二十話 王との対面
馬車は草原を翔けた。
たくましい四頭の馬が、大地を力強く蹴り、その後ろで馬車はカラカラと音を立ててついていく。
中では、一人の少女が退屈そうに外を眺めていた。
「私が走っていけば、多分これの十倍は早く着くのに......」
草原の真っ只中を颯爽と走る馬車は、レインには退屈すぎた。
ボーッとどこまでも続く草原と、更にその奥に見える高い山脈を眺めていた。
そして、ようやく夕方になり馬車は王都に到着した。
停留所は同じと言うサラの言葉は確かで、降りた場所は多くの人でごった返していた。
一瞬見つけられるかと不安になったが、彼女たちを探す必要は無かった。
先に着いていたサラが遠くから声をかける。
「おーい、レインちゃん、終わったらここに来てー!!」
そう言って、何かを飛ばしてきた。
手にとって見れば、丸められた紙である。
”ベルモーテル”。
広げるとこう書いてあった。
なるほど、宿泊予定の宿の名前か?
いずれにせよ覚えておこうと、レインはその紙をポケットにしまう。
返事をしようとサラのいた方を向くが、彼女の姿はすでに人混みにまみれ見えなくなっていた。
「では、レイン様、こちらへ」
そう言ってあの老爺がレインを呼ぶ。
ここまで来ては、後は無い。
「ええ、今行くわ」
レインは、大人しく御者に従っていった。
王都は流石という他無い盛況だった。
大通りの舗装はレンガの溝に至るまで清掃されていて、街灯はその支柱に顔が映るくらい綺麗に磨かれている。
人々の服装もランブル市とは違い、ドレスやらタキシードやら、はたまたチョッキなど、十人十色の個性が光っていた。
そんな大通りを、レインは乗り換えた馬車の中から眺めていた。
王都内専用の馬車と、市と市の間を結ぶ馬車とでは違うらしい。
あの後、一旦停留所から降りたレインは、待機していた別の馬車に乗り換えた。
相変わらず豪華な作りで、人々の目が無駄に集中するのを感じた。
けれど慣れているのだろうか、一瞬物珍しそうな顔をしてから何事も無かったように立ち去っていく。
ランブルでは、周りに軽い人だかりができていたというのに。
そうして馬車に揺られる事少し、レインはとうとう王城に到着した。
大きな石の門が馬車の行く手を遮り、馬車の近づくのを見た近衛兵が歩み寄ってくる。
御者が何やら紙を見せると、兵は納得した顔で戻って行って、しばらくすると門が重い音を立てて開いた。
そして馬車はまたゆっくりと進み、通り過ぎると背後で門の閉まる音がする。
どことなく、見たことのある光景だ。
ただ、入場するのが王城では無く自分の屋敷であったというだけで。
門を通ってすぐのところで馬車は止まった。
御者が馬車の扉を開ける。
目の前には、見上げるほど巨大な王城が、威圧感と共に姿を現した。
遠くから見ればまあまあ大きい程度だったが、遠くから見て大きいとわかるという事は、近くで見れば巨大と言って良い程になる。
一瞬目を奪われたが、すぐに目線を下に戻した。
そこには、黒いタキシードにピシッと身を包んだ、執事らしき老爺が立っていた。
「長旅お疲れさまでした、レイン様。お泊りいただく部屋にご案内させていただきますので、こちらへどうぞ」
丁寧な物腰だ。
レインは、久しぶりに実践する礼儀作法を思い出しながら、対応した。
「ええ、ありがとう。では、お言葉に甘えて」
ぺこりと頭を少し下げる。
思い出せるか不安だったが、体が覚えていた。
あいさつの後には決められた角度で礼をしなければならない、と体が勝手に動いた。
そうして軽いあいさつの後、レインと執事は王城の中を歩く。
浮遊する照明器具、一人でに開くドア、執事の持っている腕輪を認証しなければ通れない扉。
レインの見ない魔術を使った道具が、そこら中に散らばっている。
一体どういう魔法技術なのだろうと、今すぐにでも飛びついて分解したかったが、来て廊下を歩いただけでつまみ出される様な真似はしたくない。
後で誰かに尋ねようとひっそりと気持ちをしまう。
「それでは、ご会食の準備が出来ますまでこちらでお待ちください。程なくして完成する予定でございます」
そう言って執事が案内したのは、キレイな石の扉で閉ざされた部屋。
執事が自身の腕輪をピッとかざすと、これまたひとりでに開いた。
「レイン様の腕輪はすでに登録してあります。こうして翳すことで開錠することが出来ます」
もう何回も見たので驚きはしないが、おそらくこの腕輪で行ける範囲と行けない範囲を区別しているのだろう。
客人たるレインは、夕食会場と謁見場、そして自室くらいしか行けるところは用意されていないに違いない。
潜入するか迷ったが、するメリットはあまりなさそうなのでとりあえずの所はおとなしく部屋で待機することにした。
「分かったわ。ありがとう」
そうしてカチャ、と扉を閉める。
