23話 未定
「ええい! まただっ! また奴らじゃないか!」
マナケルジア王城、王国騎士団最高位、金剣らが一堂に介して王国の警備や防衛策など様々な意見を交換し合う会議、通称金の鞘。
そのいつもの豪勢な部屋の中で、いつものメンバーで、いつもどおりネプチュニア卿の怒号が飛んでいた。
ネプチュニアは今朝の新聞記事を卓上に叩きつけて、ガラガラの円卓に出席しているメンバーを見渡して言った。
「ネヲジ、貴様一体何をしていた!? 貴様には件の連中を追跡するという任務があったはずだ」
「すまない、本部に出動要請が出た頃には既に彼らの姿がなくてな。勿論急いで向かったんだが、グランスポートとなるとすぐに向かうわけにもいかん」
グランスポートは王都マナケルジアに隣接しているとはいえ、その土地は王都並みに広大。同じグランスポート内といっても端から端まで数十キロ以上あるのだ。目的地までいくことは容易ではなかった。
「それならばブライリ―卿、貴公なら一秒にも足らずに向かえたのではないか!?」
使えない奴だと頭の中でネヲジを見下してから、今度の飛び火はサマリーへ。自分に飛んでくるとは予想外だったのか、よそ見していたサマリーはうろたえながらも質問のに答えた。
「え? いやー……ほんとは自分も昨日の夜には向かおうとしてたんすよ? でもこっちで手放せない予定が出来ちゃって、私としても師匠に久々に会いたかったのに残念っす。あ、今から会いに行ってきていいっすか?」
「ダメに決まっているだろう……」
サマリーの余りにもマイペースな態度にネプチュニア卿のこめかみがぴくぴくと震え始めてきた。苦労人というよりは勝手に気を張っているだけなのだが、彼の心象を察知したのかプロメチア・ニュールが助け舟を出した。
「確かに彼らは神出鬼没で、目的も不明だ。だけど今回の彼らの行いは褒められはすれど非難されるようなことは何もない。警戒は必要だが、無差別に悪事を行う輩ではないと考えることはできないだろうか?」
『極』の名を冠するプロメチアは対局を見失うことなく常に状況を冷静に分析して先入観にとらわれず正しい選択をする。その在り方が騎士として究極であるからこそ、名付けられているのだ。
「プロメチア卿、しかし報告書にはこうも書かれています。件の事件の容疑者であるノレド・クラインを目の前で殺害したと」
「いや、それには別の目撃談も届いている。ノレド・」
プロメチアはそのまま紙を卓上へ投げ捨て、冷ややかな目でネプチュニアを見た。その視線に耐えきれず、彼はそれ以上意義を唱えることはなかった。
「確かに報告書の内容と、実際に見た人物の証言が食い違うのはおかしいね。この報告書を持ってきたのは……えっと」
「ネプチュニアさんっすね」
手を頭の後ろに組みながらサマリーはこともなげに言った。
中略
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「――ってことでー……勝利おめでとうっ!」
いえーい、という団長の歓喜の声と共にクラッカーが鳴らされた。それは魔術が込められた手の凝ったやつで、紙吹雪とともにシルフィア団のマークがキラキラと輝いたり、カードがゆっくりヒラヒラと舞っていた。
「なんとか、な」
同じようにクラッカーを開け、掲げたグラスに口をつけのどを潤しながらエーシアが答えた。
ここは王都マナケルジアの一角にある喫茶店フィアーネの二階。つい最近王国中をにぎわせている新進気鋭の大快盗、シルフィア団の活動拠点にて。主要メンバーのエーシア、技術者のテラ、司令官のボレロ、そして団長のフィアが無事『マリス・コレクション』を手に入れらたことの祝勝会の真っ最中だ。
「にしてもテラ、よくもまあ間に合わせたな、フィアの変身弾」
「……すぅ……」
「寝かせてやってやれ、ここ最近ずっと働き詰めだったんだ」
エーシアがソファで天使のような寝顔で、小さな胸を上下させながら深い眠りに落ちているテラの髪を労わるように撫でていると近寄ってきたボレロが話しかけてきた。
「アンタ今回も特に何もしてないじゃねえか」
「なっ!? この俺様の活躍が……何かしてたかな」
半透明の胸に手を当てて考え事をしている自称司令官を置いて、もう一度エーシアは飲み物に口をつけた。先日まで潜入していたグランスポートについて思いをはせる。
あの都市を包む競技者たちの情熱、白熱する競技、あの場にいただけで肌で感じ取れるあの空気感は今でも鮮明に思い出せる。そんな中で自分たちが身を置いて、助けることができた人、助けられなかった人。全てが忘れられない。
「……そういやエーシア。私たちが最初と最後に会ったあの老人……」
「……ああ、完全にしてやられたな」
フィアが苦虫を噛み潰したような顔で思い出したのは、二人がグランスポートについた初日と王都に帰るときに会った老人のことだった。
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「よし、『コレクション』も回収したし帰るわよ。これ以上いても騎士団なんかが集まってゴチャつくし」
「名残惜しいけどな」
エーシアは王都マナケルジアへの切符を手にしながらしみじみとつぶやいた。そのままホームに向かう二人に向かって声を掛けた人物がいた。
「ほっほっほっ、ずいぶんと見事じゃったぞ二人とも」
「?」
振り返ると一人の老人が二人に向かって笑顔で話しかけてきた。その人物は見覚えがあった。グランスポートに来た初日、タワーに上っていた二人に話しかけてきた老人だ。
「えっと、魔眼鏡を買ってくれたおじいちゃん?」
「おい、失礼だぞ」
「かまわんよ、それで役に立ったかい?」
「ええもちろん! おかげでハッキリ見えました」
「それはよかった」
エーシアはフィアが言ったハッキリ見えたという発言が一瞬ヒヤリとしたが、老人は特に深堀するつもりもなさそうで安堵していた。フィアは魔眼鏡を競技を見ることに使ったのではなく、宝魅人の高速機動を見切るために使っていた。だから使ったと言えば使ったのだが、正しい使用目的だったかと言われれば素直に同意しがたい。
そんなことをこの老人が知る由もないのだが……
「素早く動きを見切れぬ敵に対して魔眼鏡を使うという発想は実によかったぞ。観光客にしては上出来じゃ」
「そうでしょ? 私ってやっぱり戦いのセンスが――」
「!?」
あ、とフィアは途中まで口を開けていたが、その続きを紡ぐことは出来なかった。今この老人は何と言ったか。自分たちがシルフィア団だということがバレている――?
