その名も――
エーシアと怪人が広場で戦っている同時刻。広場周辺の道は恐怖と混乱に陥った人々で溢れかえっていた。そう、溢れかえっているのだ。人が流れいかずいつまでも留まっている。道は人々で塞がり、まともに身動きも取れない有様だった。
その原因を作っているのが、広場を中心に半球状に展開されている、風の檻。
一見すると、そこには何もないように見える。傍からみれば、一定の線を境に向き合っている人々が奇怪に映るだろう。しかしその場に立つ者には分かる。自分の目の前には確かに壁があり、自分はこの境界を超えることはできないのだと。肌と耳で感じられるそれは、迂闊に障れば身体を紙クズのようにズタズタに切り裂くだろう。
現に、檻の中でしびれを切らした人が数名、無謀にも境界を越えようと進んだ瞬間――
「ばかばかしい、たかが風だろう。ほら、なんとも――……」
「キャアァアアアアアアア!!!!」
それはまるで、ぱっと弾ける水風船のように、細切れにされた肉片と大量の鮮血が、風の檻に囚われ空高く舞い散っていった。命の脅威を認識できない愚者が一人この世から旅立った。
その光景を間近で見せつけられた人々は、この檻からは出られない、と諦観を植え付けられてしまった。
檻とは本来二つの機能を持っている。一つは中に閉じ込めた対象を外に逃がさないこと、そしてもう一つは外から中に干渉できなくすること。そしてこの状況においても二つ目の機能は十全に発揮されていた。
「まだ、この風を解除することはできんのか!?」
苛立ちと焦燥の混じった声。その声の持ち主は今、透明な檻に分断されこちら側に向かって助けを求める人々の不安と恐怖に満ちた表情を見つめることしかできない自分に強い憤りを感じていた。
檻の外側に陣取るのは王国騎士団、治安維持部隊。王都で起きる様々な事件を扱い、犯罪を取り締まる番人たち。その部隊の中でも、隊長ネヲジ・パーセナル率いる○○部隊が出張ってきていた。
「報告します、隊長。現在、解術師らが辺り一帯を包んでいる風の檻の術式解徐に取り組んでいますが、結果は芳しくありません」
焦がすような緋色の長髪を持った女騎士、マリーダ・クルセス。若くして銀剣の位階にまで上り詰めた実力者。普段はとある方の専属近衛を担当しているが、元は治安部隊出身。王国を震撼させる連続殺人犯が大暴れしているとの報告を受け、仕える主の忠言もあってこのように現場まで来ていた。
「チッ、このままじゃ埒があかねぇな……」
その報告を受けたネヲジは、これ以上待つことは不可能だと判断した。先ほどあった報告に、気持ちが焦り檻を越えようとした人々が無残にも命を落とした、と。これを受けてネヲジは即座に各所に騎士を配置。檻の外から内に向かって人々の混乱を沈めさせ無謀な行動を起こさないようにしていた。しかしそれもどこまで続けられるかわからない。
今にも人々が暴動を起こすかもしれない、中でそのようなことが起これば事態は最悪だ。更に、この檻がいつまでも同じ状態を保っているかどうかも定かではない。もし、この檻が狭まるような動きを見せたら――
「……」
ネヲジは無言で歩を進めた。あろうことか風の檻にまっすぐ向かって。
「た、隊長!? ダメです! 危険ですっ」
上司が起こそうとしている行動の先を予測してしまったマリーダは、必死の形相で止めにかかる。この男は、むりやり中に押入ろうとしているのだ。危険に晒すからと部下を連れず単独で。
「お前たちは引き続き風の檻の対策を。俺が入れたところで中の奴らが出られなきゃ意味がない」
そういってネヲジは境界線の直前まで来た。あと一歩、つま先一つでも前に出れば、たちまち風の刃の餌食に――
「……待っていろ。必ずお前を捕まえる」
