろうが、騎士と言うのは武術だけでは通用しない。己の心身も剣に負けないほど強靭な鋼としてこそ、騎士たるのだ。その点、今回の出来事は全く許しがたい一件であり、断じて容認できん。犯人は、皆の前で申し出ることが出来んのなら、今日中に申し出るように。自分から申し出た場合は成績に影響することは無いだろう、以上だ」
生徒が互いに疑うような目線を、あちこちに向ける。
レインの方に目線を向ける者は、数人だったが、そのたびにまさかバレたのではと焦る。
あとで謝っておかねばなるまい......
「それで、二つ目だが、剣術の授業に新たな先生を迎える事になった。レイン先生、前へどうぞ」
強面の先生が手をこちらに向けると同時に、ゾワァと教室中の目線が自分に集中するのが分かる。
期待、同様、緊張......あらゆる感情が混ざっているであろう目線だ。
けれど、その中でも一番多いのが、蔑視だった。
分からなくはない。
生徒の大半は、男子である。
レインより、言うまでもないが、身長は高いしがたいもある。
日々鍛錬に励んでいるのだろう、その身体は騎士として国を守るという使命を果たすが為に、十分なほどのポテンシャルを備えていた。
そんなところに突然現れたのがレインである。
自分より身長も低ければ筋肉もない。
およそ剣術に向いているとは思えないだろう。
見下したくなる気持ちも分からなくは無い。
彼らの名誉の為に書いておけば、もちろんそんな生徒ばかりではない。
新しい先生として歓迎するような目線を向けてくれる生徒もいた。
特に少数派である女子からの目線は、かなり輝いている。
女、と言うだけで嬉しいのだろう。
「では、自己紹介を」
強面の教師が教卓の前を譲る。
見回してみれば、十人十色の顔に、統一された服装という光景が何とも奇妙で違和感を覚えるが、そんな事を気にしていられない。
「レインと言うわ。今日からあなたたちに剣術を教えます。よろしく」
簡単な挨拶。
きょとんとしてこちらを見つめる生徒。
何を言うのか全く用意していなかったレイン。
微妙な空気が、朝の教室に蔓延した。
「はーい、レインせんせー!」
ヘンな空気にいたたまれず退散しようとしたレインに、どこからか生徒の声が聞こえてきた。
後ろの方で手を挙げる金髪の男子生徒が一人、見える。
「おい、ハンニバル! ふざけるのは......」
「いいえ、大丈夫よ。何か用? ハンニバル」
戒める口調の男性教諭を、レインは遮って言った。
彼らからしてみれば自分は、いきなり中途半端な時期に現れた剣術にはおおよそ向いていなさそうな先生だ。
質問の一つもしてみたくなるだろう。
ハンニバルと呼ばれた生徒は立ち上がり、一瞬軽蔑するような目線を男性教諭に向けてから、レインに問うた。
「あのー、レインせんせーは強いんですかー?」
口調が最早完全にちゃかしに来ている。
一体どうこたえよう物かと一瞬思考してから、妙案を思いつく。
「そうね、どのくらい強いかと言われれば......」
......ピト。
「あなたを、今すぐに、殺せるくらいには強いわ」
彼の座っていたのは、教室の一番後ろ。
このくらいの距離ならば人間の目には見えない程度の速度で移動することは出来る。
レインは、ハンニバルの首筋に指をピタッと当てた。
「この指がナイフならあなたは死んでたわ。見た目がどうであろうと、油断しない事。いい? そうじゃなかったら、戦場では真っ先に死ぬことになるわよ」
静寂が教室を支配した。
ゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえる。
「......は、はい分かりました、すいません......」
答えるハンニバルの語尾がだんだんと小さくなっていく。
「他に質問のある人は?」
レインは教卓の前に戻りながら聞いた。
誰も手を挙げない事を確認してから、ちょこっとだけ頭を下げる。
「それじゃあ、今日からよろしくするわ」
顔を上げて再び彼らを見れば、最早軽蔑の目を向ける者などいなかった。
驚き、畏怖、それに近いものがあった。
少々過激な気もしたが、まあ適正範囲内だろう。
彼らの次の授業は魔導学らしい。
レインと男性教諭は、教室を後にした。
「いやぁすごい腕前ですね! 一体どんな魔術を使ったのです? 予備動作なしの瞬間移動なんて私初めて見ました! 流石国王直々の推薦と言うだけあります!」
教室をでるなり、男性教諭は興奮しつつ言う。
が、期待を裏切るようで申し訳ないが、あれはそんなたいそうな魔術では無くただ移動しただけ。
が、表向きは魔術という事にしておいた。
それほどでも、と謙遜しつつ言っておく。
「あの、ちょっといいかしら?」
教室を出て少し行ったところで、教諭に話しかける。
「どうしましたか? レイン先生。あ、申し訳ありませんね、私の名前はシェインです。呼び捨てで構いませんよ」
生徒の前では強面の表情だが、こうして話せばその面影はあまり感じない。
むしろ優しいおじさまの雰囲気さえ感じる。
上手な顔の使い分けだな、と感心したがそんなことはさておき。
「あの、剣の道場の件......」
「はいはい、それがどうかされましたか?」
シェイン教諭は歩きながら応答する。
生徒の前ではあれだけの恐怖のオーラを発していたのに、今は驚くほど穏やかだ。
が、それにしても、レインは語を継ぐのに少々の時間をかけた。
「あれ、実を言うと私がやってしまったのだけれど......」
微妙な雰囲気が、きょとんと流れた。
この学院にこれまで、配属初日で道場を切り刻んだ教師などいただろうか?
シェイン教諭はピタと立ち止まり、ゆっくりとこっちを向いた。
「えっと、それは本当に......」
彼も戸惑っている。
仕方なかろう、レイン自身も道場の惨状を見たときには相当焦った。
あのまま口を閉ざし知らないふりをすれば万事は何事も無かったかのようにいずれ時が解決するだろうが、教師が生徒をいつまでも疑う等と言う状況をそのままにしておくのも申し訳ない心地がしたし、何より自分の罪を隠すというのはどうにも性に合わない。
隠し通せて嬉しい事なんて無いのだから、白状しようと考えた。
「ええ、そうなの。わざとでは勿論無いんだけど」
「それは......そうですか、わかりました。何とか対処しましょう」
彼は微妙な、戸惑うような顔を露骨に浮かべ、踵を返して再び歩き始める。
レインは、ああ、やってしまったと後悔した。
ついつい悦に入ってしまい剣を振り回してたら......なぜあんな事に。
クビになるならなるで、むしろ解放されて嬉しいのだが、その可能性はうすい。
はぁ、とため息をつく。
一体どんな罰を言い渡されるやら......。
一教師として、全く面目ない。
レインの、教師としての最初の活動は、白状だった。
更新されないときは活動報告を見てください。エタる事は無いです。




