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十九話 理不尽と王都行き当日

レインとサラ、そしてちびっ子二人に130万シリン、そしてレインには割引に効く勲章が授けられた。

が、対価としては失ったものが大きすぎた。

四人は素直に喜べなかった。


けれど、歩みだすことはした。

討伐戦から帰還して翌日、昼食を適当なレストランで摂っている時の事だった。


「レインちゃん、改めて、私達と一緒に来ない?」


サラだった。

レインは感心する。

仲間を失った昨日の今日で、もう立ち上がった。

心に傷は負っただろうが、それでもその傷を見せないように振る舞う。

強いな、と思った。

が、それはそれ、と同じ言葉を繰り返そうとする。


「ごめんなさい、私は......」


と、そこまで言った時だった。


「そう言うと思って、レインちゃん、提案があるの!」


え?と困惑する。

断られること前提の話だったのか?


「あのね、レインちゃんが参加してくれたら、お礼として私達がレインちゃんの寝る所をずっと提供してあげる! どう? 悪くないでしょ?」


なるほど。

利益が無ければ私は動かないと早くも見抜かれていたようだ。

しかし、一緒にいるとデメリットもあって、それを覆すほどのメリットには思えない。

ホテルにはあと数日滞在できるし、お金も十分にある。


「いいえ、結構よ。お金も十分にあるし、そこまで逼迫している訳じゃ......」


が、サラの顔は揺らがなかった。

謎の自信が顔に現れている。

一体なんだというのだ?


「フフ。レインちゃん、甘いよ、甘いよ。私は聞いたんだぞ? レインちゃんは王様に呼ばれている事を!」


「ええ、そうだけど......それがどうしたの?」


全く持ってサラの言いたいことが分からなかった。

というか、むしろ自分を囲い込んでいるように感じる。

逃げの一手を封じるような......


「レインちゃん、王都までの旅費は自費って事、知らないでしょ。一人片道60万シリンだよ!!」


な?!と驚き、口に運びかけていた料理を危うく落としかけた。

パクっと間一髪のところで(くわ)えたが、味など気にしている余裕は無かった。


「え、ちょ、嘘でしょ?」


驚いた顔を満足げに見つめ、うなずくサラ。

そして、得意顔で説明を始めた。


「これが本当なんだなー、レインちゃん。普通なら2万シリン程度なんだけどね。有力な冒険者とかはその人が財力を持ちすぎるのを防ぐために、王様が何かと理由つけては財政的に圧力かけるんだよ。酷いよねー!」