全身の表面を魔力で覆う。身体の輪郭を紺色の魔力が縁取っている。そのままゆっくり歩を進め――
「くぅッ……!」
瞬く間に全身が切り刻まれる。しかしそこは流石金剣といったところか。日々厳しい鍛錬を積み鍛え抜かれた鋼の如し身体は、魔力の補助もあってバラバラになることはなかった。
風の厚さは僅か一メートルほど。たったそれだけなのに、その一歩がひたすら重い。まず全身に圧し掛かる多重乱気流によってその場に留まることすら難しい。更に一瞬でも気を抜けば身体を持ち上げられてしまう。
よってネヲジは少しずつ、身体が浮かないよう、足を地から離さないようにすり足に近い歩法で進むしかなかった。しかし、風に煽られる時間が長ければ長くなるほど、身体に刻まれる傷は増えていく。
魔力の影響で深い傷は防いでいるものの、断続的に続く激しい痛みに気を失いかけるが――
「うぉおおおおおおおお!!」
身体を見ちあげられることを承知で、前に飛び込む。その果てに境界線を抜ける。
「はぁ……はぁ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
地面に倒れこむネヲジの身体の表面は血でべっとりと濡れ凄惨な有様だ。生きているのが不思議なくらいだ。
呼吸の乱れを整えているネヲジを取り囲むように、中に閉じ込められた人々が見つめている。
「はぁ……、大丈夫だ。お前たち、直に俺の有能な部下たちがこの檻をどうにかする。大人しくここで待ってろ。今から俺はこの元凶を斬りに行く」
腰の剣に手を添える。国宝にもなっている魔剣はこの騒乱の嵐にも傷一つ付くことはなかったのだった。
「待ってろよ……」
回復魔術を自身に掛けつつ、風の檻を背にして走り始めた。全ては中心にいるであろう凶器の殺人者を倒すために。
しかしネヲジは知る由もない。今この瞬間にも決着は着きかけていたことに――――
◆◆◆◆
「――シルフィアチェンジ」
懐から黒色の弾丸を取り出す。これはシルフィア団のアジトに行ったときにポケットに入れられたものだ。その時は気づかなかったが家に帰っってソファーに座った時に違和感を感じて手を入れたら出てきたのだ。
最初はカッとなりその場で捨てようと思ったのだが、自分でも説明ができないまますてられないでいたのだ。それが今この場においては正しい判断と言えた。ぴんと、指で弾く。回転がかかりながら上昇、頂点を過ぎ、落ちてきたそれを横なぎでつかみ取る。
それを流れる動作でシリンダーに装填、込められた弾丸の持つ力が高らかに告げられる。
『変身弾』
シリンダーを戻し、撃鉄を起こして使用する弾丸を確定。多種多様な効果を持つ≪快盗弾≫。なかでも今使おうとしているものは特異にして最高傑作。分不相応の理想を持つ男を、理想に近づけさせる力。
撃鉄が起こされ、シルフィアチェンジャーと接続された弾丸は、書き込まれた魔法式を読み取らせ、発動させる。
『シルフィアチェンジ! ジャック!!』
チェンジャーの発光とともに、音楽が流れた。それはハイテンポなジャズ調の音楽。聴くものの心を躍らせ楽しくさせるような調べだ。しかし、それと同時に曲調は聴くものを焦らせるような、期待を煽るような雰囲気だった。まるで今夜の主役の登場を心待ちにするかのように、観客の興奮を高めるように――
その興奮が最高潮になった瞬間、引き金は引かれた。
「ハッ!」
真上に向かって放たれたそれは、通常の銃からは考えられないものだった。大きさを無視した人ひとり分はある巨大なカードが出現。エーシアの頭上で広がり、回転しながらエーシアの身体を通り過ぎていく。
カードが身体を通り過ぎた所から、姿が変わっていた。全身を
