二十一話 謁見
脳裏に、いつかベッカさん聞いた言葉が蘇る。
「四体の魔王の内、強欲の魔王だけ居場所が分かっていないんだよね......」
聞いた時は単なる事実として受け止めていた。
が、今はどうだろう、巧妙に隠されたこの王国の秘密を予期せず知ってしまったのかも知れない。
目の前で優しい笑みを浮かべながら皆を見渡す男は、表向きはこの国の王だ。
が、背後に見えるあの魔力は......レインに匹敵する。
魔王たるレインに。
「守衛よ、この場は大丈夫だから出ていってください」
王は扉のそばに立っていた兵に告げる。
命令を受けた兵士は、一礼をすると部屋から出ていった。
「はてさて、改めましてこんばんは。私がガレイ王国が君主、バーレ・ガレイです。こうして皆様と夕食を共にすることが出来、嬉しく思っています」
男は、王らしからぬへりくだった態度で皆に話しかけた。
誰もが彼の言うことに注目している。
が、他の四人の男女は王を前にし恐縮しているのに対し、レインだけは圧倒的なこの国の闇に訳も分からず困惑していた。
「では、いただきましょうか」
レインは、恐れつつも一番外側のスプーンを手に取り、ゆっくりと食事を開始する。
他の四人も、王でさえも食べ始めている。
あまり出た杭にならぬよう、細心の注意を払う。
トロリとしたスープは、相当な高級品を使った一品であろうが、味は楽しめなかった。
王は一体何者なんだ?
あの魔力量はどういうことだ?
それより、ここにいては危険かもしれない。
他の四人はここぞとばかりに王になにやらを差し出したり、贔屓にしてもらえるよう機嫌を取ったりしているが、レインだけは一番下手の席から、この永遠にも感じられる食事の時が終わるのを今か今かと待っていた。
その後も食事はつつがなく進行した。
メインディッシュに使われていた肉はこの上ない柔らかさだし、添えられていた野菜もおそらく一級品だろう。
食器からテーブルクロスから椅子に至るまで全てが、一瞥して分かる、この世の贅の限りを尽くした調度品である。
そして、最後に運ばれてきたフルーツの盛り合わせで、食事は終了した。
合間合間に聞こえてきた政治やら何やらの、王と他の四人の会話は、レインの記憶には何一つとして残っていなかった。
「それでは皆様はご自室にお戻りください。明日の謁見を、楽しみにしております」
そう言うと王はクルリと身を翻し、革靴の音をコツコツと立てながら扉へと向かう。
カチャ、と扉を開けて、同じようにコツコツと音を立てながら去っていった。
後には、何やら賄賂を渡せて満足そうな大人二人と、王に会えたという事実だけが嬉しいレインと同い年くらいの男女、そして呆然とするレインだけが残された。
しばらく後、レインは用意された自室のベッドに寝転がりながら考えていた。
王の正体は一体何なのだろう、と。
魔力量と、聞く話からしておそらく強欲の魔王だろうという事は想像できる。
が、なぜ国を統治している?
何が目的なのだろう。
そして、自分を招待した理由は?
自分が魔王だと既にバレていて、それを確かめるべく王城に招待した?
が、しかし、国家の中枢たる王城に敵を招き入れるような真似をするだろうか。
万が一私が暴走するような事があったとして、王はおそらく私と拮抗する力を有しているだろうが、それでも国に甚大な被害が及ぶ事は避けられない。
それとも私がそうしないと確信するに足る何かがあったのだろうか?
必死に考えを巡らすが、どうしても理解できなかった。
おそらく確かな事は、王は魔王である。
それだけだった。
翌朝。
相変わらずレインは一睡もせず、朝を迎えた。
もはや慣れた物だ。
この数時間の退屈な時間は、これからの行動について考える時間としている。
色々と試行錯誤をした結果、おそらく”あの方”というのは王の裏社会での名称であると結論づけた。
表向きは国家を運営する王。
裏では魔物を支配する”あの方”。
それならば、第二等級魔祖ミル・シャーロッテの、”あの方”が私を求めている、と発言した理由もわかる。
しかし一体全体王は何を目論んでいるのか?
いきなり現れた超越者たる私を呼び寄せて、何を企んでいるのか?
