動き始める朝
「――父さんッ!! はなせっ、いやだっ!!」
炎の記憶。
「お願いっ……返して……」
「ぁ……」
「いたぞっ! 捕まえろ!!」
後悔の記憶。
◆◆◆◆
「……はぁっ!」
飛び上がるように跳ね起きた青年は乱れた呼吸を整えながら、窓を見る。外は完全に日が昇り、暖かな朝の陽ざしと心地よい小鳥のさえずりが聞こえてくる。人々は徐々に起きだし、道を行きかっている。
今の今まで見ていた夢とはまるで反対だった。
「……最近見なくなってたのに」
エーシア・エヌラーペはそう言いながら、じとりとかいた寝汗を気だるげにぬぐいながら、ベットから出た。
◆◆◆◆
エーシアの朝はそこまで早くない。飲食店をやっているわけではないので夜明け前の寒空の下、市場で食材を吟味する必要はないし、王城や役所などのどこかの組織に務めているわけでもないので毎朝決まった時間に起きる必要もないのだ。
ボサボサの髪を直さないまま、洗面所へ向かい顔を洗って口をゆすぎ歯を磨く。その後はキッチンで朝餉の支度だ。サラダとパンを取り出してサラダを皿に盛りつける。パンはパン専用加熱魔道具に入れて焼きあがる間に、飲み物の準備だ。エーシアの好みはコーヒーだが、豆や淹れ方にこだわりはない。味の違いが分からないわけではないが、美味いものは美味いという性格。最近のインスタントの出来の良さと手ごろさからもっぱらインスタントを常飲している。
魔道具で湯を沸かす間にパンも焼きあがった。机の上に出来上がった朝食を並べ、玄関の扉に入れてあった新聞を片手にコーヒーを持つ。これがエーシアのモーニング・ルーティンであった。
「はぁ……」
ぼんやりと新聞を流し読む。これは建国以来発行され続けている由緒ある新聞社で、愛読者が最も多く信ぴょう性も高い。このエーシアも愛読者の一人である。
貴族のゴシップや、他国の姫の政略結婚、王都で話題のアイドルグループ、謎の怪死体事件。その中にふと、気になる記事を見かける。
「カマセ子爵の屋敷に怪盗、およそ二千マナが盗まれていたことが判明……」
記事によれば、一週間前にマナケルジア郊外に住むカマセ・イッヌ子爵の屋敷に怪盗が忍び込み金を盗んだというのだ。しかし、カマセ子爵はそのことを隠していた。と、いうのもその金はまっとうに手に入れたものではなく領民から不当に巻き上げた過重税で、騎士団にバレることを恐れて黙秘していたという。しかしカマセ子爵は盗られた金を取り返そうと、今まで以上に税を重くしたため流石におかしいと領民が騎士団に告げたところ事件が明るみになったとのことらしい。
「……義賊のつもりかよ」
忌々し気に吐き捨て、その後エーシアがその新聞を読むことはなかった。