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Message~永遠の時を越えて  作者: 笹木道耶
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第二章 一〇月三〇日(金)#3

     ◆ "Friend"


「あ、おはよう」

 目を覚ましたとき、一瞬、ここはどこ? と思って周りを見渡したところで、いつもは長い髪で隠しているかわいらしい丸みのあるほっぺを、惜し気もなくさらしている女の子と目が合った。

 そういえば、昨夜はここに泊まったんだっけか。

 ……酷い二日酔いがするけれど、覚えてはいた。


「ハムエッグとトーストでいいでしょう? ちょっと卵が古いんだけどね、食べちゃわないといけないから」

 ついついそのかわいらしい顔を見ていると、考えもなしにうなずいてしまう。

「一人暮らしなんだから、卵一パック買うの、やめたら?」

「だって最近、安いんだもん。

 ああ、さては佳奈さん。最近外食ばっかで、食品コーナーに行ってなかったんでしょう?」

 痛いところをついてくる。


 つい先週まで、彼の家に行っていたときは、必ずと言っていいほど手料理を作っていたものだ。

 だが、先週はキャンセルされてお流れ、昨日は予め「必要ない」と言われていたので準備をしなかったのが、それがまさか、あんなことになるだなんて。


 この辺りは横浜の中心からはやや離れているものの、一人暮らしのサラリーマンやOL、学生が多いため、コンビニだけでなくスーパーも夜遅くまで開いている。

 木曜の夜は、スーパーで食材を買って彼のところへ行くのが、確立した生活リズムの一小節であった。


 プロポーズ、してくれるのかと、期待してたのに──バカだなぁ。


 佳奈は思わず苦笑した。

 胸が、痛かった。


「お酒よりも、気分を変えたいときは、おいしいごはんとあったかいコーヒー。これが一番。

 今日はステキな朝だよー」

 いつもの甘えたような(天然)口調でそう言って、千春が、目の前にほどよく焼けたトースト、ハムエッグはターンオーバー、そしてコーヒーを次々と手際良く置いていく。高校時代、ファミリーレストランでアルバイトした経験があるらしい。以前聞いたことがある。

 長い髪を後ろで束ねた姿が、様になっていて羨ましい。


 何だ、気づいてたのか──。

 あんなに昨夜は頼り無げに脅えて、まるで母親に甘える小さな子どものようにあっさり一人で先に眠ってしまったというのに。

 ちゃんとアタシのことも見てたのね。


 そうなのだ。

 昨夜は一方的に甘えられたような気になっていて、それがまた結構気持ちよくて、そのおかげで自分も──あんなことがあって深酒した割には──気持ちよく眠ることもできたのかも知れない。

 が、事実はもっと深かったのかな?


「千春ちゃん、ありがとう」

 感慨を込めた独り言が、つい口をついて出る。

「何? なんか言った?」

 すかさずキッチンに戻って、自分の分のハムエッグを料理中だった千春が反応する。

 が、幸いにも、換気扇の音ではっきりとは聞こえなかったらしい。


 実際、ちょっと考える余裕さえあれば、佳奈の生活リズムについて知っていたはずの千春なら、昨夜佳奈が自分の部屋にいたという事実だけで、多少不自然に思っても不思議はない。

 更には、お酒には強いが、あまり量を飲む方ではない佳奈が、かなり酔っていてしかもお酒の匂いをぷんぷんさせていたのだ。普段の佳奈を知っていれば、訝しく思わない方がおかしい。

 しかも部屋にいるのであれば、佳奈なら絶対にまだ起きている時間だった。

 あれだけ恐怖に脅えていた千春が、佳奈が自分の部屋にいることを知っていたならば、絶対に電話なり直接助けを求めて来るなりしたはずだ。

 それなのに、昨夜千春は佳奈のプライベートについて一言も触れなかった。

 単に気づかなかったのか?

