第四章 一一月〇一日(日)#2
◆ 5
千春たちが食事を終わらせ、後片づけをしないまま談笑していると、しばらくして、ようやく美月から電話があった。施錠の関係があるので、すぐに迎えに行く。
美月は、さすがに起こしてもらえなかったことを不満に思ったようだったが、西脇の作ったガーリックベーコンサンドを食べるや、そんな不満はいずこかへと消えてしまったようだった。
(結局言えなかったな、夢のこと──)
美月の食事が終わり、後片付けを二人して手伝う。
西脇はここでも、初めは、お客さんだからいいよと遠慮していたが、さすがに「どうしても」と半ば強引に押し切った。
『美月ちゃんを送り帰したあと、もう一度どこかで会えないかな? 今回の一連の事件について、もっと詳細に検討してみたいんだ』
三人でのしばしの談笑タイムのとき、昨日聞きそびれた美月と西脇の昨晩の会話の内容について改めて訊いてみたら、美月の方は苦笑い。
西脇の方は、ちょっとしたクイズを出しただけだよ──と白状した。
が、そのあとで、西脇がこっそりと提案して来たのがコレだった。
今日のスケジュールはまず、千春の一二五の二人乗りで、美月を自宅まで送ることから始まる。
そろそろお暇する時間だよ、と美月に言う。
多少不満げな表情を見せた美月だったが、素直にそれに従った。
二人して丁重に感謝の意を表して深々と頭を下げる。
「そんな大袈裟にしないでほしいなあ。たいしたことはしてないんだし。ま、でもまた、気が向いたら二人で遊びにおいでよ。いつでも歓迎するからさ」
ホントにいい人だ──。
このときはそんな印象しか残らなかった。
いい時間を過ごしたと、ただただそう思った。
「ホント今日は、あ、いや昨日と今日と二日間、お世話になりましたぁ」
美月が妙に改まって謝意を表したので、少しびっくりしながらとりあえず、こちらこそお世話になりました──と返しておく。
お互い似合わないことはするもんじゃない、とでも思ったのか、すぐに二人とも吹き出してしまった。
西脇のマンションから美月の家まで、バイクの二人乗りで走ること約三〇分。閑静な住宅街にあるやや小さめの一戸建ての前で、美月はオフロードバイクの後部座席から降りた。細かく手を振り合い別れの挨拶を済ませ、美月が背中を見せると、すぐに千春はクラッチを繋いで再びアクセルを回した。
バイクで自分のワンルームを目指しながら、千春の頭の中にあったのは「クイズ」のことだった。
事件に関係があるわけではないだろうに、なぜか気になって仕方ない。
ソレは、「どのような自然災害が起ころうとも、決して決壊することのない防波堤」であり、
かつ「それを見る角度、あるいは視点によって、全く違う効果をもたらす強大な力」でもあり、
そして「巨万の富をもたらし、そして破滅にも導く、あやかしの宝石」でもあって、
そしてそれは「空気のようにいつでも私たちの周りにあり、しかしそれが突然この世から消えてなくなったとして、誰もその瞬間に害を被ることはない」という。
(あれは──)
千春が自分のワンルームマンションの近くまでようやくたどり着いたとき、怪しげな車が千春の視界に入ってきた。
前の席の側面についてはスモークのかかったガラスではなかったため、中にいる人物を見ることができたのは、千春にとっては幸運だった。
(刑事だ──)
一人が、あの冷静かつ、鋭い感性の持ち主である水林栄純警部補であることは間違いない。
そしてもう一人は、この間の阿部刑事ではなく、もっと目付きの鋭い、人相のあまり善くない男だった。
(どうしよう?)
