21話 未定
「シルフィアチェンジ」
フィアは懐から白と緑色の色彩が施された弾丸を取り出した。それを指で弾くと、弾丸はくるくると宙で回転しながら、シルフィアチェンジャーの弾倉に納まった。
『チェンジブレット! シルフ!!』
「俺がてめえの強化を黙ってみてるとでも?」
「あら? 金剣相手でも圧勝する実力の貴方がそこまで我慢のできないせっかちだとは思わなかったわ」
「……おもしれえ、そこまでいうなら待ってやろう」
ジャキっと弾倉を戻し、指にトリガーガードを引っ掻けて二回回す。その後しっかりと握ると弾倉を回して装填した『変身弾』をハンマーに合わせ、ハンマーを起こす。
『シルフィアチェンジ! マリス!!』
思い切りシリンダーを回し、妖精を感じさせるファンタジカルな音楽が流れ、銃口を自らのこめかみに押し当てて引き金を引いた。
頭の中身が飛び出る……ことはなく、フィアの頭を通り抜けて反対側から、銀と緑が混ざったような不思議な風が吹き出した。あっという間に緑の風はノレドとフィアの間を遮るように吹き荒れる。
「さあ、いくわよ」
一言で、周囲を旋回していた風が、一瞬でフィアの身体に巻き付き定着する。きめ細かい粒子と化したシルフィアスーツがフィアの身体表面で再結晶化することで、彼女はフィアからシルフィア団の快盗へと変身するのだ。
指をならすと、まとわりついていた風が発散し、姿が露わになった。一人目の快盗ジャックは黒を基調とした彩色だったが、彼女は違った。
「シルフィアシルフ、参上! シルフィア団!!」
指で銃の形を作ってノレドに向けて宣言した。それを向けられたノレドは特に表情を変えることもなく無言で佇んでいた。
「……うん、やっぱり実物でみるとかなりいいわねこれ。テラのデザインセンスの高さもほんとすばらしいわ」
シルフは変身した身体の腕や脚をしげしげと見ながら感心したようで呟いた。
シルフの身体は、ジャックと色は違えど基本的なデザインは似ている。ジャックと違うのは身体の各部に気孔のような穴が空いていた。頭部は、風の妖精の羽根を模したマスクになっている。銀色と緑と白の体色に、胸部のシルフィアエンジンから蒼色の粒子が噴出されている。
「そんな見た目が変わったくらいで、俺に勝てるとでも?」
「見た目はあなたも変わったじゃない」
シルフは話してる途中に、唐突にシルフィアチェンジャーを構えて銃弾を放った。ノレドはシルフが銃を構えて放ったところまでは反応できていなかったが、弾が飛んでいる間に、反応して高速移動して回避した。
回避するまでは遅かったが、いざ回避するとその速度は圧倒的で、残像を残し横へずれた。
「あら、よく避けたわね。完全に不意打ちだったけど」
「……くくくっ……」
「?」
ノレドは手を顔に当てて震えていた。
「はっはっはっ!! 今のがお前の策か? たった今失敗に終わったぞ?」
「……別にそんなの策でも何でもないわよ、むしろ今のでやられたら興覚めよ」
「……」
ノレドがジリと片足を引いた。今の言葉に彼の心に響いたものがあったのだろう、初めて自発的に動いたのだ。
「……!!」
一瞬、何の前触れもなくノレドの姿が掻き消えた。シルフの視界にはシルフィアマスクから提供され続けている情報が常に表示されている。それはノレドの動きによって引き起こされている気流の乱れや、地面に付けられた足跡の方向、動きの予測点全てがシルフには見えていた。
「あなたのその超速度は確かに凄まじい――」
シルフの周りには空気を切り裂いて高速で移動している人影が、全方位から様子を伺っていた。
「でも、その速度域に、あなたの思考が追い付いていない――だから動きも読まれる」
「……!?」
シルフは唐突に今いた場所から半歩後ろに下がった。その直後、シルフが立っていた場所の地面が爆ぜ、粉塵が巻き起こる。
「なんだと……?」
「その高速移動する力はクレイから奪った方ね?」
シルフは銃を触りながら、なぜ自分が目で追いきれていないはずの相手の攻撃を避けられたのか説明を始めた。
「コレクション『超早い靴』、ここまできたらもう疑いの余地はない。超高速で動く力と周りを遅くする力。両方の力を併せ持つ二足一対のコレクション、クレイの方が早く動く方であなたのほうが遅くする力、あなたは高速移動の力を手に入れたばかりでまだ使い慣れてないのよ」
「そんなわけ……っ!」
クレイの表皮が怒りによって隆起する。
「ねえだろうがぁ!!」
ノレドの身体から高濃度の魔力が放出される。シルフは身をひるがえしながら、その場から離れる。ただの魔力放出だけでも大規模破壊魔術級の威力があった。
魔力が床を破壊しながら大気を揺らした。
「ほんとに規格外ね……油断してたらあっという間にやられる」
