薄い本が出来上がるまで
「彼、浮気してたの」
と、涙をはらはら零しながら〈ORATORIO〉の社員食堂で、小柄な女性が同僚に相談を持ちかけていた。
「悔しい~。結婚間近で普通浮気する(# ゜Д゜)?招待状も送付済みだったのよ。式場もドレスも決まっていたのに」
涙をこぼして結婚が取りやめになったことを、招待した同僚に話しているところだった。
彼女の周りには男女数人が、しきりに慰めていた。
女性の話を要約すると。
どうやら二股をかけられていたようで。
なんでも二ヶ月前に行なわれた昇進試験に合格したので、男のタブレット端末に連絡したが仕事中なのか通じなかったのでその足で男の元へ向かってこと(浮気現場)に遭遇したのであった。
その小柄な女性は銀河連邦司機密機構内の麻薬取締り局<ORATORIO>の花形受付令嬢で、結婚式を月末に控えていた身であった。
その女性の相手特殊実行部隊<GEOID>=通称変態部隊=の青年ということは彼女の同僚は全員が知っていた。無論、同僚だけではなく、彼女の部下も上司も、だ。
彼女が聞いた男の予定は勤務中らしかったので、仕事に出かけているだろうと判断し、夕飯の食材を買って二人で同棲してるコンドミニアムへと帰宅したら丁度その最中だったわけで。
ヨクアルハナシだが、あまりにも酷い。
その浮気相手が、男と同じ<GEOID>の同僚だというからなお始末に悪い。
しかも二人が結婚することがわかっていながら、女が誘ったというのだ。誘った女も悪いが、誘われた男も悪い。
受付嬢は、証拠を残すべき腕輪に仕込んだ記録媒体機(3Dホログラム)で浮気現場を終わるまで録画し、事が終わった後で、乗り込んで男を拳で沈めた後浮気相手の女性に問いただしたところ随分前から二人に関係が合った事が判明した。
「仕事が忙しいって、ほったらかしにしておいた方が悪いでしょ」
「は?浮気をしておいて・・・・」
「元々彼はあたしと付き合っていたの、後からきたあんたが本当の浮気相手。それなのに、結婚を前提に迫ったんでしょ。しかも彼の弱みを握って脅していたっていうじゃない。慰謝料を貰うのはこっちの方よ」
どうやら男の方は、浮気相手に事実と違うことを話していたようで花形受付嬢の言葉すら聞きゃしない。
浮気者たちは花形受付譲と男が付き合う2年前から身体の関係があるというのだから、聞いた<ORATORIO>連中の開いた口が塞がらなかった。
受付嬢はもう結婚できないと、もてるだけ自分の荷物を持って同棲先で新居になるはずだったコンドミニアムを飛び出して、ビジネスホテルへと駆け込んで今に至る。
結婚はキャンセルよぉぉぉと叫ぶ女性をなだめて、事情を聴いて映像を確認した娘の両親は結婚を取りやめる事を承諾し、式場も新婚旅行も即キャンセルする運びとなった。
キャンセル料並びに招待状などの始末は元カレとその女性に任せることに決定。
無論、二人から慰謝料は貰うつもりでいる。元カレの両親には通達済みで了承も貰っていた。
だが感情はついていかない。
交際の切っ掛けは相手から、しかも結婚も視野に入れて欲しいと言われていたのだ。
実際仕事の合間に花嫁修業もしたし、結婚後は子供ができるまでは供働き出来るように昇級試験を受けていたのだ。コンドミニアムに備えている家具の殆どは彼女が購入したものばかりであった。
しかも二人で眠るベッドの上での浮気。
怒りも悔しさも倍増しだった。
そんな折、一つ席を空けて座ってこの話を聞いていた花形受付嬢の同僚の娘が、泣く同僚にハンカチを渡して一言ぽろりと零した。
「ねえ、その男の下刈らないの??」
「は?」
びっくりして涙が引っ込んだ。
「だ~か~ら~、その浮気をした奴の男の象徴を何故刈り取らないの?」
「Whats !!」
受付嬢の同僚からきゃ~~~っと悲鳴を上げて、男がざざざざと引く。
中には冷汗をだらだらと流しながら股間を押さえていた。
「どうして?」
と、花形受付嬢。
誰でも聞くだろう。
そんな常識聞いたことがない。
受付嬢の同僚の女性はさらりと答えた。