道の角までターンして引き返し、向こうから見えにくい位置で一旦停める。
このまま事件が解決しなければ、いずれ警察から事情を聴かれることになるだろう。
それはまず、間違いない。
自分は犯人なんかじゃない。これも多分確実だ。
なら、ここで出て行っても構わないはずである。
しかし、もし万が一、重要参考人扱いにされでもして、任意での事情聴取と称して警察署へ連行されたら、いつ帰してもらえるか分かったもんじゃない。
それに、まさかとは思うものの、逮捕なんかされてしまった日には洒落にならない。
そんなことがあったら、ぽっと出の作詞家である葛野深雪など、一瞬で吹っ飛んでしまう──天職とも言える、今の作詞家という仕事を、失うわけにはいかない。
反対に、警察に身柄を拘束されるなら、安全は保障されるはず──。
ジレンマだった。
とはいえ、このまま行方をくらましたままだと、却ってそれが裏目に出て逮捕まで行ってしまうという、最悪のシナリオに結びつく可能性もあった。居所が定まっていないことは、警察を不安にさせるかもしれないから。
でも──。
あの水林という警部補は、かなり有能な感じがしたし、非常に理性的な人物である印象だ。
きっと解ってくれる。
でもでも、有能だからこそ、逆に手柄を焦って強引な捜査をしてしまう可能性も──あの横に座ってる人、人相悪いし、無理やり自白させられたりして。
全く考えがまとまらない。
そうこうしているうちに、たまにしか通らない通行人が、皆不審そうに千春の方に視線を向けてくるのに気づかされる。
ヘルメットをかぶったままこの場所に居続けるのも、もう限界に近いようだ。
(そうだ。西脇さんに相談してみよう。彼と水林警部補は大学の同級生のはず。彼なら助けてくれるかも──)
光明を見出したと思ったのも束の間、千春の後ろには、例の二人組みが、千春を見下すように立っていた。
「どうしました? こんなところで」
ソフトな口調で水林が言った。ただ、どこか有無を言わせない雰囲気を感じる。
どうやら千春が思考を巡らせている間に、不審に気づいた彼らの方が迅速な行動に出ていたようだ。
いい加減、思考に浸かるとどうにも周りが見えなくなってしまう悪癖は、どうにかしないといけないと痛感する。自分の間抜けさに腹が立つよりも、何となく見つかったこと自体が悔しくて、千春は思わず下唇を噛んでいた。
どうやらもう、逃れられそうにない。
「いやぁ、こんな路地裏に、怪しげな車が停まっているもんですから、出て行くに行けなくて」
精一杯の皮肉のつもりだったが、必要以上の効果があったのか、人相の悪い方の刑事の表情がみるみる険しくなっていく。
こういう表情、顔を見ると、逆に刃向かってみたくなるという性格の千春は、こういう有形の暴力的なモノには強い。逆に、雅の過去を話すときのようなことの方が、心情的に遙かにつらい質である。
それだけに、更に皮肉が口をついて出てしまった。
「それにしても、これはまた、随分お早いお越しですねえ、刑事さん。まだ……一〇時じゃないですか。
ああ、あの怪しげな車の中身って刑事さんたちだったんですか? それならそうと早く言ってくれればいいのに」
「何をこの──」
「よせ、関本君」
関本君、と呼ばれた強面の刑事が挑発に乗りかけたところを、水林が毅然と制した。
千春にとっても、ここで刑事ともめてメリットになることは、特に何もないはずだった。むしろデメリットの方が大きいに違いない。
それでもこういう態度に出たのは、千春がせっかく見出した光明を無視するような刑事たちの出現と、一番嫌いなタイプの人間の出現が原因なのは、間違いなかった。
「すみません。どうにも単細胞な奴でしてね、失礼しました」
水林が頭を下げると、「関本君」と呼ばれた方も続いて頭を下げる。
しかしその態度には謝意などまるでなく、それどころか、水林に対する憤りのようなものさえ感じさせる始末だった。
「ところで、今日はお話をお聴かせ願いたくて待たせていただいたんですが、よろしいですね?」
普通なら、よろしいですか?──だろうに、と思いながらも、さすがに観念する。
水林には昨日の借りもあるし、ある程度は覚悟していたことでもある。
やむを得ない。
大丈夫だ、私には後ろ暗いことなど何もない。(ホントに?)
正直に話せば、きっと分かってもらえる──。(話せないことだってあるじゃん)
「分かりました。じゃあそこの、ファミリーレストランで──でも、いいですか? ちょうどティータイムですしね」
精一杯気丈に、刑事たちに告げる。
その態度が「関本君」には大いに気に召さないらしく、また睨まれてしまう。
しかし、そのことが逆に、千春の心を勇気づける羽目になっていることに、彼は気づいているのだろうか?