『おい、無事か? 俺も手伝うぞ』
ちょうどそのときヘルメット内から、ジャックの声が聞こえてきた。その声は純粋にシルフの無事を心配する口調だった。
「――問題ないわジャック、あなたはそこで見てなさい」
あくまで余裕を装う、何食わぬ顔で躱して見せるが、そのマスクの中でフィアの顔は冷や汗をかいていた。今思えば先日襲撃してきたフードの人物はノレドだったのだろう。速く見えていたのは自分の速度を下げられていたから。
スーツを着ていても、一撃終了の状況は変わってない。その特性上即死はないが戦闘は敗北だ。『コレクション』を手に入れられず、クレイも死なせてしまうだろう。それだけは――絶対に――
「――許さない」
『シルフィアブースター、起動』
シルフの意思と共に、胸部のシルフィアエンジンが唸りを上げて回転率が急上昇、ボディストリームを通してスーツ各部にある気孔に向かってエネルギーが供給される。
「そんなもので俺に勝てるとでも」
「……予告したげる、このあと私はアンタに勝つ」
ギュゥウウっと音が聞こえてくるように、シルフが拳を握りしめた。それに合わせて各気孔から蒼白く燃ゆる炎が上がる。ノレドは予備動作なしで『コレクション』の力を発動。
土煙を残し姿が一瞬で掻き消える。すぐにシルフのヘルメットにノレドの動きを予測した情報が所狭しと表示され、確率と行動統計から弾きだされた予知にも等しい予測が導かれる。
視界に書かれている時間表示にカウントダウンに合わせて、右に身体を捻る。その間一髪のあとで、身体を掠めるようにノレドの爪が空を切った。回避が成功して喜ぶ暇はない、すぐに次の攻撃予測のカウントダウンが始まって、樹状に枝分かれした攻撃予測が見えており――
「(捉えた――)」
攻撃をかわして何度目か、視界に表示されている回避方法の模倣のズレの積み重ねが引き金となり、ノレドの爪はシルフの身体を完全に捉えようとしていた。
体勢は崩れており、避けるための踏み込みは不可能。致命の一撃が胸部の光る装置を引き裂き――
バシュッ!
「!?」
あとほんの数センチで攻撃が届くかと思った瞬間、シルフの身体が急に遠のいた。
「(バカな、奴の体勢から会費は不可能なはず……)」
その謎の回避方法をノレドはすぐに知ることとなる。避けられたならまた攻撃すればいいだけ、今の予想外の動きによって大勢はよりひどくなっている。背中が地面とほぼ水平まで傾いて、片足が完全に浮いてしまっている。
絶好の好機――
音速を越えたノレドの脚力は大気を捉え弾くことさえ可能とする。その現象がもたらす結果として、宙を蹴り飛ばし跳ね上がる。三度ほど蹴れば、あっという間に空高く上昇する。その間は一秒にも満たない、いまだにシルフは片足が浮いて傾いたままだ。
ノレドは体勢を反転し、頭を下に向け、折りたたんだ脚を一気に解放。落下速度と脚力による二重の加速でシルフの真上から強襲する。避ける暇どころかやられたと自覚するころには殺しているだろう。
そう確信したはずなのに――
バシュッ!!
ノレドが勢いよく地面に衝突し、激しく土煙が上がる。だが手ごたえはなく、煙が晴れて目で見てもそこにシルフの姿はない。突き刺さった爪を抜き辺りを探していると、煙の向こう側から銃弾が数発。だが、ノレドは避けるまでもなく変質した腕で受け止めただけ。宝魅人の装甲を撃ち抜くには威力が足りていなかった。
「あら、効かないのね。やっぱりもう少し威力重視に調整した方がよかったかしら」
「このアマ、どういうわけだ……」
「相手の手の内を分析しながら戦うのも、戦闘の醍醐味ではなくって?」
シルフは飄々とした態度で応える気はなかった。その代わり身体の気孔から炎を噴出して見せた。
「(あの炎に仕掛けが……試してみるか)」
シルフはチェンジャーを持ってる方の手首から、ケーブルのような紐を取り出して、チェンジャーのグリップに装着した。
『直接続』
「威力を上げる方法は他にもあるからね」
再びノレドの姿が消える。今度の攻撃はこれまでのようなシルフの周囲を高速で周回して翻弄するものではなく、最速最短。動きが予測されるのならば、それでも避けられないほど速く、動けばいい。実際クレイが持っていた『コレクション』を手に入れたばかりで、その力を十全に引き出せていないことも事実。
これなら速度に思考が追い付いていようが関係ない。限界速度まで加速して突っ込むだけなのだから――
念のためシルフの正面からではなく死角から、『コレクション』の力を開放し宝魅人として覚醒した身体能力に言わせて突っ込む。その速度は音速をゆうに超え、宇宙速度にも匹敵するほどに――
今度は何があってもシルフの動きを見逃さない、その回避の正体を探ってやる。
バシュッ!!!
