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十七話 冷酷無慈悲

軽度な鬱展開が苦手な方は、読み進めない事をおすすめします。

レインは、飛散した血肉で服を汚さないよう、若干離れた所に着地した。

彼女の数倍はあろうかと言う翼竜は、頭を無くし地面に力無く倒れた。

ズシン、と言う重い音と共に風が巻き起こる。

あっという間の攻防だった。


「け、蹴りで竜を......」


そう呟いたのは、誰かも分からない冒険者の一人。

ポツリポツリと出始めた感嘆の声は、次第にまとまって大きくなり、歓声となってレインを包んだ。

洞窟を揺らすその声は、レインには少しばかりうるさく感じたが、悪い心地はしなかった。

働きを認められると言うのは、いつになっても嬉しい物だ。


「れ、レインさん、まさか竜を一撃とは......。流石という他ありません」


そう言って駆け寄ってきたのは、ヒルベルト。

背中には、まだ抜いていない大剣が輝いていた。


「夜ご飯のお礼だと思って。これ位なら何時(いつ)でもやるわ」


ちょっと得意気に答える。

戦いは、ほんの一瞬で終わった。

犠牲者はおそらく両手で数えられる範囲内だろう。

魔物の討伐とは犠牲者が付き物で、特に第十等級を超えた魔物の討伐では一部隊が全滅することも稀ではない。

そんな中、犠牲者が少なく済むというのは、何より喜ばしい。


皆が、そう安堵していた。


「──ええ、本当に素晴らしいですね、貴方の働きは」


脳に心地よく響く、甘い声だった。

後ろから聞こえた。

同時に、異常な程の恐怖の気配を感じる。


レインは、ほぼ反射的に身をかがめた。

ヒルベルトの頭が、宙を舞った。


「私のペットをこんな風にしてくれちゃって。大変なんですよ? 竜を手懐けるのは」


振り向く。

傘を指した、大人の女性が。

赤い目が、不気味にレインを滑る。

傘を畳んで、女性は続ける。


御機嫌(ごきげん)(うるわ)しゅう、皆様。お初にお目にかかりますね。私は第二等級魔祖、及び吸血族の真祖である、ミル・シャーロッテでございます。最近、私の配下の物が次々と殺されていまして.......」


皆がミル・シャーロッテと名乗った女を注視する。

第二等級魔祖なんて、ここに居る軍勢で叶うわけが無い、そんな恐怖の空気が洞窟に蔓延した。

そして、女は目をカッと見開き血に染まった指を舐め、


「つきましては、貴方達に配下になってもらいます」


「──逃げて!!!!!!」


言い終わると同時だった、レインが叫ぶ。

どこまで力を出そうか、少なくとも彼らが自分の事を見えなくなるまでは時間を稼がねば......


レインは剣を構えた。

攻撃に備えるため。

後ろで、冒険者達が蜘蛛の子を散らすように逃げる音が聞こえる。


「あなたは......些かばかりの興味があります。少しお話しませんか?」


突然、ミルが語りかけてきた。


が、それは反応を遅らせる為の罠だったのかも知れない。

真後ろから飛んできた斬撃を、余裕を持って避ける。

空気を肌で感じる事が出来るようになった今、全方位からの攻撃に対して非常に敏感に反応できる。

レインは、斬撃を与えてきた者の正体を見て思わず呟いた。


「ギル......!」


それは、頭を失ったギルだった。

自動人形のように奇怪な動きをしながら、レイン向かって剣を振り回す。

が、素早い事は素早いが、勝てない事はない。

蹴りでよろめかせ、剣で両断した。


「おやまぁ、やはり貴方は本物の様ですね。作ったばかりの操り人形を」


ミルが、傘を下げ諦めた口調で言う。

冒険者共はほぼほぼ退散したか。

後に残ったのは、レインとミルの二人だけだ。


「......あなたが、裏で魔物を支配していた?」


ヒルベルトが起き上がり襲ってくるのも時間の問題だろう。

理不尽な結果だ、あんなにも誠意ある行動をしていたのに、その命はほぼ一瞬で(ほふ)られた。

彼に貰った料理の味は忘れないでおこう。


「それは知ってる顔ですね、半分正解、半分間違いです。私に辿り着いた事は一種のマイルストーンと思って頂いて結構でしょう。しかし、と言う事は、あなたがゴブリンの村を潰したのですね?」


攻撃は一時中止か。

剣を構えた所で、この刃が女に通用するとは思えない。

レインは剣を放り投げた。

遠くで、カランと乾いた音が響いた。


「ええ、そうよ。聞きたいことが2つ程あるんだけど良いかしら?」


ジッと見つめ合う。

一瞬の沈黙が場を支配した。


「いいえ、お断りしておきます。

そんな事より、理解できませんね。

何故あなたは人間なんぞに協力するのですか?

完全な不意打ちだったはずの私の攻撃を避け、魔術を使わずヘリシアを倒した。あなたは紛れもない、あの怨霊の魔王でしょう。

私より高位の魔物がその体たらく、虫唾が走ります」


ヒルベルトがゆっくりと、意志もなく立ち上がった。

レインは、躊躇せず心臓の辺りを爆破した。

同時にミルの魔力も撹拌したが、彼女の身体に変化が訪れることは無かった。


「......あなたには効かないのね」


ため息混じりに答える。

コイツが、あの方なのか?

