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十三話 裏社会の詮索

食事を終え、レインは部屋に戻った。

部屋の扉は自動的にカギが閉まるようになっていたが、レインが手を近づけると、冒険者証である腕輪を感知し自動的に開いた。


......何をしようか。


鬱とでもいえば良いのだろうか、心の奥底に溜まったヘドロの様な(わだかま)りが、彼女を何をもする事から遠ざけている。

ベッドの上に倒れこみ、少女は意味もなく天井を眺めた。


行くか行くまいかで言えば、行こうかとは思っている。

が、記憶を失っているから何だというのか、理解できなかった。

記憶を失った者が高位の魔力適正を持ってはおかしいのか?

それとも、記憶を失った者は絶対に魔力量がゼロでなければいけないのか?

必死に考えを巡らすが、理解できなかった。


とりあえず、14日後に王に謁見する場で聞けばよかろう。

もし自分が魔王だとバレていたのなら、脅すなり殺すなり自由にすれば良い。

自分にはそれを可能にする力がある。


それまでは......あの方についての調査だ。

昼間は冒険者として、夜中は魔王として。

睡眠を取るという概念が消失したレインは、日中だろうが夜中だろうが、よく考えてみれば開放されてから一日たりと寝ていないが、睡魔は感じなかった。


さて、あの方というのは誰だろう?

