十八話 喪失
ヘリシア・バーデン討伐戦報告書。
◇◇◇◇◇◇◇◇
目標;第八等級魔祖、ヘリシア・バーデンの討伐
評価;成功
損害;特性不適合者1名、超越者2名、魔力適正12等級以下の冒険者49名が死亡
生還;特性不適合者3名、超越者1名
生存率;7%
備考;目標の討伐後、突如第二等級魔祖ミル・シャーロッテが現れ、二十数名の冒険者を支配下に加えた後、逃走。
尚、支配下に加わった冒険者は死亡したものとして計上する。
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以上。
「大分厳しい報告書になっちゃったね......」
そう言って机を立ち上がるのは、ギルド本部の受付嬢、ベッカさんだ。
トントン、と書類を机の面で整える。
「こんなに犠牲者が、こんな短期間で......」
諦めた口調だ。
同時に、どこか引っかかる言い方だった。
「短期間、ってどういう事?」
レインは、それとなく聞いてみた。
ギルド本部の中は、親しい者の突然の別れを悲しむ者で埋め尽くされている。
レインは、部屋の一角でそんな光景をひっそりと眺めていたのだった。
「そういえば、レインちゃんが来る前だったね。怨霊の魔王の討伐に、世界中の2千人近い冒険者が集って、そして全員返り討ちにあったのよ。誰もが無謀だって言ってたんだけどね......。ベガン伯爵の用意した大量の報酬に目が眩んで、皆繰り出して行っちゃったの」
言って、ベッカさんはやれやれと頭を振った。
とんでもなく馬鹿な事だと言わんばかりに。
レインは、2千人も来たのか、と驚く。
自分が見たのは四人だけだが......
殆どが道中で殺されたに違いない。
報酬に目が眩むとこうも人間は無謀になるのだな、と呆れるが、その無謀が自分を開放したと思えばどこか妙な心持ちになる。
「そうなのね。知らなかったわ」
レインは、それだけ言って立ち上がった。
そして、部屋の反対側でうずくまり泣いている少女に向かって歩く。
横に二人のチビッ子を従える、サラだ。
彼女のすがる先には、穏やかな顔で眠るジェネアの遺体があった。
「サラ......」
呼びかけてみたが、すぐには返って来なかった。
そっと隣に腰を下ろす。
「ご、ごめんね、レインちゃん。こんなんじゃ、駄目、だよね」
シャクリあげながら、ようやく返事をする。
ジェネアの遺体は傷の部分が綺麗に取り繕われ、一見すれば病死した少年と何ら変わりがなかった。
そっと触れてみるが、冷たい。
ここで魔力をこの死体に送れば、動くかもしれないが、意志は無いだろう。
そんな状態は生きているとは言わない。
死とは、受け入れなければいけない時もあるのだ。
レインはサラの言葉に返事をする代わりに、そっと肩を寄せた。
彼女が立ち直る手助けになるかも知れない、そんな思いからだった。
早く立ち直って欲しい、レイン自身の願いだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
夜になった。
日はすっかり落ち、ギルド本部の中は魔術による特徴的な光でのみ照らされている。
部屋の隅の長椅子に、並んで座る二人の少女がいた。
レインとサラだ。
「ごめんね、取り乱しちゃって。しっかりしなきゃね」
サラが宙を見て言う。
目には、弱いながらも光があった。
「親しい人が死んじゃったのなら、当然よ。大丈夫」
レインも、どこを見るべくも無く宙を見て言う。
天窓から見える夜空には、数多輝く星が覗いていた。
昨日の夜とは全く違う夜空だった。
「私ね、こうして星を見る人がいた気がするの」
言うのは、レインだった。
何故か、星空を見上げると、非常な既視感を覚える。
それは草原の時も、今も、同じだ。
「辛い時も、嬉しい時も、一緒に空を見上げた人がいた気がするの」
お父様に礼儀作法がなってないと怒られ、その人と遠くの雨雲を眺めた。
滅多に人を褒めない婆に踊りを褒められ、その人と雅に輝く月を眺めた。
忘れてはいない、その人は居た。
いつもそばに、居続けてくれた。
けれど、顔の部分だけ、ポッカリと穴が空いて思い出せなかった。
1000年前の、唯一美しい記憶なのに。
