銀髪の少女
フィア・マリスの朝は早い。例え定職についていなくても、日々を怠惰に過ごしていいはずがない。そんな思想の下、庶民が起きる時間とほぼ同じ時間帯に起床しているのだった。
本当はついこないだまで続けていた規則正しい生活の癖が抜けないだけかもしれないが。
年頃の少女らしい可愛い部屋とはかけ離れた、実用的なまでにシンプルで洗練された部屋のベッドでフィアは目覚めた。
彼女の寝起きはいい方ではなく、起き上がったまましばらくの思考停止とうたた寝を経てようやく完全に覚醒する。
ベッドと机など最低限の家具が置かれた部屋からでて、廊下へ。そのまま洗面所へ向かう。寝癖のついたセミロングの銀髪を梳ば、天の川のように美しく透き通る自慢の髪に戻る。これだけは妥協も怠けも許されない。
「……よし」
顔を洗って歯を磨いた後寝巻き姿のままリビングへ、かつてなら、「はしたないっ」などと卒倒されていたであろう行為だが、今はもうそれを咎める者は誰もいない。唯一の同居人も、心許せる数少ない大切な親友なのだ。一向に構うものか。
「ふぁ〜。テラ、おはよ」
「……」
声は帰って来なかった。想定していたことなので、流れ作業でリビングに併設してある彼女の作業スペースを覗く。
彼女が独自に作り出した魔力式演算装置が起動し何やら複雑な魔術式が大量に羅列してあったが肝心の彼女はいなかった。
それならと、リビングにあるソファを背もたれ側から覗けば。
「スー、スー」
まるで小動物を思わせるような幼女が可愛いらしい寝顔を見せながら丸まって寝ていた。少女は薄い水色の髪をソファに広げ、髪と同じ色のワンピースを着ていた。
「ほーら、テラ。起きなさい、もう朝よ」
「ん……、まだ、眠い……」
「そんなこと言わない、時間は有限っ。かの大魔導士すら時間を手にすることは出来なかったんだから」
「……」
いくら言っても起きる気がないテラ。しかし長年の付き合いで、フィアはこういうときの対処法は身につけていた。
「あのさテラ、あなたが作ったこのカード。駄作じゃ──」
「そんなことない!!」
「──ないわね。はい、おはよう」
「……だました」
「怪盗にウソは付き物よ。顔洗ってきなさい、朝ごはんにしましょ」
テラは自分の作品について絶対的な自信を持っている。事実その自信の通り完璧で天才的。その技術は数世紀先を行く。実際にはその逆だが。
「はいこれ、運んで」
「ん」
料理を運び終えた二人は席に着く。同じ朝食とはいえ二人のメニューは大きく違っていた。フィアはトリチキンのソーセージ、サラダに目玉焼きコーンスープと、かなりしっかりしたメニューなのに対し、テラのごはんは琥珀色の湯気立つ液体のみだった。だが、今更ツッこむような関係性でもない。見慣れた光景の前に、フィアは何も変わらない調子で話を振った。
「テラ、新聞取って」
「……ん。なにかおもしろいことでもかいてあった?」
テラは琥珀色の液体が入ったカップを両手で持ち、その小さな口でふぅーふぅーっと、一生懸命冷ましながら答えた。
チラっと新聞から目を離し目の前の親友を見て、そこまでするなら最初から冷たいのにすればいいのに、と思ったが口に出さない。これもいつもの光景なのだ。
「う~ん……」
フィアはまるで年末の宝くじ発表の時のような真剣さで紙面に目を通しめくっていく。やがて、お目当ての記事を見つけたようだ。
「……あったぁ! ほら見てテラ。私たちのこと載ってるよ!!」
心の底からの喜びが隠せないまま、未だカップを冷まし続けているテラに記事を見せびらかす。まるで本当に宝くじが当たった人のようだ。
「『カマセ子爵フィア・マリスの朝は早い。例え定職についていなくても、日々を怠惰に過ごしていいはずがない。そんな思想の下、庶民が起きる時間とほぼ同じ時間帯に起床しているのだった。
本当はついこないだまで続けていた規則正しい生活の癖が抜けないだけかもしれないが。
年頃の少女らしい可愛い部屋とはかけ離れた、実用的なまでにシンプルで洗練された部屋のベッドでフィアは目覚めた。
彼女の寝起きはいい方ではなく、起き上がったまましばらくの思考停止とうたた寝を経てようやく完全に覚醒する。
ベッドと机など最低限の家具が置かれた部屋からでて、廊下へ。そのまま洗面所へ向かう。寝癖のついたセミロングの銀髪を梳ば、天の川のように美しく透き通る自慢の髪に戻る。これだけは妥協も怠けも許されない。
「……よし」
顔を洗って歯を磨いた後寝巻き姿のままリビングへ、かつてなら、「はしたないっ」などと卒倒されていたであろう行為だが、今はもうそれを咎める者は誰もいない。唯一の同居人も、心許せる数少ない大切な親友なのだ。一向に構うものか。