「!?」
当たると思われた瞬間、シルフの身体が大きくズレる。身体の右半身から蒼白い炎を噴き出しながら。
目標を失ったノレドは爪を地面に突き立てる。魔力でできた足場をガリガリと削りながら、その勢いを殺した。
「その炎、ブースターの役割か……」
「ご名答、ご褒美に弾丸をどうぞ」
再びシルフは数発の弾丸をノレドに放った。同じ手をと呆れながらノレドは手を掲げて弾丸を防ごうとして……衝撃で腕を弾かれた。
「なっ!?」
さらに腕をよく見ると衝撃で装甲にヒビが入っていた。先ほどとは明らかに威力が底上げされている。一つ謎を解き明かしたと思えば次の謎が用意されている、まるでどこまでもノレドをあざ笑うかのように、戦闘を支配されているような気分。それは激しくノレドの神経を逆なでた。
「これだけは使いたくなかったが……」
「……」
ノレドの高速起動が収まり、動きを止めた。なにやら考え事をしているのか顔を手にあて震えている。そんな隙をシルフが見逃すはずもなく、チェンジャーを構えて引き金を引く。その弾丸は正確無比で、そのすべてがノレドの頭、首、胴体の中心、四肢の先と急所を狙っている。
「ああ、もう――」
ノレドの身体から強力な魔力の波動が放たれる。その波に捉まった弾丸たちは急激に速度を落とし空中でノロノロと進んでいた。
――ついに来た。
ノレドが元から持っていた減速の方の『コレクション』の力。クレイの加速の力とは違い使い慣れていないなんてことはなく、使用感は圧倒的に高い。これまでシルフがノレドの攻撃をなんとか躱し続けられていたのはやはり、彼の『コレクション』への慣れの問題が大きかった。
さらに加速、ただ速いだけならこちらも対応できたが、減速、こちらを遅くされるとなると途端に対策が難しくなる。シルフにとってはできれば最後までこの力を使って欲しくなかったのが本音だ。
「この力を使うのはお前の言葉を認めるようで癪だったが、お前に負けるほうがよっっっぽど腹が立つッ」
「……案外、冷静じゃん」
少し煽りすぎたか、とヘルメットの中で冷や汗をかきながら思うフィアだった。
◆◆◆◆
加速と減速の力、この二つが『マリス・コレクション』『トゥー・レ・ドゥー、軽い足、重い足』の力である。自身のプライドから力を半分しか使っていなかった男がそのプライドを投げ捨てて、勝利だけを見据えた瞬間。二つの力がシルフに向かって牙を向くのだった――
「くぅっ……」
今のは危なかった。ノレドの爪先がシルフの身体に掠った。それだけで、シルフは錐揉み回転をしながら大きく吹き飛ばされた。地面に不時着したのもつかの間、視界一面に『警告』の文字が。
「やばっ」
急いで跳ね起き、背中のブースターから噴射して無理やり体勢を変えようとした瞬間、それまでシルフが持っていた動きが完全に止まった。動こうとしてもまるで全身が巨大な蜂蜜のプールにいるかのように動けない。
「これで終わりだ」
「減速の力……いつのまに」
「さあな? それを種明かしするのも戦闘の醍醐味だろう?」
「コイツっ……」
シルフがどんなに悪態をつこうとも、その身体は碧い炎を吹きながら、空中でぴったり止まっている。ノレドがゆっくり見せつけるかのように近づいてくる。
これは本格的にまずい。心臓が嫌というほど速く脈打っているのが聞こえてくる。今からでもジャックに助けを求めるか? いやそれではダメだろう、というかジャックが加勢したところでこの状況が良くなるとは限らない。
気が付けばノレドはシルフのすぐ目の前まで来ていた。鋭く伸びた爪を掲げて、一気に振り下ろされる。
「――ガハッ!!」
腹部に強烈な衝撃。視界に危険信号を知らせるお知らせが、目障りなほど点滅している。
――ンなもん、見なくても分かるっての!
