パイフウ族
胸に異物が入り込んでくる。
俺のステータスなら何とか耐えられると思った考えは甘かったらしい。
けど、体を張った意味はあったらしく、姫様とやらは俺の後ろですっ転んでいる。
よかった。
それともう一つ、アリスの刀を掴み無力化するのに成功した。
アリスは刀を振るった冷たい表情とは打って変わって、驚愕に目を見開いている。
そりゃ驚くわな、刺す相手間違ったんだから。
「な、なんで。」
アリスはわなわなと震え刀から手を離し、口を押さえる。
俺はアリスに人を殺させなかったことに安堵して笑っていたんだろう。
...変態である。
何処の世界に心臓刺されて笑う奴がいるんだよ。
今が緊迫した状況だってことは山岡の表情を見ればわかる。
いつものふざけた無表情面はそこになく、目を見開いて固まっている。
お前普通に驚けたのかよ。
そんなどうでもいいことを考えながら、刀を引き抜く。
「...な、ち、血が!
せ、先生を呼びます!」
聞いたこともない早乙女さんの絶叫に他の獣人達も慌てて動き始める。
これはまずい。
このままではアリスが人殺しになってしまう。
いや、間違いではないんだけど、まだ死んでないからセーフだろう。
「いやー、大丈夫なんで、お構いなく。」
そう言った俺を見て皆が一様に驚く。
胸刺された奴が普通に喋ったんだから当たり前か。
あ、それに傷も塞がって血が綺麗になくなっているのにも驚いてるのかもしれない。
もちろんレイのお陰である。
アリスは内股で座り込み、目から涙を流してまたも目を見開いて固まっている。
何がどうなって今の行動に出たのか知らないが、取り敢えず誤魔化さなければ。
俺も混乱していたんだと思う。
「いやー、ドッキリ大成功だね!」
これ以上ない笑顔で言い放った俺の言葉に場の空気が凍った。
***
あれから何とか俺に傷が全くないことを証明して、アリスの刀をアンと入れ替えてふにゃふにゃにしたことと、山岡が途中から乗ってくれたことで誤魔化し切った俺は、アリスと二人で空き教室へ来ていた。
自分でもよく誤魔化せたなと思う。
ありがとう、山岡。
「...で?」
取り敢えずアリスが何故あんな行動に出たのか気になった俺は、無理やり放心状態のアリスを引きずって今に至るわけである。
流石に風穴まで空いたんだ、教えてくれたっていいだろう。
「...なんで。」
いつものアリスは何処へ行ったのか、静かに零した言葉はギリギリ俺に届いた。
なんで、とは何に対してのだろうか。
「なんで、邪魔したの?」
ぽつりと、目の焦点が合っていないアリスは誰に言うでもなく口にした。
...せめて俺の目を見て言ってくれよ。
しばらく沈黙が続く。
こりゃ無理かな。
そう思って教室を後にしようと思った俺にアリスが告げる。
「母様と村のみんなが魔物に殺されたの。」
小さな声だった。
何の話だろうか。
何とか聞き逃さないように近づく。
「あの女に、殺されたの。」
あの女って姫様のこと?
話が見えない。
魔物に殺されたんじゃないの?
「ねえ、ルーカス。
私はどうすればいいの?」
本当に小さな声で、でもボンヤリと俺を見ているアリス。
ルーカスって誰?
俺の背後霊か何か?
「...母様。」
またも呟くアリス。
登場人物が多すぎる。
解読班はいないのか。
「おーい。
わかるように頼むよー。」
アリスの顔の前でひらひらと手を振ってみる。
「...ルーカス?」
手を掴まれる。
だから誰だよ、ルーカスって。
「すまんな、俺は御影だ。」
俺の手を掴んでぼーっとしていたアリスはハッとして手を離す。
「な、なに!?」
ショックで記憶でも混同しているんだろう。
ちょっと時間を置くか。
そう思って踵を返した俺の手を掴まれる。
「...なんで、庇ったの?」
泣きそうな顔でそう告げるアリスに少しどきりとしていると睨まれる。
「あ、いや、なんでだろうね。
なんか、アリスが辛そうだったから、かな?」
よくわからないけど、勝手に体が動いた。
でもアリス無表情だったような。
アリスはぽかんとした表情で俺を見ている。
「辛そう?」
眉間に皺を寄せるアリス。
そ、そんな睨むかね。
「いや、気のせいならいいんだけど。
俺もよくわかんないよ。
無我夢中だったんだから。」
「...そう。」
またしても沈黙が訪れる。
なんか気まずい。
そりゃ刺した側と刺された側が同じ個室に二人きりって、あれ、これ結構異常な空間じゃないか。
「...私の話なんだけど。
いいかしら。」
伏し目がちで告げる彼女に頷くしかない。
「昔、私エルフの街に住んでたの。
私こんなんでしょ?
