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二十二話 最強の軍隊

シン、と静まり返る。

王の落ち着いた声の反響が、しばらく残った。

残響だけが耳に触る。


レインはすぐには返事をしなかった。

が、護衛する兵士の目線が痛くなってきたので、場を取り繕う為の返答をする。


「僭越ながらお尋ねします。私は軍を動かした経験などこれまでの人生で一度もございません。国の未来を決定する戦争の一部隊の隊長が、なぜ私なのでしょうか?」


それを聞いた兵士が、貴様!!と声を荒げたが、王はすぐにそれを鎮める。


「疑問を持つ事は悪い事ではありません。上の命令に安直に従わない(したた)かさは、良い国造りを行う上で欠かせませんから」


そう言い、若干思考したような間を明けた後、続けた。


「さて、"超越者"はあなたも知っての通り非常に強力な戦力と成り得ます。たとえ実践の経験は無くとも戦場での威力は凄まじい物です。そこを評価してお願いしているのですが、如何でしょう」


やはり、魔力適正か。

記憶が無いという嘘が原因では無いのか?

理解が出来ない、突然現れた部外者を軍の中枢に入れるような事を普通するだろうか?

私が敵国のスパイだったりしたらどうするつもりなのだろう。

困惑を抑えきれなかった。


が、一考はしてみる。

受けると決めた場合どうなるだろう?

最悪だと、軍に従属し、戦争が終わってもおそらく成り行きで軍部にい続けることになる。

自分の目的は、まず第一に人間らしい暮らしをする事。

第二に、捕らわれるに至った経緯を知ること。

それ以外は、いらない、むしろ遠ざけたい。

そして、答えた。


「お断りいたします」


短く、端的に。

誤解の無いように、はっきりと。

空気がひんやりと凍りついた。


「そうですか。残念です」


先程までの温かい声色は消え失せ、色のない、凍るように冷たい返事だった。


払底せしめる(アクティノブロー)


途端、魔力の波動が一直線に自分へと向かってくる。

空間の粒子さえも粉砕しながら──


ドォォォン!!!


