記憶の中に
ここは王都マナケルジアの名実ともに中心に位置する、王城『マナケルジア城』。その一室にて、たった今この国の最高戦力とも言える面々が集結していた。
豪勢な部屋だ。広い室内には様々な装飾が施され、その一つ一つが庶民の一生分に匹敵するような金額だ。高い天井には王家の家紋が描かれ、壁には剣が掲げられ、とある組織の紋章がどうどうと描かれていた。
その豪勢な室内の中央に座するのが、大きな円形のテーブルだ。そこには物々しい恰好をした男女が座っていた。
ここは王国騎士団詰め所、最高会議室。王国騎士団のなかで最高位である十二人の金剣たちのみが入ることが許される場所、通称、金の鞘。
このテーブルに十二本の剣が埋まることはまずないが、今この場にいる五本の剣が苛烈な論争を交わしていた。
「全く、何をやっているのだ何をっ!! 最早一週間だぞ!」
「お気持ちはわかりますがネプチュニア卿、どうか落ち着いて。取り乱しては見えるものも見えなくなってしまいます」
唾を飛ばしながら激高する中年の騎士はネプチュニア卿。十二人のなかで数少ない実力ではない方法で金剣に至った騎士だ。主に参謀役を買っている。
「だまれっ、下の連中は何をモタモタしているのだ。これだけ犯行を重ねれば魔術痕など充分集まっておるだろう! これ以上長引かせれば我々騎士団の威信に関わるぞ!!」
今回の議題は今なお街を恐怖に陥れる怪死事件についてだ。
「それが、今回の事件。どの犯行現場にも魔術痕が一切残っていないのです」
「なんだと!?」
今回、騎士団を悩ませている最大の理由がこれだ。通常魔術を使えば必ずでる魔術痕。本人固有であるそれはある程度集めれば、探知魔術にて即座に捕捉することができる。また、魔術を用いない普通の凶器による犯行だったとしても被害者の血液を解析し、その血を追うことで犯人特定に繋がるのだ。進化した現代魔術によって痕跡さえあればいずれは逮捕に繋がる。それが今の魔術の常識なのだ。
しかし今回に限ってはそのどれもが当てはまらない。魔術痕が残っていない以上魔術による犯行でもなければ、凶器を使われた形跡もない。この状況を無理やり説明するなら、勝手に人が切り刻まれている。というほかない。
「そんなバカなことがあるかっ。このような傷を魔術行使なしで出来るものかっ」
「いやー、そうでもないと思うっすよ?」
ネプチュニア卿に異を唱えたのは、彼の右に三つ空けて座る。少女だ。茶髪の髪を適当に切りそろえた少女は、腰に佩いた身の丈ほどの長剣に手を置きながら語る。
「私たちほどの実力なら、似たようなことが出来ると思うっす」
『置去のサマリー』の異名を持つ騎士、サマリー・ブライリーはことなげもなく言ってのけた。
「そんなことはどうでもよいッ! 問題なのは手段ではなく一刻も早くこのごみクズを捕らえることだ」
「ぇー……」
どうでもよいとあしらわれたサマリーはそれなりにショックを受けているようだった。
「まあまあ、ネプチュニア卿。卿の焦りはわかりますがここは今一つ冷静に。もう一度ネヲジさんの話を聞きましょう」
そう言ってネプチュニア卿をなだめるのは、サマリーの対面に座る女騎士プロメチア・ニュールである。常に冷静沈着、氷のように冷たく鋭い瞳は、碧く美しい。
「では、ネヲジさん。今一度貴方方の状況を教えてください」
「あ、ああ。……俺たちは今全力で犯人特定に動いている。だが、魔術痕どころか証拠が何一つ出てこない。現場近辺での聞き込みや、遺族や被害者知人にも話を聞いてるが、特に共通した何かがあるとは言えない。今のところ分かるのは、無差別に女性だけを狙っている、としか」
「使えないやつらだっ!」
「ネプチュニア卿!」
余りにもなネプチュニア卿の発言にたまらずプロメチアが咎めるが、彼を責めることはできないだろう。何せそれほどまで騎士団が動けないこの状況が異常なのだ。
「……すまないっ」
「ネヲジさん……」
王都の治安維持を担当する治安課のトップにして、金剣の位階を持つ。ネヲジ・パーセナルはただ、頭を下げることしか出来なかった。ここまで事件が長引いているのはひとえに自分の無能さゆえだと思っているのだ。その顔には深い隈があり、やつれて見えた。ここ何日も寝てないのだろう。