◆ Meanwhile "Police"
昨夜遅くまで早野千春の帰宅を待って張り込みをしていたのだが、結局彼女は帰って来なかった。
その単独行動が捜査本部の知るところとなったのか、水林は所轄の刑事である阿部ではなく、県警本部の関本という若い刑事と組んで捜査に当たることになった。そのせいで、パートナーを外された捜査本部中一番の下っ端である阿部が、めでたく中西警部の付き人に任命され、デスクワークに専念する羽目になってしまったのだった。
捜査状況をホワイトボードに記したり、書類をまとめたり。
せっかく一線で捜査できるときが来た──そう思ったのに。
しかし、そんなネガティブな考えはすぐに捨てる。
そんな考えで仕事に、事件に取り組んではいけないのだ。
そこに悲しむ被害者の遺族がいて、いや、それ以上に、人権を最も蹂躙された、被害者がいるのだから。
ふと、昨夜の張り込み中、水林が言った言葉を思い出した。
──昔な、こんな「事件」に出会ったことがあるんだ。
え?
──いや、俺が出会った訳じゃない。T署時代の先輩が出会った、いや、当事者だった、と言った方がいいのかな?
……。
──その先輩は若い頃、ある日署長に呼ばれて、「ある若い女性についてだが、かつて警察に連れて行かれたことがあるらしいな?」という事実を突き付けられた。そして、それにかつて直接関わったその先輩に対して、どういう理由でその女性が警察の厄介になったのか、と訊いたんだ。先輩はその署長がどうしてそんな事を聞くのか全く分からなかったが、相手は階級がはるか上の上司でもちろん警察官だし、まだ彼自身も若かった。だから、その質問に正確に答えた。
……。
──彼はこう答えたそうだ。「その女性なら、自分が交番勤務のとき、パトロールコースから少しばかり離れた林の中に倒れているのを発見し、交番へ運び、事情を聴いたことがあります」とね。だがその答えでは署長は不満だったらしく、更に話を促した。だから彼は「その女性自身が何か犯罪を犯したというわけではありません。その女性は被害者でした」とまで答えた。だけど、それでもその署長は納得しなかった。だから更に彼は、「何者かに暴行を受けたらしく、こちらとしても慎重に扱うべく腐心したのでありますが、結局女性は被害届を出そうとしなかったため、当時自分の所属していたI署としてもどうすることもできなかったことを覚えています」とまで答えざるを得なかった。
すると署長は、「ご苦労だった」と一言言って、先輩に退室を命じた。先輩がその質問の意図を知ったのはそれから一週間後のことだったそうだ。その女性が、婚約者に婚約を破棄され、それを苦に自殺したらしい、という新聞記事を読んでな。
それ以来、彼は常に、そのときに背負った罪悪感と戦っていたよ。捜査が難航して泊まり込みが続いたときに、その件のことらしいことでうなされていたのを俺も聞いたことがある。もう彼は警察を辞めてしまったけど、彼が辞めるときのあの憑き物が落ちたような表情を、俺は忘れることができない。
……それって、どういう事なんですか? どこでそんな……。
──その女性の婚約者の父親はちょっとした有力者でな。自分の息子の相手は、もっと違う女性を、と考えていたらしい。だから興信所なんかを使っていろいろ調べさせてたらしいんだが、その中に、その女性が一時期警察に付きまとわれていたという事実をつかんだらしいんだ。
だが、この件については、第一発見者はさっき言った通り先輩、つまり警察官だった。それが幸いしてその内容までは興信所でも調べられなかった。だが、カンのいい奴ならすぐにある発想をするもんだ。アレは親告罪だからな(*一九九八年当時は親告罪)。犯人が分かってたって、それだけで逮捕することはできない。だから当時のI署は、彼女に告訴するよう促すため、外形的に、彼女に付きまとうような形になってしまっていたんだ。それをその女性の婚約者の父親──正確には彼が雇った探偵──は見逃さなかった。有力者だからな。いろいろなところから情報を集め、先輩という人間を突き止め、署長を使ってその事実を確認させた。
当時は今に比べれば貞淑さが求められるような社会環境だった。それでも婚前交渉自体を非難するような風潮まではなかったが、ことが「性犯罪」──「強姦」の「被害者」なんだ。そしてその女性はその事実を婚約者側に隠していた。これは世間的には十二分に説得力を持つ、婚約解消の正当事由になりうる。
突然阿部の座るデスクの電話が鳴った。
思考が中断させられる。受話器を取りながらも、水林の最後の言葉を思い出す。
──婚約者側は、その事実を追及し婚約を一方的に解消した。
警察なんて言っても、必ずしも全幅の信頼をおける訳じゃない。それも性犯罪、ことに強姦事件は特に、男性には被害者の心の痛みが隅々までは想像できない。これは事実だ。だから、当事者にとっては絶対に秘密でなければならない情報にも関わらず、警察からそんなふうに漏れてしまうことがあった。しかも故意にだぜ? あってはならないことじゃないのか? 警察の情報管理はそんなに甘いのか? 警察がその女性を殺した──そう言ってしまうことが、何か間違っているか?