謁見上から煙が立ち上り、大爆発が起きた。

扉から熱風が漏れ、金属の金具が溶ける。

不可避の一撃だった。

誰も見きれない、死の一撃であった。


しかしレインには、見えていた。

魔力による攻撃は、全て跳ね返すことが出来る。

速いが、軌道を変える事は出来た。


立ち上がりつつ、服についた埃を払う。

やはり、この男人間では無かった。

今の攻撃は、レインが今まで受けた攻撃の中で段違いに速い。

ミル・シャーロッテの斬撃より数倍も速かった。


「おや? 生きているのですか。何者なのです?」


相変わらず抑揚の無い声だ。

煙が段々と晴れてくる。

周りにいた兵士の気配が、消えていた。

全員熱波に倒れている。

鎧が溶け、肉が灰と化したのだろう。

後には、二体の超越的な魔物だけが残った。


「もう、敬語を使う必要は無さそうね」


レインは、目の前にいる王を人間の王だとは思わなかった。

しっかりと見つめ、続ける。


「あなたこそ、何者なのよ?」


王を名乗っていた男は、もはや人間の形相をしていなかった。

金属の頭、目はない。

代わりに大きな顎が、牙をギクシャクと動かし、奥には輝く光が見える。

機械仕掛けの頭部には、耳元まで裂けた巨大な口以外、何も無かった。


「何を今更。私はガレイ王国国王、バーレ・ガレイです。本当ですよ」


昨日まで見ていたあの顔は、魔術で見ていた偽りの顔だったのだろうか。

わからない、何一つ。

この男、まだ何かを隠している。


「魔王の内一体だけ居場所が分からないと言うわ。あなた、まさか?」


今更聞くべくも無い事を、と自分でも呆れる。

場を取り繕うための言葉でしかなかった。

若干の間の後王は答えた。


「ええ、そうです。が、私は今の立場が気に入ってましてね。どうでしょう、()()()この件は触れない事にしておきませんか?」


なるほど、この男も自分の正体に気づいている。

魔王の攻撃を受けて平気でいるのだから当然といえば当然だ。

そして、それに触れないことにするのは利害も一致している。


「そうね。私もそれが賢明だと思う。で、このまま大人しく帰してくれるのかしら?」


まあ、一応聞いてみたが、そんな訳あるはずがない。

王城に食事をしに来ただけならどんなに良かった事か。


「いえいえ。あくまで私の目的はあなたを戦争に参加させる事。それが叶わぬならば、立場を利用してあなたを圧迫するしかありませんね」


笑える内容だ。

言っていることが矛盾に満ちている。


「冗談も程々にしてくれるかしら。殺そうとしたのに協力を仰ぐとかどうかしているわ」


王は、そうですか、とだけ答えた。

機械仕掛けの腕をクイッと振るった。


「あなたは知らないかもしれませんが、魔王たるものには、固有の能力が与えられます。私の場合は、これです──」


ガシャン、と横から音がした。

鎧が擦れ合う独特の音。

何とも奇妙な、隊列を組むような、けれどどこか揃っていない足音だった。


「魔王の二つ名を、知っていますか? 怨霊の魔王は、"世の帝王"。恋慕の魔王は、"時の全能"。灼熱の魔王は、"理の至高"。そして、強欲の魔王は、"死の宰相"と呼ばれています」


ガシャン、と足音が揃った。

レインの横には、さっき死んだはずの兵士が、焼け焦げた体はそのままに、まるで亡霊の様に立っていた。

剣を引き抜き、目を爛々と輝かせ、溶けた鎧はそのままに。

一度死んだものが、生き返ったのだ。

けれど、レインもこのくらいなら、出来る。

魔力を送れば奇怪な動きと共に魔物を討ち取る事はするのだ。


「......まさか、コイツ等で私を倒すつもり? 私だって出来るわよ?」


さらに、強さも対して増していなかった。

魔力などせいぜい第十二等級程度だろう。

が、王はむしろ誇らしげに反論した。

内容は、それはそれは酷く恐ろしい物だった。


「いえいえ。あなたのそれは、魔力で無理矢理動かしているだけでしょう。けれど、私は違う。()()()()()()のです。一度無くなった意識を、永遠に肉体に閉じ込め、生ける屍を作るのです。意識を持つアンデッド、それは私にしか出来ません、素晴らしい事ではないですか!!!」


意識を肉体に閉じ込める。

この、たかが数文字に篭められた恐ろしさを、レインはすぐには理解できない。

が、滲み出てくる恐怖。

どんな物より恐ろしい。

"死んでも死ねない"恐怖。

レインは、身を持ってそれを知っていた。


「あなたは......まさか、兵士に永遠の苦しみを与えると言うの?!?!」


レインは叫んだ。

非情な、悪魔の所業。

目の前にいるこの男が、どんなに恐ろしい行為を行っているのか。


──火傷をしたとしよう。

皮膚がただれ、体液が滲み出る。

ヤスリで皮膚を削られるような痛みが、続くだろう。

けれどそれは永遠ではない。

いつか治癒する。

治癒しなかったら?

死ぬ、修復できない傷を負ったものは死ぬ。

けれど、もし、治癒できない傷を負ったとしても死ねなかったら?

あなたは、永遠に痛みの狭間を彷徨い続ける。

失明し、皮膚がただれ、腕が動かなくなろうとも、意識がある限りあなたは痛みに苦しむ。


「させない──!!!!」


兵士をがんじがらめにしている魔力を、解く。

何重にも絡まった鎖のように兵士を押し固め、その意識を肉体と結びつけている。

解かなければ、兵士は今も苦しみ続けているのだから。


「ガァ......」


口から抜けたような音を立てて兵士は崩れ落ちた。

肉体と意識の結合が外れ、制御する者のいなくなった肉体は物理法則に従って倒れる。

王の生み出したアンデッドを()()、唯一の方法だろう。


「あなたは......戦争をする理由って、まさか!!!!!!」


嫌な予感がした。

戦争をすれば、両軍に被害が出る。

被害とは、兵士が死ぬことだ。

予感は、皮肉な事に、的中した。


「ええ、そうです。

戦争をし、死んだ兵士がいますね。

勿体ないとは思いませんか!! 

まだ動ける、使える兵士なのに!! 

そこで私は、今の技を完成させ、そしてどこかは言えませんが、今までに行った戦争で死んだ兵士は、全てアンデッドとして保管しているのです。

足を食いちぎられようと、胴を両断されようと、頭を撃ち抜かれようと、命令のままに敵を鏖殺(おうさつ)する。

紛う事無き世界最強の軍隊です!!!!!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 屍兵士たちは、骸骨になっても動くのかな? [一言] 王様は、狂王やな。
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