カードが身体を通り過ぎた所から、姿が変わっていた。頭全体を、硬質なヘルメットが包むが、目元だけは開けられている。
全身をスーツが覆い、胸部に青く発光する装置が付けられ、その装置を中心に四肢に向かって青く発光するラインが伸びている。動作に干渉しないため最小限の装甲が付けられている。
夜の闇を思わせる黒いスーツと対照的にガントレットや、ボディカラーなど部分的に白が使われていた。
黒のブーツまで換装が終われば、最後の仕上げだ。足元まで降りたカードが、移動してエーシアの正面へ。その後形を変くえ二つに分かれた。
一つは銀のピンバッチ。シルフィア団のマークのそれは、エーシアの胸につくと、その後エーシアに腰ほどの黒いマントが生えた。
二つ目はマスク。歌劇で用いられるような、目元を隠す豪勢な紋様と意匠が付けられたものだ。今回エーシアの前に現れたのは、最低限の模様が付けられたものだった。空中に浮かぶそれを、エーシアが手に取り目元に押し当てる。すると周囲のメットと自動的に融合して一体化し晴れて頭全体が隠れ変身が完了する。
『ナンダソノカッコウハ!?』
「……いいぜ、名乗ってやるよ」
今日、この世界に新たな快盗が誕生した。この事実は後世にまで残り、伝説の始まりとして永きに渡り語り告げられていく。物語で言えば序章が終わり、新たな章が始まるのだ。そして名乗る。歴史に刻まれることになる正義の快盗の名前が――――
「惑わし騙す黒の奇術師 シルフィア・ジャック!!」
この快盗の名はジャック。悪しきを騙し、正義を貫く快盗だ。
「今日も華麗に頂くぜ!」
溜を作って、一気に開放する。
「参上! シルフィア団!!」
手を掲げポーズを決める。マントが靡き、カードが舞う。その姿はまさに童話のヒーローさながらだ。
「予告する。あんたのお宝、頂くぜ!!」
『……』
怪人は言葉が出ない様子だった。
さぁ、戦闘開始だ。と、意気込んだ所にけたたましいアラートがなる。その出どころは、どうやら腰に取り付けられた装置のようだが……
「これどうやって使うんだ……? うぉっ!?」
赤く点滅している箇所を押すと、一枚のカードが勢いよく飛び出した。腰につけられた装置からカードが出る様は、パンをちょうどいい焦げ目をつけて焼き上げる装置に似ているだろうか。
慌てて、飛び出してきたカードをキャッチすると何やらカードから声が聞こえてきた。超薄型のカードという媒体に魔術式と供給魔力をするという最早人智を超えた神がかり的技術にも慣れ始めながら、エーシアはカードを耳に当てた。
『――ッ!? もしもし、きこえる!?』
「この声ってフィアのアジトにいたあの幼女か」
『そんなことはどうでもいい。はやくふぃあとまわりのひとをたすけて』
「そんなことは分かってるさ。だからアイツをさっさと倒して、治療できるところまで連れてって……」
『それじゃまにあわない! がめんのしじどうりにして』
「がめん? そりゃ一体……」
ぱっと、視界上に文字が浮き出る。視線を動かしても文字はジャックの視界から離れない。それどころかありとあらゆる情報が表示され、その中に画像付きで示されているものがあった。
『”右ひざ側面のブレッドホルダーから緑色の弾丸を取り出せ”』
画面では右ひざ側面を映し出し、そこから弾丸を取り出す様子が繰り返し流れている。その映像と同じとおり右ひざ側面のでっぱりに触れると、カシャっとホルダーが開くように展開。中には取り出しやすいように弾丸のおしり側がこちらに向くように五つ収納されていた。
その中から画面の指示通り緑色の弾丸を取り出し、チェンジャーにセット。撃鉄を起こした。
『回復弾!』
画像と文章が視界に表示され、今使おうとしている弾丸の効能を把握した。
「なるほど、これなら……!」