 いや、そんなことはあり得ない。

 先程の千春の言葉がそれを物語っている。


 千春が自分の朝食を持って、佳奈の向かいにやってきた。

 冬はコタツになるテーブルに向かい合わせになる。

「あれ。せっかく先に作ったのに、全然食べてないじゃん」

「千春ちゃんが来るまで遠慮してただけよ。

 あれ? 千春ちゃんはサニーサイドアップなんだ。アタシもそっちの方がよかったなー」

 一瞬千春が困った顔をした。

 ? と思った瞬間、先程の言葉が頭の中に蘇る。


『ハムエッグとトーストでいいでしょう? ちょっと卵が古いんだけどね、食べちゃわないといけないから』


「……腹壊すぞ」

「いいの。私は自己責任において。でも、お客さんを食中毒にするわけにはいかないでしょう?」

 自然に軽い笑いが出る。

 そんなやり取りが、何だかとってもおかしい。

「……ありがとう」

 自然と、そんな言葉が出た。

 え? と言いながら、千春が頬を赤らめる。

「あ、わ、私は胃が、強い方だから」

 ──やっぱりこのコは尊敬すべき人だわ、と佳奈は改めて思った。



 朝食を片付けたあと、佳奈も、昨夜のことを全部、千春に話して聞かせた。

 人に聞いてもらうだけで、随分と気持ちが軽くなるものだ。そして、その相手が千春であることに、佳奈は感謝した。

 さあ今度は自分の方が、何とか千春の力になってあげたい。


 昨夜、酔っていたとはいえ、千春の話は、ざっくりレベルで一通り聞いていた。

 だがそれは、あまりにも常軌を逸したものだった。

 今までの付き合いの中で、ハイレベルのリアリストだと思っていた千春の言葉とは、到底思えないもの──。


「夢の中で人が殺され、その人が本当に死んでた。しかも、夢の中と同じ方法と思える方法で、ねぇ……。しかも」

「ごめんなさい。やっぱ信じられないですよね」

 それまで佳奈に気を遣ってか、ニコニコと笑顔を絶やさなかった千春の表情が、急速に曇った。

 本当に表情が豊かなコだ。

 普段は大人びているが、昨夜の取り乱しようと言い、まだ二〇歳前だというあどけなさを垣間見せてくれる。


「しかも今度は、千春ちゃん自身が殺される夢、か」


 一呼吸おいて、千春が応じた。

「でも、すっごくリアルな夢なんですよ。それに私、さえぐさゆみえさんなんて、全然知らなかった。なのにあのときの顔は、ほんとにはっきり覚えてる。起きたときなんか、もう汗びっしょりで」

「…………」

 普段の佳奈なら、そんなの偶然よ。さえぐさゆみえってモデルとしては成長株で、よく雑誌にも出てたみたいじゃん。近所に住んでるんだから、どこか、スーパーとかコンビニとか道端とかで会ってるかも知れないよ。そこで何となく印象に残ってたとか。とにかく、考え過ぎよ、そんなの──とでも言って、相手にもしなかったに違いない。


 しかし、今のこの千春の姿を見ていると、そんな冷淡に突き放すようなやり方はためらわれた。

 あの一人芝居にしたって、明かりのついてる部屋から男の人の声がすれば、きっと襲撃者は諦めてくれるに違いないと思ったから、ということだし、少なくとも千春がどう思っていたかについては疑う余地はなく、そのショックの大きさ、精神の疲労度は、全く計り知れるものではない。


 かける言葉が見つからず、佳奈は窓の方へ歩み寄った。

 ここから、下に落とされる夢──か。


 確かに、落ちたら無事では済まないだろう。

 そういえば、さえぐさゆみえも六階の住人だったはずだ。

 そのことを指摘すると、千春は、六階の七〇一号室って、話です──と突き放した態度で言った。

 あまり触れられたくなかったのだろう。

 六階の七〇一号室といえば、この部屋の部屋番号とまったく同じなのだ。


 何故、六階の七〇一号室かといえば、答えは案外とくだらない。

 要は大家の趣味なのだ。

 表現を変えれば、信念とでも言おうか。


 佳奈と千春の住むマンションに限って言えば、一フロア五部屋の六階建て。各フロアには、〇一号室から〇二、〇三、〇五、〇六と部屋番号がつけられた部屋がある。

 四階は五〇一号室から五〇六号室まで。

 『四』という数字をとことん嫌っているのだ。

 ちょうど女性専用フロアとそうでない階との仕切りが見えやすいという効果もあるが。

 佳奈の名字は「五島」だが、自分が「四条」とか「四谷」とかいう名前だったら、自分はこのワンルームマンションには住めなかったのでは? とさえ本気で思えて来る。

 そんな特殊な事情が、さえぐさゆみえのマンションにもあったのだろう。

 もっと言えば、大家さん、同じ人かも。


 もしさえぐさゆみえの件が本当に殺人で、その犯人がヘンな意識に凝り固まった愉快犯──佳奈にはそもそも若い女を投げ落として殺すことの意味が理解できないので、そのくらいしか想像ができない──だったとしたら。

