シルフィア団
に包まれる父と悲嘆に暮れる少女の姿が写って夢から叩き出される。これがお前の過去だ、と風化させることは許さない、と目をそらす頭を無理やり掴まれ見せつけられる。
「分かってるよ、俺は……」
今朝も寝ざめは悪かった。
モーニング・ルーティンをすましたジャックは特に目的地もなく街を歩いていた。
今日はどこに行こうか――なんてことを行きかう船を見ながらぼんやり考えていると、背後から鈴のような声をかけれた。
「あの、すいません!!」
「はい?」
振り返ると、髪と同じ銀縁の眼鏡をかけた少女が顔を赤らめながら立っていた。
「あの、何か用ですか」
「あ、えっと、その……」
少女は気恥ずかしいのか、三つ編みにしたおさげの髪をいじりながら、ぎりぎり聞こえるぐらいの声で言った。
「あの……ファンです」
「えと、何の?」
とぼけて見せるが、エーシアは内心で驚愕していた。この少女が自分の変装を見破っていたことに。変装は誰にも見られない所で解いているし、そもそも普段つけている仮面には微弱だがお手製の姿惑わせの術式を組み込んである。急ごしらえで不完全なものだったが、なんの魔術耐性のない一般人が見破れるものではない。それに自分が尾行につかれていたことに気づかせないなど、この少女の正体は一体――
とエーシアが思考を巡らせていた間に少女が紡いだ言葉はエーシアを驚愕させるのに十分だった。
「伝説の快盗の子孫、エーシア・エヌラーペさん。あなたのです」
そこにはすでに気弱な少女の姿はなくようやく獲物を見つけた捕食者のごとく獰猛な笑みが張り付いていたのだった――
◆◆◆◆
おさげの少女に連れられて来られたのは二階建ての建物だった。王都の北部に位置する商店や店が立ち並ぶ商店街エリア。その一角にある縦に長い建物だ。
「さ、入って」
「……」
もはや本性を隠そうともしない少女に導かれるまま、中へ入る。扉を開くと、中はがらんとした空洞だった。特になにかがあるわけでもなく、壁もむき出しになっていてあまり使われている形跡はなかった。
「なにしてるの。こっちよ」
きょろきょろと立ち尽くしているエーシアを急かすように少女は奥へ進んだ。奥の扉をくぐると、目の前に階段が迎えた。少女はずんずんと階段を上っていき、闇に吸い込まれていった。
「……」
今更引き返すわけにもいかない。それに自分の正体を知っている少女を放っておくことはできない。覚悟を決め、暗い階段に足を掛けた――
「……」
ぼおっ、と足元だけが淡い光が照らしている。それにしても、彼女は一体何者なのか、何故自分の正体を見破れたのか、疑問は尽きない。最悪この国にいられなくなるばかりかあの少女を自分は――
いつまで自分は階段を登っているのだろうか。普通一階から二階に上がる階段なぞ数秒で登り終わる。間違いなく魔術が掛けられている。しかし永遠とも思われた長い階段は唐突に終わりを告げた。
「あ」
どのくらいそこにいたかわからないが、暗闇になれたところから一気に明るいところへ来たせいで目が中々開けられなかった。
「ここは……」
慣れ始めた目で見渡す、使われていない一階と違い二階は生活感にあふれていた……二階?
窓を見れば何も変哲もない景色だ。特段高いわけでもない。
「どう? 私の魔術は」
声がした方へ向くと、先ほどの少女と同じ銀髪の少女が立っていた。
「っ……」
二の句を告げることはできない。それほどまでに目の前の少女は美しかった。
宇宙を連想させるセミロングの銀髪を流し、整った顔立ちはにきりっとした眼は黄金に輝いている。また、部屋着も彼女の魅力を最大限にチョイスだ。
「さっき見てもらった一階でね、店をやろうと思ってるのよ。だから簡単に上に上がってこれないようちょっとした工夫を施したの」
「……店?」
居住空間と商業空間を分けるのは確かに重要だしそんなことどこの店でもやっている。しかしわざわざ魔術を使ってまでやる必要はあるのだろうか。これではまるで何かよくないものを隠しているみたいではないか。
エーシアはこの少女に対する警戒心を一段階引き上げる。すると
まあ座って、と何も気にしていない様子の少女がキッチンに入りながら言った。その言葉に従う。少女が自分を害するならばあの魔術がかかった階段で仕掛けてくるだろうし、上にあげる理由もない。
「どうぞ」
「……」
ことり、とコーヒーが入ったカップを目の前に置かれた。が、手をつける気にはなれない。国際指名手配犯にわざわざ接触してくるようなやつだ。絶対にロクなやつではに決まっている。
「そんなに警戒しないで。今日あなたを呼んだのは話をしたかったからよ」
「話……」
「遅れたわね。私はフィア。ただのフィアよ」
「……エーシアだ。って知ってるんだったな」
そもそも自分はこの少女に正体を見破られているからこの場にいるのだ。
「で、話ってのは」
「あなたをウチに誘いたい」
「ウチってのは一階の店のこと――」
「快盗 シルフィア団の一員にならないかってことよ」
「怪盗……?」
「テラ」
テラ、と呼ばれた少女にしては幼い女の子が感情の読めない無表情を張り付け新聞の切り抜きを持ってきた。
「そこに書いてある快盗、私なの」
「……へぇ」
それは数日前にエーシアも見た、悪徳貴族の屋敷から現金が盗まれた記事だった。フィアは得意げに言った。
「いやぁ、我ながら鮮やかな手つきだったわ。ひと月前から屋敷に潜入し、コツコツと真面目に働くふりをして信頼を得て屋敷図手に入れて、いざ決行日。私はアイツのお気に入りワインに薬を入れて――」
フィアは自慢げに語るが、エーシアのことは見ていなかった。
「……で、それを俺に聞かせてどうするんだ」
「あっ、ごめんなさい、自慢がしたかったわけじゃないの」
大分自慢げだったが、とエーシアは思ったが口にはださない。
「これも私たちの計画のうちなのよ。私たちシルフィア団のね。エーシア、マリスコレクションって知ってる?」
目の前の少女の纏う雰囲気が変わった気がした。