落とし穴
朝目が覚めると目の前でハクが飛び回っていた。
レイとアンは乗っかり合いっこをしていてなんだか楽しそうだ。
彼らは仲良しなのかもしれない。
今日から本格的に【スキル】や【ステータス】の把握に取りかかろうと思う。
まずは、俺自身の【スキル】について考察してみる。
【思考加速】の【スキル】は今まであまり実感がない。
この【スキル】は【パッシブスキル】と呼ばれており、常時発動型の【スキル】だ。
元々、【ハズレスキル】と言われる【スキル】であるためそんなもんだろうということにする。
次に、【召喚魔法】について、これはもう《スキルカード》に存在しない【スキル】であるため、どうしようもこうしようもない。
最後に【風魔法】について、この【スキル】は【魔法スキル】の中でも一番の人気である。
その人気の理由は扱いやすさ、練習のしやすさにある。
風を発生させたり、操ったりするこの【風魔法】の【スキル】は危険が少ない。
たとえ暴発しようとも吹き飛ばされるくらいで、ほかの【魔法スキル】に比べれば比較的安全に使用可能である。
その割に熟練してくれば、遠くの標的を真っ二つに両断できたり、空を飛んだりすることが可能になるという素敵スキルであるのだ。
また、《四桁ランカー》にもなってくれば、風の動きを読んで敵を補足したり、体に纏わせ【強化魔法】の真似事ができたりする。
【強化魔法】持ちの者たちは完全な下位互換に成り下がってしまうのである。
他にも、物を風に纏わせ自在に動かすという【念動魔法】持ち泣かせな面も存在する。
それらすべてをひっくるめて【風魔法】は一番人気なのである。
これが他の【魔法スキル】だと、例えば【火魔法】であればすべてを燃やし尽くすことができる一方、暴発の危険がぐんと上がる。
【火魔法】や【雷魔法】などは完全に殺すための【スキル】であり、応用が効きにくい一面がある。
【水魔法】でも似たようなことができるが、【風魔法】と比べると細かい操作が難しく、【火魔法】ほどの火力が出ない。
所謂、器用貧乏的な立ち位置にある。
【土魔法】は環境に左右されやすく、安定しにくい。
戦闘において、環境が絡んでくる【スキル】は敬遠されてしまうようで、不遇とされている、らしい。
ただ【魔法スキル】というだけで勝ち組ではあるのだが。
【光魔法】や【闇魔法】や【治癒魔法】といった【魔法スキル】は補助的な面が大きく、数も少ないため重宝されるが、一点特化型のスキルであり、汎用性に欠ける。
そのため、俺は【風魔法】を選んだ訳だが。
まずはどの程度のことができるか、試してみようか。
俺は風を発生させる。
バスでやったのとは違い体全体に纏わせるように続けていく。
楽勝楽勝と思っていると操作を誤ってしまう。
「いて。」
少し、ふざけが過ぎたみたいだ。
左腕を少し切ってしまったっぽい。
血がたらりと腕を這ってポタリと床に落ちる。
結構深く切ってしまったっぽい。
痛い。
少し後悔をしているとレイが落ちた血に近づいて行く。
そのまま、血を綺麗にして俺の腕を這ってくる。
うん?
レイが傷口に触れるとみるみる塞がっていく。
「まじかよ。」
思わず口に出た言葉。
傷が逆再生を見ているように塞がっていく。
きみ、そんな能力を持ってたの?
凄すぎないか。
「あ、ありがとう。」
そう言うとレイは嬉しいのか腕から頭の上に移動し、プルプルと震えた。
すげーやつだな。
完全に塞がった傷口を見て、練習を再開する。
今度はちゃんと集中して実行する。
頭の上にいるレイが羨ましいのか、ハクが俺の周りを飛び回る。
かわいいな、こいつら。
アンは相変わらず形をぐにゃぐにゃと変化させている。
よし、じゃあ気を引き締めて挑もうか。
同じように体全体に風を纏わせていく。
今度は集中していたため、怪我もせず完璧に風を纏うことができた。
体が軽くなった。
これが【強化魔法】泣かせの肉体強化である。
ある程度の攻撃を無効化し、体の動きをスムーズにさせるもので、体を動かさずとも風を操ることによって動くことが可能である。
つまり、体に風を纏うことで空を飛ぶことも可能になるのである。
これがやりたくて【風魔法】を取得したようなもんである。
早速少し浮いてみる。
少し不安定ながらも浮くことに成功する。
そのままの状態を維持すること20分ほど、だいぶ慣れてきた。
他のことに意識を向けても大丈夫なくらいには安定した俺は、一旦風を解除する。
...とんとん拍子すぎる。
これは何処かに落とし穴があるはずだ。
気を引き締めて行こう。
続いて確かめるのはステータスである。
一体どんな変化があるのか、精神力は確かに変化があったと思う。
魔力も、【魔法スキル】を使っても少しも疲れないことから高くなっているのだろう。
問題は知力と体力である。
どうやって確かめるべきか。
取り敢えずランニングでもしてみよう。
そう思って即実行する。
ジャージに着替えて外に出る。
念のためレイを水筒に入れて、アンをハクに運んでもらう。
ついでにどれくらいの時間と距離を移動できるのかの検証である。
さあ、行くか。
「あ、御影くんおはよう。」
部屋を出てすぐ、隣の部屋から碓氷さんが出てきた。
なんて気が合うんだろうか。
「おはようございます。
お出かけですか?」
碓氷さんの格好は半袖半ズボンで、運動靴を履いている。
これは、もしかして。
「あー、うん。
ちょっと運動しようと思って。」
お腹を押さえて碓氷さんは恥ずかしそうに言う。
いやいや、全然細いんですけど。
そんな風に思っていると碓氷さんが薄めで睨んでくる。
「ちょっと、今デブと思ったでしょ。
違うから、運動不足なだけだから。」
いや、思ってないですけど。
お腹押さえてるのはあなたでしょう。
「いや、全然細いですよ。
実は僕もちょっと走ろうと思って。
よかったらご一緒にどうですか?」
「本当に?
私そんなに運動できないよ?」
「そんなの全然気にしませんよ。
どうです?」
一人で走るのもあまり楽しくないし、可愛い女の子と走れるんならそっちのほうがいいだろう。
「じゃあ、ちょろっとだけね。」
***
「ちょ、ちょっと、き、休憩!」
まだ走り始めて10分も経ってないはずなんだけど、碓氷さんに合わせて走ったんだけど。
無理して合わせてたのかな。
「わかりました。
あっこのベンチ行きますか。」
ちょうど空いてたベンチに二人で座る。
「はっ、うぅ、ふっ。
ふぅ、はぁ、はぁ。」
そんなに?
死にそうな顔でベンチに項垂れている碓氷さんを見ると申し訳なくなってきた。
「ちょっと失礼します。」
そう言って、近くの自販機に向かう。
見たところ飲み物は持っていなかったし、お詫びのしるしになんか買って行こう。
何にしようかな、うーん、無難にスポーツ飲料でいっか。
飲み物を持って、ベンチに戻ると男3人組に囲まれた碓氷さんが。
え、確かに可愛いけど、この一瞬でかよ。
思わず、隠れてしまう。
うん、もしかしたら知り合いかもしれないし。
そうだよ。うん。
「澪ちゃんこんなところでどうしちゃったの?」
「...田岡先輩。
...別に。」
気持ち碓氷さんの表情が暗くなる。
やっぱ知り合いだったか。
いきなり、殴りかからなくてよかった。
でも、仲のいい知り合いって訳ではないみたいだな。
「ちょっと、素っ気無さすぎじゃない?
澪ちゃん?」
碓氷さんが田岡先輩って呼んだ男である。
そのまま、碓氷さんの細い腕を掴み強引に引っ張る。
「ちょっと!
離して!」
「なにタメ口聞いてんの?
離してください、でしょ?」
碓氷さんは暴れている。
ちょっと流石に見過ごせない。
今の俺ならあんなやつら敵じゃない。
アイツブットバス。
「碓氷さーん、お待たせ〜。」
少し声が震えてしまった。
気付かれていないだろうか。
強くなっても怖いもんは怖い。
「あっ、御影くん。」
「なんだぁ?
でけえやつだな?」
近くで見た田岡先輩はごつかった。
本当に高校生?
碓氷さんも俺が来たことに、安心半分申し訳なさ半分といったところか。
別に碓氷さんのせいじゃないし、そんな顔しなくても。
「ああ?
誰だよ、てめえ。」
取り巻きその1が突っかかってくる。
勢いが怖い。
やめてくれ。
「あ、いや、その子を離してくれません?」
声が震えすぎ、これじゃただのビビリじゃん。
「ああ!?
ビビってんじゃねえよ!!」
そう言って取り巻きその2が拳を振り上げる。
思わず目をつむってしまう。
こわっ。
「や、やめて!
御影くんは関係ないでしょ!
