第六章 一一月〇三日(火)#2
◆ 2
さえぐさゆみえのマンションに到着したのは一一時五〇分ジャストだった。
ここから千春のマンションまではバイクで三、四分。急げば「確認」作業も不可能ではなかったかも知れないが、こちらから頼み込んでおいて、待ち合わせに遅れることは許されることではないので、帰りに寄ることにした。
ゆみえの母、三枝芳恵は既に来ていて、千春たちを出迎えてくれた。
芳恵の服装は、フォーマルスーツ・ドレスの類いでこそなかったものの、今日も黒で統一されていた。もし千春が死んだら、母はこんなふうにしてくれるのだろうか? と思うとものすごく不安になる。
そして、泣きたくなる。
今朝泣いてしまったことで、どうやら涙腺が緩んでしまっているらしい。
芳恵の案内で室内に入る。そこには、普通に付いているドアガード以外は、すべて予想通りの光景がひろがっていた。
「ドアガードなんですね、ここは」
西脇が言うと、芳恵はやり切れない表情を浮かべこう言った。
「これ、掛かっていたらしいです。ここへ入るときは、警察の方が専用の機械──といっても、小型の電動ドライバーみたいなもの──らしいですが、それでいったん、取り外したんだそうですよ。
これが掛かっていたことが、『自殺』、と判断される、決め手となった、そうです」
途切れ途切れにしゃべるその表情を、千春はとても見ていることができなくて、室内の方へと視線を移した。そして彼女に、ここはゆみえさんが亡くなったときのままですか?──と訊ねる。
「そうです。警察の捜索が入りましたので少し片付けましたが──お葬式を挙げるまでは、あの娘の生活していたままの状態で取っておきたかったので、できるだけそのままにしてあります」
冷汗が額に浮かぶ。
この光景が「そのまま」なのだとしたら、千春の見た「夢」は、やはり現実のもの──。
見たことのないはずのその独特なレイアウトを、千春は見たことが確かにあった。
初めて、「夢」に対して確固たる自信を持てた瞬間だった。
左奥から、机、椅子、机の上にはパソコン──マッキ○トッシュ──その前にはベッドが横置きに置かれている。右奥からは、本棚、ステレオ、テレビ──と。
あの「夢」で見た、あの部屋そのものだ。
「どう? なんかわかった?」
千春の態度を不自然に思ったのか、西脇が小声で訊いてくる。
この間取りや家具の配置が「夢」と一致するかどうかが、今回の捜査の最重要ポイントであることは、二人の間では確認済みのことだった。
だが、それを遺族である三枝芳恵に聞かれるのはマズい。
千春はこれ以上ないというほどの真剣な表情を作り、小さく二度頷いて見せた。もちろん演技ではない。顔も血の気が引き気味で、蒼白に近くなっている。
千春と西脇が前提にしている仮説の信憑性の具体的な高まりによる興奮と、自分はウソをついてはいなかったんだ、という少しの安堵感と、そして現実に自分に身が危なかったんだ──という確信は、表情がすぐ顔に出る千春に、ごく一瞬の真剣な面差しと、絶望を浮かべさせた。
「警察が捜索をした──と先程おっしゃいましたよね」
西脇が芳恵に聴く。彼女は小さく頷いた。
「大ざっぱに、『遺書』がないかとか、その程度のことは調べた、と言ってました」
「それだと、厳密な捜査はしなかったって、ことでしょうか?」
「どうなんでしょう……そのあたりは、わたしにはよく判らないんです。本の間とか抽斗とかクローゼットとかは調べたみたいですけど。
あと、洋服のポケットなんかも。
ただ、噂に聞いていたよりはずっと丁寧に作業してくれたみたいです。ほとんど片付いた状態に戻していただけました」
警察の家宅捜索は、酷いときは泥棒が荒らしまくったような状態にし、そのまま終えて帰ってしまうことがある、というのは、西脇からあとで聞いた。
「わたしも木曜日からこちらに来てて、警察の捜査が一段落した金曜の昼から土曜の夕方まで、少しずつ調べたんですが、特に何もなくて。
……西脇さん、あの娘は本当に、自殺じゃないんでしょうか?」
芳恵はすがるような目で西脇を見、千春を見た。
悲しげな目である。
そんな目で見ないで──このときの千春は、心の底からそう思った。
