二十三話 相互に利益のある牽制
魔王という存在が、人々から恐れられる理由が、レインは遂に理解出来た。
その存在は、人の心を持たないのだ。
自分の矜持とする物のみを追い続け、その為ならば人の命も苦しみも他の一切を歯牙にもかけない。
この男は、おそらく権力を、そして軍事力を追い求めているのだろう。
力を追求し続け、そしてその頂たる魔王へと変貌した。
「くだらない......」
ポツリと出た。
そんなものの為に、この王は労力を割き、人の命を捨て、人間であることもやめたのか。
いや、もはや思考する脳は持ち合わせていないのではないか。
機械の頭脳に詰まっているのは、人を支配する権力と、殺す軍事力への欲望だけなのでは無いか。
「くだらない、ですか......。他人の矜持は往々にしてそう見えるものです」
そして、一瞬の間が空いた。
「それにしても理解できませんね。あなたも、魔王となったならば、相応の願いがあったはずです。一体どうしてそうも理性的なのですか?」
王は問うた。
牙の生えた金属の顎は喋るためにあるのでは無いらしい。
口は動かさず、まるで腹話術のように。
その問についてはっきりいうと、レインも理解できなかった。
人間ではないという事実もすんなりと脳に染み付いてきた。
他人への共感性が欠けているという事実も、特段憂うこと無く認めた。
自分に備わった圧倒的な力が、果たしてどうして身についた等という事は、考えたこともなかった。
「知らないわ。でも、今の私は現状に満足している。もしそれを脅かすようなことがあったら、躊躇なく攻撃するわよ」
王は、そうですか、とだけ答え顔に手をかざした。
すると、王の顔は先程見たような渋い中年の顔に変わり、機械の顔は面影すら無くなった。
「話を戻しましょう。戦争についてです。どうでしょう、取引をしませんか? 戦争に参加するのならば、望む物を与えましょう」
思ってもいない事だった。
なるほど、面白い。
今度は雇われて戦う傭兵になれと言うわけなのか?
そしてそれは、かなり悩ましい条件だった。
しばらくの思考の後、答える。
「良いわよ。今から言う2つの事を条件にしてちょうだい」
王は、二つですか、と一種曇った顔をする。
が、すぐにこちらを向き直った。
「結構。ただしそちらが2つ望むのであれば私も2つ要求しますが、良いですね?」
予想の範囲内である。
相手も自分に参加してほしいはずだし、あまり無茶な要求は行わないだろう。
「ええ、構わないわ。
それで条件だけど、まず、1つ目。
私が参加したら、この国の情報全てを閲覧できる権限を私に与えること。
そして2つ目に、私が参加する戦争に限って、兵士は殺すこと。
いかが?」
シン、と謁見室が静まり返る。
窓辺に黒い鳥が舞い降りてきて、そしてどこかへ飛び去った。
「わかりました、では私からも2つ。
一つ目に、今後この国が行う全ての戦争に参加していただきます。
二つ目に、この国の専門機関で働いていただきます。
いかがですか?」
1つ目はよかろう。
というか、私が参加し続ける限り犠牲になる兵士が少なく済むのならば、願ってもいない。
2つ目には引っかかるものがあった。
専門機関とは何なのだろう?
この国の全貌をまだ把握しきれていない。
良からぬ機関に関わることになるかも知れぬ。
「1つ目は良いわよ。けど2つ目、具体的にどんな専門機関かしら?」
けれど、先の心配は杞憂だったようだ。
王の口から出てきた名称に、それと言って不自然な内容は見当たらなかった。
「そうですね、まだ具体的にはわかりません。ですが、軍部や魔導学校、魔術研究所のいずれかです。心配せずとも、あなたに危害を加えるような機関はありませんよ」
それならばそれで良い。
レインは、国に従属する代わりに、この国の情報全てを閲覧できる権限を手に入れたのだ。
戦争への参加はおまけの様なものだろう。
「結構よ。取引は成立したわね」
「ええ、史上初です、魔王同士の取引など。戦果を期待しています」
そう言うと、王はドアを開けた。
溶けて使い物にならなくなったドアを、魔力でむりやり押し開けた。
外には、執事が落ち着き払った態度で立っている。
「レイン様、こちらへ」
丁寧に頭を下げて案内する。
変わらない、品のいい執事だ。
レインは、何も言わず踵を返した。
兵士十数人の死体と、爆発痕、そして人間界の王と魔物の王、その二面性を持ち合わせている化け物を後にして。
しばらく後、王城の門についた。
「お帰りの際はこちらまでお越しください、私が馬車を手配致しますので」
門を出てすぐの場所に立ち、執事は言う。
レインは何も言わなかった。
ただ、手をかざし、この老人をがんじがらめにしている魔力を、フワッと解いた。
途端、老人の体は地面に崩れ落ちる。
この世から、命がまた一つ開放された。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ええ、レインちゃん国に務める事になったの?!?!」
そう言って驚くのはサラだ。
あの後指定されたホテルに行くと、名前を聞かれたあと部屋に案内され、部屋には店の名前が書いてある紙が置いてあった。
その店に来たらサラと出会ったという訳だ。
「ええ。王から言われたわ」
目の前に並ぶ服に、若干目を奪われつつ答える。
サラが、適当な一着を手に取った。
「す、すご......。そうと決まったらもう王都に引っ越すしか無いね!! ──あ、この服なんてどう?」
言って、レインにワンピースを押し付ける。
着心地は良さそうだったが、袖が無い服はレインの好むところでは無かった。
「袖がある服の方が好みなのだけど──、そうね。家を探す必要があるわね」
が、サラは何を聞いていたのか、その一着を手持ちのかごに入れる。
店内はレイン達より年上の客が多かったが、かと言って彼女達が浮いている訳でも無かった。
若干大人びた少女が、物静かに試着している姿も散見できる。
勿論、子供のようにはしゃぐ大人もいるが。
「かわいいから買っちゃお! よし、王都にいる間にお金ためよう!!」
サラは子供のようにはしゃぐ少女の部類だ。
店の中では珍しい。
その後、二人はそのまま会計所に向かい、購入を済ませた。
全てサラの服である──はずだった。
「はい、これレインちゃんの分!」
そう言って差し出すのは先程の店の袋。
中には買った服が一部入っていた。
「え、これサラのじゃ......」
「王都に居るんだから可愛くしようよ! せっかくのスタイルが泣いちゃうよ!」
今の白と黒のコーディネーションでも、変ではなかろう。
何より、意図せずにだが会計を任せてしまった。
金が無い状態なのに。
しかしそんなレインの心情を読んだのだろうか、サラは袋を押し付ける。
「お代は良いって! 国に務めれるお祝い!」
そこまで言われて拒否する理由も無いと、レインは袋を受けとる。
いつかお代分のお返しはしようと思う。
「そうなのね、ありがとう」
サラは、ウンウンと満足げにうなずき、前を向く。
時は夕であった。
もう何回も見た宵の太陽と夕空だが、空と言うのはいつ見ても琴線に触れる。
「あ、ちびっ子達迎えに行かなきゃ」
突然、サラが思いついたように言った。
レインも、そう言われて見れば、あの二人が居ない事に気づく。
サラが突然方向を転換し足早にどこかに向かうのを、レインは一歩引いたところからついていく。
王都の商店街の、喧騒の中での出来事だった。




