動き始める世界
王国中を震撼させた怪死体殺人事件が収束して後日。王都北部の商業エリアの郊外にて、『フィアーネ』という喫茶店がひっそりと開店していた。
「いやー、ようやく開けたわね」
「いや、おかしいだろ」
店の外観を感慨深そうに眺める店主と、その隣で冷静な突込みを入れる従業員。その実態はフィアとエーシアだ。
「昨日来たときはなんも無かったよな!? 壁とかむき出しだったし、いつの間に内装工事したんだよ」
「魔術技術が著しく発展したこの現代で、いつまでそんなことで驚いてるのよ。そんなの魔術でちょいちょいっよ」
指をくるくるさせながら言うフィアを見ながら、突っ込んだら負け、と思い始めたエーシアであった。
それにしても魔術って便利だなと改めて思うエーシアだった。
昨日まで空洞だった店内は、見事な今風のお洒落喫茶店に早変わりしていた。まず、一番に目に飛び込んでくるのは、机と椅子だろうか。全て統一された木材(に見える魔力)で作られており、いつまでも居座りたくなる。
照明は暖色のペンダントライト型が吊り下げられており落ち着いた雰囲気が醸されている。壁は赤茶色のレンガが採用されていた。
また、机から見えるように設置されたオープンキッチンの向かいにはカウンター席も設置されており、この席に座って店主自慢のコーヒーとモーニングに舌鼓を打つのもいいだろう。
これらが全て魔力、ひいては魔術で作られているというのだから恐ろしい。これを再現するには混じりけのない純粋な魔力を捻出して(この時点で八割の人物が篩にかけられる)、現世に固形化させる。この時にはどういう形素材にするか指向性を与える気が遠くなるような作業を要してようやく出来る――のだが、あくまで理論上の話であっていざ実践するとなると、物凄い時間がかかるため普通に作った方が早い。
このような魔術建築の分野を専門にする人物はいるにはいるが、大抵は数が稀少でその能力の有用性から国お抱えのパターンで、こんな無名の一喫茶店が気軽に依頼できるような存在ではない。しかも、その道の職人であっても数週間かけて行うものだが……。この女は内装だけとはいえ一夜で喫茶店を立てて見せた。これは魔術云々どころの話ではないのだが――、っと改めて突っ込む気力を失ったエーシアだった。
「あとはほんのすこーし、コレの力も借りたけどね」
そう言ってフィアは、一枚のカードを取り出した。カードに描かれているのは、工具箱だった。二段づくりの金属製の赤い箱から金づちやのこぎり都いった様々な工具用品が顔を出している。その特徴的なカードと絵柄にはエーシアも見覚えがあった。というか身に覚えがありすぎた。
「コレクション、《建築箱》。建築物を自在に造ったり、置いたりできるコレクションよ」
「全部それの力じゃねーか」
散々エーシアに見せびらかして、エーシアが瞬きをしたときには、フィアの手からカードは消えていた。
「この前の風の指輪もだが、やっぱり《マリス・コレクション》ってとんでもないな」
記憶に新しい風を操る怪人との死闘。エーシアは傷を負ったが、現れたフィアと新たに手にした快盗の力を持って倒すことができた。その中心にいるのが《マリス・コレクション》だ。
「そうね。でも、道具に罪はないわ。旋風の指輪だって、今の建築箱だってそう。大海のど真ん中で風が止んだら? ちょっとお部屋の模様替えがしたくなったら? そういうあったら便利だなって思う力が《マリス・コレクション》なのよ、きっと。作ったマリスだってあんな使い方をされて欲しいはずがないもの」
フィアの目は今ではなくどこか遠くを見ている気がした。
「そういうもんかね。俺にはこんな危険な物を作った奴の気が知れないが。その《建築箱》だってそうだ。使いようによってはとんでもない大災害を引き起こせる超危険なもんだろ。そんなもんどこにあったんだ?」
「これは……確か……、どっかの廃墟に置いてあったわね」
「世界の危機がすぐそこに!?」
「そう、マリス・コレクションの恐ろしさはソコよ。誰も秘められた力に気づかない。だから今自分の持ってるものがコレクションで危険な物かも知れない。それにコレクションは身近な道具の形をしていることが多いの」
「そんなことが……!」
「現にあんたも初めは信じなかったでしょ? それと同じ」
恐ろしい話だ。そんな危険な物がすぐそばに眠っているかも知れない、今朝使ったフォークとスプーンが世界を滅ぼす力を秘めていたら? 子供のおもちゃが殺人道具になったら? そんな最悪な可能性が転がっているとしたら――