周りのエルフには怖がられて、化け物って呼ばれてたわ。」
いきなり話が重い。
こんなんていうのは怪力のことだろうか。
「そんな私の味方は母だけだったんだけど、ある日魔物に殺されたの。
突然街に魔物が現れたのよ。
その後は牢屋みたいな何もない部屋で最低限の食事を運ばれる生活よ。
私の異常な力に隔離を選んだんでしょうね。」
俺は黙って相槌すら打てない。
「けど、すぐ人間の村に住んでた父に引き取られたの。」
うん?
一緒に住んでなかったの?
「...ああ、エルフは閉鎖的って言うでしょ?
私の暮らしてたとこは特にその色が濃くてね。
たとえ家族だとしても人間が住むことをよしとはしなかったのよ。
私だって母の訴えがなかったら住めたかどうか。」
そんなもんなのか。
「...で、父と村で暮らし始めて三年くらい経った頃かしら。
また村に魔物が現れたのよ。
それも大量に。」
...うん。
「可笑しいわよね。
まるで私が魔物を呼んでるみたいよ。」
自嘲気味のアリスに俺はなにも言えない。
「...なんとか父と逃げた私の前に変な男が現れてこう言うのよ。
この村を襲った魔物は全てパイフウ族の姫の差し金だ、ってね。」
なるほど、そこで話が繋がるのか。
「それとこうも言っていたわね。
お前の母を殺したのもそいつの仕業だって。」
アリスの顔には怒りなのか悲しみなのか、なんとも言えない表情で語っているその姿に、どんな顔すればいいのかわからず黙り込んでしまう。
「...悪かったわね。
いきなり殺しかけちゃって。」
「...軽いな。」
「しょうがないじゃない。
あんたそんなにケロッとしてるんだもの。
もっと重症とかなら違ったわよ。」
たしかに。
さっきまで胸に刀が刺さってたなんて誰が信じるだろうか。
少し軽くなった空気にいつもの調子を取り戻す俺たち。
「てか、犯人そいつで姫様とやらに罪押し付けてんじゃないの?
普通犯人が自分の名前言うかな。
それに、あいつらそんなやつには見えなかったんだけど。」
「...わからないわよ。
どうすればいいのよ。
私は誰に復讐すればいいのよ。」
重く暗い表情で言う彼女に、軽率なことを言ってしまったと後悔した。
「...って、あんたに言ってもしょうがないわよね。
これでいいかしら?」
話は終わりといったように立ち上がるアリス。
ガラッと開いたドアの先には獣人の彼らがいた。
聞いてやがったのか。
後ろには早乙女さんに山岡もいる。
「...その話は七年程前ではないだろうか?」
白い獣人のレンは少し戸惑ったように問いかける。
「...答えなくちゃいけないのかしら。」
よかった。
いきなり斬りかかることはなかった。
もしアリスがそんなことしたら俺たちは同じことを繰り返さなくちゃならないところだ。
「...おそらく、その男の話は本当だ。」
言った瞬間アリスは駆ける。
「ま、待て!
話は終わってない!」
レンは両手を挙げ慌てて叫ぶ。
アリスはそれを無視して刀に手をかける。
...はあ。
「...アン。」
俺が呟くと同時に刀が形を変え、アリスの動きを阻害する。
「な、なによ!
これは!」
「まずは話が先だろーが。」
そう言ってレンを促す。
「...すまない。
まず、姫様と言ったが、こっちの姫様は正式には姫様じゃない。」
...わかるように話してくれ。
***
「じゃあ、なんだ?
お前らの敵である現在の本当の姫様がアリスの村や母親を襲ったやつだってこと?」
話を要約すれば、パイフウ族は今独裁体制に陥っているらしい。
その今のトップがその姫様らしく、アリスの村を襲った奴。
こいつらはそこから亡命してきたらしく、レンが姫様と言っている彼女は現お姫様の実の妹でイリアというらしい。
イリアを正当な血統を持った王族だとして、戦う道を選んだんだとか。
元のパイフウ族の誇りを取り戻すと息巻いているレン達四人だが、こんな場所で何やっているのだろう。
俺にはそういうのはよく分からない。
「...私の姉が、なんと言っていいのか。」
申し訳無さそうに、今にも倒れそうなほど顔色を悪くしたイリア、君が謝ってもなあ。
「あんたは私には直接関係ないわよ。」
ピシッと言い切ったアリスはかっこよかった。
俺だったらこんなこと言えるだろうか。
「...すみません。」
「...こっちこそ。
...で?
あんたさっきから変な刀に傷は治すし、何なの?」
みんなの目が一斉にこっちを向く。
え。
「...もうそろそろ試合じゃない?」
「...あ、そうでした。
呼びに来たんでした。」
何とも言えない空気のまま俺たちは闘技場へと向かう。
「ところでさ、ルーカスって誰?」
アリスに何の気なしに聞いてみる。
「...は?
なんで知ってんのよ?」
「いや、お前が俺にルーカスって。」
「はあ!?
言ってないわよ!
そんなんじゃないわよ!」
顔を赤くしたアリスに首をかしげる。
「...なんなんだよ。」
よく分からない反応に俺は考えるのをやめ、次の相手は普通の奴がいいなとぼんやり考えていた。