「何も驚くことはない、初めて会った時から姿勢や動き方が気になってな。
あのバケモノを完全に任せてすまなかったのう」
「いや、そもそもアレは私たちじゃ……」
完全に疑ってすらいない老人の発言を慌てて訂正しようとフィアは詰め寄るがなんとなくエーシアには無理だろうなという直感があった。なんというかこの老人に隠し事は一切できない、そんな予感があった。
「そういうことにしておこうか。それでは私はここらで失礼するよ。陰ながら応援させてもらうとしよう」
そういって老人は背を向けて歩いて言った。丁度老人の向かい側から慌てた様子の騎士が複数人寄ってきた。早速正体がバレたかと身構えるシルフィア団だったが、騎士たちの目的は老人だったようで、更に続いた言葉によって二人は驚かされた。
「こちらにいましたか、グラン卿」
「今の肩書はここの市長じゃよ」
「失礼しました名誉市長、このあとネプチュニア卿との対談が控えてますので急ぎお戻りください」
「分かっておる、また色々言い訳を考えねばなら――」
「「……」」
人混みに紛れて老人の姿は見えなくなったが、二人はそれでも動くことができなかった。今聞いた言葉の衝撃から立ち直れない。
「なあ、フィア。グラン卿って……」
「そうよね、グランスポートの市長やってるって言ってたわね。でもそれよりあの騎士のもっとも有名な肩書って――」
「「先代剣聖……」」
彼の気分次第で二人の首が地面に転がっていた可能性もあったかと思うと、背筋の震えがしばらく止まらなかった。
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「いやほんと危なかったな」
「わたしのにんしきそがいはかんぺき、ばれるはずないのに……」
「起きたか」
エーシアとフィアが回想をしている途中から起きていたらしい、テラが二人の前に来て頭を下げた。
「ごめん……わたしのせいでしょうたいがばれた。きけんにさらした」
「「……」」
シルフィア団の技術は全て彼女が担っている。その小さな胸には収まりきらないほど大きな重圧がのしかかっているのだ。今回だって、相手が秘密にしてくれているようだからいいものの、本来なら正体がバレた時点で詰み。シルフィア団の計画が全て中止になってしまう恐れがあった。
「……」
それをよく理解しているからこそ、テラは責任を感じているのだ。
「……顔を上げてテラ。今回あの人にバレたのは例外よ」
「そうだ、テラの認識阻害はちゃんと完璧だった。悪いのは俺たちさ」
認識阻害術も完璧な魔術ではない。はっきりと正体を見抜かれれば効かなくなる弱点がある。
「……」
二人の慰めを聞いてもテラの顔色は優れず、うつむいたまま。やがて服をギュッと握りしめてから顔を上げて言った。
「ふたりをきけんにさらしたのはわたし……だから、もっとがんばる」
ふんす、と鼻息荒くしたテラは、眠気眼をこすりながら作業机について、作業を始めた。
「おい、いいから寝ろって――」
「……」
エーシアが静止しようと声をかけると、フィアが肩に手を当て無言で引き留めた。
「今はやらせてあげましょ、そのほうが落ち着くのよ。それよりも休むべきは私たちよ、そろそろ眠いわ」
あくびをしながらフィアは散らかったパーテ仕様となっているシルフィアベースを一目見て、片づけは明日ね……と呟きながら自室に向かっていった。
「俺も休むか。お前はどうする小僧」
「……休息するほど働いてるのかね、アンタは」
司令官のボレロが宙に浮きながらエーシアに声を掛けてきた。エーシアは半透明のその身体を睨みながら問いかけた。
「おいおい、そんな顔で睨むなよ。確かに今回ばかりはすこーし力及ばず感があったのも否めないがな? やるときはしっかり――っていない?」
「疲れてないなら後片付けよろしく。テラも起きてるし」
それを言い残し、テラに一言挨拶を交わしてからエーシアも自室に入った。部屋には無言で作業を続けるテラと、文句を言いながらも後片づけをするボレロの姿が朝方まであった。
「……」
部屋に入ってすぐ、エーシアはベッドに倒れ込んだ。
「はぁああああああ……」
心の底からの本音が漏れ出た。目をつぶればグランスポートで起きたことが鮮明に思い出せる。
「俺は弱い、今回フィアのシルフィアスーツの完成が間に合わなかったら? もし宝魅人の対象が俺らじゃなくて市民に向いたら止められただろうか……」
天井に手を伸ばしても届きはしない。それでも俺は……
『お願いっ! それを返してぇっ!!』
「……」
いつまでも消えない声が聞こえている。
手元のボタンで部屋の灯りを消してエーシアは眠りについた。