暴力は許さないんだから!」
涙が出てくる。
なんて気丈な子なんだ。
それに比べて俺は、なんて不甲斐ない。
「あはははは!なんだこいつ。
ずっとビビってんじゃん。
めんどくせえな、はよ帰れや。」
完全に負けとる。
いや、喧嘩なんてしたことないし、どうするのが正解なんだこれ。
碓氷さんが涙目でこっちを見ている。
うっ、そんな目で見ないでくれ。
「い、嫌がってるじゃないか!
その子を離せ!」
怖さを薄めるために叫ぶ。
うわー、めっちゃカッコ悪いよこれ。
やり直したい。
みんなポカンとしてるし。
本当にだっさい。
「ああ?
てめえ、一回は忠告してやったからな?
痛い目見ないとわかんねえみてえだな。」
田岡先輩はもうぷっつんしてるらしい。
碓氷さんを放ったらかして、こっちにずいずいと歩んでくる。
超怖い。
「や、やめてって言ってるでしょ!
ねえ!やめてってば!」
碓氷さんは涙目で叫んでいる。
ごめんなさい。
俺がもうちょいビシッと決めればこうはならなかったのに。
「牧野!
澪ちゃん黙らせとけ。」
そう言うと、取り巻きその1が澪ちゃんの口を押さえる。
やめろ、碓氷さんに汚い手で触るな。
言いかけて言葉が出ないことに気づく。
俺はまじでびびってるらしい。
碓氷さんの涙目が痛いくらいに胸に刺さる。
田岡先輩は拳を握りしめ高く上げる。
分厚い筋肉で、俺より少し背が低いはずなのにもっと大きく見える。
目を瞑りかけたその時、世界から音が消えた。
え?なにこれ。
戸惑っているのも束の間、拳が迫ってくる、ゆっくりと。
なんだこれ。
拳は空を切る。
簡単に、拍子抜けするほど簡単に避けれてしまった。
目を見開き驚いている田岡先輩にお返しの一発をカウンター気味に打つ。
顎にクリーンヒットした俺の右腕は田岡先輩を一撃でノックアウトした。
しーん。
沈黙が痛い。
ニヤニヤと笑っていた取り巻きその1がその表情を一転、驚愕に染める。
取り巻き二人は田岡先輩を抱え、足早に去っていく。
え。
なんじゃそりゃ。
碓氷さんがへなへなとベンチに腰掛ける。
「だ、大丈夫!?」
慌てて駆け寄ると碓氷さんに抱きつかれた。
泣いてる。
あれは怖かった、仕方ない。
あの筋肉ゴリラめ。
俺がもう少ししっかりしていれば。
「ご、ごめん!
何でもない。」
そう言って碓氷さんは離れる。
顔は真っ赤である。
いや、恥ずかしいことではないでしょ。
あれは泣くよ。流石に。
***
その後、しばらく碓氷さんが落ち着くのを待ってから帰宅。
リンネさんに何があったか聞かれたので、経緯を説明して別れた。
部屋に戻った俺はさっきの事を思い出していた。
もっと上手く、かっこよく解決できたはずなのに。
深く溜息をついて反省する。
何をあんなにビビる必要があるのか。
現に一発ももらうことなくあの筋肉ゴリラを沈められたんだし。
今度からは絶対にビビるものか。
何も考えずに一番に助けてやる。
じゃないとチートなスキル手に入れた意味がない。
そう言えば、あの音が消えたやつは何だったんだろう。
俺はあの時【スキル】は使ってない。
恥ずかしい話だが、使う間もなく殴られかけた。
けど、避けて反撃もできた訳だ。
考えられる原因は一つだけだが。
「やっぱ、【思考加速】のスキルかなあ。」
そう、恐らくあれは【思考加速】による効果だろう。
初めて経験したが、使い手によってはハズレスキルである【思考加速】で、時間がゆっくりになる現象が発生するらしい。
数少ない【生活スキル】持ちの《ランカー》に【思考加速】のスキルを身につけている者がいたはずだ。
【思考加速】のスキルも捨てたものではないのかもしれない。
それにしても、あの筋肉ゴリラは何なんだ。
碓氷さんが嫌がってるのをわかってるはずなのに、無理やり腕を掴むとは何事か。
あんな筋肉の塊に掴まれたら、腕が折れてしまうだろう。
それに知り合いっぽかったし、知り合いに普通そんなことするかね。
考えられん。
あの筋肉今度会ったらぶっ飛ばしてやる。
いや、もうぶっ飛ばしたんだっけ。
いや、もう一回ぶっ飛ばしてやる。
思い出したら腹が立ってきた。
ふて寝してやる。
俺は昼寝を決行した。