しかし、言い方からするとまだ裏がある。

となると、自分とは別の魔王か......?


「高位魔術の封印、ですか。強力ですね。しかし驚きました。ヘリシアが倒されてはこちらの被害も甚大なので、来てみれば魔王だったとは」


なるほど、上位の魔物は魔力の撹拌による身体の破壊が叶わない。

けれど、ある程度の魔術の封印程度なら行える。

勝てる、とレインは確信した。


「だから何よ? 殺そうと思えば殺せるのよ? 今すぐに」


が、殺そうとは思えなかった。

殺す理由が見当たらないからだ。

自分が人間ならば無差別に殺すのであろうが、魔物となった故か、彼女を討伐する意志は起きなかった。

一方のミルは、そんなレインの言葉に一瞬顔が強張ったが、しかし殺さないというレインの意思を感じ取ってかほっと溜息をつく。


「私を殺さないと言う厚意、感謝します。お礼と言って何ですが、一つお教えしましょう」


一体何を言うつもりなのか?

と言うか、元から言うつもりの文句だろう。

足元を見られないための策か。


()()()はあなたを望んでいます。けれど、まだ時は満ちていません。お困りの場合は私の城まで。人間共が場所を把握しているはずですので」


若干の間が空いた。

レインは、果たして何を言いたいのか、次の一手を考えた。


「では私はこれで。目標も達成しましたので」


しかしミルはそう言うと、レインが何かを言える前に、天井に向けて光線を放ち飛び出た。

追うことも考えたが、やめておいた。

後ろを振り返ればギルとヒルベルトの二人の亡骸と、竜の死体が横たわっている。

更にその奥に、十数人の冒険者が。

全員、死んでいた。


不穏な物言いだ。

目標を達成した......?

何をしたのだろうか。

思い出せ、彼女の言っていた事を......

突然脳裏に彼女の言っていた言葉が蘇る。


『あなた達に配下になってもらいます』


「まさか!!!」


洞窟の中を駆ける。

嫌な予感がした。

出口が見える、外の光が。


「サラ!! ジェネア!! 大丈夫?!」


予感は、的中した。

出口から出たすぐの場所の地面は、一面血に染まっている。

ほとばしるように飛び散る、斬撃による特徴的な血痕だ。


目を凝らす。

死体は、周辺には見えなかった。

突然、ゴソッと草むらが動いた。


程なく、少女がムクリと起き上がる。

黒い髪が特徴的な、サラだった。


「レ、レインちゃん。無事だったんだ、良かった......」


こちらを向く顔は、真っ赤に染まっていた。

そして、目にはキラリと輝く涙が浮かんでいた。


「大丈夫だった?!」


レインは、駆け寄る。

被害は、甚大な物だった。

サラの手には、見覚えのある顔をした、男子の身体が抱えられていた。


「私は、ね......。けど、ジェネアが、ジェネアが!!!」


ポトリ、ポトリと血が落ちる。

サラの周りには二人の男子と女子が、怪我はない様子で立っていた。

しかし、三人とも顔が涙で濡れに濡れている。


見れば、サラの手には、胸から腹が大きく裂かれたジェネアの亡骸がしっかりと抱えられていた。

一見して分かる、致命傷だ。

出血は既に止まっているが、それは止血が成功したのではない。

心臓が止まっているのだ。


「サ、サラ......。ごめん.......」


レインはかける言葉が何一つ見つからなかった。

自分があんな魔物に気を取られていなければ。

もっと早く気付いていれば。

出来る事はあったはずなのに。


「う、ううん。レインちゃんがいなかったら、第二等級魔祖なんて現れた時にもう死んでたはずだから、い、今生きているだけでも.......」


語尾は潰れて聞こえなかった。


「ごめんね、ごめんねジェネア......!!! もっと、たくさんしたい事あったのにね、剣を鍛えたかったよね......。ごめんね、私が弱いせいで......!!」


グチャグチャになった顔を小さな体にうずめる、サラ。

他の二人も、突然の別れに嗚咽をこらえきれない。

黒髪の少女の大きな泣き声と、後の二人のむせ返るような慟哭だけが森に吸い込まれ、それ以外は何も聞こえなかった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


レインは、傾いた夕日を眺めて思った。

ジェネアの遺体をきれいな布で包み、せめてもの弔いをした後だった。


冒険者と魔物との関係は太古より変わらず、命のやり取りをする。

こちらが奪えば相手が奪う。

相手が奪えば奪い返す。

一方的な殺戮は有り得ず、人間と魔物との関係は常に拮抗している。


世界に存在する個体数は常に同程度だという一説がある。

魔物と人間という関係は、殺す殺されるを繰り返しながら、その法則を保っているのかもしれない。

両者を媒介する、魔力という不思議な性質によって。


魔物が死ぬならば、人間も死ぬ。

魔物が狩られるのならば、人間も狩られる。


私はその関係を、忘れてはならない。


◇◇◇◇◇◇◇◇

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