十六話 ヘリシア・バーデン
「ん......おはよ、レインちゃん」
目を直接太陽光に射られたサラが、寝ぼけ眼を擦りながら起きた。
結局あの後サラは草原で寝てしまい、レインが魔物から彼女を守っていたのであった。
「おはよう、サラ。よく眠れた?」
秋の朝は肌寒い。
が、寒くもない。
ほど良く涼しい風が、二人の間に流れた。
「うん、レインちゃんも......って、ええ?!!?」
サラが驚いたのも無理は無い。
二人の周辺には数十匹の魔物の死骸が転がっていた。
積み重なるようにして一箇所にまとめられてはいるが、草原に残った血が斬撃の激しさを物語っている。
「大丈夫よ。風下においておいたから匂いはあんまりしないわ」
人の集団から離れたか弱い少女二人を、魔物が見過ごすはずはない。
彼女らを狙ってたくさんの魔物が襲いかかってきたのだが、レインはそれを全て返り討ちにした。
剣の練習も兼ねて。
昔父親に教わった剣技は若干腕が鈍っていはいたが、魔王となったが故の動体視力と反射神経でそれを補った。
結論から言えば、この程度の量の魔物を相手にする分には全く問題は無い。
むしろ、過剰戦力のような気がしないでもなかった。
「い、いや......。やっぱりレインちゃんは凄いよ......」
サラは、若干引き気味に答える。
「朝ごはんは、心配無いわね」
レインは、誇らしげに言う。
二人の少女は、格好も考え方も正反対のようだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらく後。
冒険者達は再び歩みを再開した。
獣道のような細いヤブの切れ目を通っているので、前のようにサラが隣に並ぶ事は出来なかった。
しかも、レインはスカートの裾が木の枝とかに引っ掛からないように注意しなければならず、余計な神経をすり減らした。
「竜を討伐しに行くのにその格好って......。レインちゃんはやっぱり分からないよ......」
サラの言葉が脳裏に木霊する。
時折、引っかかりそうな具合に飛び出ている木の枝を剣で切る必要があった。
他の冒険者は鎧やらなんやらで身を固めているため、木の枝なんぞを気にする必要はないのだが。
そして、森の中を進むことしばらく、一団は少し開けた場所に出る。
目の前には高い崖がそびえ立っており、そしてそのふもとには大きな洞窟がポッカリと口を開けていた。
おそらくこれが、第八等級魔祖、ヘリシア・バーデンの住処だろう。
冒険者達は、洞窟の前に一同に並んだ。
「では、これからヘリシア・バーデンの討伐を始める!! 隊列としては、まず魔力による罠の有無などを調べるためにメモリアンズの四人を、その後ろに超越者の三人を、そしてさらにその後ろに我々がついて行くという形をとる。異論のあるものは居るか!」
ヒルベルトと呼ばれた男が、前で同じように声を張り上げていた。
いつの間にやら立てられたのか知らぬ作戦だが、いずれにせよ問題は無い。
むしろ、先に行ける分だけ自由度が増すので、戦いが楽に進行できる。
悪い事は無かった。
「それでは、皆の者、腕に自身のある者から並べ!!」
そうは言われたが、サラとレインは何と言おうと一番先頭である。
冒険者がワイワイと並び直す中、二人は洞窟へと近づいた。
先頭の方には既に、あのチビ共三人と、憎たらしいギル、そしてバレクとかいう魔力適正が第六等級の男がいた。
初めて見るバレクは、ひょろっとした体格に、細めの剣、そしてレインと同じく鎧を着ていなかった。
「はじめまして、レインさん。私がバレクと言います。よろしくお願いします」
何やら陰鬱な声色でゆっくりと喋る男だ。
紹介されていなかったら、この一団の中で一番弱い人間だと結論付けていたかも知れない。
「ええ、よろしく」
一応儀礼的に返事はしておいたが、どうにも喋りづらい。
掴みどころのない、まるで幽霊の様な男であった。
「それにしても。第八等級が相手なら、貴方一人で良いんじゃないの? あなた第六等級なんでしょ、魔力適正」
レインはそう言えば、と思い出し、問う。
異なる等級間にどのくらいの実力差があるのかは分からないが、数字を見ると過剰戦力のような気がした。
「ははは、分かっていないなぁ、貴女は。魔力適正が6等級だと言っても、使える魔術には限界があるのさ。人間という種族の悲しい運命だね」
何やらそう気取って答えるのは、あのギルである。
鬱陶しいが、有益な情報をくれたことには感謝せねば。
ありがとう、と短く答えて再び洞窟の入り口を見た。
そして、それとほぼ同時にヒルベルトの太い声が後ろから聞こえる。
「では、準備はいいか。皆の者、進め!!」
その合図で、何十人もの冒険者は洞窟へと歩みをすすめる。
本格的な討伐戦が始まった。
そして、洞窟に入場してからどれ程が経っただろうか。
時折適当に飛び出てくる魔物はいたが、そんな物は敵でない。
一同は只ひたすらに、洞窟の最奥に潜むであろう翼竜、ヘルシア・バーデンに向かって歩んでいる。
そんな時だった。
「下がって!!」
レインが、メモリアンズの四人を抑え、前に飛び出る。
直後、一閃。
キラリと光った切っ先と共に、
──キィィン......