さらに攻撃はそれで終わりではない。攻撃を振り終えろされていても減速の硬貨は続いている。地面に叩きつけられる前にもう一撃、ノレドは構えていた。今度は両手の叩きつけ、しかもその拳には加速の力が宿っていて――
激しい衝撃。
「――ッ」
声にならない悲鳴が噴き出した。シルフィアスーツには装着者の精神を保護するために身体が受けた衝撃や痛みを一度変換してから、負担を軽減したうえで装着者に還元する仕組み成っている。
だが、今回はそのシステムが機能していることが信じられないぐらいに強烈な衝撃がシルフを襲っていた。意識が一瞬完全に飛び、全身の骨が砕け散ったかのような感覚が奔る。
そのまま地面に叩きつけたノレドはそのまま、脚を掴んで今度は加速の力を思い切り付加して、投げ飛ばした。弾丸のように一直線にカッとんでいき、盛大に競技場の魔力製のトラックに激突した。競技場は、その強烈な衝撃に一瞬耐えたかのように思えたが、時間差で亀裂が広がっていきガラスが割れるような音とともに砕け散り、シルフの身体は宙に投げ捨てられた。
「……ぅう」
意識が戻らないままグランスポートへと落ちていくシルフを受け取るために飛び出した一つの黒い影。それは空中で彼女を受け止めると身体をひるがえして、近くにあった屋根に飛び降りた。それから影は優しく彼女を降ろすと、空を見上げた。
「ったく、一人でやるなんて息巻いてるからそうなる。今度こそ俺が……」
そう言いかけたところ、シルフの身体がビクンと電気を流されたかのように一瞬のけぞったかと思えば、ゆっくりと手を頭にやりながらシルフが起き上がった。
「――だから言ってるでしょ、あれは私がやるって……」
「たった今コテンパンにやられたばかりだってのに?」
皮肉気にジャックが言ってもシルフの考えが変わることはなかった。それどころか、より強く決意を固めたようで、すぐに立ち上がりブースターの機能が生きてるか確かめるために全身のブースターを軽く吹かしていた。
「もし二人で戦ったとして、だれがアイツの『ほんとうに大切なモノ』を見つけるの」
「あ――」
「私たちのモットーは不殺。仮に倒しても『コレクション』の代わりに入れるものがない、長時間金庫を空にするのは危険と言わざるを得ない」
「だけどっ」
すでに準備を終えたのか、空を見上げて戦闘の準備をしていた。そのまま視線をジャックに向けずに言った。
「団長を信じなさい。貴方は私を信じて『ほんとうの大切なモノ』を探しに行きなさい、なるべく早く。でないと『コレクション』を盗れないでしょう?」
「……了解」
仮面越しに微笑んでみせたシルフの声は、穏やかで他者を安心させる声だった。それに中てられたジャックは不思議と彼女に任せれば何もかも大丈夫だと思えるような、なんとも言えない気持ちになった。
ジャックはうなずいてから、グランスポートの街に向かって跳んだ。それを見送ってからシルフは跳んでからブースターを起動させて、空に浮かぶ競技場へと決着を付けに行くのだった。
◆◆◆◆
「すばらしい、これが真に揃った『コレクション』の力……、力が溢れて止まらな、……?」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ノレドは微かな違和感を感じていたようだが、すぐに思考の外へ追いやり邪魔者が居なくなった競技場を見渡した。選手たちが死力を尽くして真剣に走っていた競技場は見る影もなくなっていた。
床や立体トラックはノレドの攻撃の余波でズタボロに破かれ、ところどころ地上が見えている。その隙間から、慌てふためく地上の様子を見下ろすと、すでに非難し終わっているのか人の気配がなかった。
常に活気にあふれ、鍛錬の声が聞こえない場所はないと言われていたグランスポートが異常なほどに静まり返っている。これを自分がやったのだと思うと、背筋が泡立つ妙な感覚が沸き起こってきた。
「……?」
だが、その地上を見ると逃げるのではなくこちらに向かってくる人影たちを見つけた。よく見ると太陽光に反射してキラキラ光っている。――騎士団の連中だ。
「邪魔な羽虫も片付いたところだ。オレノチカラを試すのニちょうどいい』
「――誰が羽虫ですって?」
斬り込まれた隙間から、ブースターの推力で下から競技場に上がってきた。そのまま流れるようにシルフは銃撃を放つ。ノレドは舌打ちをしながらいともたやすく躱してそのまま追撃を加えた。