「大事な人、だった気がするのに」
思い出せるだろうか。
1000年前の、あの人は、私の記憶のどこに行ったんだろうか。
ポッカリと空いた穴だった。
「それは、きっとね、レインちゃんが好きだった人だよ」
サラが、からかうように言う。
あながち否定は出来なかった。
が、思い出せない以上認めたくなかった。
決して叶わぬ悲恋など、持ちたくない。
そんな、何も言わず天窓の外を見つめるレインを、サラは面白そうに見てから続ける。
「私はね、何も思い出せないんだ。けど、今が楽しい。こうやってお話できている時間が愛おしい。それだけで、十分だよ」
サラの言葉は、美しく空間に溶けていった。
心に空いた穴は埋まらない。
とある人が死んでしまったら、心にはその人の思い出の分だけ、穴が空く。
二度と会えない、そう思い知らされるからこそ。
けれど、死は恐れるものではない。
むしろ、死ななければ恐ろしい。
全ての生物は死ぬ、永遠など有りはしない。
......私も、いつか死ねるだろうか。
捕らわれるあの日の真実を、この手で見つける事が出来たなら。
あの、一緒に星を見上げていた人について思い出せたならば。
思い残す事は何も無いと言うのに──
◇◇◇◇◇◇◇◇
〜千年前〜
「ねー、待ってよ〜!」
金髪の女児が坂を駆け上がる。
息が切れ切れだ。
まだ、捕らわれる前のレインである。
「──! ──、────、──?」
──は答えた。
からかう口調だ。
「あのね、お父様がさ? 食べる食器の順番、一回間違えただけなのに、罰としてお昼ごはん抜きにしたんだよ......酷くない?!」
ようやくてっぺんに追いついた金髪の少女は、切れかけた息を整えつつ言う。
目の前には冴え渡るように広がる青空と、そして遠くの方にモクモクとした雨雲が浮かんでいた。
「────、──?」
「全然。今まで一回も! 初めてなのに!」
「──......────。」
「でしょでしょ?! やっぱり酷いよね!」
ゴロンと寝転がった。
青い草が、チクチクと首筋を刺す。
ほんのりと漂う、草特有の生臭さが、今は気持ちよかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「見てみて! お月さまがあんなに近い!」
少女の隣には、いつもと同じ人が居た。
「私が移動してもついてくるよ、不思議だよね〜」
指差して月の縁を辿る。
少女には、まだ知らない世の中がたくさんあった。
キラリと輝く星は、一体どこから来るんだろう。
お月様は、どうして太陽より暗いんだろう。
世界の果には何があるんだろう。
13歳の夏だった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
時は過ぎれど、少女と──との交流は変わらず続いた。
15歳になり、どこかに嫁ぐ年齢になっても、政略家の父親はレインをどこにも嫁がせずにいた。
ここぞという時の切り札なのだ。
レインはそんな自分の立場を理解していた。
文句を言う事もなく、由緒正しきアイヴェント家の第一令嬢として、美貌と知性、そして母性を兼ね備えた良妻賢母の卵として、父親の下で暮らしていた。
16歳になった。
長年アイヴェント家と対立してきた、ヴェルハイム家との抗争が一段落つくかもしれないらしい。
レインの知っている情報はここまでだ。
令嬢たる私は、ただ日々を慎ましく生きれば良い。
もしかしたら政略結婚としてヴェルハイム家に嫁ぐことになるかも知れない。
それならそれで良い、家の為になるなら私はどこへでも行く。
そんな状態でも、──との交流は変わらず続いていた。
17歳になった。
今日も朝ごはんを食べるはずだった。
お父様におはようを言うはずだった。
踊りの練習が、やっとあの難しいステップが理解できるようになったのに......
少女は、突然攻め入ってきた近衛兵に束縛され、囚われた。
そして、3ヶ月後だった。
少女は、永遠の暗闇に閉ざされた。
──とは、それっきり二度と、会えなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇




