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人色-真弓

作者: 藤洋
掲載日:2018/06/08



-「あああああん」


-うお 音でかいよ 何だよ

漫画じゃあるまいし飲んでいたコーヒーを吹く事はなかったものの気管に入りそうになった。


-ゴメン スキップしてたんだけど音でちやった・・・

ほんの少し表情をかえただけで悪びれもせずに彼女は画面を見つめながらつぶやいた。

今はギターの練習をしている俺の向うでソファに腰掛けながらひざの上でノートパソコンをいじっている。

コイツは最近どうやらアダルトゲームにはまっているようで、ネット通販で買ったり体験版を落としたりしてプレイしている。

俺の部屋で・・・実に意味不明である。


-あのさ、一応聞くけどまたエロゲーやってんだよな?動画じゃないよな?

少々聴きづらい質問ではあるがあえてストレートな言葉でぶつける。


-違うよ? えっちなところはスキップするからノベルゲームだよ。


-いやいや、スキップしたところでエロいや、アダルトなゲームでしょ?

顔がこちらを向いてくれたのでコーヒーカップを置くと先ほどの怪奇音について問い詰める事にする。

ちょうど左手が限界に近かったので、ストラップを外しピックを弦に挟み込むとスタンドにここ一ヶ月の手遊びであるギターを立てかけた。


-そのアダルトゲームの中に凄いいい曲があるとかいいストーリーがあるとか勧めてきたの自分じゃん


そう、確かに濃い友人の一人に勧められてプレイしてみた"ぜったいこれ泣くから"の一本の妙な偏見を一撃で吹き飛ばす感動にコイツに勧めてしまったのは俺だ。

クラッシュしたOSを再インストールしたノートパソコンでは無理矢理VRとか3Dゲームに付き合わせることは出来なかったのだ。

ちなみにぜったいこれ泣くからで泣いたかというと、泣いた。コイツも泣きながら夜中に電話してきた。

バイト明けで夕方に睡眠を開始していた俺は正直むかついた。

そして音楽が好きな俺にとって隠れた名曲と言うか音楽単体でも琴線にふれるものがあったのも事実である。

そしてそのままその手の音楽だけが容易に聴ける動画配信サイトに移行した。


-確かにそう言った。認める。けど今やってるのとか明らかになんか違うだろ、ガチだろ


いつのまにかプレイしているものが明らかに人様には見せられないシーンが連続するものになっている。

そしてコイツはその手のシーンはスキップしてしまう。

何がしたいのか正直分からないがたまに覗くと体を傾けて見せてくれるシーンには確かにコメディ要素があったりクサい台詞があったりとなんとなくコイツの楽しんでいる部分は分かる気がする。





-ね、鈍感系とか言うけどさ、この手のって鈍感とかいうレベルじゃなくて人とコミュニケーション障害起こすレベルだよね? たぶんうちのワンコよりも人の気持ち読めないよ。


-いや、敏感だったら始まって5分で終わるだろ。そんなの楽しいか?ていうか聞けよ


-はい?

いきなり目を合わせてきた。

小さな顔と少したれ目の中の瞳がこちらを向く。

なんでコイツはほんのすこしきつめのことばを使うと真面目な顔して返事してくるのか。

そんなにまっすぐ見るなよノートパソコン見たまま返事しろよ。


-いやだから、それ自分ちでやれよ。つうか俺はもうこんなものだって偏見きえたところで飽きたからあんまり興味ないんだよ。

と言いつつとてつもなく突き抜けたエロいゲームのパッケージが収まった収納が視界の中でフォーカスされた。

ガチは俺だった。


-だってさ、最近ギターに集中してて相手してくれないこと多いんだもん。帰れって言うならすぐ帰るよ


-いやかえれとか言わないけどさ・・・それにあってないって


ささやかな抗議のこもった言葉をうけると、とたんにそんな言葉は言えなくなる。

一人暮らしのなかで誰か話をする相手がいる空間に慣れてしまうと、自分が好んで一人になりたい時以外は避けたいのである、勝手なものだ。

そしてコイツの外見には言っちゃ悪いが絶対想像がつかない絵面の趣味である。

大学のクラスでもサークルでもコイツの名前は野郎どもの話題に頻繁に登場するのだ。


-腹へらない?

ふっと見せたさびしそうな表情に話題転換も込めて問いかける。


-へった あれつくって

ノートをぱたんと閉じるととたんにふにゃつとしか言いようのない笑顔でオーダーされる。


-どんくらい?