げんなりする。

が、今のレインの手持ちは140万シリンとちょっと。


「は、払えないことは無いわよ、往復120万でしょう?」


王手をかけられたので、必死に逃げるが、詰んでいる状況は詰んでいる。

とうとうチェックメイトの一言が放たれる。


「向こうでの滞在費用を忘れてはいませんか? レインちゃん?」


往復後の手持ちは、20万シリン。

これでは、場合によっては財政的に破綻する。


「そ、そのお金は......」


「もちろん、自費だよ、お城に滞在する分だけだけどね!」


最後に、せめてもの抵抗を、してみた。


「おいくらかしら......?」


「一泊お一人様50万だったけな?」


金が、無い。


「あ、勿論勲章による割引はないから......」


そして詰んだ。

あとは依頼をこなして稼ぐという最終手段が残っているが、それよりレインは、”あの方”について調べたかった。

サラを見れば、どうしますか?どうしますか?とニンマリしながらこちらを見ている。


「......お願い、するわ......」


途端、ニンマリ顔は晴れ渡るような笑顔に変わる。

そして、


「やったー!! ありがとね、レインちゃん!! 約束通り寝る場所は確保してあげるから、私達、レインちゃんについて行って良いかな?」


迷惑にならない程度の声で喜ぶ。

身を乗り出して輝く目でこちらを見つめている。

後は、無い。


「え、ええ。構わないわよ......」


嫌では、無い。

けれど、魔王という正体を隠すためある程度の注意を払わなければいけなくなるのと、夜の活動に制限がかかるというデメリットがあった。

が、しかし、寝る場所は?と聞かれて、木の上です、と答えるような珍妙な真似はしなくない。

できる限り一般の人として生きねばならない。

その点、自分の帰るべき場所を持たないというのは非常に不便だ。

服などの荷物を常に持ち歩かなければいけないし、着替えたりといった日常的な行動にすら支障が出る。

今回は、サラの計画を認めるしかなかろう。


レインは、目の前で目を輝かせながら見つめる少女に、大人しく従う事にしたのだった。


その日の夜。


「ここが、私たちの住む家だよ!」


レインとその一行は、大通りから少し入り組んだ場所にある、一軒の家の前に立っていた。

外壁の塗装が剥がれたり、ところどころにひびが入っていたりはするものの、全体的に掃除が行き届いていて綺麗な状態に保たれていた。


「いいわね。こじんまりしていて可愛い家じゃない」


サラは、そんなレインの言葉を背に、鍵を開けた。

扉を開けば、肌寒い空気が足元を流れる。

ちびっ子二人が我先にと中へ駆けて行った。


「全く、忙しないんだから......。ま、いいか今日くらいは」


サラがあきれた口調で溜息と共に言う。

が、二人が駆けて行ったのは遊ぶためではなさそうだった。


中に入れば、大きな一室に、四つの小部屋が隣接している構造であった。

浴場やお手洗いは公用のようで、家の中には無かった。

貧相な感じもするが、サラたちの収入を考えれば妥当だろう。


そうして部屋の中を観察していると、突然、泣き声が聞こえてきた。

聞き覚えのある声の、泣く声だ。

ジェネアと親しかった、あの二人だ。


「ごめんね。あそこ、ジェネアの部屋だったから......。いまは放っておいてあげて、ああ見えて人前で泣けないくらい強い子達なんだ」


そういえば、と思い出す。

あの二人は一度も泣かなかった。

ジェネアが目の前で殺されたであろう時も、目に涙を浮かべる程度でこらえていた。

幼い子供なりのプライドなのだろう。


「夜ご飯に、しよっか」


サラが問いかける。

レインは、静かに答えた。


「ええ、そうしましょう」


◇◇◇◇◇◇◇◇


そこから数日間はあっという間だった。

特筆すべきことは無い。

夜中に抜け出して裏社会を詮索してみたが、行きついた先は風俗店が三つと強姦する野郎どもが5,6人程度だった。

無論、風俗店はその裏などを徹底的に問い詰めてはみたが、誰一人として口を割らない。

まあ、こうして裏で営業している店を潰しておけば、裏社会の財源を奪うことになるので、そのうちボロを出すだろう。


魔物の方はと言えば、適当に魔物の住処をめぐっては見たが、”あの方”はおろか人間の言葉をしゃべれる個体すらいない。

こちらも一切の収穫は無く、無駄足を運んだだけだった。


あと学んだ事と言えば、公衆浴場にタオルは置いてない、水は井戸から汲む必要がある、という事だった。

特に公衆浴場初日は酷い目にあった。

サラに連れられ渋々行ったら、タオルの持参を忘れて、行きに着てきた服を帰りにビショビショになりながら着る羽目になった。

井戸から水を汲むのも一苦労だ。

ロープを引っ張るのは良いが、なかなか水が汲めない。

バケツが水面に浮いてしまい、肝心の水が中に入らなった。

欠陥品としか思えなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


そんなこんなで王都へ出発する当日になった。

ギルド本部の前に、二台の馬車が泊っている。

一つは王都への定期便を運行する馬車、もう一台はレイン専用の為に派遣された馬車だ。

迷惑千万である。


そして、出発直前になって衝撃の事実も判明した。

何と、サラとあのちびっ子二人も着いてくるらしい。

サラは想像出来たが、後の二人は予想外である。


「ちょっと、旅費はどうするのよ」


「私たちは三人合わせて5万5千シリンだから!」


対して自分は?

片道 60万シリンである。

ふざけているとしか思えなかった。


「それじゃ、私たちは先に行くね! 馬車の停留所は同じだから、そこで待ち合わせしよう!」


サラと他の二人はそういうと、王都への定期的な馬車に飛び乗って、颯爽と消えていった。

レインが返事をする間もなかった。


「ではレイン様。こちらに」


そういうのは、王都からはるばるいらっしゃった馬車の御者である。

立派な口ひげに、ピシッとのりの効いたスーツ、そして丁寧な物腰。

そんなレインが乗るのは、ところどころが金であしらわれた豪華絢爛としか言いようのない馬車。

席はフカフカで、認めたくはないが流石王家と言ったところだ。

ただ、60万シリンを払ってまで乗る馬車では無かった。


ありがとう、と適当に返事をして乗り込む。

フカフカそうな椅子が、想像以上にフカフカで、座った瞬間自由落下を体験した。

正直言えば、びっくりした。


「じゃーねー、レインちゃん! 帰ってきたら色々聞かせてね!」


そういって手を振ってくれるのは、受付嬢のベッカさん。

道行く人々はみな、何事かとめったに見ない豪華な馬車を凝視する。

気分は王族だ。

が、60万シリンは高い気がした。


パカラ、パカラ、と軽快な音を立てて馬車は進み始める。

景色がゆっくりと流れ始めた。


これから謁見するのはこの国の王。

彼の言動によっては、殺すことも躊躇わない。

王都への方角は知っている為、一旦ランブルに帰ってきてアリバイを成立させてから王を殺しに行けば、不可能犯罪の完成だ。

おそらく、自分に嫌疑が及ぶことは無い。


果たして、王は彼女に何を語るのか。

一体、何を問うのか。

裏に思惑はあるのか、それとも単に珍しいから呼び寄せただけなのか。


レインは、流れる景色を眺めながら、思索にふけるのだった。

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