部屋を見渡せば、豪華としか言いようのない作りだ。
動物の毛皮のじゅうたんに、何やら大きな書斎机が一つ。
寝室などは別々の部屋として存在しているのだろう、部屋には2,3個のドアがあり、それぞれが別々の部屋に通じているようだった。
全てが完璧な、豪華を極めた部屋であった。
一点を除いては。
「束縛魔法、かしらね......」
床に、魔方陣が描かれている。
もちろん、通常の視界では見えない。
”魔眼”を発動してから見えるようになる魔方陣だ。
入った瞬間、魔力の乱れを感じ取ったので、まさかとは思い魔眼を発動してみたら、床に非常に強力な部類の束縛魔法の魔方陣が描かれていた。
その昔読んだ魔法技術の書に描かれていた魔方陣とは形は根本から違うが、魔術理論から言えばこれは束縛魔法である。
「クシャル、試してみて」
ボフッと黒いモヤであるクシャルを放ち、魔方陣の上に進ませる。
そして、ちょうど魔方陣に差し掛かった途端空間に切れ目が入り、そこだけが水晶に閉ざされた。
物質的には黒いモヤでしかないクシャルもその内側に閉じ込められたが、程なくして水晶を溶かし外に出てきた。
「ありがとう、もういいわよ」
再び収納する。
束縛魔法だという自分の見解は間違ってはいないようだった。
あのまま歩んでいたら、おそらく水晶に閉じ込められただろう。
出れない事は無いと思うが、万が一を考えると恐ろしい。
「なるほどね......。私は敵の城内に一匹で乗り込んできた愚かなネズミって訳ね」
王の命令によるものか?
だとすれば、自分の正体に気付かれた?
魔王とまではいかなくとも、少なくとも人間でないことはバレているだろう。
しかし、どこで?
魔力適正が八等級である事は話を聞く限り珍しい事では無いらしい。
だとすれば、記憶が無いという嘘が原因か?
おそらくその嘘が関係していると言う事まではわかったが、そこから先が理解できない。
記憶と魔力適正には密接な関係が有ると言うのだろうか。
魔眼で見渡してみるが、他に特に怪しい所は見当たらない。
床にはその役目を立派に終えた魔方陣が、煌々と輝いてレインを見つめていた。
忌々しい、とそれを踏み潰す。
レインの足から生まれた魔力の波動は、魔方陣をかき乱し、そして完璧に消し去った。
レインは決意した。
王を殺さねばならない、と。
そして、そこまで思考した所で、ドアベルが鳴る。
「レイン様、ご夕食の用意が出来ました、こちらへどうぞ」
あの執事の声だ。
まあいい、殺すのならいつでもできる。
それより王城で出てくる料理を堪能しようでは無いか。
もちろん、魔眼の発動は継続したまま。
空間に漂うあらゆる魔力が見えるので、若干鬱陶しくはなるが、背に腹は変えられぬ。
如何なる罠も、魔力が使われている限り見通せるし、魔力が使われていない古典的な罠、例えば落とし穴等にはそもそもの反射神経で対応できる。
問題は無い。
そして王城内を暫く歩き、会場に着いた。
「それでは、王のご到着まで今しばらくお待ちください」
案内された部屋は、長机が一個縦に置かれた夕食会場。
机の上にはすでに色とりどりの料理が所狭しと並べられていて、どれも非常に美味しそうだった。
左右に置かれた椅子には、既に数人の者が座っていた。
レインと同い年くらいの男子、その男より数歳年下の女子、そしてあとは商人と思しき大人が二人。
レインが座るのは一番下手の席だ。
レインはそれを見、そんなにも少人数だったとはと驚く。
同時に、王の狙いが全く分からなかった。
この者たちは何なのだ?
同じように何らかの理由で招待された者たちか。
だとすれば、彼らにも何かしらの裏が......?
「王の、ご入場です!!」
入り口に立っていた兵が声を張り上げる。
同時に、レインを含む全員が一斉に起立し、頭を下げた。
王家に対する礼節の行動は、変わっていないらしい。
キィと音を立て、扉が開く。
レインの入ってきた扉と同じだ。
コツ、コツ、コツと革靴の床に打つ音が聞こえる。
足音から察するに、年齢は40程、体格はやせ型であろう。
そして一番の上座に腰を掛ける。
落ち着いた物腰だった。
「皆さん、よく来てくださいました。それでは、夕食に致しましょうか」
脳に染み入る、落ち着いた声だった。
深みのある、抑揚の無い声であった。
顔を上げる。
瞬間、レインは全ての思考が出来なくなった。
恐ろしさと怖気で、鳥肌が止まらなかった。
魔眼、それは空間の魔力と同時に、生物の個体に存在する魔力量をも見通す。
王の背後に見えるのは膨大な魔力、それもレインに匹敵する程禍々しく蠢き、空間を掌握しようと暴れまわる竜のごとく激しく、恐ろしく、そして抗いようの無い物だった。
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