筋肉再誕
「ちょ、ちょっと先輩!
いきなりそんなこと言っても困りますよ!」
「あ、ああ。
すまない。
あまりに衝撃的すぎてな。」
「あ、いえ。」
先程から様子のおかしい二人にどう反応していいかわからない三人。
気の抜けた返事をしつつ、状況の説明を視線だけで訴える。
「ああ、いきなりですまなかった。
そうだな、まずは魔暴化について説明させてもらおうか。
いいか?」
こくこくと必死に頷く三人。
ヌイに至っては首がちぎれんばかりに振られている。
余程魔暴化について知りたかったようである。
その反応を受け語り出すウォンさん。
曰く、魔暴化とは原因不明の病。
発症者にはなんの規則性もなく、故に誰もが発症する可能性を持つ厄介な病。
発症後は自我を失い、ただ暴れ狂うのみ。
近くの生物、植物、無機物問わず、視界に映るもの全てに破壊の限りを尽くす。
攻撃を加えられたものが生物であった場合のみ、黒い靄は伝染し、同じ症状を発症する。
それこそが、魔暴化の一番厄介な点であり、無闇矢鱈に近付き対応することも難しいのだ。
魔暴化が発症した人間は、発症前の人物のスペックに関係なく一定以上の身体能力を得る。
発症者の特徴としては、あの黒の靄を纏い、赤い目を持つという二点のみ。
そんな魔暴化にも段階のようなものがあるらしく、発症直後はただ黒に覆われ、目を赤くし、視界に存在するもの全てに攻撃を加えるのみ。
それが成長すると、人間の形を捨て"野生化"と呼ばれる段階へと移る。
より凶暴に、より俊敏になり、形や大きさもまちまち。
ある者は、小型犬のような見た目に変化し、またある者は、野鳥のような見た目に変化することもあるという。
この段階に来ると、そこらの魔物ほどの力を得るらしく、一般人ではとても太刀打ちできるレベルではないらしい。
最近では"野生化"まで症状が進行する前に発見し、対応することのできる環境が整っており、滅多に見ることはないらしいが。
人間以外の生物が魔暴化を発症した場合は、この段階から始まるらしい。
そのまま成長し続ければ、またも人型の見た目に戻る。
見た目は初期段階と変わらず、それによって対応を誤った者の犠牲は非常に多いらしい。
この段階の魔暴化はある程度の【スキル】のようなものを扱う。
その【スキル】は発症前の生物の影響を受けないとされており、一説には魔暴化によって新しい【スキル】を手にしているのではないかと囁かれている。
その中でも今回の魔暴化は空間を飛ぶという珍しい型だったらしく、一般的には"空渡り"と呼ばれもっとも恐れられる厄介なものだったらしい。
その後、成長が進むと目に映るもの全てを破壊するという特徴が薄れ、選ぶようになるという。
それは自分の意志で動き、一定以上の理性を持って行動しているとされており、通称"知恵持ち"と呼ばれている。
ここまで来ると、もはや熟練の《ランカー》すらも逃げ出す選択肢をチラつかせる程の脅威となる。
このまま症状が進行すると、最高とされている"口有り"という、言語を理解し会話すらも可能な段階に到達する。
よく観察すれば表情にも変化が見て取れるとかなんとか。
"口有り"は会話が可能なだけではなく、魔法の詠唱すら可能にしてしまう。
つまり、【スキル】と魔法の両方を操ることができる唯一の存在に"進化"する。
この段階では上位魔族を凌ぐほどの力を持つとされている。
ここ何十年もの間"口有り"の存在は確認されていないのが唯一の救いだという。
何一つ解明されていないという病であるが、何とか治療法だけは見つかっているらしい。
それこそがウォンさんの所持している、いや、厳密には警察の一部に支給されている白い武具。
政府お抱えの研究者によって開発された持ち主によって形を変える"白い液体"。
持ち主の魔力と共鳴し、その持ち主の魔力のみに反応して形を変えるもので、元々は誰にでも扱えるよう開発していたものらしい。
思惑とは裏腹に、個人にのみ反応する武具として誕生してしまったそれは、一つ作るのに莫大なコストがかかることもあって、極一部の人物にしか支給されない貴重なものらしい。
完全なオーダーメイド製で使い回しも不可能なそれは、能力も思惑とはかけ離れ、魔力の共鳴...つまり、ユーザー登録のような際に形を変えた時の形状のみしか記憶しなかったのである。
つまり、最初にイメージした形状の武器としてしか扱うことができないのだ。
普段は真っ白な液体、持ち主の魔力を加えると最初に登録した形に変化する。
そんな使いにくい武具の誕生であった。
そんなイイトコ無しの武具が見直されたのが、他人の"魔力を拘束する"という特性であった。
登録した魔力の持ち主以外がそれに触れると、魔力が使えなくなったわけである。
その特性はたちまち注目の的となり、それにいち早く乗ったのが、警察であった。
"魔力を拘束する"ことができるという、その武具の特徴を存分に活かせる場であるのがここだったのだろう。
その特性は魔暴化にも有効であり、その武具に一定時間触れるだけでその症状は解消される。
「...といったところか。」
「...えと、つまりヌイはその"知恵持ち"を相手にその武具なしで戦ってたってこと?」
「...うむ。
にわかには信じがたいが。」
五人は今回の出来事の異常性に頭を抱える。
戦いを生業にしている《ランカー》ですら逃げ出す可能性がある存在に、ただの学生が大立ち回りしたのである。
先ほどのウォンさんの気の動転振りも無理はないだろう。
「あ、あ!