使い方を即座に理解したジャックはすぐに銃口をフィアに向け一発、さらに倒れている女性たちにも銃を放った。
弾丸が命中した人は、優しく暖かな緑光に包まれる。見れば少しずつ傷がふさがり、呼吸も穏やかなものになっていった。
「これで大丈夫だな」
キラキラと輝きながら、回復していく様子を見つつ、敵と向き合った。
『カイフク、イマノハドウハマホウニチカイ……? キケンダ。ハイジョスル』
「やけに悠長に待ってくれたじゃねーか。変身シーンは静観するって悪者の決まり、ちゃんと守るんだな」
『オレハセイセイドウドウタタカイタイダケダ。ヨワキモノヲイタブルノハスキジャナイ』
「へぇ……お前の持ち主とはずいぶん違うじゃねーか」
『アヨウナクズトオナジヨウニミラレテイタノナラシンガイダナ。オレハツヨイモノトシカタタカワナイ』
『はなしはーいいからはやくたおして』
ふわふわと、宙に浮かぶカードの向こうから、呆れに近い声が聞こえてくる
幼女の言う通り、腰のバックルを一度押す。すると一枚のカードが射出された。それを掴んだジャックは怪人とジャックのちょうど間くらいの場所に投げた。
流石奇術師といったところ。綺麗に回転しながら真っ直ぐカードは突き刺さった。
「これでどうすんのさ」
『しるふぃにうむ、さんぷかいし』
カードから、キラキラと煌めく粒子が噴き出す。瞬く間に辺り一帯に充満する。
『コンナモノ、オレガカゼヲアヤツレルトワスレタカ』
怪人の手を一振りで粒子は一瞬で吹き飛ばされる。しかし、それでもカードから粒子の散布は止まらない。
『ソノカードモロトモキリキザンデヤル』
「おいっ、なんも効いてねぇじゃねーかーーっ!?」
――――風が、視える。不可視なはずの大気の動きが可視化されている。キラキラと輝きながら――――
「なるほどこれならっ!!」
『ナ、ナゼダ!?』
怪人が放つ風は、人間だった頃の男が操るものの比ではない。その一撃一撃に必殺の殺意が込められている。
一つ躱せば、躱した先に風が飛んでくる。決して視覚を用いずに躱せるようなものではない。
それをこの変な格好に着替えた男がかわしている。一体どうやってーー
『コノリュウシノオカゲカ!』
「気づいたところでお前にはどうすることもできない。ただ、吹き飛ばすことしかできないお前には。そのおかげでより広範囲に散布され見えやすくなるんだ」
『ナ、ナラギャクニシュウイノリュウシヲイチテンニアツメテーー』
「気をつけろー。その粒子ある程度密度が高くなると爆発するらしいぞ」
『ナニ!? グハッ』
視界に表示されている情報を横目に見ながら、忠告するが、風で一点に集めすぎた怪人の目の前で粒子が爆発。見事に巻き込まれた。
『オノレ……』
黒煙の中から、表皮が焼けこげた怪人が現れる。しかし焼けこげた皮膚は剥がれ落ち新たなものが生え変わる。その速さはまるでテープの早回しを見てるように。
「回復能力高すぎないか?」
『じゃっく、とれねいたーはふつうのこうげきじゃたおせない。かくとなってるこれくしょんをとらないとむげんにふっかつする』
視界に新たな情報が示される。それは三つの力。一つ目は新たな武装、二つ目は敵からコレクションを抜く力、三つ目敵を倒す力。その三つの力の使い方を頭に叩き込んだジャックは、敵を倒す算段をつけた。
「まずは……」
カードを腰のホルダーから取り出す。今度は掴みとらずそのまま宙を舞わせると、一人でにたわみ、ぽんっと小気味良い音を立てて弾ける。白い煙とともにそこには一振の剣が出現していた。
『シルフィアブレード!!』
剣を握れば当然の様に光る、鳴る。銃同様に柄にシリンダーが付けられ、引き金まで付いている。刀身から柄まで全て同質の素材で造られており、白色のベースに青い魔力線が奔っている。