俺は──少なくとも俺は、そんな悲劇に関わりたくないんだ。そんなことはもう二度と、あってはいけない──。
電話の応対をしながら、水林の言葉が頭に響く。
彼の冷静な口調は、その言葉の深い意味を、確かに言い表していた。
そして、阿部は彼のことを、改めて、尊敬すべき先輩だと位置づけることになった。
電話からは続々と新情報が入ってくる。
デスク付き、というのも、意外と悪くないかもしれない。
◆ 6
「一晩中、友達と一緒にいたんです。別に私がどこに泊まろうと勝手じゃないですか」
怒ったような口調で言うと、「関本君」が、男と一緒だったんじゃないの?──とか言ってくる。
まったく品のない男だ。
「残念ながら女の子です。何なら聴いてみます? 電話番号を教えましょうか? それとも自分たちでお調べになります?」
品のない顔が大きく歪む。
だが、そんな険悪な二人の間に割って入る爽やかな風。
「まあ、どうか機嫌を直していただけませんか?
それではまず、その方のお名前と電話番号をお聴きしましょう。申し訳ありませんが、連絡はとらせてもらいます。
それと何処にお泊まりでした? このお友達のお家ですか? それともどこかお店とか、ひょっとしたら大学とか。最近では、漫画喫茶とかに一晩中いる人たちもいるようですが」
矢継ぎ早な質問で険悪な雰囲気をうやむやにしつつ、なかなか鋭いところをついてくる。
やはり彼は有能な捜査官だ。
それに昨日の雅のことについてのやり取りで、気配りもできる人物であるという印象もある。
この人なら信頼がおけるかも──思わず、すべて正直に話してしまいたくなる。
だが──。
それは危険なのだ。
昨日の西脇の推理──というか考察を、千春も理解できているつもりだ。
千春の「夢」が普通の夢ならば何も問題はない。
が、もし本当に現実とリンクしていたら、水林はともかく、関本には千春が「犯人」に──そうでなくともマークすべき、重要参考人程度には見えてしまうかも知れない。
だから、少なくともこの場は、そういう場ではない。
水林は本当に勘の良い人物らしい。
千春の拒否反応を理論的に抑え込む効果的な一手と考えたのだろう。「関本君」に席を外すよう言った。
彼は初め拒否しようとしたが、渋々席を離れて行った。
二人になってしばらくして、水林が淡々と話しかけてきた。
が、その口調は多少事務的なものではなくなっている。
彼もやはり、「関本君」の存在が煙たいらしい。
「昨夜一晩中一緒にいた女友達」、そして「泊まった場所」──。
美月や西脇に迷惑をかけるのは心苦しかったが、そうも言っていられない。
言わなくてもいい余計な情報の流出に気をつけながら、正直に話す。
「ほう? 西脇、氏のマンション、ねえ……」
さすがに自分の知っている名前が出たせいなのか、水林の表情、口調が複雑な胸の内を感じさせるものになった。
しかし、それでも同級生に「氏」をつけるあたりが、いかにもクールな水林らしく好感が持てる。
「西脇氏──とはいつから知り合いだったのですか?」
この前の、千春の家でのやり取りでは、水林の振りに対して何の反応も示さなかったことを思い出したのだろうか? そんな風に聴いてきた。
「実は昨日知り合ったばかりなんです。
あ、でも誤解しないでください? ナンパされたとかしたとかじゃなくて、美月ちゃん──佐藤さんと西脇さんが知り合いだったからその伝手で」
ナンパした、という言葉が自分から出るあたりが、ある意味千春らしいところではある。
