18話 未定
「頼むッ! せめて大会が終わるまでは待ってください!!」
「はぁ? 何を言い出すかと思えば……そんなの無理に決まってんでしょ」
シルフは呆れが前面に出た返答をした。そもそもたった今ジャックがコレクションを戻したばかりですこぶる機嫌が悪い、今にも爆発しそうだった。
「それよりもジャック、一体どういうつもりなのか納得いくように説明してもらうわよ。曖昧な答えは絶対に許さないから」
「……」
「――僕の他にッ……『コレクション』を使ってるやつがいるッ!!」
「「――!」」
クレイが苦し紛れに放った言葉は予想外に、二人の快盗に影響を与えた。
「見え透いた嘘ね、私にそんな嘘が通用するわけ――」
シルフが否定をしようとした瞬間、腰についたカードホルダーから一枚のカードが勢いよく飛び出し、シルフはこれを難なく捕まえた。
カードは通話状態になっており、その先はシルフィアベースのテラのようだった。
「……何? 今忙しいんだけど……」
『……ごめん、ね? でも、そのひとの、いうこと、うそ、じゃない、かも……』
「「……!」」
これにはジャックもシルフも驚いた。まさかこの近場で『コレクション』が二つ集まっているなんて。シルフは詳しい状況をテラに求めた。
『さっき、しるふが、『これくしょん』をてきしゅつ、しても……しるふぃあせんさーのはんのうが、きえなかった……』
カードの向こう側から、ぼそぼそとか細いながらもきちんとした意思で『コレクション』の反応が消えてないことが伝わってきた。
「おい、どういうことだ?」
「……ウチにあるシルフィアセンサーは、『コレクション』が人の体内に埋め込まれ活性化状態にあるコレクションの反応を検知するの。身体から抜き取ったら反応は消えるハズなのよ」
「……じゃあそれが消えてないってことは?」
「……」
シルフは思考しているのかジャックの質問にはこれ以上答えなかった。代わりにジャックはどうすればいいのかわからないクレイを見て質問した。
「君がこの宝に固執する理由はなんだい」
ジャックが近づくと、身構えるクレイに対して彼は「君を攻撃するつもりはない」と優しく諭してクレイが話してくれるのを待った。
「……僕はなんとしても次の大会で優勝しなければならない、でも僕の他にこの力を使う人間がいるから、勝てないんだ。だから僕はこの力を使ってでも勝つよ」
「……そうか」
クレイは力強く、きっぱりと言い切った。その意思はどんな言葉で説得しようとも曲げることはできないだろう。それが彼の生きる原動力、『本当に大切なモノ』なのだから――
「……君の考えはわかった。そのために今から言うことは守って欲しい」
◆◆◆◆
「選手を見る目はあるんだ、自称だけどな」
そしてクレイが出場する大会当日へ……
◆◆◆◆
いつも通りの朝だが、今日だけはいつもと違う。気だるげな眠気を一瞬で吹き飛ばしながらクレイは布団を跳ね飛ばし起きた。
「今日、全てが決まる……」
クレイは自分の胸に手を当てた。信じられないことだが、この胸の中に『コレクション』と呼ばれる特別な魔道具が入っている。意識を集中させればとてつもない魔力の源が感じられる。とても自分の力とは考えられない。この力に溺れてしまう人のこともうなづける。
しかし……
「だいじょうぶだよ母さん、僕はこの力に負けないよ。絶対に勝ってみせるから」
クレイは部屋の一角に置かれている祭壇のような場所に座り、手を合わせて言った。そこには女性が写った一枚の写真と、ボロボロになるまで履きつぶされた子供用の靴が飾られていた。
「ったく昨日は早く寝ろって言ったのに……起きるころには試合終わっちまうぞ」
クレイは彼が寝ていた布団の隣、同じ方向になって眠っている弟と妹の穏やかな寝顔を見てから昨日の夜に済ませた支度を持って、家を出た。
空が明るんで、冷たくまっすぐな空気を肺にたくさん吸い込んで深呼吸をした。この街では早起きする人は少なくない。すぐに自分と同じように早起きして、トレーニングを始めている人々とすれ違いながら競技場を目指した。
身体を温めがてらジョギングで道を移動していると、とある声がかかってクレイは脚を止めた。
「おはよう、クレイ君」
「貴方は……」
それは少し前、クレイが人力車のバイトをしている最中に乗せたことのある記者を名乗る人物だった。彼は最初に会ったときと同じ服装をしていたためピンと思い出すことができた。
「おはようございます。また会えましたね」
「聞いたよクレイ君、今日の大会に出場するんだってね。僕も応援させてもらうよ」
「ええまあ、それで楽しめましたか観光は」
「それなりにね、良い目の保養になったよ」
軽口を叩き合いながら、二人の距離は縮まっていく。選手と記者はたからみればその関係は特段怪しいものではないが……
「頑張ってくれよ、クレイ君。君の夢を叶えるため、『一番大切なモノ』を見つけるために」
「……!」
二人の距離はゼロになり、すれ違い離れていく。変装したエーシアはクレイの背中を見ようと振り返ろうとすると、彼から言葉が返ってきた。
「心配しなくとも大丈夫ですよ快盗さん、必ず勝ちますから」
「……!」
エーシアはよく見破ったなと感嘆の意を込めて振り返ると、すでにそこにはクレイの姿は豆粒のような遠くの彼方へと行っていた。爽やかな風が吹き変装していたベージュのコートが揺れる。
「悪くない顔だな。じゃ、俺は俺で頑張りますか」
そう風に呟いた新人記者は、さっそうと歩きだし木の陰に隠れた瞬間姿を消した。
「……」
そしてその姿を物陰から見ていた人物がいた――