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十二話 早くもほころぶ

誤字報告ありがとうございます。

レインは元々排他的な性格では無かった。

貴族の令嬢として、礼儀作法や、目上(主に他貴族の息子だったが)に対する接待方法などを厳しく躾けられてきた。

17歳ともなれば相応の思慮分別はつく。

自分の置かれた立場を理解し、勉学や武術、礼儀作法や教養など多方面にわたりその造詣を深めてきた。

はずだというのに。


「忘れ......てる?」


いや、忘れて等はいない。

貴族に対しては、相手がこちらに話しかけてくるまで相手には話しかけない。

食事の時は、凛と振る舞いへりくだって、けれど見下されない程度に。

芯のある、強いしなやかな女性になりなさい。

あの口うるさい老婆が、耳にタコができるほど言い聞かせてきた言葉を、何一つとして忘れてはいない。

けれど、何かが違った。


昔ならばあの四人をあのように追い返したりすることは無かっただろう。

善意をくみ取り、認めたうえで、多少なりともの配慮はしたはずだ。

が、今は何も感じない、まるで自分の心が氷に閉ざされてしまったかのように。

冷徹と言って他にない、そんな心持ちであった。


魔王......の心情って事ね。


自分の圧倒的な力と引き換えに失われた物は、共感性か。

ならば安い物か、とこれまた冷徹に判断を下した。

と、その時。


「お嬢ちゃん!! ほら、品だよ!」


小太りのおじさんが自分に小包を向けて叫んでいる。

ハッとレインは思い出した。


「あ、ごめんなさい。それで、おいくらでした?」


服を数着買って会計に持っていった所なのだった。

あの後、レインは昼食を適当な店でとり、ついでに商店街で着れそうな服を探しに行ったのだ。

自分で服を選んだことなど無かったレインは、四苦八苦の末、似合いそうな物を数着程度見つけ出す。

結局、午後はそれに費やしてしまい、時はすでに夕刻である。

傾いた太陽がレインの目を照らした。


「えーっとね、合計で5万4300シリンだよ」


しまった。

調子に乗って散財しすぎたか。

まあ、払えない事は無いしどうせまた稼げばいい。

大した問題では無かった。


「じゃあ、これでお願い」


ポケットから10万シリン券を取り出す。

服屋のおじさんは、あいよっとそれを受け取り、レインの手の上に紙切れを数枚と硬貨を数個載せた。


「毎度あり!」


威勢のいいおじさんの声を背に、良い買い物をしたと内心踊りながら帰路に就いた。


初秋の空気と言うのは総じて気持ちがいい。

それも、秋の夕暮れと言うのは心の奥底までその清く涼しい空気に浄化され、天を仰げば吸い込まれるように深い藍色が、片側だけ紅に染まって自分を包む。

人々の喧騒がこんな時だけ懐かしく感じるのは気のせいか。

レインは、いつにない晴れた気持ちで、宿へと戻った。


◇◇◇◇◇◇◇◇


さて、と荷物を棚に置きつつ考える。

次の依頼を受けなければ。

レインがこうも依頼を受けなければいけないと考えるのには理由がある。


自分の今の手持ち金額は、10万シリンとちょっと。

生きていけなくはないし、むしろ最初と比べたら潤ってきたが、生活資金としては心もとない。

要するに、再び金が無いのだ。


「レイン様、お食事の用意ができました。大食堂でお待ちしています」


壁にかけてある”お知らせ用スライム君”が声を張り上げた。

奇妙な声だった。


今レインが泊っている宿、グランドモーテル・ランブルは、この冒険者が集うランブル市の中でもひと際豪華な宿だ。

朝、夕の食事と、中等級の部屋、締めて一泊5万シリン。

7日分部屋を取ったら、レインの有り金は10万シリン程度となったのだ。

逆に、七日間は安泰だと考えれば、それはそれで気が楽になる。

大きな依頼を一個ドーンと受け持って、それで宿の部屋を取り、傍らで自身の過去についてや”あの方”について調査を進める。

暫くはこのような生活が続きそうだった。

が、苦ではない。

これこそ自分が望んでいた人間らしい暮らしなのではと、満足するのだった。


少し後。

いざ、大食堂へ。


ガチャっと扉を開け、廊下に出れば、落ち着いた音楽が身を包む。

なんかの魔術なのだろう、音楽を奏でるような一団は見当たらないが、しかしレインの耳には程よい音量で届く旋律があった。


大食堂は、高く見上げるホールのような空間だった。

地上数階の部分に建造されていて、大きな窓に囲まれた一室は街を見下ろせる。