魔物か人間か。


レインは、おそらく人間だろうと判断した。

金品財宝を欲しがる魔物など聞いたことがない。

何者かがあの魔物達を脅して人間の金品財宝を奪わせておいて、そして後で回収に向かうつもりだったのだろう。

直接手を下さなくて良い分尻尾を掴まれにくい。


ならば、裏社会の者か。

いつの時代になっても裏社会というのは存在する。

表面上政治を行うのは真っ当な政治家でも、実権を握っているのは裏社会の人間だった等というのはよくある話だ。

現にレインが捕らわれる前、為政学の分野では、裏社会への対抗法というのにかなり重点を置いて勉強した気がする。

それによれば、彼らが本格的な活動、いわば集会や暴力行為などを働くのは、夜中だとされている。

つまり、今だ。


が、レインには一つ引っかかる物があった。

ゴブリン・ゴーレムとエルダーリッチたちを一斉に潰した、あの魔術だ。

直接手を下さず、何か一つトリガーを引いただけで大量の魔物を遠隔的に殺す魔術となると、相当の魔力が必要になる。

果たして人間が扱える量の魔力なのか。

話によると、例え"超越者"でさえ、扱う魔力量によっては自滅することもあるらしい。

裏で実際に糸を引いているのは魔物か。


ここまで考えてみたが、しかしレインは行き詰まった。

圧倒的に情報が足りない。

この世界の事も、あの方の事も、思考して類推するのには、それ相応の情報が必要だ。

探しに行くほか無い。

レインはそう決心すると、ベッドから勢い良く立ち上がった。


目的、裏社会を見つけ出す。


無ければ無いで、この街は平和である、と結論づけるだけなのだが、この街はどうもそういう雰囲気では無いらしい。

治安の悪さは国の中でも目立つ程で、かと言って無法地帯というわけでは無いが、もし群衆が暴動を起こせば鎮圧は叶わない程度には悪いらしい。

まあ、外れた場所にある店など屋根が朽ちかかっているし、治安が良いのは街の中心部のみで、外れに行けば人身売買などが横行しているのだろう。

憶測ではあるが。


それを考慮したとき、裏社会を見つける最も手軽な方法は何か。

簡単だ、自分が被害者になればいい。

人身売買が行われているかどうかは定かで無いが、ある程度治安が悪ければ、容姿の良い若い女をさらって、風俗店で強制的に労働させるという話は珍しくない。

その点自分を誇る訳では無いが、レインは自分の容姿が、"ある程度"には良いと言う自信があった。


買ってきた服の中の、適当な一着へと着替える。

淡い紺色の、若干グラデーションがかったワンピースだ。

この服であれば、暗闇の中で適度に目立ち、適度に目立たない。

要するに、()()()()()に目を光らせている人には程よいターゲットに見え、目を光らせていなければ特段気づかない、絶妙な色合いの服なのだ。

狙って買ったわけでは無いが、偶然にも丁度良い。

バック等は持たず、いかにも"夜中の街を適当に散策している"感を出す。

まさか、昔習った護身術の類がこんな所で、しかも本来の用途とは真逆の方向で役に立つとは。

やはり、知識とは持っていて損はない。


程なくして、レインは大通りに出た。

人々の動きは昼間と比べたら減ったが、相変わらず多い。

こんな所では狙われないだろう。

もっと人出の少ない所へ行かなければ。


不思議な心地だ、自分から狙われるような行動をするとは。

それもあってか、恐怖もない。

むしろ、収穫がなければこれを何日も繰り返すことになるので、面倒くさい。

サッサと見つけ出そうと、手頃な裏路地に入った。


一歩大通りから外れれば、活気はもはや異国の物とでも言わんばかりに遠ざかる。

人々の喧騒は籠もった音で耳に届き、周辺には酒瓶だかが散乱していた。

なるほど、治安が悪いと言うのはあながち間違ってはいないらしい。

所々に寝そべっている人や、酒に酔いつぶれて何やら訳の分からない事をブツブツと呟いている中年の人を見るようになった。


暗闇なので、"魔眼"を発動する。

空間に蔓延する魔力を視界に捉えるこの能力は、いかなる暗闇であろうとレインに地形の情報を伝える。

見れば、床にたくさんの瓶やら何やらが転がっていて、適当に歩けばその内の一個に足を滑らせてしまう。

足元を確認しながら、レインは街の更に廃れた部分へと歩みを進めた。


そして、どれ程歩いただろうか。

街の中心部の騒ぎはすっかり聞こえなくなり、所々から聞こえてくるのは男たちの賭け事に騒ぐ声か、女性と男性がはしたない行為に及んでいるであろう音か、あるいは喧嘩を囃したてる声だけになった。

いずれにせよ、声を書けてくる者は居なかった。

レインは、なかなか襲われないな、と思いつつも、そう簡単に襲われるはずはないのかという両方の思考を持ちつつ角を曲がろうとした、その時だった。


「お譲ちゃん、一人?」


角からヌッと男が現れた。

背丈はレインの1.5倍程度、筋肉が小さめのシャツを圧迫している。

腕には何やら入れ墨がほってあり、高圧的に見下すその目先は、レインを標的として狙っていた。


「い、いいえ。これからお家に帰るところです」


レインは予め用意していた言葉を言う。

若干、声を震わせながら。

いきなり力を見せつけるのではなく、彼らの拠点にする建物まで連れて行かれてから本領を発揮し上の者を呼び出そう、そういう作戦なのだ。


「そう。俺らと遊んで行かない? 退屈させないぜ?」


見れば、レインの四方には屈強な男が数人立っていて、レインを囲んでいる。

もし自分が魔王でなければレインという少女の人生はここで終わっていただろうな、と自覚する。

自分の行っている行為は、世間から見れば、相当に危険なのだ。


「あ、遊ぶって何ですか、家に帰らせてください」


涙声を出せる程演技力は高くないので、せいぜい声を震わせる。

男たちは更に一歩詰め寄った。


「まーまー、そういうなって、ここで一発、シちゃっても良いだろう!?」


そう言うと、四方を囲んでいた男が一斉にレインに飛びかかった。

右の太ったような男がレインの手を後ろでガッチリと固め、直後に数人がかりで細く華奢な少女の身体を、壁に叩きつける。

そして、二人がかりでレインの左右の足を掴み、手篭めにしようと力を込めたかと思うと、


──全員の頭が、弾け散った。


最初に話しかけてきた一人の男を除いて。

他の三人は、頭という身体の司令塔を失い、力なく地面に倒れた。


「お伺いしますけど、あなたは誰かに指示されてこれをしたのですか?」


レインは立ち上がりつつ、突然の出来事に未だ状況を把握できずに居る男に聞いた。

レインは、男の胸を鷲掴みにし、地面に叩きつける。

男が血を吐いたのも気にせず、


「もう一度聞く、これは誰かに指示された?」


男を睨みつける。

男は、プルプルと震え、涙を目に浮かべながら首を必死に横に振った。


「そう、残念だわ」


──グチャッ。


男の心臓は、少女の手によって貫かれた。

ゴハ”ッとよく分からないうめき声を立てて、男は絶命した。


レインは、これが誰かの指示だったなら、少なくともそいつには会いに行けたのに、と残念がりながら男の頭を踏み潰す。

ゴリゴリッ、と重々しい音を立てて男の頭部は粉砕された。

もしコイツについて捜査が行われるなら、身元はできる限り分からないようにしておいた方が良い。

少なくとも、すぐには分からないようには。


レインは、もし男たちが自分を昏睡させようと魔術や薬の類を仕掛けてきたり、動けないようにと縄で縛ってきたりしたら、おとなしく従うつもりだった。

行き着く先は彼らの拠点とする場所だろうし、拠点があるということはレインが追い求めている人間への道筋が見えるかもしれないから。


が、彼らは違った。

個人的な性欲を満たすためにレインを手篭めにしようとした。

そんな気は自分には更々無い。

初回は外れだったと、レインは血を洗い流すため宿へと帰るのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 裏で誰が、絡んでいるかが気になる。 [一言] 容赦ないな。
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