十五話 星空を眺めてみよう
夕方になった。
秋の日が落ちるのは早い物で、早くも紅に染まった夕日がギルド本部を照らした。
そして、赤く照らされた屋根の元、参加する50名弱の冒険者がところ狭しと集っている。
こんな夕に出発せずとももっと早い時間に出発すれば良いのに、と言うのがレインの正直に思うところだ。
「では、これから第八等級魔祖、ヘリシア・バーデンを討伐しに行く! 各々、覚悟は良いな!!」
その集う冒険者を1段高いところから鼓舞するのは、レインの見知らぬ男だ。
黒い髪の生えた男前の顔に、屈強な胸板、筋肉の詰まった太い腕。
背中には大剣を携えており、レインはどこかデジャブを覚えた。
「今回は三人の"超越者"の方々にも協力を頂いている。魔力適正が9等級の、ギル・アーロンバーグ氏、8等級のレイン氏、そしてあの6等級の、バレク氏だ! 各々、三人の方々の支持を絶対として動くように!」
そして、その言葉と同時に、レインは凄まじい視線を感じた。
おおおお、というどよめきを耳から耳へと流しつつ、溜息をつく。
こんな所で紹介に預かるとは聞いていない。
余計な事を口走ってくれた物だと、男をジッと睨んだ。
「それでは皆、必ず勝利をもぎとろう!! 出発するぞ!!」
しかしそんなレインの眼光は熱気あふれる冒険者の声によって掻き消された。
男の鼓舞に反応した冒険者が、おー!!と雄叫びをあげたのである。
直後、近くにいたサラが、おー!と言いながらレインを弱く小突く。
困惑し見つめるレインを、彼女は何故か楽しそうに見つめるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「それにしても、何でこんな夕方に出発するのかしら?」
しばらく後。
冒険者の一行は太い街道をまとまって歩いていた。
レインは前を行く冒険者についていきながら、隣を歩くサラに問う。
「それはですね、レインさん、ヘリシア・バーデンのすみかにつく時間を明日の昼に調節するためですよ」
答えたのは、サラではなく後ろを歩いていた冒険者だった。
困惑しつつ、ありがとうと返せば、彼はこのくらい何でも!!と珍妙な声で答える。
一体何なのだコイツ等は。
「ほら、レインちゃんって可愛いから! 照れてるんだよ、きっと!」
逆に聞いてもない事を茶化すように言うのは、サラである。
答えた冒険者の青年は、うるせぇ!と怒りながら消えていった。
困惑はつのるばかりである。
「それにしてもさー、レインちゃんの髪の毛綺麗だよね! 雪みたい! どうしたらそんな風に出来るの?」
言いながら、レインの髪の毛を持ち上げる。
しかし、実のところ、レイン本人にも何故自分の髪の毛が銀髪になったのか分かっていなかった。
「知らないわ、いつの間にか、気付いたら」
淡々と答える。
この時間は、レインにとって楽でも苦痛でもなかった。
何気に、人と話していて苦痛と感じないのは珍しいかもしれない。
「いいなー、可愛いし髪きれいだしスタイル良いし。私もレインちゃんに成りたいー」
手を頭の後ろで組みつつ、言う。
サラを見たが、夕日がだいぶ斜めに刺してきて眩しかった。
返事をする代わりに、苦笑いで済ましておく。
「あ、今、馬鹿な事言ってるなってバカにしたでしょ」
そしたら、突然よくわからない冤罪をかけてきた。
何を馬鹿なこと言ってるの、と適当に返しておいた。
しばらく後。
日が完全に落ち、空に登った月がほぼその姿を見せたくらいの時。
一行は、森の開けた草原で歩みを止めていた。
「では、今夜はここで一夜を明かす。明日からは道では無く森の中を進むので、皆疲れを十分に癒やすように!」
そう言うのは、ギルド本部で冒険者を鼓舞していたあの男だ。
今回の実質的なリーダーか。
それを聞き、皆それぞれ持ち寄った食べ物を広げ、仲間と共に食事を始めた。
レインは、食事を持ってくるのを忘れていた。
「ええ、今から狩りに行くの!?」
その旨を伝えると、サラは大いに驚く。
当たり前だろう、日はすっかり暮れ、さらに様々な魔物が百鬼夜行する森の中は普通ならば相当危険だ。
「駄目だよ、今行ったら魔物に襲われるよ、私の分けてあげるから!」
サラが手を引っ張る。
しかし、レインは新調した剣を試してみたいという目的もあり、それを断ろうとした。
が、その時。
「レインさん、今はやめておきましょう。予備の食料を持って来てありますので、大丈夫ですよ」
聞こえたのは、太い男の声。
目を向ければ、あの冒険者を鼓舞していたリーダー格の男だ。
近くで見ると、やはりというべきか、相当上背がある。
背の高い者が集う冒険者の中でも頭一つ抜けて背が高かった。
そんな彼の言葉に、若干の思考の後答える。