「ふぁ〜。テラ、おはよ」
「……」
声は帰って来なかった。想定していたことなので、流れ作業でリビングに併設してある彼女の作業スペースを覗く。
彼女が独自に作り出した魔力式演算装置が起動し何やら複雑な魔術式が大量に羅列してあったが肝心の彼女はいなかった。
それならと、リビングにあるソファを背もたれ側から覗けば。
「スー、スー」
まるで小動物を思わせるような幼女が可愛いらしい寝顔を見せながら丸まって寝ていた。少女は薄い水色の髪をソファに広げ、髪と同じ色のワンピースを着ていた。
「ほーら、テラ。起きなさい、もう朝よ」
「ん……、まだ、眠い……」
「そんなこと言わない、時間は有限っ。かの大魔導士すら時間を手にすることは出来なかったんだから」
「……」
いくら言っても起きる気がないテラ。しかし長年の付き合いで、フィアはこういうときの対処法は身につけていた。
「あのさテラ、あなたが作ったこのカード。駄作じゃ──」
「そんなことない!!」
「──ないわね。はい、おはよう」
「……だました」
「怪盗にウソは付き物よ。顔洗ってきなさい、朝ごはんにしましょ」
テラは自分の作品について絶対的な自信を持っている。事実その自信の通り完璧で天才的。その技術は数世紀先を行く。実際にはその逆だが。
「はいこれ、運んで」
「ん」
料理を運び終えた二人は席に着く。同じ朝食とはいえ二人のメニューは大きく違っていた。フィアはトリチキンのソーセージ、サラダに目玉焼きコーンスープと、かなりしっかりしたメニューなのに対し、テラのごはんは琥珀色の湯気立つ液体のみだった。だが、今更ツッこむような関係性でもない。見慣れた光景の前に、フィアは何も変わらない調子で話を振った。
「テラ、新聞取って」
「……ん。なにかおもしろいことでもかいてあった?」
テラは琥珀色の液体が入ったカップを両手で持ち、その小さな口でふぅーふぅーっと、一生懸命冷ましながら答えた。
チラっと新聞から目を離し目の前の親友を見て、そこまでするなら最初から冷たいのにすればいいのに、と思ったが口に出さない。これもいつもの光景なのだ。
「う~ん……」
フィアはまるで年末の宝くじ発表の時のような真剣さで紙面に目を通しめくっていく。やがて、お目当ての記事を見つけたようだ。
「……あったぁ! ほら見てテラ。私たちのこと載ってるよ!!」
心の底からの喜びが隠せないまま、未だカップを冷まし続けているテラに記事を見せびらかす。まるで本当に宝くじが当たった人のようだ。
「『カマセ子爵屋敷に怪盗現る! 現金二千マナ相当が盗まれる!!』だって!」
「……ほんとだ。やったね、フィア」
「そうねっ、これでようやく計画の一段階目が始まったって感じね!」
なになに……と詳しく紙面を読み込むフィア。数秒後素っ頓狂な声を上げた。
「はぁあああああ~~!? 『犯人は怪盗と名乗っていたが、所詮金目当ての窃盗犯にすぎない』ですってぇ!? それに字が違うっ怪盗じゃなくて快盗!!」
「……じじつ。それにおなじことやってる」
「全然違うわっ! そもそもあのクズの屋敷に忍び込んだのは『マリスコレクション』があるって話だったからでしょっ!!」
「……でも、なかった」
「そうよっ! だから腹いせに不当に領民から巻き上げた金を私が返してあげたのよ!!」
「……はんぶんだけ」
「そ、それは私たちにも生活があるし……それに活動資金に開発資金、改装費用だっているでしょ?」
「……」
散々言い訳を並べて昨夜の自分を正当化しようとしたが、幼女の無言の非難の目には流石のフィアも耐えられなかった。
「ちゃ、ちゃんと不当な税金の分は返したわ!! もう半分は税金対策として置いてあった現金をほんのすこーし頂いただけよ?」
「…………」
「そ、そんなことよりテラ、例のシステムはどう? あとどれくらいでできそう?」
このままではいけないとフィアは強引に話題を変えることにした。快盗は無謀な争いはしないのだ。
「あとちょっと。2、3にちぐらい」
「――!」
フィアの目の色が今までのポンコツ少女からガラリと変わり、年齢を感じさせない鋭く冷淡なものへ変貌する。それはまるで獲物を狙う猛禽類のよう。
「――いいわ。そろそろ本格的に動き出す時が来たようね」
「……ならさいしょは」
「計画通りまずは仲間、新たに仲間を増やすわ!!」
フィアは新聞を机に置きサラダにフォークを突き刺しながら言った。テラはまだ冷ましている。
「……どんなひと?」
「もちろん決めてあるわっ。最初の仲間はエヌラーペ。伝説の大快盗の末裔よ!!」
自信ありげにフィアは言い放ったのだった。