「なーんかまるで魔法みたいっすね。この犯人、実は魔法使いだったりして」
手を頭の後ろで組みながら、サマリーが何気なく言った。
「……おい、さっきから聞いてりゃお前、ふざけんのもいい加減にしろよ?」
事件を真剣に追っているネヲジにとって、どこか他人事のような危機感のないサマリーの態度が許せなかったのだろう。事件が難航しているストレスやプレッシャーが暴発しかけていた。
「や、別に私はふざけてなんかないっすよ? いつでも真剣真面目本気全力で取り組んでるっす。話を聞いてるとどうにもおとぎ話に出てくるような魔法。ほら、誰もが子供のころ読んだことあるっすよね? 『大魔法使いマリスの冒険』それに出てくる魔法の道具にこんなことができそうなのがあったなーって思っただけっす」
「いや、ブライリーちゃんの言うこともあながち間違いではないこもしれないよ」
「「!?」」
ここにきて、今まで沈黙を貫いてきた、五人目の騎士が口を開いた。
「魔術痕がない、かといって物理的な凶器を用いられたわけではない。前例のないこの状況を解決するためにはあらゆる角度から多角的に物事を見る必要がある。その点ブライリーちゃんの指摘は面白い。仮に、伝説のコレクションが犯行に使われているとしたら全てに説明がつくと思いませんか、ネプチュニアさん」
「し、しかしアーミニク卿それは余りにも……」
「そうだ、テオ。そんなおとぎ話を鵜呑みすることは出来ない」
傲慢で旧時代な選民思想を持つネプチュニア卿にすら敬わせ、剣鬼ネヲジ・パーセナルに親しみを持つ。王国史上最高の騎士。剣聖≪テオドール・アーミニク≫。その深紅の赤髪と、大海を思わせる蒼眼、整った爽やかな顔立ち
は、名に負けていない。
「もちろん分かっているさネヲジ。君たちは今まで通り犯人を追ってほしい。ただそれに加えて著名な考古学者の方に話を伺ってみるという話だ」
「それなら、まぁ……」
「この件は王も懸念されておられる。最悪の場合は」
「場合は?」
「僕が出よう」
「「――ッ!?」
「――?」
テオドールは何もしていない、しかしその雰囲気だけでこの場にいる百戦錬磨の騎士を威圧させて見せた。ただし一人だけ一般人であるネプチュニア卿は特に何かを感じているわけではない。一定の実力がなければ彼我の実力差すら測ることはできない。
「――じゃ、そういうわけで今日はここまでにしようか。栄えあるマナケルジア王国に栄光あれ」
「「「「栄えあるマナケルジア王国に栄光あれ」」」」
◆◆◆◆
怒り心頭で飛び指してきたエーシアは、一度家へ帰り、いつもの広場に来ていた。無性にマジックをやりたくなっていたのだ。人目につかないような物陰に隠れマジシャンの服に着替える。いかにもな紳士服に着替え、白い手袋をつけ、目元を隠すマスクをつけようと手に取るが、
「……」
かつての忌まわしい自分の姿が重なる。愚かな夢に憧れ街を飛び回り、人の大切なものを平気な顔をして奪っていく。それがカッコいいと思っていた過去の自分に吐き気を催すほどの嫌悪感がよみがえる。
そういえば、あの時期もこんな格好をしていたなと思いながら……待て、それはおかしいだろ。なんで大嫌いだったはずの怪盗時代と似たような格好でやってるんだろう。
そもそも指名手配の身でありながら、わざわざこんな目立つようなことをやってるのは何故だ?
生活のため?――生活費を稼ぐならもっといいやり方があるだろ。
これぐらいしか出来ることがなかった?――認めたくないが怪盗時代に身に着けた技術はもっとある。活用次第では国の中枢までのし上がれただろう。
なら、身に着けた技術を見せびらかしたかったのだろうか?――これが、一番近いのだろうか。もっと他に根本的なものがあった気がするが、どうにも思い出せなかった。
もう少しのところで、大切なことを思い出せそうな気がしたが、それは中断せざるを得なかった。
「キャァアアアアッ!!!」
耳を引き裂くような、甲高い女性の悲鳴によって。