その速度にシルフはまるで反応できていたなかった。直撃を確信したノレドは、にやりと笑みを浮かべて彼女の腹部に豪脚が突き刺さり――
「あ?」
蹴りがシルフに当たった瞬間、手ごたえがまるで帰ってこない。いつのまにか彼女の身体がカードの集合体に置き換わっており、ノレドはただカードを吹き飛ばしただけだった。
「そろそろ幕引きといきましょうか」
「キサマっ!』
背後から声がして慌てて振り返ると、銃を肩に担ぐようにしてわざとらしく大きく足を振りかぶりながら歩くシルフの姿があった。
「? 物事を表面的にしかとらえてないから騙されるのよ――これ使えるかもしれないわね」
途中でいいことを思いついたとでもいいたげに顎に手をやってシルフは考え事をしていた。その間ノレドのことなど眼中になく、当然無視された彼は烈火のごとく怒り狂った。
『フザケルナァッ!」
力任せの突進、ならば問題ない。自分の魔眼の能力があれば敵の速度は関係なくなるからだ。だからもう一度後ろに避けて、そのあとは体を右に捻れば――
『――」
「……っ!?」
――まただ。動こうとしても身体を思い通り動かせない現象。フィアはこれを減速の力だと予測していた。しかし、予測ができたところでそれを防ぐ手段を持ちえない。
あっという間にノレドは眼前まで迫ってきていた。防御の姿勢を取ろうにも腕がまったく上がらない。
『ハァっ!!」
「ガはぁっ!?」
精一杯振りぬかれた拳が刺さる。胸部のシルフィアドライブに直撃し、またもやシルフの身体はボールのようにかっ飛ばされた。
「……」
ブースターを起動させて空中で何とか制動する。飛びかけた意識をかき集めてから、瞬時に情報把握。視界には相変わらず警告の文字が目障りなほど点滅している。一撃でシルフィアボディを破壊されなければ時間経過で回復可能だ。
しかし、それに甘えているわけにもいかない。視界のグラフを見れば会心の一撃の威力が徐々に上がっていっている。
一撃の威力を耐えられるのもあと数回が限界。それまでに相手の鈍速化の攻略法を見つけなければならない――
宝魅人と戦いながらそれを見出すのは得策とは言えない。それもスピード特化型のせいで思考している間にやられるのがオチだ。どこか別の場所で落ち着いて考える必要がある――
「あ」
シルフの頭の中に弾きだされた解答。自分は一人じゃない、仲間がいるではないか。
「少し気張りなさいよ。「ジャック、やっぱり貴方にも手伝ってほしいのよ」
『それみたことか、けど今すぐにはいけないからちょっとまって――』
内部通信からすぐに呆れの声が返ってきた。地図を見れば確かにジャックの位置は遠い。どんなに早く戻ってきてもその前にシルフがやられているだろう。それがまっとうな手段で来ようものなら。
「いい? 今すぐ地面に手を付きなさい。ちゃんと地面よ」
『? あぁ……わかった』
「テラ、お願い」
シルフもすぐに地面に降りて手を付き、通信を通して遥か遠くのシルフィアベースにいる技術者に頼み込む。
事情を知らないノレドはいきなりシルフが地面に手を付いて頭をたれ、まるで降参したかのように見えたため、喜びながら最後の攻撃を仕掛けにいく。
空中闘技場から飛び降りて、力を溜める。
――頭が最高に冴えわたっている。力も溢れて止まらない。
『コレデオワリダ』
くるりと宙で反転して、拳を地上にいるシルフに向ける。何やら地面に手を付けているが、すでに勝負を諦めたか。関係ない、力のまま打ち砕くだけ――
「今よ」
『トランスポーテーション』
「!?」
ノレドの攻撃が届く寸前、光の輪がシルフの周りを包んだかと思えば、身体が消えてその代わりに黒い影が割り込んできた。
『ナニッ!?』
「はッ? ちょ、グハァッ!?」
訳も分からないといった様子でシルフィアジャックは防御姿勢もロクに取れないままノレドの攻撃をクリーンヒットした。そのままジャックは弾き飛ばされ建物に激突した。
「……ちょっとの間頼んだわよ」
一瞬のうちにジャックと場所を入れ替えたシルフは、ぴょんと跳んで建物の上にあがりジャックとノレドの戦いを見ていた。
シルフィアボディの耐久性はほんの少しだけジャックの方が高い。耐久して時間を稼ぐ役割はジャックの方が向いているのだ。
「それじゃ、始めるか」
そう言って秘策ありげにシルフはとあるモノを取り出した。