参上! シルフィア団!!
時刻は深夜。誰もが寝静まる頃、起きている者が居た。
「さぁ~って、金庫ちゃ~ん? いい子だからおとなしくしててね~?」
過剰なまでに集められた調度品が並び、置かれた家具も各地の職人に作らせた一点ものの一級品。壁には額縁が飾られ、一度は誰もが聞いたことのあるような有名画家の物もある。
まさにこの部屋の持ち主の性格を体現したかのような部屋だが、肝心な部屋主は不在だった。代わりに黒ずくめの青年が大胆不遜に、何やらコソコソと作業していた。
青年は黒いシルクハットをかぶり、黒いマントと全身を黒のスーツで整え、手袋と靴さえも黒かった。
青年は辺りに飾られている高級品には一瞥の興味もくれずに、机の後ろの壁に掛けられていた一枚の絵画――その裏側に隠されている一つの黒い金庫に向き合っていた。
『アンタのそのひとりごとの癖、直した方がいいわよ?』
別な声が響く。男のものとは違い、女のものだが芯の強さが伺える。その声は青年が金庫の表面に張り付けている一枚のカードから聞こえてくるものだ。
「だいじょーぶ。こんな金庫、もう少しで……」
獲物を狙う捕食者が浮かべる獰猛な笑みで金庫に向かい合う青年は作業の手をさらに加速させる。魔方陣を多重展開し、微細な音や感触を魔術によって増幅し可視化することで成功率を高めているのだ。
『……ちょっと待って? あんた、解錠弾を使ってないの!?』
カードの向こうから焦った声が聞こえる。その珍しい態度に青年は気をよくしたのか、悪びれもなく持論を述べた。
「あのなぁ、あんなもの宝魅人相手ならまだしも、こういうのは自分の力で開けたくなるのが快盗ってもんだろ?」
『知 ら な い わ よ ! ! いいからさっさと開けないっ。あんたが自力で開けることは作戦外なのよ!? あぁっ! あんたが作戦会議のときやけに素直なのも納得がいったわ! 解錠方法まで気を配らせないために言うこと聞いてたのね!? いつもならあれこれ文句言うくせに……』
『……ふぃあ、はくしゃくがもどってきた』
カードの向こう側で新たな人物の声が混ざる。その声はまるで幼い少女。若干の無気力感も感じられる。
『だから、作戦行動中は名前で呼ぶなって……ってほんとだ。ジャック!! 急いで開けなさいっ!』
「分かってるって、あと少しなんだって――」
青年にじわりと冷たい汗が流れる。魔力を持った金庫は通常のようなダイアルを合わせるだけでは開かない。物理的なダイアル錠(素材は抗魔力物質で作られており、魔術での解錠は不可能)と、持ち主が設定した魔力波長を合わせて初めて開く。実はジャックは、ダイアル錠はものの数分であっさり解錠していた。しかし、この金庫のガマ伯爵が設定した魔力波長を特定することに苦戦していた。この場合の多くは、持ち主本人の魔力波長が設定されていることはまずありえない。本人を気絶させ、金庫に触れさせたり、体液を分析されれば簡単に開いてしまうからだ。
つまり、本人しか知りえない魔力波長をなんとか特定することが求められる。ちなみに持ち主本人はダイアルと魔力錠を一瞬で開ける完全鍵を持っているのだが、これは本人の意思があって初めて用を成し、仮に強奪しても効果がない。
だが、この青年にはダイアルだろうが魔力錠だろうと、それが概念上でもありとあらゆる錠を問答無用でこじ開ける魔法の鍵があるのだが、流儀に反するため使いたくはないらしい。
『……はくしゃくがにかいにあがった。とうちゃくまでおよそにふん』
『ジャック、解錠弾を使いなさい。これは団長命令よ』
「ッ……」
緊迫した声に心臓が高鳴る。魔力で空中に映し出された画面には設定された魔力波長との同調割合が表示されている。その値は八割を超えている。
『かどをまがった。もうすぐそこにいる』
『ジャック!!』
「こんっ、ちくしょぉおおおおおお――――!!!!」
扉の外で足音が聞こえた。
◆◆◆◆
「誰じゃ!! 誰か居るのか!?」
異変を感じた伯爵が扉を勢いよく開け放ち、部屋に入ってきた。
伯爵の目の前に広がるのはいつもと変わらない自室。部屋を見渡しても特に変わったことはない。
なんだ気のせいか、と背を向けようとしたその時。冷やりと夜風が背中を撫でた。
はて、と振り返ると、窓が開いてカーテンがハタハタとなびいていた。
――まさか。
血相を変えて机、その後ろの壁に近づく。掛けてあった絵画を力任せに投げ捨て金庫を確認する。
「……」
見たところ、おかしなところはない。誰かに触られた形跡はなかった。しかし、悪寒は消えない。それどころかむしろ増す一方で――
悪い想像を早くこの目で否定したい。そんな一心で懐から完全鍵を取り出した。鍵に魔力を流すことで、鍵に刻まれた魔術式が起動。金庫と反応し、鍵が開く。
恐る恐る扉を開らく。その中は――。
「あ……」
全身の力が抜けていくのを感じた。金庫の中には命に次ぐ大切なコレクションを入れていたのだが、その姿はどこにもない。その代わりというべきか金庫の中にカードが刺さっていた。