 窓のレールのところに腰掛ける。

 千春はそれを見て不安げな表情に更に磨きをかけるが、大丈夫よ、ベランダだってあるし、落ちゃあしないわよ──と、小さな手摺りを指して言った。


 佳奈は特に高所恐怖症ではないが、落ちる、ということを前提にするならば、かなり怖い高さである事は間違いない。

 落下する、ということが、リアルに想像できる高さだから。


 そういえば千春は、突き落とされた瞬間、視点が落とされた方に移った、と言った。

 その夢がリアリティにあふれていて、しかも二夜続けて見たのであれば、不安になるのも無理からぬところかと、そう納得しようとした矢先、外壁──窓の上の部分に、何か不自然な出っ張りがあるのに気づいた。

 隣の部屋、つまりは佳奈の部屋の同様の箇所を見る。

 こんな物は見当たらない。

 ゆっくりと手を伸ばす。届かない。

 更にゆっくり、腰を浮かす。

 届いた。

 何やら外れそうな手応えだ。


     ◆ 3


「ちょっと、どうしたの? 佳奈さん!?」


 室内から見ると、佳奈の行動は驚かせるのに十分なものであった。

 特に、二度も六階の窓から落ちたことのある(?)千春にとっては、他人事では済まない。

 思わず千春は佳奈の方に駆け寄った。

 しかし佳奈はそんなことはまったく意に介さず、「これ、何?」と逆に千春に訊いた。

「え?」

 千春が問い返すと、佳奈は窓の上側を指さして、「これ」と言う。

 一瞬、窓の外に体を出すことをためらいながら、佳奈と体を入れ替える。


 言われたところに目をやると、確かに何やらよく分からない物が壁にくっついていた。

 何これ、千春ちゃんがつけたの?──という問いに、千春は室内に戻ってから、ぶんぶんと左右に頭を振って応えとした。

「……ふうん」

 佳奈はそう口に出すと、再び千春と替わり、窓から上半身を出した。

 そして体を室内の方に向け、再び懸命に窓の上の方に手を伸ばし、少しばかりの苦闘の末、何やら怪しげな、昔流行ったカンペンケースの小さめのやつを二つ重ねたぐらいの大きさの物体を、部屋の中に持ち帰った。

「これってひょっとして──盗聴器か、何かじゃない?」


 佳奈の言葉に、千春は少なからずショックを受けた。

 言葉を発した佳奈の表情にも、憤りというか嫌悪感というか、複雑な感情が滲んでいる。

「こういうの、以前お店で、見たことあるんだ」

 佳奈の視線が、その「箱」に釘づけになっている。

 動揺が抑えられない。


 まだ盗聴器と決まったわけでは──。

 千春は自分を冷静に保とうとしていた。しかしその矢先、目の前を佳奈の体が突然、居合剣士のように素早く動いた。

 千春が止める間もないムダのない動きで、彼女は受話器を取った。

 そして結果として、スイッチひとつで一一〇番通報できるように準備していた電話は、一一〇番というダイヤルを改めて一つ一つ素早く的確に押され、スタンバイしていた予定通り、警察に繋げられることとなったのだった。


