スカウト
「紅茶かコーヒーしかないんだが、どちらがお好みか?」
「コーヒーでお願いします。」
「じゃあ、僕も。」
「あ、俺も。」
警察署に案内された三人は、応接室に通され、赤茶色のソファに腰掛けている。
対面に座っているのは先ほどの女警官。
三人は借りてきた猫のように静かに固まっている。
「カイン。
用意しろ。」
「は、はい!」
先ほどの事件の唯一の被害者とも言っていい、若い警官の名前はカインというらしい。
室内のため、ベレー帽は脱いでおり緑色の長髪が揺れている。
三人のために忙しなく走り回っている様は、居たたまれなくなってくるほどだ。
「あ、あの。
そんなに急がなくてもいいですよ?」
その光景に耐えられなくなったのか、リョウはおずおずと進言する。
優しい子である。
「いや、あいつにはこれくらいがちょうどいいのだ。
気にせずともよい。
なあ?」
そう言ってカインを見つめる女警官。
ひぃ、と悲鳴に近い声をあげ、またも忙しなく動き始める。
苦労が絶えないことだろう。
「それでは、会話に移ろうか。」
「は、はい。」
一体彼は何を見たのだろうか。
少し気になりつつも、笑顔で語りかけてくる女警官への返事に力が入るリョウ。
ヌイと原田先輩の二人は非常に綺麗な姿勢で話を聞いている。
カインの扱いに恐怖を覚えたのかもしれない。
「そう硬くならずともよい。
君たちは犯罪を犯してここにいるわけではないのだぞ?」
そう言って笑う女警官。
忙しなく走り回るカイン。
三人はリラックスなんてできなかった。
「...まあよい。
早速本題に移らせてもらおうか。
まず...、いや、自己紹介がまだだったな。
おい、カイン。
戻ってこい。」
「は、はい!」
カインの扱いの雑さに三人は哀れみの目を向ける。
「こやつは、カインという。
ほら、自己紹介しないか。」
「はい!
自分はカイン=コールと申します。
まだ配属されて日は浅いのですが、どうぞ宜しくお願いします。」
そう言って敬礼するカイン。
緑の髪に緑の目。
髪は男性にしては長く、肩ほどまである。
肌は白く、痩せ型。
声は高く、背も低め、女性と間違われるように整った容姿をしている。
服装が男性用のものでなかったら、女性と間違われることだろう。
「カインさんは男性っすか?」
原田先輩の質問に赤くなるカイン。
「はっはっは。
そうだろう。
実は女かもしれんな。」
「や、やめてくださいよぉ。
自分気にしてるんですから。」
そう言ってもじもじし始めるカイン。
完全に女である。
「間違われたくないのであれば髪を切れと言っているだろう。
そんなだから女と間違われるのだぞ。」
「か、髪は勘弁してください。
短いと落ち着かないんです。」
そう言って髪をくるくる弄りだすカイン。
もはやメスである。
「...はあ、すまない。
私の自己紹介だったな。
私は王琳(ウォン=リン)という。
宜しく頼む。」
頭を軽く下げるウォンさん。
中性的で整った容姿をしている。
きれいな黒髪ストレートに黒目。
横髪は耳に掛かるくらいの長さで、前髪はバッサリと目の上でそれぞれ切り揃えられており、軍人のようだ。
切れ長の目に少し尖った耳により、少し怖い印象を抱いてしまう。
カインから言わせれば実際に怖いのであるが。
本人には口が裂けても言えない。
「では早速話を進めようか。」
そう言うのと同時、カインが飲み物を配り終える。
一安心である。
「まず、状況の確認だが、発生時刻から教えてもらいたい。」
「はい。
だいたいの記憶ですけど、9時頃ですね。
9時前だったか過ぎていたかはちょっと。」
リョウは頭をひねりながら答える。
ヌイも原田先輩も異存はないようだ。
「ふむ。
では、事件発生の状況だが...田岡一人だったか。」
もうすでに犯人の調べは終わっているようである。
「あ、あの!
その前に一ついいですか?」
ヌイは慌てて話を遮る。
「なんだ?