でも、ウォンさんも一瞬で拘束してしまったじゃないですか?
あいつが弱かったってだけじゃないですかね?」
ヌイはこれだ、といった表情で進言する。
はあ、とため息を溢してウォンさんが答える。
「...少年。
あれは君に意識がいっていた横からの奇襲だったわけだ。
それを考えると私の今回の働きなど微々たるものだ。
それに、私一人ならこの武具さえあれば"知恵持ち"といえどそこそこ立ち回れる自信だってある。
いや、"空渡り"ならそれも怪しいか...。
とにかく、少年の今回の働きは正直異常と言わざるを得ない。」
そういってカインを向くウォンさん。
「カイン。
お前だったら武具なしでどれくらい持ちこたえられる?」
眉間に皺を寄せ、顎に手を当て考えること数秒。
「..."毒持ち"や"再生持ち"ならまだしも、"空渡り"など自分には五分と持ちこたえられる自信がありません。」
悔しそうに拳を握りながら宣言するカイン。
その後ろ向きの答えにウォンさんも叱責するわけでもなく頷く。
「うむ。
いい判断だ。
少年、こやつの表情を見てもまだあやつが弱いと言えるか?」
真剣な表情のウォンさんにヌイは首を振ることしかできない。
「いや、責めているわけではないんだ。
すまない。
ただ、少年は自分が何を成したのかを受け止める必要がある。
理解したか?」
「...はい。」
ヌイは心ここに在らずといった様子で頷く。
彼の今の心境は...。
あいつ笑ってたよな、見間違いじゃなかったら殺される直前笑ってたよな。
てことはあれ"口有り"ってこと?
いや、幻覚だよな?流石に笑ってる気がしただけだよな?え、表情は見間違いじゃなかったの?
いや、そんなわけは、てか"毒持ち"って?
あれは魔暴化の特性じゃなかったの?
ウォンさんの話では生物が触れたら魔暴化は伝染するって話だったけど、黒い靄が移るとか。
あれ?よく考えたら触れた時移ったのは靄じゃなくて黒い斑点だった様な...いや、気のせいだわこれは流石に気のせい。
..."再生持ち"って見たことある気がするんですけど、手首切ったら治ってた記憶があるんですけど。
笑えないんですけど。
いやいやいやいや、馬鹿馬鹿しい。
そもそも魔暴化って複数の【スキル】持てるの?
いや、そもそもあれ魔暴化じゃないし、ファントムが取り憑いてただけだし、ウォンさんが見間違えただけだし。
そうだよね?
非常に混乱していた。
「あ、あのぅ。
一つ聞いてもいいですか?」
「ん?
いいぞ?」
ヌイは深く深呼吸して口を開く。
「【スキル】を複数持つ可能性ってありますかね?
あ、別に深い意味はありませんよ?」
今回の今日では手首の再生も毒によって殺されもしていない。
故に複数の【スキル】の証明はできない。
「...うむ。
そうだな、"口有り"ならもしくは...。」
物騒なことをつぶやくウォンさん。
ま、まあそれを証明するものはないし。
そんな引きつった笑みで相槌を打つヌイ。
このことは墓場まで持って行こう、そんな決意を胸に何の気なしにやけに静かなリョウと原田先輩を見る。
二人はわなわなと震えて、口をパクパクとしている。
金魚の真似かな?
そんな能天気な推測は当たるわけはなく、二人は口を開く。
「「あ、あいつブツブツ呟いてました。」」
「「なっ、」」
『ビーッ、ビーッ。
異常事態発生。異常事態発生。
直ちに避難を。』
同時、何かのアナウンスが非常事態を知らせてくる。
「な、何事だ!!」
『魔暴化発症者が脱走。
繰り返す、魔暴化発症者が脱走。
白武具持ちは見つけ次第直ちに拘束を。
繰り返す、白武具持ちは見つけ次第直ちに拘束を。』
「な、なんてことだ!
くっ、カイン!
少年等を避難させろ!
私は現場へ向かう!」
「は、はい!
こっちだよ君たち!」
リョウと原田先輩はカインの指示に従い行動する。
ただ一人、ヌイだけは棒立ちである。
「ヌ、ヌイ!?」
「御影!
ぼけっとすんな!
逃げんぞ!」
ヌイはカイン達とは逆の方向、ウォンさんへ足を進める。
「な、少年はあっちだ!
幾ら強かろうが、市民を戦いには巻き込めん!」
それが聞こえているのか聞こえていないのか、ヌイは歩を進める。
「た、頼む少年!
わかってく、な!?」
ヌイはウォンさんに抱き着き、そのまま押し倒す。
いきなりのセクハラである。
いや、違う。
二人の倒れたその頭上ギリギリ、誰かの脚が振り抜かれる。
仰向けで天井を見ていたウォンさんは驚愕に目を見開く。
「よお、御影。
殺しに来たぜ。」
「...勘弁してください筋肉ゴリラ先輩。」
そこには、真っ赤な目をした筋肉ゴリラ...田岡一人、その人がいた。




