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0話 囚われた令嬢 (プロローグ)

その日は、太陽が月に隠れる日だった。

一人の少女が、その短い人生を終えようとしていた。

彼女は、冷たい石の段を一つづつ、ゆっくりと登っていく。


カチャ。カチャ。


重い鉄鎖の、石段に当たる音が、無機質に響いた。

横にいる二人の兵士の束縛が、より一層強くなった。


突然、サア、と辺りが暗くなった。

太陽が、月の影に入ったのである。

冷たい疾風が、少女の髪を流した。


「カチャ」


少女は、とうとう最後の石段を登りきった。

開ける視界に、ドッシリと現れたのは、ギロチンであった。

彼女の登る前に、二人の命を狩り終えていたその死神は、銀色の刃に赤い血をベットリとつけていた。


そして、その先に見えるのは、果てしなく遠くまで続く群衆。

全員、静かに、その瞬間を今か今かと待っていた。

水を打ったように静寂を保つ大勢の民衆は、誰一人として頭上の太陽が隠れていることに気づかないでいた。


「刑状。」


誰一人として喋らぬ、小鳥の(さえず)りさえ聞こえない静寂に、一人のしおれた男の声が広がった。

この王国の司法の最高峰である、70は過ぎたと思しき老人の声である。


「アイヴェント=ルナ=レイン。貴様を、斬首刑後、地下牢獄へ永久に幽閉するものとする」


淡々とした声だった。

何事も意に介さぬ、冷酷な男の声であった。


それ故に、その内容の恐ろしさに気付くものは直ぐには居なかった。

斬首刑、後、地下牢獄への永久幽閉。

しかしながら、段々とこの言葉の意味を理解できた者が、所々で驚愕の声を上げる。

それは、少女も同じだった。


「──え」


ほぼ自然だった。

言葉の意味を半分も理解した内に、自然とでた言葉だった。

その言葉をほぼ理解する頃には、少女はギロチンになぎ倒されていた。

そして、その言葉を完全に理解すると同時に、


「永久幽閉?! 待ちなさいよ、一体どういうこ──」


バシュ。


少女の首は切り落とされた。



◇◇◇◇◇◇◇◇



どれほどが経っただろうか。


「こ、ここは......?」


少女は起き上がった。

手に、ピチョン、と冷たい何かが落ちてきた。

目を開けば、そこは全くの闇であった。


「何も、見えない......」


けれど、少女はこの暗闇に、不思議とそこまで怯えなかった。

対処法を知っているというのもあるだろうが、その一番の理由は、彼女が事の恐ろしさを十分に理解出来ていなかったことにあるかもしれない。

けれども、とにかく彼女は平静であった。


「......光よ(セーラス)


指先から光を発する、初歩の魔術。

紛いなりにも貴族の令嬢である彼女にとって、こんな魔術を発動することは造作もない事──のはずであった。


「あら......? 間違えたのかしら」


しかし、彼女が夜な夜な読書のために使っていたこの初歩中の初歩である魔術が、発動されることは無かった。

本来しないはずの詠唱までしたのに、それでも指先に魔力が集まることはなかった。


光よ(セーラス)


暗闇がその座を明け渡すことは無かった。

光を発する魔術。

技の難度として初歩がすぎる故に、名前がつけられたことは無い。

魔術を使えるものならば、呼吸をするのと同様に扱えて然るべき技なのである。


光よ(セーラス)!!!!」


しかし、今の少女にはその魔術を発動する事さえ(あた)わなかった。

冷たい暗闇に、ただその透き通った声だけが吸収されていった。


「そういえば、私......あの時......」


”永久幽閉”。

聞き慣れない単語だが、あの時、確かに聞こえた。


「嘘......よね?」


冷ややかな恐怖が、背中を駆け上る。

最も認めたくない現実が、暗闇の中、ただ冷酷にそこにあった。


「嫌よ......」


ドサッと彼女は崩れた。

抗い難い恐怖が、実態を伴わず、残酷なまでに少女を襲った。

"永久"、この2文字の表す所を、彼女はまだ理解できたわけではないが、それでも現状を見れば、その恐ろしさを断片的には理解することが出来た。


「嫌よ、こんな所に......嫌よ!!!」


心の奥底から吹き出てくる様々な感情。

脳の中に流れ込み思考を濁らせる。

たまらず絶叫しようと、現実は変わらない。

暗黒の中、一人の少女の華奢な身体は、そこを永遠と彷徨い続ける。

果なき苦しみの、初日であった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


真の苦しみとは、不死なのかも知れない。

少なくとも、今の彼女にとっては。

あの日からどれほどが経ったのであろうか、少女は再び()()時を迎えようとしていた。


「ケホ!! ケホ、ゲホ!!!」


息を吸い込むたびに、乾いた空気が喉を刺激する。

息を吸うたびに、ヒューヒューと気管がなる。

意識の朦朧とする中で、少女は暗闇のただ一点だけを見つめていた。


ああ、またか、と彼女は思う。

意識が混濁する、平衡感覚が無い、喉が乾いた、手足が地面から持ち上がらない。

ただひたすらに、苦しい。


この先、残された道は只一つ。

"死"。

段々と意識は無くなっていって、冷たい石の上で昏倒する。

その後、しばらくは心臓は動き続けるだろう。

しかし、無駄だ。

数回、痙攣が起きて、それっきり。

鼓動は止まる。


もはや()()()ものだ、この喉の乾く感覚と空腹と......要するにこの耐え難い苦痛さえ無ければ。

そして、少女は、そんな事を思いながら、再び死んでいった。

何回目かなど、数える余地は無かった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


ピクリ、と少女の右手が動いた。

先程、餓死したはずの。


「また......もう、何なのよ、この体は......!!!!」


少女は、もう何回目かもわからない絶望に、何回目かも分からない涙を流す。

"不老不死"。

老いず、死なない、それだけである。

故に、死ぬときの一切の苦しみは味わうし、死なない程度の怪我をしても回復したりはしない。

そう、人類不変の望みである。


「もう嫌よ、いい加減にして...... 私が、私が何をしたって言うのよ......!!」


大粒の涙が両目から止めどなく溢れ出る。

生き返った今は、空腹も乾きも感じない。

けれど、それもほんの一瞬だ。

一、二日で、喉が乾いてきて、空腹を感じる。

三日目で、意識が危うくなり、喉の乾きが極限に達する。

4、5日目で、意識を保つのが難しくなる。

そしたら、もうあとは地面に屍のように転がるのみだ。

翌日か翌々日には死ぬだろう。


少女の、絶望の日々の始まりだった。

最近寒いですね。布団をモコモコしたやつに変えました。

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