二十五話 ブレンドウェイ魔術学院
合縁奇縁とはよく言うものだ。
まさか、自分を解放してくれるに至った人物とこのように出会うことになるなんて。
パタッと手紙を閉じ、不思議そうな顔で見つめるサラとちびっ子二人に問う。
「ブレンドウェイ魔術学院って今からだとどのくらいの場所にあるの?」
何気なく問うレインとは裏腹に、見つめるサラの表情が、段々と驚きに満ちていった。
もはや、彼女が何かを言う前から何を言うか理解できるような気がする。
サラは思っている事が顔に出やすいタイプなのだろう。
「ブ、ブレンドウェイって......レインちゃん、本当に?! 王様直々の推薦文?!」
手紙をサッと奪われた。
サラの口調からしてこの国の一番の研究機関だろう。
レインの捕らわれる前は”魔法大学”という名称で世に存在していて、レインも2年間ほど在籍した。
魔術を習うと同時に、自分で独自の魔法を開発、研究することができる機関で、なかなか楽しかった思い出がある。
名称は変わっているが、役割は似たような物だろう。
教員としていくわけで立場は変わっているが、大体のイメージは出来ている自信がある。
「ええ、そうよ。ごめんなさいね、今日一日はゆっくりしたかったのだけど行かなきゃいけないみたい」
手紙をサラから取り返し、封筒にしまう。
机の上に伏せて置いておき、食事を再開した。
「ブレンドウェイってこの国の最高峰の魔術研究機関だよ......。レインちゃん、王様と何してきたの?!」
サラの言った言葉に、レインは反応する。
微笑んで返事をごまかしつつ、最高峰の魔術機関という文言に自然と心が躍ったのだ。
そうか、今の時代の最新の魔術が学べるのか。
自分の担当は剣術という事だが、それはそれでうれしい。
捕らわれる前に自分が習っていたのは、剣術、光学魔術、そして為政学。
中でも剣術はレインの得意とするところで、主席の座を争うこともしばしばあった。
最新の魔術を学びながら、おそらく風変わりな剣術であろう自分の剣裁きを、生徒に教える。
何とも楽しそうでは無いかと、レインは思わず頬が緩んだのだった。
見れば、サラが、あーごまかした、等と適当な事をつぶやいている。
若干肌寒い初秋の朝に、レインは温かい紅茶をすすり、フーっと一息を着いてから天井を仰ぐ。
思わぬ出会いと学びの時に、期待で胸が膨らむのだった。
しばらくして、一行は朝食を食べ終えた。
部屋に戻って、一応の荷造りをする。
と言ってもあまり持っていくものは無くて、手紙をポケットにしまい、なけなしの運賃を握ったら準備は完了だ。
剣は......ミル・シャーロッテと会敵した際に洞窟に放り投げてそのままにしてしまった。
あの時は突然の出来事で目の前がいっぱいで、剣などに気をかけている暇が無かったのだ。
仕方がない。
「レインちゃん、もう出発しないと!」
サラが入り口で呼ぶ。
ブレンドウェイ魔術学院へは定期的に馬車が走っていて、それがあともう少しで出発するという所なのだ。
「そうね、ごめんなさいね、遅れちゃって」
行きと帰りの運賃の計算に予想外に手間取った。
ギリギリ足りると言ったところか。
走って行けばいいのだが、人目が怖い。
あまり出る杭にならぬよう細心の注意を払うのだが、よく考えれば今の時点でもかなり出る杭になっている。
「よし、じゃあまた集合はこの宿ね! 私たちはギルドの討伐戦に協力して、お金作っておくから!」
宿の廊下を歩きつつサラが言う。
彼女たちは魔術による攻撃が一切効かないので、魔物の攻撃の囮や盾として、かなり重宝されているとの事だ。
おかげで王都でも困ることなく仕事を見つけることができるらしい。
約束とは言えど、いつまでも宿のお金を負担してもらうのは申し訳ない。
