二十四話 非日常的な日常
夜。
レインは、宿の大きなベッドに寝転がりながら、思索にふける。
王は、果たしていつ魔王になったのだろうか。
それとも、魔王が人間の形を借りて建国したのだろうか。
引っかかるのは、あの機械の体。
当然のことながら、機械が魔物になる事は無い。
魔力で動く機械は存在するが、それが独立して意思を持って動くことなど、あり得ない。
となれば、あの機械の体を動かしている本体が、あの機械の中か、もしくはどこか別の場所にあるはずだ。
しかし、機械の体にあんな量の魔力を宿すなど......
おそらく捕らわれている間に技術が確立されたのだろう。
魔術で覆ってしまえば人間と何ら区別のつかない程精巧な動きをする機械人形。
一発撃つだけで周辺に金属を溶かす程の熱波を発する砲撃。
さらに、死んだものの意識を永遠とこの世に縛り付けておく魔術。
最後の一つは魔王の固有能力だとして、先の二つは条件さえ揃えば誰にでも扱える。
ほとほと恐ろしい時代だと、身震いした。
その後もしばらく思案し続けたが、何かと考えがまとまらなかった。
次から次へと情報が流し込まれるせいで、考えれば考えるほど見たものすべてが怪しく思えてくる。
消えた四人の人間もそうだし、魔王が統治する国家、そして不自然なまでに早く呼ばれた理由。
思えば、開放されるその瞬間から怪しい。
捕われていたルナ地下大牢獄に兵を送った何とかとかいう伯爵は、何がしたかったのか?
莫大な金をかけて兵を送り込み、その全員が全滅した。
当然戦利品など無い。
結果的に、人々にとって見れば悪であろう私を開放させる事につながって──
まさか、王国への反逆を企てているのか?
王が魔王であることを知っているが、対抗しようとその圧倒的な力の前に為すすべもない。
ならば魔王には魔王をぶつけようと、自分を開放すべく動いたと言うわけなのか?
しかし、であれば自分に接触してこないのはおかしい。
莫大な金をかけ王への反逆を企てようと魔王を開放したのならば、真っ先に協力を仰ぐべきである。
最初から今まで、もはや全ての経験が怪しく見えてくる。
「本当に......何なのよ」
ボソッと呟いた。
右ではちびっ子二人が数回寝返りをうった挙げ句、毛布をすべて蹴飛ばして大の字になって寝ている。
左にはサラが、逆に熱中症になるのでは無いかと心配になるほど毛布を体に巻きつけ、スヤスヤと寝息を立てている。
その合間にレインは、大の字になったちびっこに追いやられ、所狭しと仰向けになっていた。
こうして寝ないのも何日目だろう。
魔物は、就寝する種としない種があるが、私の場合は間違いなく後者だ。
正直言えば、暇で仕方がない。
王都を探索してみるのもよかろうが、今はやめておこう。
暇ではあるものの、不快感はなかったのだ。
訳の分からぬまま東奔西走させられ、記憶が無いと言う一団に出会い、そのうちの一人を失って、今がある。
悪い心地はしなかった。
今度こそ奪われないようにと、ひっそりと決意して、考えることを諦める。
目の前には、温かい暗闇が広がっていた。
暇な夜は、まだ始まったばかりだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
「あ、レインちゃん、起きてたんだ、おはよう......」
寝ぼけ眼を擦りながらサラが起きる。
じゃっかんモコモコした寝間着が、朝の空気に淡く輝いている。
どこかデジャブを感じる光景だ。
ただ、今回は周りに魔物の死体が転がっていないというだけで。
「おはよう、サラ。よく眠れた?」
窓辺から小鳥が、ピヨピヨと鳴きながら飛び立った。
「うん、ぐっすり! ちび共は.....まだか」
見れば、二人は大の字をさらに大きくして、ベッドの3分の2位を占めている。
寝相の悪さはサラのお墨付きだ。
「起こさなくても、急がないわよ」
外を見れば、朝から仕事なのだろう、きっちりと制服を着こなした大人が足早に通りを歩いていく。
冒険者のいい所は、休みを自由に取ることが出来るという点だ。
毎日が休日でもあり、平日でもある。
「まあ、そうだけどさ。......ねね、レインちゃん!!」
サラが何やら寄ってきた。
目が若干輝いている。
黒い長髪が、朝の陽光に照らされた。
「何? この二人をおいて外出なんてお断りよ?」
そんな事は無いと思いつつも、一応釘を刺す。
なんとなくだが、良からぬ事を企んでいるような目つきだ。