「正直、まだ、断定はできません。でも、その可能性は高まったかも知れない。具体的には申せませんが、どうも僕には、そんな気がするんです。
しかしそうですか。
何も、ねえ……。
お嬢さんは、日記なんかは、つけたりはしてなかったんですか?」
少しばつが悪そうに、芳恵が応える。
「ええ。あの娘は結構マメな性格で、中学のときまでは日記をつけていたんですけれど、高校生になってからはつけてなかったと思います。ちょっと昔その──わたしがあの子の日記を見つけて、読んでしまったことがバレてしまったことがあって、それで大喧嘩したことがあったんです。それ以来──。
それらしいものも残ってないし、よく女の子たちが、手帳を日記代わりに使ってますよね? でもあの子のシステム手帳は純粋なスケジュール帳でした」
やり切れない、という表情で、芳恵は二人に悲しみを訴えかけ続けている。
その視線を千春は思わずそらしてしまったが、ふと何か、閃きの光が頭の中をかすめた。
「特に何か、お母さんの目から見て、なくなったものとか、増えているものとか、は、ありませんか?」
「……お恥ずかしい話ですが、わたしもこちらに来たのは実は今回でやっと三回目でして──あの娘が家から、実家から持って行ったもの以外は、わたしの知らないものばかりなんです。刑事さんにも同じ質問をされたのですが、まあ、アクセサリーとか、洋服とか、あとはノートとか本とかが増えているようですけど、詳しくは」
二人の会話が途切れたところで、千春が参加する。
「あの、このパソコンなんですけど」
詳しい型番は判らないが、これは紛れもなくマッ○ントッシュだ。どちらかといえば玄人向けの、それもデザイナーやミュージシャン向けのマシンである。昔からそちらの方面に特化していて、ソフトの数、質、量ともウ○ンドウズを、いまだに上回っている。千春もパソコンを購入するとき、大いに迷ったものだ。
千春は拡張性や将来性を考えて、結局ウイ○ドウズを選んだが。
「ああ、それなら、あの娘が高一のときに買ってやったものです。
あの娘は元々、モデルなんかじゃなくて、デザイナーになりたくてこっちに出て来たんです。スポーツ新聞なんかじゃ、さかんにモデルモデルって書いてますけど、実際は一人暮らしの、ただの専門学校生でした」
確かに報道は常にそんなトーンで見出しを打っていた。
でも、専門学校生であることも記事の中には書いてあった。千春はそれを見て、メモに書き出した覚えがある。
デザインの専門学校生なら、マ○クを使っていても何ら不思議はない。
改めてパソコンに近寄ると、なるほど、ちょっと古そうな感じもするが、全体的にはとても綺麗だった。
外付けのハードディスクを増設していたり、周辺機器が複数付いていたりする割には、かなり整頓され、機材への掃除も行き届いており、愛情を持って大切に使っていた様子がなんとなく漂ってきて、千春は少し感傷的になりかけた。
しかしこの場はそんな場ではない。
改めて気を引き締める。
千春は、そんな中にスキャナーが置いてあることに気がついた。
デザイナー志望なら、練習がてらスキャナーで絵などを取り込んで、独自に「改良」を加えてみたりしていたのかも知れない。スキャナー以外にも、当然プリンターも目に入ってきたし、DTP用の雑誌やソフトの箱なども、思いのほか多いような気がした。
(これって、もしかして)
このパソコンの周囲を見ていると、いろいろなことが判る。
まず、さえぐさゆみえという人物が、パソコンにかなり親しみのある人物であること。
本気でデザイナーを目指していたらしいこと。
机の上にパソコンを置く、ということは、手で何かを書く、ということがあまりなかったのではないだろうか、ということ──。
「ゆみえさんに、何だか怪しいような、『手紙』が届いてませんでしたか?」
そう。千春には、深夜に届けられたはずの「手紙」があったかも知れないのだ。
どういうわけか、あるいは千春の勘違いか幻か、郵便受けには何も残されていなかったのだが。
「さあ……ダイレクトメールや、高校時代のお友達からの手紙はあったようですけど、怪しいと言われても」
「それは、今、どこに?」
芳恵は、自分のハンドバッグを開け、手紙を四通、取り出した。DMではなく、どれも手書きのものだ。