柄の引き金を引くと、刀身まで伸びた魔力線がより強く光り、刀身の表面を薄く魔力が覆う。
「ナンダトイウノダソンナケンノヒトフリデッ!!」
「ハァッ!!」
「ナニィ!?」
風を斬り裂いた。不可視で不形容の風を斬り裂いたのだ。これには怪人は驚きを隠せない、信じられない。
『カ、カゼヲキッタダト!? ソンナコトガアリエルカ!!』
未だに現実を受け入れられない怪人は闇雲に風の刃を放つ。そこに精細な技巧はなく、ただ風の風量によるゴリ押し。
風の刃を掻い潜りながら接近する。目に見えている攻撃など今のジャックには通用しない。シルフィアソードを強く握り、振りかぶって――――
『チカヅケバカテルトデモ?』
怪人が持つ爪がジャックを捉え、ズタズタに引き裂く――――ことはなかった。ジャックの身体が全てカードに置き変わっていた。木の葉のように宙を舞うカードが怪人の視界を塞ぐ。すぐに風でカードを払うが――――
『イナッ……』
視界が開けたがそこにジャックの姿はない。ただ虚空をカードが舞うばかり。慌てて周囲を見渡すも、既に時遅く――
『解錠弾!!』
それは、まさに魔法の鍵。チェンジャーの銃口から噴き出す黄金色の焔が鍵の形をしていた。古めかしい棒鍵タイプの形状をしているそれは、人の手ほどの大きさで、それに見合った鍵穴は一つしかない。仮面越しに光って見える箇所。腹部の中心から拳一つほど左に寄った所。そこに宝が隠されている。確信じみた予感があった。その場所にチェンジャーを挿し込んで――
「――開け、心の鍵」
怪人に、突き挿す。腹部に銃口を突き付けているように見えるが、実際は銃口から生成されている魔法の鍵が体内に刺さっている。鍵が挿入されている箇所を中心に、金色の線が怪人の身体に奔る。
『コ、レハ……』
「動けないだろ? 仕組みは知らんけど」
動けないのも当然。今、ジャックが挿している黄金の鍵は怪人の最も重要な場所。心に強引に解析しているのだ。生物の最大の弱点が無防備に開かれようとしているのだ。身体が動けるはずがない。
『解錠!!』
「解析完了、御開帳だ」
鍵が、回される。銃ごと、九十度右に捻ると黄金の輝線が長方形の形に変わる。銃を手前に引くと――
『バ、バカナ……』
奇妙な光景だ。怪人の腹部に長方形型の空間の歪みが出来ている。その歪みがまるで扉のように手前に開かれた。開かれた扉の中には、三十センチほどの奥行の空間の中心に、赤い布が被せられた台座の上に一つの指輪が鎮座されていた。
「コレクション、《旋風の指輪》頂くぜ」
怪人の体内に入った指輪をつかみ取る。銀色の金属に緑色の宝石があしらわれている特段目立った見た目ではないが、その小さなモノに秘められた力は計り知れない。
宝の入っていない金庫に価値はない、とばかりに力いっぱい扉を閉めて怪人を蹴り飛ばした。
『オォウッ……』
身体を構成する核を抜かれて怪人は、うまく立ち上がることが出来ていなかった。更に身体の至る所から支配下から逃れた魔力が漏れている。
『ソレヲ、カエセェエエエ!!』
地べたに這いつくばりながら必死の形相でジャックを睨みつけた。その視線を受けたジャックは飄々とした様子で全く意に介していなかった。それどころか指輪を、指の上に乗せて器用に中指から小指まで往復させて遊んでいた。
「盗んだ宝を返す快盗がいるか」
指輪で遊ぶのを止め、ポケットにしまった。
「さあ、そろそろ幕引きといこうか」
身体から核を抜かれた状態にも慣れてきたのか、怪人は、ふらつきながらも立ち上がった。その鋭い目は強い戦意が宿っていた。
風を操ろうとする、しかし当然ながら風を操る力の源が失われた今、思うように力を行使できない。
――カゼガ、オモイッ!