「やっぱり、マリス。お前はとんでもない悪人だよ」
「……エーシア。話合いましょう。私たちのこれからについて――」
フィアの横顔は真剣で快盗団の団長にふさわしい物になっていた――
◆◆◆◆
「報告は……以上です」
「つまり、そのなんとか団とかいう連中に手柄を取られた挙句に取り逃がした、と」
「くっ……。そう、なります」
時間はシルフィア団が、怪死体事件の犯人を倒した後日。急遽開かれた金の鞘。その議題は”怪死体事件の収束とシルフィア団を名乗る謎の組織について”。招集されていた人物は、前回と変わらない。
『置去』サマリー・ブライリ―。
ネプチュニア・グランセス。
『極』プロメチア・ニュール。
今回の招集のきっかけとなった『剣虎』ネヲジ・パーセナル。そして、
「報告ありがとう、ネヲジ」
『剣聖』テオドール・アーミニク。
以上の五本の金剣が集い事件の顛末を話し合っていた。
「それにしても、しるふぃあ団? っすか~。何者なんすかねそいつら。こそこそ逃げるように去った以上何かとやましいことでもあるんだろうすけど」
サマリーはネヲジが作成した報告書と、大大的に飾られた新聞記事を見ながらいった。その新聞記事には、”謎の怪盗、事件解決!?”と一面をかざっており、国民の話題も突如現れた謎の快盗で持ち切りだった。
「そうだね。言ってしまえば今の彼らはヒーローだからね。新聞でも大きく取り上げられている」
「そ れ が 問題なのですアーミニク卿。この剣しか能のない男ではなく、どこぞの馬の骨かも分からん連中が事件を解決してしまったことが、騎士団の信用を貶める結果に繋がるのです」
「貴方も何もしていませんけどね。ネプチュニア卿」
「ぐっ……」
たった一言で騎士団の厄介者を黙らせる『極』。冷淡な瞳から発せられる威圧感だけで、一般人レベルのネプチュニア卿は話せなくなる。
「この際、誰が何をしたかどうかは置いておこう。重要なのはこれからの対応だよ。亡くなった方や遺族の皆さんには未然に防げなかった我々に責任があるから誠心誠意の対応をしなければならない」
「そっすねー。わたしたちに落ち度がないっちゃーないっすけど。それが責任ってもんすからねー」
相変わらずどこか他人事なサマリーの意見に同調しつつ、テオドールは話を進めていく。
「では、事後処理の方はそれでいいとして、件のシルフィア団についてはどうする? ネヲジ」
「……っ」
今までシュンとうなだれていたネヲジは急に話を振られて肩を浮かせるほど、驚いた。かつての剣虎の姿を知っている人からみると信じられない姿であるが。
「俺は……」
俯きながら、机の上の新聞記事を見ながら考える。はっきり言って、彼らを捕まえる理由がない。その場に居合わせた女性たちの証言から、俺たち騎士団が何もできなかったことはすでにバレている。マスコミだってそう大々的に発表しているし、出版社によってはかなり騎士団に批判的な記事を書いているところも少なくない。
そんな状態で俺たちが、ヒーローである彼らを捕えようとしたら――? 悪者なのは俺たちの方では……?
「彼らを捕まえることは――」
「報告ですッ!!」
その時、金の鞘の扉が勢いよく開かれる。このように会議が行われている最中に金剣ではない下級騎士が割り入ってくることは相当に稀だ。つまり、事態はそれほどに、金剣の指示を仰がねばならないほど急を要するということ。
「なにごとだッ! この場をどこと心得る!? 選ばれし金剣のみが入ることの許される神聖な場所だぞ!」
当然、格式だの慣習に一番うるさい騎士が噛みつくが、報告に来た騎士の尋常ならざる表情をみて、プロメチアが発言を許可した。
「それが……シルフィア団を名乗る怪盗から、シェリーラ侯爵の屋敷に予告状が届いたと……」
「なんだと!?」
場がざわめき立つ。シェリーラ侯爵と言えば、王国議会にも席を持つ有力な貴族の一人であるとともに……
「シェリーラ……あー、あの色欲ダルマっすか。王国中の女性の敵の」
サマリーが心の底から軽蔑の感情を露わにしてつぶやいた。彼女がここまで感情を出すのは珍しい、と心の中で思いながら、プロメチアは同僚の態度を諫めた。
「サマリーさん。王国の騎士たるもの、国民を守るのが義務です。たとえどのようなクズでも、この国の民である以上私たちがまもらなければならないのです」
「いやいや、本音出ちゃってますよ」
「……で、今の報告を聞いて君はどうするのかな」
「……決まってんだろ。たとえ国のヒーローであろうと、盗みを働こうってんなら。俺が捕える」
「うん、いつもの君に戻ったね」
ネヲジには剣虎たる覇気が蘇っていた。