 思えばこれが、千春の運命を大きく左右する、きっかけとなる出来事だった。



 刑事が二人、千春の部屋に到着したのは、佳奈が電話してからおよそ五分後のことたった。


 佳奈は電話中、さすがにもしこの灰色の箱が盗聴器でなかったとしたら──と考えたらしく、一一〇番をしておきながら「緊急じゃないんですが」などと曰っていた。

 まあさすがに、何もなければ警察にも千春にも迷惑をかけることになるわけで。

 沈黙が二人を襲う。

 しかし、そんな沈黙が長く続く前に、千春の部屋のインターホンが、静寂の中で大きく鳴り響いた。

 二人が競うようにドアに向かう。


「……お電話をくれたのは、どちらですか?」

 ドアを開くと、そこにはビジネスマン風の若い男と、更に若い、千春と同年代くらいの男性の二人が立っていた。

 どちらとも、およそ刑事とは思えない風貌だった。

 特に若い方は、それこそ男の子、と言ってもいいくらいの童顔である。

 別に他意はないが、二人ともなかなかの美形であることは間違いなかった。


 ビジネスマン風の男のその問いに、すかさず佳奈が応える。

「わ、わたしです」

 いろんな意味で緊張していたのか、いつもよりオクターブ高い声だ。

「あなたが早野さんですか?」

「わ、わたし……隣の、七〇二号室の、五島です。こっちが、その、早野さんで──」

「私が早野です」

 ハキハキと話すことで、逆に佳奈に対してフォローを入れようとする。

 あとの話は私が引き取ろう、と千春は心に決めた。


「あ、これは失礼。こちらの自己紹介がまだでしたね。自分は、神奈川県警M警察署の、水林といいます。こちらは阿部」

 男の子の方が、「阿部です」と名乗った。

 通常、一般家庭から窃盗などの一一〇番通報があったときは、私服の刑事が一人に制服警官が一人、それに鑑識が一人の三人が来るものだと、どこかで聞いた覚えがある。

 だが、目の前には私服の刑事が二人。

 これがどの程度の対応なのか、知る術を千春は持っていない。が、うち一人が新人っぽいだけに、これは構える必要もないかも、と楽観的に考えようと試みた。そして気がついたときには、「水林」と名乗った方から名刺を貰ったりしてしまうくらい、厚かましくふるまっていた。

 その名刺には『神奈川県警察M警察署刑事課 警部補 水林栄純』とある。

 年の頃はせいぜい二七、八から三〇ぐらいまで。千春の兄、伸一が生きていれば、ちょうどこのぐらいの年齢になっているところだ。

 それだけに、何だか不思議な感じがした。


 水林警部補と阿部刑事は、早速佳奈から例の物をハンカチ越しに手にした。そして水林の方が、確かにこれ、五島さんのおっしゃる通り、盗聴器のようですね──と、驚くほど早く結論を出した。

 水林の口調は、無感動で機械的だったが、その口調とは裏腹に表情は、ここへ来たときの比ではないほど険しくなっていた。

「すぐ鑑識を呼びます。電話をお借りしますね」

 水林はそう言うと、最短距離で電話の方へ向かった。一方の阿部刑事の方は、ややポカンとしながら、水林の方を見つめている。

 どうやら「新人」という印象はウソをついていないようだ。

 電話を終えると、水林が部屋の中を見渡した。

 その行動に、佳奈の表情が険しくなる。

 なに女の子の部屋をジロジロ見てんのよ失礼ね──佳奈なら、そんな言葉を言いかねない。

 しかし、佳奈が言葉を発する前、千春が佳奈を止めようとする前に、水林の方が口を開いた。


「音楽をやってるんですね? それも本格的だ。これは二〇万以上するハードディスクレコーダーじゃないですか(*筆者注:当時の音楽用のHDRはそのくらいしました)。音源もいいものを使っておられる。お、このキーボードは、K○RGのM1ですか。年代物のオールインワンシンセですね。渋い機械をお持ちで──これで音源が……マイクを入れて都合四つ、ですか? いやいや、パソコンに負担がかからない装備ですね」

 意外な発言だった。

「随分お詳しいんですね」

「……いえ、実は、大学時代の同級生に打ち込み中心の活動をやってる奴がいましてね。門前の小僧みたいなもんですよ。まあ、今ではそいつ、横浜駅西口あたりで毎週、土曜日だったかな? 弾き語りをやってるらしいんですが」

 今までのクールな調子がウソのように、早口でまくし立てる。

 その様子に一番面食らっているのは、同僚の阿部刑事のようだった。

 目を見開いてぽかーんと水林の方を見つめている。


 そもそも、知らないと、「K○RG」を正確にはなかなか読めないものだ。

 しかも、キーボードをちょっと見ただけで、機種だけじゃなく古いキカイだということまで見破るとは(機種名については、背面にデカデカと書いてある)、この刑事は、確かにそれなりには詳しいらしい。