四通のうち二通は同一人物が出したもので、高校時代のゆみえの親友のものらしい。残りの二通もそれぞれ、高校、中学のときの友人からのもので、怪しいところは何もない、という。しかも、親友からの一通を除く三通はいずれも四月から五月というゆみえが一人暮らしを始めた直後のもので、残る親友の一通も九月一六日の消印が残っていた。
「内容も、当たり障りのないことばかりで。近況報告って言うか」
「あの……」
千春が不意に口を挟んだので、二人の視線が一度に千春に向けられた。
その視線から逃れるように、ある提案をする。
「このパソコン、動かしてみてもいいですか?」
「……あった!」
「え?」
「そういうことか」
千春、芳恵、西脇の順に声を上げたのは、パソコンのハードディスクの中に、さえぐさゆみえの「日記」を見つけたからだった。「プライベートデザイン」というフォルダの中にこぢんまりと保存されていて、パッと見では分からないようになっていたのだ。
「プライベートデザイン」というフォルダは、既存のデザイナーがデザインしたのであろう様々な図柄に、さえぐさゆみえが手を加えて、別の作品に仕立て上げたものばかりを保存してあるスペースだった。その来歴だと、外部に公表できないことは十分承知していたのだろう。
だから「プライベート」なのだ。
音楽の世界でも、他人の曲をコピーすることで技術を磨いていた経験のある者は多い。コピーする、と言っても、実際にある既存の曲のメロディやコードの流れを耳で突き止め、それを打ち込みデータにしたり譜面に書き下ろしたりする、という作業が一般的であり、誰にでもすぐにできる、というようなものではない。
おそらく、デザインの世界でも同じようなものなのだろう。千春はそう思った。
さえぐさゆみえは、これでデザインのノウハウを研究し、自らの技術に磨きをかけていたに違いない。モデルの仕事で忙しい彼女が早くにデザイナーとして独り立ちするには、売れセンのデザインの在り方を研究し、売れセンのデザイナーの手法や技術を盗み、自らの力量の糧とすることは、至極自然な流れだと思う。
この「プライベートデザイン」の横には、「オリジナルデザイン」というフォルダが存在していた。その中にはたくさんのファイルが存在しており、彼女がどれだけプロになるため努力していたか、ということが容易に想像でき、千春はなお、感傷的にならないよう、自身を奮い立たせなければならなかった。
彼女の「日記」は、そんな「オリジナルデザイン」のデザインのサンプルの中に、埋もれるように「JOURNAL」という名で保存されていた。「JOURNAL」なんて名前では、一瞬「雑誌」や「新聞」のことかと思うが、フランス語では「日記」という意味もある。
ひょっとしたら──いや、ひょっとしなくても、昔、芳恵に日記を見られたことが原因で、こんな手の込んだ隠し方にしたのかも知れない。
「でも、どうしてこんなの、わかったの?」
西脇が訊ねてきた。
すぐ横で、芳恵も頷いている。
「このパソコン、高一のとき買った、とおっしゃいましたよね?」
「ええ」
「それでピンと来たんです。
お母様は私たちに、『中学のときまでは日記をつけていたけれど、高校のときからはつけてなかったようだ』とおっしゃいましたよね? ゆみえさんにとっては、お母様に『日記』を見られたことが──ごめんなさい、でも、きっとショックだったんだと思います。
だけど、日記を書く習慣って、持ってる人はそう簡単にはその習慣を捨てられないんじゃないでしょうか? お母様に見られたくらいであっさり辞めてしまうぐらいなら、そんなに怒ることもないでしょうし。
だから高校からはきっとこんな方法にした。パソコンを欲しがった理由の一つですらあったかも知れません」
千春の言葉を聞いて、芳恵は大きくうなだれてしまった。
気丈に振る舞っていた彼女も、祐美恵、と声に出したあと、涙を浮かべてしまう。
「お母さん、この『日記』、読ませていただいても、よろしいですか?」
その言葉に、芳恵は体をビクンと震わせたあと、真剣にどうすべきか考えていたようだった。
自分が昔、盗み読んでしまったために、こんな形の「日記」にせざるを得なかったという負い目──。