綺麗な空間だ、とレインは感心した。


席が指定されているらしく、宿泊券として渡された一枚には「食堂での席はこちらにおつきください」という走り書きの横に、席番号として43番が書いてあった。

見れば、丸いテーブルの上に番号の書いた札が建てられていて、なるほどわかりやすい。

43番の札が建てられたテーブルを探せばよいのだろう。

そして、程なくしてその席は見つかった。


窓際の、個人用の小さな席。

が、小さいと言っても個人用には全く十分で、むしろレイン一人の為には若干大きかったくらいだ。

なるほど、一流の宿というのはこのような絶妙な塩梅の調節が上手いのだな、とレインは密かに納得する。


窓の外を眺めれば、忙しなく行き交う人々が、たまに物珍しそうにこちらを見上げては、サッサと通り過ぎていった。

荷台に何かを載せた馬車が、のらりくらりと群衆を掻き分け進んで行く。

街灯に照らされた街は、昼間に負けず劣らず活気があった。

なんて綺麗なんだろう、と感傷に浸っていたその時。


「ここ、良いかな」


男の声が聞こえる。

しかも、聞き覚えのある声だった。

うわ、と言うのがレインの最初に思った所だ。


「だめよ。て言うか誰よあなた」


しらないふりをしつつも、内心は誰だか分かっていた。

昨日ギルド組合で対戦した、あの男だった。


「そう言わずに。少し話そうよ。僕は、強い女性が大好きなんだ」


うわぁ。

怖気(おぞけ)がする。

世にこんな礼節のない下品な男が出回っているなんて。

女性の口説き方とか習ったことないのか?とレインは軽蔑の目を向ける。

無論、習っていたところで口説かれる気は毛頭ない。


「要件だけ喋ってちょうだい。後は話す気は無いわ」


しかし、明らかな拒絶行為をどう勘違いしたのか、


「ありがとう、僕の名前はギルって言うんだ。よろしくね」


言いつつ、向かいに椅子を置いて座った。

最早、目を向ける気にもなれない。

近くにいるだけで彼の醜悪な何かがが移りそうだった。


「自己紹介をしにきたのなら、もう十分でしょう? 帰ってくださらない?」


が、しかし。

それに対し、ギルは、思ってもいない事を口にする。


「まさか、それだけじゃないよ。要件を一つ君に伝えに来た」


ギルは、若干試すような目を向けた。

若干の間が空いた。


「王が君の事をお呼びだ」


窓の外を眺めていたレインは思わず彼の方を振り向いた。

困惑と焦燥が自分の心を満たす。

果たして何故自分が王家に呼ばれたのか、理解できなかった。


「何故? 呼ばれるような事、身に覚えが無いわよ」


レインの返答を聞き、やれやれといった雰囲気でギルは口を開く。


「やっぱり君は何も知らないようだね。超越者、って言葉は知っているかい?」


微妙な間が開く。

レインが彼に説明を求めようか迷った為だ。

彼女は、果たして彼が言うだろう内容が聞くに値するものかを天秤にかけていた。


「いいえ、知らないわ。王家が私を呼ぶのと何か関係が有るの?」


すると、男は間髪を入れずに答える。


「大有りさ。良いかい、超越者っていうのは、魔力適性が十等級を超えた者達の総称の事さ。誕生することは、珍しいが、王家に呼ばれる程じゃない。しかし、君はいささか特別でね。"記憶を失った上"第八等級なんて高位の魔力適正だった。そこで、王様が君に会いたいと直々に申し出た訳だよ」


男の説明が終わった所で、ちょうど料理が運ばれてきた。

いい匂いが鼻をついたが、レインはとてもそれを楽しむ余裕なんて無かった。


「そう。それは光栄な事ね。ちなみに、行かないって言ったらどうなるの?」


ウェイターが立ち去っていくのを確認してから、レインは問う。

男は、一瞬戸惑うような表情をしてから、答えた。


「さあ? 僕は分からないけど、あの王様の事だ。軍でも派遣するんじゃないかな? 行くなら今から14日後だ。それまでに決めるといいさ」


そして、そう言い終わるが早いか、男はガタンと立ち上がり、踵を返して立ち去ろうとする。

が、一歩を踏み出すその時、振り返って言った。


「もし良かったら、今度一緒にダンジョンでも攻略しよう!」


レインは、見向きもしなかった。

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[一言] 王様逃げて~
[一言] 王様大丈夫かな?
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