別に構わんぞ?」
「あ、すいません。
その、田岡先輩は捕まるんですか?」
ヌイは田岡一人...筋肉ゴリラ先輩は、ただ取り憑かれただけであることを知っている。
故に一番気になるのはその一点であった。
「ああ、心配いらない。
魔暴化であるからな。
それに、幸いなことに怪我人も出ていない。
損害らしい損害は店の商品くらいだろうが、その程度であったら国からの手当で事足りるだろう。
それもこれも少年等のお陰だ。」
ニッコリと笑みを浮かべるウォンさん。
初めて見るその笑顔に思春期三人組は見惚れて固まってしまう。
「な、なんだ?
私の顔に何かついてるか?」
「「「い、いえ。」」」
慌ててそっぽを向く三人組。
全く誤魔化せていない。
「そ、そうか。
ところで少年。
君は田岡一人と面識があるのか?」
「あー、一応あります?」
なぜ疑問形なのか。
「そうか。
では、後ほど田岡一人についても聞かせてもらおうか。」
そう言って書類に何かを書き込むウォンさん。
「よし、では発症時の状況だが、コンビニ内で発症したということでいいか?」
リョウと原田先輩は首をかしげる。
ヌイは事件の発生時を見ていないため何も言えず話を聞いている。
「あの、発症ってどういうことですか?」
「ああ、すまない。
発症というのはあの黒い靄が体から発生することを指すんだが。
どうだ?」
またも二人は首をひねる。
何か食い違いがあるようだ。
「えっと、すみません。
わかりません。」
ウォンさんはリョウの返事を聞き、原田先輩の方へ視線を移す。
「俺もっす。
俺たち現れた瞬間しか見てないっす。」
原田先輩がそう言った瞬間、ウォンさんの顔色が変わる。
「現れた瞬間?
どういうことだ?
店内で発症したのではないのか?」
カインも慌ててメモを取る。
原田先輩の答えは何か重要なものだったらしい。
「は、はい。
急にレジ前にあいつが現れて...だよなあ?」
警官二人の急変ぶりに、何かおかしなことを言ってしまったのではないかとリョウに話を振る原田先輩。
「はい。
空間が歪んだと思ったらすでにそこにいました。
間違いないです。」
リョウは臆することなく宣言する。
彼は大物になるかもしれない。
「な、そんなばかな!
"空渡り"だと!?
あ、いや、すまない。」
驚くウォンさん。
後ろのカインも同じような反応だ。
どうにも二人とも信じられないらしい。
「何かおかしな点でもあるんですか?」
ヌイは二人の急変ぶりを見て質問する。
「あ、ああ。
てっきり発症直後だとばかり。
少年はどれ位の間"空渡り"と?」
"空渡り"とは恐らくあの黒い靄のことなのだろう。
時計を見るヌイ。
時刻は11時を回っていた。
「現れた時からずっとですから、二時間くらいですかね?
もっと短いかもしれないですけど、多分それくらいです。」
その答えに口を大きく開ける警官二人。
「"空渡り"と長時間だなんて、対応策もなしにどうやって?!」
余程のことをしていたらしい。
今までにないくらい取り乱しているウォンさんの目は座っている。
正直怖い。
「あ、いや、ただ触れられないように逃げ回ってただけですよ?
えと、なんか触られたら危ない気がして。」
取って付けたような言い訳をしつつ、何とか質問に答える。
「な、何と言うことだ!
君は化け物か!?」
ひどい言われようである。
「ど、どうやって引き付けたんだ?
周りには人が沢山いただろう?」
引き付けたくて引き付けたわけじゃない、何て思いながらさっきから変な反応の二人にこれ以上刺激を与えないように注意しながら答える。
「引き付けたと言いますか、勝手に向かってきたと言いますか。」
「な?!
意志を持っていたと言うことか?!
それは本当か?!」
逆効果だったらしい。
「確かですよ。
目が合った僕を無視して御影くんの方へ向かって行きましたから。」
「ああ、俺もそうっす。
目が合ったのに御影んとこに行っちまいました。」
原田先輩とリョウの答えに口をパクパクさせる二人。
「"空渡り"どころか"知恵持ち"だと?
今時、対策をもってしても怪我で済めば御の字だと言うのに、それを素人が...?」
何やら不穏なことをつぶやくウォンさん。
三人はブツブツとつぶやく危ないウォンさんを警戒しながら身を寄せ合う。
「...ああ、すまない。
取り乱してしまったようだ。」
三人の視線にようやく正気を取り戻したウォンさん。
「少年。
私たちとともに働かないか?
将来は約束しよう。」
晴れやかな笑顔で言い放つウォンさん。
どうやら正気とは程遠かったらしい。