「お母さん、お気持ちは解ります。でもよく考えてみてください。この『日記』は、ゆみえさんが、誰にも読まれることを意識することなく書いた『日記』なんです。ということは、彼女の本音が書かれている、ということです。
だから、もし彼女が本当に自殺したのだとしたら、ここに『遺書』を残しているかもしれません。そうでなくても、何か手掛かりが残されている可能性が高い、そう僕は思います。
いかがでしょうか?」
千春も続く。
「ゆみえさんが『亡くならなければならない理由』が、お母様にも、警察にも、もちろん私たちにも判ってないんです。それに、もし殺されたのだとしたら、脅迫状とか、嫌がらせの手紙みたいのが届いているかもしれません。
そうだとしたら、ゆみえさんはそのことについて、何かしら『日記』の中に書いているかも」
千春の、「殺された」と「脅迫状」の二つの言葉が、芳恵の態度を決めたようだった。
ムクっと前を向き直り、二人に、一緒に読んでみましょう──と告げた。
◆ 3
中を見て、三人はすぐに驚いた。
「脅迫状」はあったのだ。
千春が「脅迫状」という発想にたどり着いたのは、例の「手紙」らしきものの存在を気にかけていたからだったのだが、それが現実に存在していたということに、千春は改めて恐怖を感じた。
何か、得体の知れない力が千春の周りに渦巻いている──そんな気がして、ならなかった。
《さえぐさゆみえの日記》
10月28日 水曜日
今日は全日シゴトがない日だった。随分前から決まってたスケジュールなので、特別なかんがいはないケド、でも自分の時間があるっていうのはけっこううれしいものだ。な~んて言ってると、自分がいっぱしの社会人になったように錯覚しちゃう。よい傾向だね、ふむふむ。
このごろ学校にいくヒマがあんましなかったから、今日は3コマも出ちゃった。もぐりで出るのはちょっとキンチョーするケド、意外とだいじょーぶ。カンもさえてきたし。今日もおかげで収穫アリ、なんちて。
最近やっと、納得のいく作品がすこしづつできるようになってきた。こないだの手紙が、なんか転機になったってカンジで、なんか釈然としないけど、まあ結果おーらい、あたしの実力よん。感性の勝利~(笑)。といっても、まだ、プロの一線の人たちには及ばないかも知れないけど。でも、あたしの会心作と、あの人たちの駄作との差は、そんなにない、と思うのはあたしだけ?
最近、あいつからの電話がうっとうしい。シゴトでお金が入るのはうれしいし、センスを磨けるのもウレシイんだけど、ああいうのとかかわりあいになるのはやだなあ。「一昨日の手紙、アンタ?」って聞いたら、けげんな声だしてたなあ。あいつじゃなかったら誰だろ? まあ、実害がなければいいんだけど。
10月27日 火曜日
ここ何回か、クリスマス関係の撮影ばっかで、さすがにちょっとアキアキ。今日なんてもうサイテー。なんでサンタがおへそだして赤いふかふかのキュロットはいて、ブーツはいて帽子かぶって、写真とらなきゃならないのさ。そもそもあたしはファッションモデルであってグラビアモデルじゃないってーの。部屋着だとしても寒いだろ、こんなの。しかも一瞬のネタにしかならないし。こんなのドレスよりも着れる時間短いだろー。
しかし、あらためて考えると、このシゴトもたいへん。クリスマスなんて二か月も後なのにね。でもアーティストの人達なんて、真夏の炎天下の中スタジオにこもってクリスマスソングのレコーディングをやったり、ジャケット用の撮影をしたりするんだもんね。それに比べりゃまだいいわ。
今日は休憩中にイイカンジのイメージが浮かんだ。家に帰ってきてから、忘れないうちに輪郭だけでも書いておく。う~んイケてるイケてる。あたしってひょっとして天才? こういうこと言ってるヤツに限って、実力はたいしたことないのよねえ。はあ。
でも、今回のはマジイケてる。この分だと今年度のYグランプリをねらえるかも。そうでも思わなきゃやってられん(笑)。
明日は休み。久しぶりに時間を気にしないで学校にいけそう。そういえば昨日のアレ。まあどーでもいいか。
10月26日 月曜日
今日は午前中は学校、午後からはシゴトと、ちょっとハードだった。でも、シゴトが渋谷だったから、まだ楽かな。こないだの幕張は、ホンッと疲れたわ。(しつこい女は嫌われるぞ!)