「それじゃ、今日はお開きにしよう」
「待ってろシルフィア団、ウォオオオオオ!!!」
「元気すぎるのも問題じゃないっすか……?」
雄たけびを上げながら、廊下を爆走していく虎の背中を見送りながら、サマリーはため息をついたのだった。
◆◆◆◆
王都某所、すぐそばを水路が流れ、暗いジメジメとした雰囲気が漂う場所だ。甲高い獣の鳴き声も聞こえてくる。そんな場所に人がいた。
「まさか、宝魅人を下す者が現れるとは……シルフィア団。君たちに興味が出たよ」
パサリ、と新聞が投げられる。そこには白黒でシルフィア団が走り去る様子が書かれて――消えた。まるで初めから何も書かれていなかった白紙の紙のように全てが消えていた――
◆◆◆◆
「姫様、紅茶です」
「あら、ありがとう。マリーダ」
ことり、と置かれた紅茶にお淑やかに口付ける少女。さらりと流れる絹のような美しい金髪を伸ばし、その瞳は蒼。少女と女性のちょうど境にいる年齢。
ただ紅茶を飲むだけで絵画として成り立つようだった。
「~っ!、いえ、滅相もありません姫様」
姫に名前を呼ばれただけで、幸福の頂点に旅立つしてしまう騎士、それがマリーダ・クルゼスであった。
晴れた午後の昼下がり。王城の与えられた部屋からは賑やかな街並みが遠くに見える。
マナケルジア王国第三王女、サリヨエナ・フォン・マナケルジアの部屋であった。綺麗に整理整頓されており、ベッドとテーブル、しかし最も目を引くのは壁一面に所せましと並べられた本棚と本だ。この部屋にあるものだけで一つの図書館を開けるぐらいあるだろう。
サリヨエナは大の読書家であり、特に冒険譚モノを好んで読んでいた。その箱入りのお姫様が巷で話題のヒーローに興味を示さないはずがなかった。
「ところでマリーダ。今話題のシルフィ――」
「姫様、本日の午後のご予定ですが……」
話題を逸らす。騎士団と、王家の意向で、このお転婆姫にはシルフィア団についての情報は聞かせないようにする流れは当然と言えた。なにせこの姫様、姿や所作は超一流の淑女だが、その内面は真逆。興味があることならどこまで愚直に突き進み、周囲の目などおかまいなし。ついこの間など、本で読んだ小動物を探すために城を抜け出し、国を抜け出し、大陸を抜け出す一歩手前で捕まり、大騒ぎを起こしたばかりだった。
そんなお転婆姫が、国を救ったヒーローに興味を持ってしまえば、起こす行動など容易に想像できる。だからこそ、絶対に興味を持たせてはいけないのだ。
「はい、午後の予定は分かっています。あと三十分後に武術に始まり、歴史、政治、所作の稽古。それが終われば、歓談や会議、パーティの練習。それが終われば――と、夜の十二時近くまで今日も予定がたっぷりです。で、それを踏まえて私は貴女に聞いているのです。マリーダ、貴女。その場に居合わせましたよね? どうでした? この街を救ったヒーローの姿は!? 皆が私に隠そうとしているのは分かりますっ、それでもどうか教えてください!」
もう、手遅れだと。マリーダは悟った。隠しているはずだが、自身の天性の能力よって看破しているのだろう。ウキウキわくわくといった様子で詰め寄ってくる主のお願いであっても、一応騎士の身であるため上官と勅令には逆らうことは出来なかった。
「い、いえ。私は何も知りません……。その日は城に用があったため現場にには居合わせておりませんでした……」
「…………」
サリヨエナは、顔を限界までマリーダに近づけて無言で見つめ続ける。目を合わせてはいけない目を合わせてはいけない目を合わせてはいけない――
「マリーダ、私の眼をみてください」
「お、お断りします……」
「……」
マリーダが虚空を見て、その逸らされた目をサリヨエナが見つめ続ける。このときサリヨエナは、力づくでマリーダの顔をつかんで目線を合わせることはしない。そういうことはしないからこそこの姫は人望も厚いのだ。しかし、こういうときサリヨエナが取る手は……
「んー、マリーダ。私が使ったカップ、要ります?」
「はい、頂きます! ――あ」
黄金の瞳と交差する。その一瞬で、サリヨエナは知りたい情報をすべて手に入れた。
「姫様!」
「許してください。カップは本当に差し上げますから」
「そ、それなら……」
いいんかい、とサリヨエナは心で突っ込んだが、口には出さない。従者のチョロイン化が止まらないことが最近の一つの悩みでもあった。
「シルフィア団、彼らなら私の夢もきっと――」
あけ放たれた窓から一陣の風が吹き込んだ。
この日、様々な思惑が絡み合い、世界が動き始めたのだった。