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気分屋文庫  作者: 有賀尋
7/8

白い五線譜

時折僕は部屋に篭って真っ白な五線譜を眺める。

それが僕を縛っていたものから解放してくれた。

貰ったのは、もう何年も前の話なんだけど。



僕は、有名な音楽一家に生まれた。

父は有名なピアニスト、母はバイオリニスト、祖母は和楽の師範、祖父は楽器コレクターとして世界を転々としていた。

代々続く音楽一家の家系に生まれた僕には、この世に産み落とされた瞬間から、いや、母のお腹で鼓動を始めた頃から既に音楽家の血が流れていたんだと思う。


初めて楽器に触ったのは2歳の時。ピアノだった。

自然と触っていたらしかった。音楽家の家系なだけに家にはたくさんの楽器があった。弦楽器も、管楽器も打楽器も。それは腐るほどに。

小さい頃はただ遊び感覚としていればよかった。ただ音が出るのが面白かった。


ただそれだけなのに。


4歳になった頃から、祖父以外の家族の「僕に対する態度」が変わった。今まではニコニコ聞いてくれていたのに、次第に厳しくなっていった。

どんどんピアノや楽器の英才教育をされた。バイオリンなんか、血豆ができようが構わずに弾けと言われ、爪が剥がれてもピアノを弾かされた。

僕は最年少にしてピアノのコンクールで最高賞を取った。僕は「音楽界の神童」とまで呼ばれた。


ーそれが、悪夢の始まりだとは知らずに。


僕が最高賞を取ったあとから、両親は僕に「結果」だけを求めてきた。ただただ結果を求め、自分たちが納得のいく賞じゃなければ罵られた。泣いても喚いても僕には拒否権がなかった。いつしか僕は「家の名前を売るための道具」として家族に扱われるようになった。


そんな僕にも唯一の楽しみがあった。

祖父から送られてくるエアメールと楽器。世界を転々としている祖父から、その国特有の楽器や、楽譜、音楽が送られてきていた。

届く手紙と楽器は全て僕宛て。僕が手紙を書いても祖父に届く頃にはその国には居ない。だから手紙はいつでも祖父からの一方通行で、半年に1度家に帰ってくる祖父に会うのが楽しみだった。楽器コレクターの祖父も、楽器の演奏は上手かった。いつか祖父と一緒に演奏したい。

いつしかそんなふうに思うようになった。


小学校も中学校も、ずっと音楽に縛られた生活をして、僕は感情を殺していた。あんなに楽しかった音楽が、どうしても窮屈になり始めて、楽しいと思えなくなった。高校に入学してすぐの頃、祖父が僕に入学祝いを渡しに帰ってきてくれた。僕は素直に嬉しいと受け取ることは出来ず、ただ表面上だけ嬉しそうにして受け取った。


高校3年のある日、僕は家を飛び出した。

あの家に居ること自体が嫌になった。音楽から離れたい。縛られることのない自由な音楽がしたい。自分の通帳やカード、パソコン必要最低限の物を持っていった。名前を変えて、作曲をしては動画サイトに上げたりした。それがふと今の社長の目に止まり、社長からスカウトされた。

社長には全てを打ち明けた。有名な音楽家の両親がいること、家から飛び出してきたこと、ほぼ無一文であること。それを全て聞いてくれたうえで、社長は受け入れてくれた。


ー君の好きなように音楽をしていいんだよ、(ゆき)


やっと認められた気がした。嬉しかった事を今でも覚えている。


そんな時だった。


親との連絡は絶っていたけど、祖父の次に優しかった祖母との連絡は取っていた。その祖母から電話がかかってきて、僕は目の前が真っ暗になった。


(ゆき)ちゃん?あのね、おじいさんが…出先の国で巻き込まれて亡くなったって…。遺書にね、全ての楽器、書籍は千ちゃんに譲るって正式に書いてあるのよ…それで…


死んだ…?祖父が…?


その後の祖母の話は覚えていない。何だか話をしていた気もするけど、それを忘れるほどにショックだったし、涙も出なかった。

社長に話をしたら、僕だけの家をくれる、と話があった。正直そこまでしなくても、と断ったけど、君はもうこの事務所の人間だから、と家をくれた。わがままを聞いてくれて、全面ガラス張りのピアノルーム、完全防音のレコーディングスタジオ、ブース、楽器を保管しておく楽器庫。僕のわがままの詰まった家がこの家だ。

遺書の通りに楽器や楽譜、書籍を全部引き取った時、祖母に祖父からの最後の手紙と、一緒に送られてきたものを受け取った。


ー千、お前が家にいたくないことも、音楽をやりたくない事も知っていたよ。お前に送った真っ白な五線譜は今も使っていないだろうか。

千、君は自由に音楽を作りなさい。君にはその権利がある。

今回はストラディヴァリを送るよ。世界に600挺しかない、貴重なものだ。

…千、君はもう自由だよ。縛られることはない。

いつか君の音楽が聞けるのを楽しみにしているよ。


手紙を見て、僕は祖父が亡くなって初めて涙を流した。送られてきたのは、祖父がいつも付けていたネックレス、そして、ストラディヴァリ1挺。


一緒に演奏したかった、もっとたくさんの国の音楽と楽器を知りたかった。


祖父はやっぱり全部お見通しだった。


何年も過ぎて、未だに使わずに取っておいてある白い五線譜をたまに見ては、僕は自由なんだと思い知る。誰に縛られるわけでもない、自由な僕だけが紡げる音。


「千ー?」


遠くから僕を呼ぶ声がする。


…そろそろ行かなきゃ。ふたりが僕を待ってる。


「今行くよー」


そう言って五線譜を机の上に置き部屋を出た。

カーテンの隙間から日差しがさしこんで、五線譜を照らしていた。

1人の作詞作曲家の生い立ちの物語です。


名前は千と書いて「ゆき」と読みます。


「音楽」という名の鎖に縛られても、自由な音楽を求めるお話です。

そのうち出てくる人達のお話でも書こうかと思います。

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