「あら、そうなの。じゃあ申し訳ないけど、お言葉に甘えようかしら。ごめんなさいね、迷惑をかけちゃって」
サラの食料を分けてもらうのは、彼女本人の栄養状態に支障が出るので遠慮しておいたが、予備があるならば貰っておこう。
若干の申し訳なさを感じつつ、レインはその意に甘えることにした。
「いえ、このくらい全く大丈夫ですよ。では、持ってきますね。今日はゆっくり休んでください」
言って、どこかへと立ち去る。
同じ男でもギルと彼ではこんなにも印象が違うのかと、内心驚いた。
「いい人だよね、ヒルベルトさん。カッコいい!」
サラが若干高めの声ではしゃぐように言う。
カッコいいかどうかはともかく、良い人であることに間違いは無いようだ。
しばらくして、ヒルベルトが食料の入った袋を持ってきた。
レインは、せめてもの対価として1千シリン硬貨を渡そうとしたが、彼は頑なに受け取ろうとしなかった。
「参加していただける事への感謝の心です。遠慮なく頂いてください」
これが、彼の言う所だった。
しばらく後。
「レインはさー、将来の夢とかあんのか?」
そう唐突に聞いてきたのはジェネアだ。
いきなり訳の分からない事を聞くのだな、と若干困惑しつつ、答えた。
「いいえ、特には無いわね。あなたはあるの?」
パチパチと木が弾ける。
ヒルベルトがくれた袋の中には適当な大きさの乾燥肉と、そしてスープの缶が入っていた。
開け方の分からないレインは、危うくそれを一刀両断する所だった。
「俺はな、金が溜まったら冒険者やめて、剣の職人に弟子入りするんだ! 名刀を何本も鍛えるからな、今に見てろよ!」
ちょうど将来やら何やらについて真剣に憧れを持つ年頃だろう。
ジェネアは、もう弟子入りしたかのような口調だ。
温めた不思議な匂いと酸味のスープをすする。
慣れない味だが美味しかった。
「そう、それは良い事ね。じゃあ私が一番に受注しようかしら」
ジェネアは、それを聞き目を輝かせる。
「本当か?! 特上の素材もってこいよ、天下の一品作り上げてやるぜ!」
サラが愉快そうに笑う。
他のちびっ子二人も、楽しそうにそんな会話を眺めていた。
「お、お前ら笑うなよ!! レインの分だけ作ってお前らには作らねーからな!!」
ジェネアの幼稚な抗議は、澄み渡るような秋の夜空に吸い込まれていくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
食事を終え、レインとサラは冒険者の集団からは少し離れた、草原の丘のてっぺんに寝転がっていた。
無論、サラの呼びかけである。
「星、きれいだね!」
寝転がりながら、サラが言った。
「ええ、本当に」
レインは答える。
心から出た、本心である。
半分欠けた月の、更に遠く離れたどこか異空間に、あの一つ一つの輝きがあると思うと人間という存在の如何に小さいかを思い知らされる。
レインは、そういえば、と思い出す。
昔から空を眺めるのが好きだった。
青空も、星空も、曇り空も嵐の空も。
折々の様相と顔があり、まるで人間の心を表しているようで、どんなに暗く沈んだ時も空を眺めれば心が楽になった。
こうして誰か二人で星空を眺めるなんて、いつぶりだろう。
ああ、本当に懐かしい......
......ちょっと待って、誰か二人で?
「ねえ、サラ」
レインは唐突に言う。
「ん? どうしたの、レインちゃん?」
突然の呼びかけに、サラは若干驚いた様子で答えた。
が、レインは構わず続けた。
「会ったのって、初めてだよね?」
何を言っているんだろう、とレインは聞いてから思った。
初めてに決まっているじゃないか。
そして、それはやはり、サラも同じ事だった。
「そりゃそうだよ! もしかしたら記憶を失う前に会ってるかもだけど......。もしそうだった面白いね! 運命の再開って感じ!」
相変わらずの明るい口調。
今のレインには、眩しかった。
「そうね、ごめんなさいね。変な事聞いちゃって」
再び空を見上げる。
視界の端で、一筋の光が流れた。
流れ星だ。
流れている間に願い事を三回言うと、その願い事が叶うだとか何とか聞いたことがある。
思い出せない、確かにこうやって隣にいたはずのもう一人を、レインは強く願った。
凄く輝いていた一人のはずだったのに、どうしてか思い出せない。
星にでもなってしまったかのように。
「ねえ、レインちゃん」
サラの、透き通るような声が聞こえた。
同時に右の手の平に温かい感触を覚える。
サラが、レインの手を握りしめていた。
レインは返事をしようとしたが、何故か言葉が出て来なかった。
「記憶、探そうね」
優しい声だった。
胸の奥底の氷が、少し溶けた気がした。
「ええ、ありがとう」
これが今のレインに出来る、精一杯の答えであった。