一向に理解ができなかった。
「レイン様。ご朝食のお時間でございます」
チリン、どドアベルがなり、あの物腰柔らかな執事が言う。
色々と思考にふけっている間に、もうそんな時間になってしまった。
「ありがとう、今行くわ」
レインはそれだけ返事をして、すぐにドアへと向かった。
朝食の会場は昨晩、夕食を食べた部屋と同じであった。
しかし、誰もいない。
王がいないのは分かるが、他の四人が見当たらなかった。
まあいずれ来るだろうと大して深く考えず席に座る。
が、とうとう誰も来ることはなかった。
「レイン様、ご朝食にお付けするハムですが、”オーク”の他に”ビレン”のハムがございます。どちらに致しましょうか」
朝食が始まっても、王はおろか、あの四人すら姿を表さない。
大きすぎる長机に、レイン一人だけ。
天井には、シャンデリアがもの寂しげに揺れている。
程なくして、つつがなく朝食は終わった。
美味な食事であった。
が、同時に不気味であった。
結局、朝食会場に姿を表したのはレイン以外一人もいなかったのだ。
「まさか、あの拘束魔法......」
他の四人の部屋にも仕掛けられていたとしたら?
”魔眼”を持たぬ者があの魔法の存在することを見抜くのは実質不可能だ。
だとすれば、彼らは部屋についた途端、拘束魔法に封印され、そして今はどこかに......。
もはやレインの脳では事を把握しきれなかった。
王の正体。
その思惑。
あの方について。
どれ一つの真相として、レインにはわからなかった。
もちろん、謎の封印魔法も。
昨日から自室と食事の会場を何回も行ったり来たりしている気がする。
そして、朝食を終えた今回も同じだ。
執事に言われるがまま従い、そして部屋に入る。
”魔眼”で魔法陣が仕掛けられていないか一応確認するが、何もない。
一度だけの罠だと願いたいが、油断は禁物である。
部屋に戻っても相変わらずやることはなかった。
窓がないので街を見ることもできない。
すべての家具は贅沢な嗜好品であるが、そんな事は今のレインにとってどうでも良い。
ただひたすら、執事に呼ばれる瞬間を待っていた。
そして、しばらくの後。
その瞬間は訪れた。
「レイン様、王との謁見の場が整いました。こちらへ」
赤い絨毯の敷かれた廊下を、何回も曲がる。
この場で働くものにしか道順は理解できないだろう。
そして、しばらく曲がった後に、目的地に着いた。
「こちらの部屋でございます。合図のあるまで扉は開けずにお待ちください」
そう案内されたのは、木でできた巨大な扉。
横幅も縦も、一つの歩兵軍団が入場できそうなほど大きかった。
ゴクリとつばを飲み込む。
一瞬が永遠に感じられた。
「扉を開けよ!!」
内側から兵士の大きな怒鳴り声が聞こえる。
そして、その直後、ギィィという音と共に扉は開いた。
艶やかな空気が足元を撫でる。
生暖かかった。
「入れ」
同じ兵士の声。
その声を合図に、レインは一歩を踏み出す。
なるべく王の顔は見ないように、ゆっくりと。
体中の感覚が研ぎ澄まされている。
兵士の呼吸すらも、手に取るように分かる。
王の威圧感も、兵士の一挙手一投足も、自分の心臓の鼓動まで。
そして、しばらく進んだ後、適度に離れた所で跪いた。
「レイン殿。長旅、ご苦労さまでした。顔をあげてください」
口の周りを覆うひげに、深い男前の顔。
世間から見ればかなり優美な部類に入るだろう。
が、それにしても。
王という立場なのに、敬語。
レインは戸惑いつつも、従う。
相変わらず王の背後には禍々しい魔力が渦巻いていた。
「レイン殿。貴殿は、魔力適性が第八等級であると聞いています。事実ですか?」
もはや、王の言葉一言一句に裏があるように思えてならなかった。
あらゆる可能性を加味しながら、最適と思われる答えを言う。
「はい、事実にございます」
静寂だった。
兵士の鎧の細かくぶつかる音から、呼吸の音まで。
窓の外でそよ風が吹く音さえ聞こえる。
「そうですか。では、単刀直入にいいましょう」
緊張で、ドクン、と心臓が波打った。
「近々近隣の国と戦争をします。そこで、あなたに第一魔法部隊隊長の座をお願いしたい」