「まさか、そんな事しないよ! 違うの、あのね、昨日買った服着てみようよ!」
はぁ、と気の抜けた返事が思わず出た。
今着ている白一色の部屋着、かなり気に入ってるのだが。
が、この布切れ一枚みたいな格好で外出するわけにも行かないし、いつか着替えることになるので悪くはなかろう。
それに、正直を言えば、服を選ぶ楽しみをつい最近覚えたばかりだ。
「あら、良いわね。せっかく買ったのだし着てみましょうか」
そう返事をすると、サラはただでさえ輝いていた目をさらに輝かせ、顔を近づける。
「ね、いいよね!! 昨日ずっとレインちゃんに似合いそうな服探してたんだ、良かったぁ〜!」
言い、近くにおいてあった袋を三個程度ガサッと持ち上げると、中をゴソゴソと探り出す。
「え、まさかそれ、全部......」
何となく嫌な予感がした。
正確に言えば嫌、ではないが、何かしら良からぬオーラを感じる。
目が完全にそれだ。
「レインちゃんさ、全体的に明るい色が似合うかなーって! あとはね、やっぱりズボンじゃなくてスカートかワンピースだよね! あー、もうさ、気がついてからこう言う服の話題を一緒にできる人がいなくてさ、かと言って自分でおしゃれをするのはなんか違うし......」
早口でなにやらを呟いている。
もしかしたら彼女は自分の事を着せ替え人形か何かかと勘違いしているのでは無いだろうか。
けれど服のセンスは悪くは無さそうだし、趣向も似てる。
レインはガサゴソと袋の中身をかき回すサラを、一歩離れた所から微笑ましく見つめた。
そして、しばらくの後。
「これ、どう??」
サラが熟考を重ね選びぬいたのは、淡いピンク色の、袖のないワンピースだった。
グラデーションが、下から上にかけてピンクから白に変わっていき、美しい。
芸術的な気風も感じるが、袖の無いのだけはいただけなかった。
「半袖でもいいから袖がある方が嬉しいわ。見ていて寒そうよ」
が、予測していたのだろう、ジャーンと言いながらなにやらを差し出す。
「そう言うと思って! これどう? これなら寒くないよ!」
見れば、ほんのり薄い、空色のカーディガンのようなものだった。
適度に羽織れる程度の。
用意周到といったところか、ここまでされては文句の言いようがない。
可笑しく思いつつも、諦めたように立ち上がり、受け取った。
「そうね、いい組み合わせ。着替えてくるわ」
いって、唯一個室に分けられたトイレに入る。
何とも居心地の良い、朝方の出来事だった。
しばらく後。
レインとサラ、そしてちびっこの二人は宿の一階で朝食を食べていた。
ちょっと大きめの目玉焼きを、ナイフで切る。
「レインちゃんは、今日は用事あるの?」
サラが何やらのハムを飲み込んでから聞いてきた。
「わからないわ。今日は暇だとは思うけど......」
そう言って、目玉焼きを口に頬張ろうとした瞬間。
「あの、レイン様ですか?」
横から聞き慣れぬ女の声が聞こえてきた。
みれば、この宿の、緑色のエプロンが特徴的なこの宿の制服を着た女性である。
「はい、そうだけど何か用かしら?」
すると、女性は一通の手紙を差し出す。
差出人は、書いてなかった。
が、予想はできた。
「こちらが本日レイン様宛に届いておりました。お渡ししますね」
そう言い、女性は足早に立ち去った。
朝の混雑する時間帯、忙しいのだろう。
手紙を見れば、特殊な魔術による封印が施されていて、なるほど正攻法で解くとなれば相応の時間がかかりそうだ。
が、レイン相手に魔力による封印など意味をなさない。
さっと手をかざし、魔力そのものを消し去った。
「何? それ。あ、もしかして!」
サラが驚きの声を上げる。
ちびっ子二人も、興味津々に覗き込んでいた。
「ええ、多分そうよ」
冷静に言いつつも、レインは内心驚く。
まさか昨日の今日でもはや来るとは。
ペリペリと紙を破いて、中の手紙を取り出した。
内容は、予想の範疇であった。
『 レイン 殿
王の名の元に、貴殿を国立ブレンドウェイ魔術学院の、剣術臨時教員として任命する。手紙を受け取った当日中に行くこと。
学長べガン・アルティーヌ』
簡素な内容であった。
内容とは別に、レインは記載されている名前に目を奪われる。
べガン・アルティーヌ。
いつかベッカさんから聞いた名前。
見て初めて思い出す。
それは、ルナ地下大牢獄に大群を送り込んだ伯爵の、その人であった。