早いうちに自分で生計を立てれるようにならねばとひっそりと思うのだった。
馬車の停留所に来てみれば、人海の中に特徴的な服装の一団を見かける。
話によれば全員制服を着て、所属機関を明らかにすると同時に、団体としての意識や協調性を養い、そしてその服自体に袖を通せる事を一種の矜持とさせる事で、未然に非行を防いでるとの事だ。
なるほど合理的である。
生徒同士も互いが同じ学院に所属している事が一目瞭然でわかるので、ある意味学院と生徒の両方にとって都合のいい制度と言えよう。
心の中で感心しつつ、レインは到着した馬車に乗り込んだ。
馬車、と言うのは必ずしも馬と言う動物にけん引されている必要は無いらしい。
レインの乗った”馬車”は何やら鱗の生えたごつごつした爬虫類的な魔物によってけん引されていて、スピードもさることながら、大量に乗り込んだ生徒と多少の一般人を苦も無く運んでいる。
時折魔物の咆哮が聞こえてきて、その度に耳を抑えなければならないが、それ以外は快適であった。
ただ、どちらにせよレインが走ったほうが速かった。
その後、しばらく。
”馬車”は大きな白い門を通り抜けた。
王都からは少し外れた場所にある巨大な施設で、艶のある白い石を基調とした簡素かつ豪華な作りになっており、国の最高峰の研究機関としての威厳を余すことなく表現している。
正面にみえる巨大な白い神殿の様な建物は、太い柱によって支えられており、周りには四本の尖塔が中心の建物を見下すように建てられている。
馬車の停留所の周りは花壇があるが季節が違うのだろう、花は咲いていなかった。
けれど、周辺に生えた木々がところどころ赤くなっていて、緑がまだ主ではある物の中々に趣があって良い。
あと数週すれば木々は完全に秋の衣替えを済ませるだろう。
そんな光景にレインはうっとりと目を奪われ、周りの生徒が若干不審な目を向けながら歩き去っていることに気付かなかった。
そしてとうとう、一人の若い男子の声で我に返る。
「す、すみません。あなたは、この学校の生徒ですか?」
見れば、自分より背の高い好青年。
茶色の髪はおでこの辺りで短く切りそろえられ、服装は赤と紺色が基調の制服、まさにこの学院の生徒だ。
「あ、ええ。ごめんなさい。手紙を受け取ったから来たのだけれど、どこに行けば良いのか分からなくて......」
言って、レインはあの手紙を取り出す。
若干しわが出来てしまっていた。
青年は、それを受け取ると中に入っていた手紙をペラっと見る。
「あ、え、え!? すいません、先生だったのですか?! 生徒と思って接していました、すいません!」
そう言って、内容を見るなり頭を下げた。
周りを見れば全く同じ服を着た若い男女が若干ジト目を向けながら歩き去っていく。
当然と言えば当然か、自分は彼らと同じ背丈なだけでなく、年齢もおそらく同程度なのだから。
「構わないわよ。それより、どこに行けばいいのか教えてくれると助かるのだけど」
手紙を返してもらいつつ、尋ねる。
が、その必要は最早無くなったようだ。
後ろから、しおれた声が聞こえてくる。
「これはこれはレイン様。ご足労賜りありがとうございます。こちらへどうぞ」
振り返れば、レインの肩ほどの身長の老人が、立派なひげを携え立っていた。
レインは、対応してくれた生徒に一言感謝の意を伝えてから、老人に着いて行く。
建物の中に入ると、何ともきれいに落ち着いた空間であった。
高すぎる天井は、前を歩く老人の小柄な背中もあってかさらに小さく見える。
赤い絨毯に白い壁、所々に浮いている灯。
魔術学院の名にふさわしい様相であった。
「それで、あなたは一体何なの?」
レインは前を歩く老人に問う。