「うちの種族は浮気したら男の象徴刈り取るわよ」
「なんつーハードな種族だ。そんなことしたら、男じゃなくなるだろう?」
「?」
「いや「?」じゃなくて、男性器なくなったら困るだろうが」
「へ? 別に困らないよ。生えてくるし」
「Whats !!」
「は、生えるわけねーべ」
んだんだと、周囲の男性は言い募った。
しかし受付嬢の同僚は、食後の珈琲を飲みながら澄まして一言言い放った。
「え? 人間って生えないの?」と。
受付嬢同僚と周囲の男性との間で著しく温度差が発生する。どうやら彼女と男性達の間では、いや男だけではなくその同僚の受付嬢と〈ORATORIO〉のメンバーの間で理解し得ない深くて埋まりそうもない溝が発生している気がすると花形受付嬢は思った。
ともあれ、花形受付嬢は同僚の刈るという言葉の真意が知りたかった。
ので借りたハンカチで涙を拭きつつ「どうして生えるの?」と聞いてみた。
周りの女性も、それが知りたかったのか興味津々と言う顔で花形受付嬢の同僚を見つめていた。
そんな女性達の視線に気づいているのかいないのか、受付嬢の同僚は淡々と言葉を紡ぐ。
「そりゃ、再生力の強い種族だもん。生えるわよ」
「えっと、答えになっていない気もするけど」
というか、種族の差であるが。
とある惑星のラミア種な彼女の種族は、切り取ったら生えてくるらしいのだ。しかも詳しく聞けば、子だくさん惑星の蛇系列の種族は、結構浮気をするようでその度、母、娘、親戚の女性もしくは嫁が浮気したらした男の方のアレを鎌で切り取ってしまうらしく。
話を聞いて浮気をこっそりしていた、男性はとっさに股間を抑えて青ざめる。
そんな刈る種族の、受付令嬢の母星である惑星メヴィウスについて。
星メヴィウス。
獅子座M105楕円銀河に存在する6連立惑星のうちの一つ惑星の内の一つ。
獣魔が存在する惑星。
獣人と違う所は、ゲームで言うところの幻獣や獣型の魔族がほぼ惑星を占めていた。創星紀頃、それこそ人型が惑星には存在せずあらゆる獣型が惑星上にひしめいていた。
それこそ住処が圧迫されるほど。決して小型の惑星ではない。
太陽系第五惑星木星よりも二周りほど大きな面積を持ち、双子惑星ラナが隠れてしまうほど大きかった。
が、人口密度は高かった。
獣故、発情期から数ヵ月後にはぽこぽこ生まれる。普通に生まれて三つ子から六つ子は当たり前、産卵種だとどれほど一気に生まれてくるか。(産卵種だと生まれてきても環境が悪ければ、育たないが。)
獣魔達は考えた。それこそ、必死に。
何せ、幻獣と呼ばれていても惑星内では実体で居るわけで。中には巨大な生物も多種多様にいる。一軒家ほどの大きさのものもいれば、巨大ビルを3つほど束ねたほどの大きさのものも居れば、片や小さい生物もいる。
小指サイズのものから、アリサイズのものまで。
あまりの人口過多なため、他惑星を奪おうとも考えたが、ゼクステンスゲシュテルンには鬼の称号を持つ監視者が連立惑星を常に監視しどんなに強い魔を持っていても簡単に滅ぼされてしまう。
「鬼」とは滅するものでもあり、滅されたところから再生を促すそういった存在だった。無論、惑星を再生するのは「鬼」の称号を持つ者たちの頂点に立つ「後鬼」のみ。
傲岸で傲慢な性格の上、最強とも最悪とも最凶とも呼ばれているが、唯一頭の上がらない嫁様には残念と呼ばれる。
その「鬼」の監視の目をくぐって他惑星を奪うことなど、一瞬にして消滅させられてしまう。
が、増えすぎた固体をどうすればいいのか。
その時、惑星に下りてきたのが当時の「前鬼」。
彼は、種族を束ねる物たちに人口過多をどうすればいいのか聞かれたので、請われた通り即答で返した。
「人型になれば?」
「人とは?」
「俺らのようなタイプ。ラナも人型の種族がすんでいるし。身長、体重を決めればいいんじゃないのか?」
「おお、その手があったか」
その後、「前鬼」を中心に大陸ごとに種族を決め、不可侵条約をまとめ、住む場所を決め、職業を決め、相応の事情以上は小柄の人型の姿を取る取り決めをした。