 刑事さんも打ち込みなんてするのかしら? それともバンド屋さんかな? という興味が、千春の心を揺さぶった。


 千春も、「横浜西口の弾き語りライブ」については聞いたことがあった。

 一度、贔屓にしてくれているバンドの音楽プロデューサーから聞かされたことがあり、同席していた編曲家もそのことを知っていて、盛り上がっていたのを覚えている。

 決まった日に決まった場所に必ず現れては、ギターで弾き語りをやって、多数の観客を集めている人物がいる、と。

 何でもかなり巧いらしく、芸能事務所やレコード会社のスカウト、プロのミュージシャン、テレビの取材などがやって来ては断られ、憤慨したり項垂れたりして去って行くのだ、とか。

 そうまで言われるとさすがに興味はあったが、近くなのにも関わらず、千春自身はまだ一度も見に行ったことはなかった。噂をしていた二人も、見に行ったことはないらしい。

 そもそも、人が大勢集まるというその弾き語りライブを、ただでさえ苦手な人込みの中に自分の身を投じてまで見に行こうという気は、プロの端くれとして、千春には抵抗があったのだ。


 そうこうしているうちに、鑑識がやって来た。

 鑑識の人たちが作業をしている間、千春の部屋の外の廊下で、改めて二人とも、簡単な事情聴取を受けることとなった。

 事情聴取では、千春と佳奈の年齢、簡単な経歴から職業といった基本的な個人情報から、盗聴器を仕掛けるような奴に心当たりはないか? マンションの現況は? などの具体的な事柄まで細かく聴かれた。

 マンションが男性専用と女性専用の二層構造であること、四〇〇番台の部屋がないことなどを話題にしたが、たいした手掛かりにはなりそうもない。

 ただ、男性はこのマンションには出入りしにくいはずだということ、それからもちろん、盗聴するような不届き者には、二人とも心当たりなんてまったくない、ということは言えた。

 一通りの作業が終わると、刑事たちは、「何かあったら連絡してください」と言い残して、鑑識の人々を連れて帰っていた。


     ◆ Meanwhile "Police"


「よくアレ、一目見ただけで、盗聴器だと判ったな?」

 阿部の運転する覆面パトカーには、水林の他に、後から呼び寄せた鑑識課員二人の内の一人が同乗していた。


 確かにそうだ。

 パッと見では必ずしも盗聴器に見えるとは限らない、取り付けられていた壁の色に合わせるように、灰色に塗られていた小さな箱状の物体。

 もっとも、あの五島佳奈でさえ盗聴器だと看破したのだから、水林が見抜いたのも不思議ではないのかも知れないが。

 それに対する水林の応えは、至極簡単なものだった。

「勉強してますから、俺」


 水林のこうしたものに対する知識量には定評があった。

 まだ三〇前という年齢の割には、実にいろんなことをよく知っている。

 はっきり言えば、この年齢で、キャリア以外の人が警部補になるのはかなり難しい。加えて、警察官の中でも一際忙しい刑事畑をひたすら歩きながらのこの出世ペースは、格段に早い方だと言っていい。そこに至るまでには、相当の努力があったに違いない。


「おい若いの、コイツの視点で物を見ていくのは大変だぜ」

 同乗しているベテランの鑑識課員が囁くように言った。

「何せ、俺たちみたいな専門職の人間も驚くほど、ホントいろんなこと知ってやがるから。この盗聴器だって、おれは開けて見るまで、確信が持てなかったんだぜ? 初めて見る型だったからな。それをこいつは、機能や特性まである程度説明できるみてえだ。

 特に機械モノには強え。コイツ、スポーツカーもナナハン(筆者注:排気量七五〇ccのバイクのこと。ここでは文字通りのモノを指すが、当時のある程度の年齢以上の人間には「大型バイク」の総称のようなものでもあった)も持ってるけどよ、その動機が『警官なんだから、その中身についても知ってないと』だとよ。バラしたり組み立てたりもできるんだぜ、コイツはよ。二級整備士も真っ青だぜ。

 そういう奴なんだよ。コイツはよ」

 彼の研究熱心さがずば抜けているらしいことは、他の先輩たちの言葉もあって何となく解ってはいたつもりではあったが、改めてそれを見せつけられた気分だった。


 すごい人ばかり身近に現れるものだ、と阿部は思った。

水林(みずばやし)栄純(えいじゅん):#2 スポーツカーと750ccのバイクを所有。時にパトカーの代わりの移動手段として使用すると同時に、機械の仕組みを知るため、自分でバラしたり組み立てたりカスタムしたりしている。その腕前は既に二級自動車整備士レベル。

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