上手い擬態魔法だな、と感心した。
「おや、お気づきでしたか」
動揺など一切見せずに老人はただ歩く。
が、声色は低く震え、人間のそれでは無かった。
「当り前よ。そんな大量の魔力を放出していて気付かないほうがおかしいわ。誰なの?」
老人の背中から漂うは、王のでは無いが、匹敵する程の強大な魔力。
おそらく、第二等級魔祖のミル・シャーロッテと同程度だ。
「いやはや流石でございます。が、自己紹介はこちらの部屋でいたしましょうか」
そう言って老人は、何やら重々しい扉の前で立ち止まる。
「学長室」
茶色の、木目調の扉の横にはそう書いてあった。
老人を見れば、気味の悪い笑顔を浮かべてこちらを見つめている。
相手にしても無駄だろうと、レインは扉の前に立った。
コンコン、とノックをする。
「どうぞ、入れ」
中年の男の、太い声。
命令口調と丁寧語が混ざった、奇妙な口調だった。
「失礼します」
言って、扉に力をかける。
扉は、スムーズに難なく空いた。
「よく来た。座って、どうぞ。ロジン、紅茶を二杯頼む」
中に入れば、全く見たことの無いような光景が、かなりの主張と共に目に飛び込んできた。
きらきらと輝くシャンデリアが、何かと不自然に浮かび、所々に浮かびながら回転する本が、何やら燃え盛りながらバタバタと閉じたり開いたりしている。
クルクルと回る風車のような物は一見ただの玩具だ、蒸気を噴出してシュポシュポと音を立てていなければ。
他にも、床を泳ぐ機械人形や、天井から飴が降ってきている一角など、あげればキリがない。
混沌、カオス、無秩序、大混乱。
この状態を適当に形容する言葉は、いくら探しても見つからなかった。
椅子が、スーッと移動してきてレインの足元に止まった。
「失礼、散らかっている。が、これが魔術学院と言う場所だ、覚えておきたまえ」
そう言って、ベガン伯爵と思しき人物は、ドカッとこれまた浮いて近寄ってきた椅子に腰を下ろした。
勢いが強すぎたのか、椅子の下の部分がゴツンと床にぶつかった。
「さて、君の採用についてだが」
ロジンと指示されたあの老人が紅茶を運んできた。
二人の間に浮く木の板の上に、丁寧に置く。
「手紙にあった通り剣術の教師をしてもらう。担当クラスは後日連絡する」
ベガン伯爵はズズッと紅茶をすすった。
レインも、熱すぎないかを確認する。
......熱すぎた。
「それともう一つ。君はこの学院内のあらゆる施設に入場できる、王からのご指示だ」
紅茶を木の板の上に置いた。
「それと、あともう一つ。君はこの学院から出ることは許されない」
レインは、それまでなんとなく聞いていが、その言葉に思わず反応する。
が、何かを言える前にベガン伯爵はつづけた。
「あの四本の尖塔が見えたね? あれは封印結界の発生装置だ。君ならば破壊し外に出るだろうが......その場合は私と、あとあのロジンがそれを阻止する。王が駆け付けるまでの時間稼ぎくらいは出来よう。変な真似はしないように」
言って、手をバッと振り向け、直後──
ドォォン!!!
大爆発が起きた。
レインは、爆風をクシャルで防ぎ、何ら傷はない。
ただ、降り積もって小山のようになっていた飴が少々溶けた。
焦げ臭い。
「流石の反応速度。さぞかし流麗な剣戟を見せてくれるだろう。楽しみにしているよ」
言って、ベガン伯爵は手で退出するようにと指示する。
レインは、何も言わず立ち上がり、失礼しましたとだけ帰り際に言って学長室を後にした。
タイトルを変えようかと思っています。
変更した場合は《新タイトル》【旧タイトル】のように並べると思うので、見たことの無いタイトルがブックマークリストに並んでいても、そう言う事なんだと察していただければ幸いです。