乾いた音が洞窟に響いた。
レインの足元に、尖った槍のような岩の塊がポトっと落ちる。
一瞬の出来事だった。
レイン以外の、誰の目にも、何も止まらなかった。
が、それを見て、ギルがため息混じりに言う。
「おいおい、レインちゃん、この四人は魔術は効かないから防がなくても......」
「あなた、これが魔術に見えるの? 本物の岩よ。それともこの四人は、尖った岩に体を貫かれても平気なのかしら?」
歩みを止めた一同は、シンと静まり返った。
「ねえ、貴方達は後ろに下がってて。危ないわよ」
メモリアンズの四人を後ろに下げる。
彼らを助けた理由は分からないが、本能というものだろうか。
飛んでくる岩に気付いたときは体が動いていた。
それにしても、どこから情報を手に入れたのだろう。
魔術によらず、あえて物理的な攻撃を仕掛けてきたと言う事は、ヘリシア・バーデンは彼ら四人の事を知っていて、それを阻止するためあえてそうしたとしか考えられない。
冒険者の間に不穏な空気が漂った。
「行きましょう」
レインは呼びかけた。
ここで歩みを止めては一体何をしに来たのか分からない。
一同は、再び歩き始めた。
ただ、そこに漂う空気が前と一変した事は、言うまでも無かった。
そして、一際大きな空間に出た、まさにその時。
空間の中心の地面がボコッと膨らみ、そして弾けた。
現れたのは白く輝く鱗に全身を覆われた、巨大な竜。
第八等級魔祖、ヘルシア・バーデンである。
「総員、かかれ!!!!」
ヒルベルトが合図を出す前に、レインは飛び出していた。
その直後に、ギルとバレク、そして他の冒険者たちも攻撃を開始する。
『小賢しい......』
竜が、不気味に轟く声と同時に、バサっと大きく羽ばたく。
巻き起こった特殊な風は、放たれた魔法をすべて押し返した。
同時に、殺気立ち迫る冒険者を尾で薙ぎ払った。
おそらく、数人が死んだ。
キィン......
硬い、それがレインの真っ先に気づいた事だ。
この翼竜は、鱗が異常に硬い。
レインの剣では、竜の鱗を突き通せなかった。
背中から発せられた光線のようなものを避けつつ、観察する。
今、クシャルを使ったり魔力を操作するわけにも行かない。
目撃者が多すぎる。
なれば、柔い所を狙うしか無いか。
そんな場所は、一つ。
地面に飛び降りると同時に、踏み潰すため振り下ろされた前足を避けた。
ギルとバレクが何をしているか分からないが、おそらく大した戦果は上げていないだろう。
割引券は私の物だ。
レインは竜の取るであろう行動を読んで、適当な所で跳ねる。
場所が良かったせいか、案の定、竜は自分に向けて口を開けた。
光線を発射すべく、光が口の奥底で光る。
目を爛々と輝かせるその竜は、人間を畏怖させるのには十分であろうが、魔王たるレインには遠く及ばない。
例え、彼女が主な能力を両方とも封印される状態にあっても、反射神経と身体能力だけで悠々と勝てる。
光線を発射する間際、レインは思い切り竜の舌顎を蹴り上げ、上顎に叩きつける。
はずみで、竜は口を閉じてしまった。
それと同時に、光線が発射される。
ドガン!!!!
竜の口の中で大爆発が起き、頭が吹き飛んだ。
グラリ、と竜の巨体が傾く。
全員が呆気にとられる最中、レインの気にしていた事は、服が汚れ無いように飛び散る血液と肉片を避ける事だった。