-いつもくらい


買っておいたフランスパンを切り分けると、タマネギのみじん切りと粒入りマスタード、お高いソーセージと

特製ソースで料理?は完成。

オレンジジュースをいつのまにか、なんとなく指定になっているグラス二つに注ぐ。




-いただきます

洗った両手をきちんと合わせると俺に向かって軽く頭を下げる。

決してお上品とはいえないかぶりつきの逸品であるが美味いのだ。

自分のにかぶりつきながらげっ歯類のように小さな口でほおばる姿をちらりと視界に納める。


-これ大好き

そりゃそうだろ、美味いもんな。

パンもソーセージも俺が作ったわけじゃないが。

最初の頃は豪快にかぶりつくことに抵抗や遠慮があったり、ソーセージを自分のスカートに落下させる事故を起こしていたがいつのまにやら大口を開けずに食べるスキルをマスターしていた。


-ごちそうさま ありがとう おそまつさま

おまえが言うな


-ん。

粗末ではないから返事はしたようなしないようなもので済ませる。

何も言わなくても皿を片付けてコップに残ったオレンジジュースをゆっくりとくつろいで飲んでいる。

ゆっくり動く喉と満足げな表情に一瞬こみ上げるものがあったがすぐに捨て去り無かった事にする。




-自転車だろ? 途中まで送る

コイツはこちらが促さないと結構遅い時間まで平気でいる。

そして母親が妙に俺のことを気に入っているので何も言われないのが複雑である。

お話したように一人暮らしなんですが・・・

遅い時間までいられると違う心配も増えるので家の前まで送る事になってしまう。




うすぐもりに日が傾いた空が下町の風景を照らしている。

このあたりは昔からの家が多く都内でもまだ下町言葉が実際に聞ける地域である。

狭い道を並んであるく

カゴにノートパソコンを入れた自転車をはさんで、向こう側にはフレアロングスカートで小さく歩きながら


-はやいよ


-あ悪い


早かった。

俺は元々歩くのが早かったのだが、都会にきてそれがさらに加速されてしまった。

そして真横に並ぶのは正直何かきつかった。


-基本だよ き ほ ん。モテないよ

少し芝居がかったからかい気味の口調で言う


-でも車道側歩いてるから50てんはあげるよ


-いや、俺はねられたら自転車と真弓がクッションだから。


-おおっ 今日いっかいめ


-何が?


-名前をちゃんと呼んでくれたの、が。

といったあと自転車のベルを鳴らした。

何の正解だよ。


-ね? モテないっていったけど こないだ教室で私と噂にされたときに宮崎さんが何言ってたか聞いてた?


-はぁ? 知らん ってかオマエと噂にってあのおしゃべりが勝手に話してただけじゃん。


そう、どこにでもいる俺命名の情報ばら撒き系女子が俺に聞こえていい場所で真弓に探りを入れていたのだ。

そして宮崎という女もよくあるパターンで背が高くショートカット、ボーイッシュでさばさばした性格の美人である。

嘘みたいな話だがそういう配置なのだ。

これは働きアリの中でサボるやつらを除いても働いていたやつらの中から一定の割合でサボる役割が発生するようにこの宇宙の決まりごとなのではないかと思っている。

クラスにはかならずロールプレイに適した人間が配役されるのだ。


この宮崎という女は授業中にブラジャーのホックを外されても激怒したりせずふざけるノリのいいやつである。

そして正直いい胸をしている。

但し外して事案になるかならないかは当然はずした人による。

少し顔を赤くして文句を言いながら胸を片腕で抑えてトイレに向かう姿はかなりクるものがあった。

ぶっちゃけ俺が外したかった。


-ふぅん、そう。

 俺と噂になったらいいのに と宮崎が会話の中でぼそっと言ったのを聞いていやがった。

情報女子と話していてもまぁすぐそばで話していたんだから聴こえただろう。

しかしその時俺が宮崎と一瞬目があったことは知らないだろう。

そのときの俺は やっぱり外せばよかった としか思わなかった。

というか、これ以上この手のやっかい事に興味が無かった、というか興味を持ちたくなかったので自動的に鈍感系になったのである。


そして真弓は俺の反応からもうこの話題を引っ張らなかった。




-会ってく?

もう街灯がつきはじめていた。

真弓の家が見える角に来たときにおどけたように言った。


-いやいや、かんべんシテ


-でも毎回お母さんきちんとお礼いいたいからってうるさいんだよ


-あれは当たり前の行動だからお礼とか


もう何度目の会話だろうか。

たまに携帯のうしろで俺にうちの娘をよろしくーとか呼びかけて怒られている真弓のお母さんは、きっと愉快でそして親子でそんな掛け合いの出来る優しい家庭なんだろう。


部屋に戻ったら一人という寂しさが一瞬胸に湧き上がって、いつもと違う一言が出てしまう


-つきあったら挨拶するけど


じゃあここでと言おうとして、心臓ををでかい手でつかまれて一気に温度が下がる感覚がした。

いつものようにじゃあまたねというはずの顔は前を向いたままで、歩みも止まっていた。


-行って

くっと何かを飲み込むような音が聞こえ、決して振り返らずに真弓は搾り出すように小さな声で言った。

俺はどんどん漏れ出そうとする嗚咽を必死に押さえ込もうとしている背中に耐えられず、再度じゃあというと来た道を戻っていった。

いや、漏れ出すくっとかひっという声が聴こえなくなる数メートルはほとんど走っていた。


これが真弓が俺の部屋に遊びに来た最後の日となった


きらいじゃなかった

すきだった

俺なんかをすきでいてくれた

抱きしめたかったしキスしたかった

でもしちゃいけなかった


真弓は気づいていた


俺に愛しはじめている人がいることを



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