シゴトがいそがしくてデザインのことが考えられなくなってて、ふとだいじょーぶかな、なんて思ったり。なに弱気になってるのよ! あんたにとっては、モデルのシゴトもデザインの勉強のいっかんなんだからね、もう。
あとちょうど一か月後、お母さんの誕生日だ。プレゼントなんてあげたことなかったケド、さすがに今年はね。質素な人だから、なんかモノをあげたってきっと使わないだろうな。だから、一番いいのは安上がりなあたし自作の「バースデーカード」がいいかな、なんて。あー、でもやっぱ、プレゼントにしなくちゃね。こんどエリカに相談しよう。
それはそうと、なんなのよこの手紙は? いかれたファンかな? まったく。ファンでいてくれるのはありがたいけど、こういうのは困る。先輩方やマネージャーはこういうこともけっこうあるって言ってたけど。もしあたしのファンなら、やましいことがないんなら自分の住所ぐらい書きなさいよね。
でも、人によっては、こういうやからが出てくるってことは、人気がある証拠だって言うし、気にすることもないか。でも、けっこうビビったというかむかついたから、手紙は捨てちゃったケド、スキャナーで取り込んじゃった(笑)。で、ディスプレイに映し出してみると、これがけっこう美しかったりして、なんて(爆)。ああ、あたしもすっかり、気分は一流デザイナー、なんてね~。
《スキャナーで取り込まれている『手紙』 現物は横書き、おそらくA4サイズ》
やっと見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた やっとやっと 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけたんだ 見つけた ついに見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた オレは見つけた 見つけた 見つけた 見つけた ボクは見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた ワタシは見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけたんだよお 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけたあははは 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけたんだよきみを 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけたオマエを 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた キミを見つけた 見つけたんだ 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた 見つけた アナタを
《以下、空白》
一〇月二六日と二八日の文中に出てくる「手紙」が、この「見つけた」を連発している気持ちの悪いものであることは明らかだった。
さえぐさゆみえは、単なる嫌がらせか、行きすぎたファンの狂気によるもの、と思っていたらしく、大して気にもしてなかったようだが、彼女が亡くなっている、という事実が先にある千春たちには、なんとも形容しがたい思いを与えるに十分なものだった。
やり切れないのは、彼女が一か月後の母親の誕生日について考えているくだりだ。この記述を目にし、文字を追っていた芳恵は、部屋の隅にしゃがみこんで泣き出してしまった。
どうすることもできなかった千春は、自分が情けなかった。西脇は、彼女の肩を叩いて、「いいお嬢さんですね」と言っていた。
過去形ではなく、現在形で──。
芳恵は、何度も何度も頷いていた。
例え亡くなっても、親子関係は、親子の絆は変わらないのだ。
それを見て、千春は、胸が締め付けられたように苦しかった。
客観的にこの「日記」を読む限り、さえぐさゆみえが「自殺」する理由は、全くないように思える。
粘着して来てた知り合い──おそらく男がいたようだが、それもそれほど気にしているわけではない様子。
一〇月二八日の時点でも、深刻に悩んでいる節はない。むしろ全体的には順調な方だと思ってすらいたようだ。仕事に関しても愚痴ってはいるものの、深刻に悩んでいるようには到底思えない。むしろ大きな充実感さえ感じる。
このいきいきとした文章からは、とても自殺なんて選択肢があるなんて、読み取ることはできなかった。
三枝芳恵:#2 桐山紗英子弁護士とは小田原、箱根の商店会の会合などで面識があり、それを頭の中では結びつけていたため、信用度のアップに繋がっていた。自宅に戻って通夜を終えたあとで名刺を確認し確信している。
なお、祐美恵の訃報に対しては、法律事務所から、桐山紗英子名で弔電も届いていた。が、いずれも西脇英俊は知らないことである。