その後地殻変動などにより陸地や大陸に変化はあるものの、幻獣が人型に落ち着き数千年それが保たれている。
彼らは必要に応じてのみ、幻獣と呼ばれる姿をとる。
ので、人型に変身した時は広くなった土地に喜んだものだ。
が、それで人口過多が減ったかといえばそうでもなく。
オオカミ種のように、一夫一妻のような種族もいればライオン種のように女性を侍らす種もいれば、サキュバス種のように男性を侍らす種もある。
ただ、一部の例外を除いて他種族との婚姻での子授かりは一人のみの一代限りなのが、まだましなほうで。
ラミア種である彼女の一族の男も以外に浮気型が多い。
さらに男性の象徴も人間種と違いそれなりに生えているわけで。子だくさん問題を真剣に考えている女性とは違い、あちこちに避妊もせずに種をばら撒く奴もいるらしく。
で、ブチ切れた一族の女性たちに囲まれてフルボッコされたあと、下を鎌で切り落とされて簀巻きにされた後、木から逆さづることも日常茶飯事になりつつあって。
壮絶な痛みを男性は経験するわけだが、浮気が治るわけでもなく。場合によっては全部切り落とされることもある。
まあ生えてくるので、種族が絶滅するということはないがあまりの浮気加減にそろそろ種族でパイプカットを義務付けようかと一族の族長(女性)が、皇国の皇帝に申請中である。
それが日常だった花形受付嬢の同僚と違い、人間は生えてはこない。浮気はするが。
人間種の実態を知った受付嬢の同僚が「ちっ」と舌うちし、暫し思案に暮れ・・・・やがて、ぽんと手を打った。
「穂積んところのばあやか、ガストゥールんところの執ジィ借りない?」
花形受付嬢の周りにいた女性たちの目と口が下弦と上弦の月に変わる。
受付嬢同僚が提案した穂積とガストゥールの二人は、つい最近までとある惑星で蔓延る麻薬捜査を手掛けていた。ガストゥールの方はその惑星で刑事をしていたが、穂積に目を付けてさっさと手を付けて結婚に持ち込み、結婚後も働きたいという穂積の願いを聞いて刑事の職をさっさと辞して〈ORATORIO〉に再就職してきた変わり者である。
<追跡者>の能力を持つ、殷巴氏に連なる一族の男である。
穂積の方は、両親とも銀河に名だたる俳優と女優の両親を持っているにも関わらず、先輩と年長者をきちんと敬うとてもいい子だった。
全ての能力者の補助を担当する、正義感の強い可愛い美少女だった。この話を聞けばたぶん、きっと二人のうちのどちらかを貸してくれるかもしれない。
一癖も二癖もある執じぃは一族全員から、生粋のド変態と呼ばれている。春などの暖かい時期にセーラー服を着こみ下は素足の上に真っ白な三つ折り靴下と運動靴を履き、真夏にはセーラー服型の水着を着こんで下半身は白鳥に似せた浮き輪を付けて海水浴場に現れて、男どもの吐き気を誘い。
戦闘に至っては、入れ歯を武器とする。初めてそれに遭遇したガストゥールと穂積は、戦闘が終わった後2週間寝込んだと聞いた。
ばあやの方は、一族全体から生粋の妖怪と呼ばれている。
見かけはばあやと呼ぶには惜しい妙齢な美女なのだが、中身が超高齢なのでボケるのはまだマシな方で、正義感の強い美少女である穂積を育てただけあってキレるとちょっと危ない。
見た目も寿命も尽きそうな老女を敵側に派遣して若さを吸い取ることは通常運転で、女性をないがしろにする男に至っては様々なところを調教する。
彼女の調教を知る男は尻を抑えて逃げ出し、話を聞いた澱んだ貴腐人はばあやと薄暗い取引をして薄い本を作成して世間にばら撒く。
そんな恐ろしい、超高齢な女性だった。
「あたし、穂積に聞いてみる」と実行したのは誰だったのか。
後日どちらかが派遣され、男女とも心を折られた状態で<GEOID>に出勤した二人は、数日で機構を後にすることとなる。
男はばあやによって心身共に折れ、女の方は執ジィに何かをされたのかびくびくとおびえていたのが印象的である。
さらに地球のコミケで、沢山の薄い本が並び飛ぶように売れたという。
その資金の殆どを〈ORATORIO〉の貴腐人たちが、出したという噂も飛び交って、浮気をしたしている男共を恐々とさせたという。