その隙を快盗は逃さない。再びチェンジャーを取り出し、装填されていた『変身弾』に合わせる。この弾丸には、人間に魔法の力を与える強力なものだが、それとは別にもう一つ変身に匹敵する強力な魔法が込められていて――
撃鉄を起こして、シリンダーを思い切り回す。この時点でこの銃がまともなものではないとわかるが、それによって起こりえた現象もまともではなかった。
『快盗の必殺技!!』
そう宣言されたとともに、ジャックの身体にも変化が起こる。まず、顕著に表れるのは胸部。胸に設置された装置が唸りを挙げて稼働する。それに呼応して全身に伸びた魔力線が強く発光する。その魔力の高まりに周囲の大気が歪む。その起点は脚。ジャックの右脚にその全魔力が集中していた。
「――いくぞ」
一歩、二歩、三歩と距離を詰めるごとに、魔力が充填されていく。その右脚には魔力製のカードが周回し、その開放の時を今か今かと待ちわびている。もう怪人は目と鼻の先、ジャックは跳ぶ。左脚を突き出し右脚を屈める。身体を捻り最大の力で蹴りを繰り出して――
『マケル、カ……』
「しまっ……!?」
右脚が最高速度に達する前に、手でつかまれてしまった。当然魔力が臨界ギリギリまでため込まれた脚に触れている以上無事ではない。しかし、即死は免れた。
『サイゴノチカラデ、ミチヅレニ……!』
「――いや、死ぬのはお前ひとりだ」
ニヤリ、とジャックはその仮面の下で笑う。掴まれていないほうの左脚。その脚には右脚以上の魔力が溜まっていて――
「悪いな、騙すのは奇術師の領分なんだ」
『シマッ……!』
怪人は風を操るがもう遅い。既に充填は完了しているのだ。そしてこれが、シルフィア団、シルフィア・ジャックの必殺技。その真名が告げられる――!
『|最後はジャックの一人勝ち《ジャックポッド・モノポリー》!!』
「はぁあああああ!!!」
『グォオオオオオオオ!!??』
渾身の一撃が怪人に蹴り込まれる。その破壊力は凄まじく、怪人の巨体を難なく吹き飛ばした。蹴り込まれた箇所には跡が残りそれを起点に亀裂が走り、切れ目から魔力がこぼれ始めバチバチと明滅している。
『……ミトメ ヨウ、オマ……エハ……ツヨ、イ』
遺言とともに倒れ込み爆発した。怪人の死をきっかけに風が支配から逃れたからか、突風が吹き荒れる。久方ぶりの自由を満喫するかのように。そして同時刻、広場を中心に覆っていた風の檻も霧散した。
「倒した、のか……?」
爆煙を背に立ち上がる。爆発した跡地をみると、煤と魔力残滓が残り、人の影はどこにもなかった。
「あいつは許されざる罪を犯した。それに元々外道組織の人間だったでしょ」
「……お前,もう平気なのか」
救えたかも知れない、と後悔の感情が湧き始めたが、それは違う。と正された。
「えぇ。アンタが回復弾を撃ち込んでくれたおかげね。……っていうかそもそも食らってないし……」
「は?」
なんだか今、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。
「お前今なんつった?」
「へ? あっ、今のナシ! なんでもないから!」
目元は仮面で見えないが、見えている耳が真っ赤になっている。そのことから仮面の下でも赤面していることだろう。それをジャックが詰め寄ろうとした時――」
「詳しく聞かせてもらお――「全員、その場を動くな!!」」
全身をおびただしいほど血濡らした一人の男が剣を抜き、臨戦態勢をとっていた。男は一切油断ならない様子で目線だけで状況を把握。今立っている二人が最も危険だと判断したようだ。
「あらら~。ジャック君、お話はまたの機会のようだね」
「ちっ、後で必ず話してもらうからな」
「待て!! 逃げんじゃねぇ!」
「さよなら、騎士さん。事後処理は頼んだわ。……あ、そうそう忘れる所だった。ジャック」
「はいはい」
逃げ去ろうとする二人。遅れてきたネヲジは、倒れている女性たちを見捨てておけず、二人を追いかけることができない
ジャックとフィアは走り去りながら、大量のカードをばら撒いた。そこに書かれているのはとある快盗団のマーク。これから世界中を巻き込み何度も戦うことになる相手。
足元に落ちてきたカードを拾う。その裏にはこう、書かれていた。
『参上! シルフィア団!!』と――。