「ぁ……」
慎重に取り出せばカードには赤と黒の柄に中央には派手な金色でとあるマークが印されていた。今、この国でこのマークを知らない者はいない。彗星のごとき突如現れ、王国中を騒がせる話題沸騰中の快盗団。カードの裏に書かれている。
『参上! シルフィア団!!』――と。
~小さな観客~
「「「おぉおおおお!!!!!」」」
最後の大技が決まる。拍手と歓声に包まれる広場の盛り上がりは最高潮だ。矢継ぎ早に地面に置いたハットにおひねりが投げ込まれる。あっという間にハットは溢れんばかりに重みを増し、中には紙幣も埋まっていてホクホク顔のエーシアだった。
「皆さんありがとうございました!! またいつかお会いしましょう!」
そう言って、足元のハットを拾った後、マントをくるりとひるがえすとエーシアの姿は消えていた。
足を止めていた客も興奮冷めやらぬまま、去っていく。そんなお客たちの満足げな顔を、少し離れたところから見るのもエーシアの楽しみの一つでもある。しかし、その中に見逃せない表情を浮かべている人物を捉えた。
「うぅ……」
とぼとぼと、哀愁漂わせながら歩く一人の少女。幼女といっても差し支えない小さな女の子だった。
「お嬢ちゃん。どうした?」
「……」
エーシアは少女の目線に合わせしゃがみ、怖がらせないようにやさしい口調で話しかけた。
「……あのね、さっきのまじっく、みれなかったの」
「あー、なるほど」
基本的にエーシアがストリートマジックをやるのは不定期で場所も特に決まっているわけではない。これは下手に定期的にしたり場所を決めたりすると客数は増えるが、人気ゆえに集まりすぎてしまい周辺に大混雑が起きてしまうのだ。それを避けるため敢えて不定期かつ不特定の場所で行いなるべく短時間でやるようにしているのだ。
その希少さ故、生でパフォーマンスを見ることができる、その場に居合わせた人間は幸運の持ち主と言える。
どうやらこの少女は幸運は持ち合わせていたものの、小さな体のせいで周囲の人だかりに阻まれて、見ることができなかったようだ。
「んー……」
エーシアがストリートマジックをするときは、強力な認識阻害の魔法がかけられているシルフィアマスクを着用しているため、エーシアの素顔がばれることはまずない。なのでこの少女には目の前の青年が、見たかったマジシャンであるとはわからない。
「だいじょぶか」
一人のマジシャンとして観客を泣かすわけにはいかない。正体がばれるリスクなど、少女の悲しい顔の前では小さな問題だ。
フィアに知られたら怒られそうだなと苦笑しながら、エーシアはステッキを取り出した。
「見てて。このステッキを軽く振ると――」
ポンっ、と小気味いい音と紙吹雪が飛び出し、ステッキの先から花が咲いた。
「わあっ!!」
ぱああっと少女にも満面の笑顔が咲いた。やっぱりマジックを見に来た観客に楽しんでもらう喜びをかみしめながらエーシアは続ける。
「ここまでは、ふつうのマジックだ。でも俺のは一味違う」
ステッキの先に咲いている花を摘んで、少女から見えないように手で隠した瞬間、花を掴んでいる手の中に素早く花を収納。そして少女から隠していた手の中に仕込んであったものと持ち替え、隠していた手を退けると、そこには少女の頭にぴったりな花冠があった。
「おはなが、かんむりになった!」
「はい、これはプレゼント」
どうぞ、と花冠を少女の頭に乗せてあげる。
「おにいちゃん、ありがとうっ」
「どういたしまして」
「サヤカ!!」
「あ、おかーさん!!」
広場の向こうから少女の母親と思われる女性が走ってきた。
「こらっ、勝手にいなくなっちゃだめじゃない!!」
「……ごめんなさい」
「まぁまぁ、お母さん。この辺りで超人気のマジシャンがゲリラパフォーマンスをやってたそうですから、娘さんが走り出しちゃうのも仕方のないことだと思います」
せっかくの笑顔がまた曇ってしまうのももったいないので、フォローをいれておく。
「えっあのマジシャンが!? それで、見れたの?」
「ううん、わたしのせがちっちゃくてみれなかったの。でもね、このおにいちゃんがこのかんむりをくれたの!!」
「あら、よかったわね。すみませんうちの娘がご迷惑をかけて」
「いえいえ、別に大したことはしてませんよ。それよりも今度からは娘さんから目を離さないようにしてあげてください」
「ありがとうございます、気を付けます。ほらサヤカ、ごあいさつして」
「うんっ、またね! おにいちゃん!」
「うん、またね」
手を振りながら見送っていると、少し進んだところで少女が母親の手を振りほどいてこちらに走って戻ってきた。これはあの母親も苦労するな、と苦笑いしていると、少女がしゃがむように手で合図され、言う通りにすると。
「おにいちゃんが、あのまじっくのひとだってみんなにはないしょにしておくねっ!!」
「……へ?」
呆然としているエーシアを置いて少女は今度こそ母親と手をつないで去っていった。
「…………え?」