「それでよく泊まりましたね。彼、まだ独身でしょう?」
それが事件と関係あるのだろうか? と思ったが、ここはあえて正直に話すことにする。
もしこの場に「関本君」がいたらこうはいかなかったも知れない。
「泊まったのはマンションのゲストルームです。
西脇さんのお家の方にも伺いましたが、どっちも佐藤さんと二人でしたし、何か問題がありますかね? 西脇さんって、とっても誠実そうないい方じゃないですか?」
その千春の言葉に、水林は何か言い返そうとしたようだったが、そのまま何も言わずに飲み込んでしまった。そして次の質問に移ってしまう。
(あれ? 何? 今の反応──)
なにがしかの違和感を覚えつつ次の質問。
それは当然、昨日の朝、なぜあの時間に、しかも土曜日にも関わらずあんなところにいたか、という核心部分のものだった。
あれから丸一日、漫然と考えていた応えを口に出す。
千春としても、我ながら説得力がないかな、と思うような応えだったが、事実を警察に話したときのデメリットに負けて言ってしまった。
しかし、これもあながち全部ウソ、というわけではない。
「掲示板を、金曜に見忘れてたんですよ」
「──それだけ、ですか?」
「はい」
あっさりと、しかしきっぱり言う。
Y大では、大学側から学生への連絡は余程のことがない限り、専ら掲示板による公示により行われることになっている。
国立大学であるからこそのことなのかも知れないが、この原則は学生にとって悪い意味で徹底されており、場合によってはそれこそ、この掲示板の見落としが、いろんな意味で命取りになりかねない状況を作り出すことは、伝統的に学生の間では有名なことだった。
掲示の内容も概ね覚えているし、自宅が大学に近く、バイクという機動力もある千春なら、そのためだけにわざわざ大学へ足を運ぶことも、決して不合理とは言えないはずだ。
これを否定するのは警察としても難しいだろう。
(カンペキ──よね?)
そんな千春の自信を裏付けるように、水林は関本を呼び寄せ、小さな声で、確認できたか?──と問いかけたあと、小さく頷いてから、ご迷惑をおかけしました、と千春に言って席を立った。
どうやら盗み聴きされていたようだ。
侮れないな──そう思う反面、とにかく尋問が終わったことでホッとした、というのが、このときの千春の偽らざる気持ちだった。
その気を抜く瞬間を関本に見られたらしいのは失敗だったかも知れないが、しかしともあれ、これで西脇と再び会うことができる。
そう思うと少し嬉しい。
刑事二人の姿が見えなくなったあと、千春は電話をかけるために席を立った。
支払いは刑事たちが持ってくれた。
レモンティー代だけだったが、少し、税金を払い戻してもらったような優越感にもキモチ、浸ることができたのはホントのハナシ。
(あれ?)
そういえば、M署への通報のこと、何も聴かれなかった──。
関本国重:神奈川県警察本部捜査第一課刑事。巡査部長。28歳。大卒で警察官となっており、水林警部補とは同い年だが、警察官歴は一年長く、期で言うと先輩。強面の容姿ゆえに、怖がられることが多いが、職業適性的にはそれでも良いので、仕方ないと思っている。女性はやや苦手。機動隊からの誘いを受けたこともある。
出世的には水林より遅れているが、能力は高く評価されており、本人も近いうちに警部補に、と思っている。実直で真面目、堅実な職務遂行が持ち味。
現在所属している捜査本部のあるM署は、自分の職員寮からは交通の便が悪く片道1時間くらいかかることが少し不満




