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ある少女の傷



少女は冷たい殺風景な部屋の中で鉄格子の間に浮かぶ黄色い月を見上げていた。



部屋というよりは牢獄のような何もないその場所で、少し肌寒いのだろうか、体は小刻みに震え、枯れ木のように細く、今にも折れてしまいそうな腕を弱々しい動作で月へと伸ばす。




「母様。」




少女の呟きに答えるものはなく、少女の右目からはつうっ、と涙が走り落ちる。



目の下には酷い隈だろう、黒が浮かんでおり、肌はそれとは対照的に真っ白である。




髪は長く、きめ細かい金を放っており、合間からチラリと見える尖った耳も相まって、まるでお人形のようだ。



亡き母から貰った唯一の黒のワンピースは所々(ほつ)れたり、破けたり、汚れが目立つ。



エルフの死生観として、死した魂は月へと還るとされているのだが、少女はそれを健気にも信じているらしい。



伸ばされた腕は当然月には届かず、少女は諦め申し訳程度に用意されている寝床へと体を横にする。




それは寝床と言っていいものなのか、ただの布切れが2枚ほど、少女はそれに体を挟むようにして目を閉じる。




少女は眠るのが好きだった。



目を閉じればそこには母様が浮かび、優しく笑いかけてくれるのだ。



薄っすらと口に笑みを浮かべ、寝入った少女の邪魔をするように、足音が近づいてくる。




その足音に何か覚えがあるのだろうか、少女は飛び起き姿勢を正す。



体は先程よりも震えが大きく表情は強張っている。




「おい、化け物。

着いてこい。」




同じエルフの男の大人がぶっきらぼうにそう告げると、少女はすぐさま立ち上がり、後に続く。



歩くスピードなど御構い無しに男は振り返りもせず進んでいく。



少女は必死に離されまいと駆け足気味に追いかける。




「...アリス?」




響いた声はどこか懐かしく、暖かかった。




思わず顔を上げ声の主を探すとそこには珍しい、人間の男が酷い顔で少女を見つめていた。



その顔には他の人のように、化け物を見るような恐怖や軽蔑といった色は無く、優しそうな人だとぼんやり少女は思った。




「...だれ?」




少女は今までのビクビクした態度を無くし、質問する。



この人はきっと他の人とは違う、そんな根拠のない確信を感じたのだろう。




そして、それは間違っていなかったらしい。




「アリス。

父さんだよ。

お前の父さんだ。」




少し涙を浮かべたその目は、少女と同じ綺麗な青い色をしていた。



アリスの目はあの人似ね、そんな母様との会話を思い出す。



父様?



少女は父親の元へ駆け出そうとして踏み止まる。




また傷つけてしまう。




初めてその異常な力を振るったのは友達と喧嘩した時だった。



好きなお菓子を取られてしまったんだったか、少女は軽く突き飛ばしたつもりだった。



その友達はそのまま吹き飛び、大怪我を負ってしまった。



少女は次第に避けられ始め、遂には化け物と呼ばれるまでに至る。



活発だった少女は本を読み、勉強し、人と接しなくなった。



そんな少女のために、母は村を走り回り、頭を下げて回った。



そのお陰か、少女は友だちに囲まれ始める。



全てがうまくいっている筈だった。



不幸な事故だった。



魔物が少女の母を食い殺したのだ。



少女は取り乱し、暴れた。



その力を隠すことなく、哀しみのままに。



少女を止める術はなく、何人もの大人に取り押さえられ、牢屋に閉じ込められ、またも化け物と恐れられた。



そんな少女は人と接するのに恐怖を抱いていたのである。



父様にまで嫌われ、恐れられ、化け物と呼ばれてしまったら。



そんな少女の気持ちを察したのか、少女の父は自分から近づき、少女を抱きかかえる。



「...父さんはずっとアリスの味方だよ。」




その優しい温もりと声に少女は嗚咽を漏らす。




「...ふん。

その化け物を引き取ってくれるなら早く行ってくれ。

また暴れられたら溜まったもんじゃない。」




「...訂正しろ。」



少女の父は娘を連れてきたその男を睨み、ドスの効いた声で一歩近寄る。



さっきまでの優しそうな雰囲気とは一変、鋭い眼差しは男が恐怖を抱くのに充分なものだったらしい。




「す、すまない。

謝るよ。」




そのまま背を向け少女を抱えたまま外へと向かう。




「ごめんな。

迎えに来るの遅くなっちまった。

...イリスのことは本当にすまない。」





「父様のせいじゃない。

アリスはもう大丈夫。

父様が迎えに来てくれたから。」




その言葉に少女の父は目に涙を浮かべ、何度も謝り続ける。




「父様?」




「...ああ、もうアリスを一人にさせないから。

父さんの住んでる村があるんだ。

そこで一緒に暮らそう。」




あの牢屋から出られるなら少女はなんでもよかった。



「うん。

アリスは父様と暮らす。」



「そうか!

おいしいものたくさん食べさせてやるぞ!」




さっきまでの涙が嘘のように、二人は元気に出発した。




***





「父様!

隣のネビルったらまた鼻を垂らして泣いてるわ!

男のくせにしょうがないわね!」



「はいはい。

アリスはすっかりお姉さんだね。

またルーカスに虐められてたのを助けたのかい?」



「ち、違うわ!

ただネビルがやり返さないのにイライラしたのよ!」



やれやれと、少し大きくなった少女はいつかの活発な姿を取り戻していた。



少女の父親のお陰でもあるのだろうが、この村にはエルフのように異端を隔離する習慣などないのだ。



それに、少女は決して無闇矢鱈に人を傷つけたりしない。




「大変だ!

魔物が来る!

大量だ!」




村のアナウンスからは切羽詰まった声が。




「アリス!

隠れてなさい!」




「は、はい!」




魔物、という単語に母を思い浮かべる少女は言われた通りに急いで部屋に走る。




「父様!」



「父さんは行かなきゃダメなんだ!」




「ダメよ!

父様も隠れて!」




青い顔でそう叫ぶ少女の声に後ろ髪を引かれるが、何とか持ち堪える。



「大丈夫。

絶対に戻ってくる。」



「だめ!」




悲痛な娘の叫びに胸を痛めながらも魔物へと向かう。



絶対に死ぬわけにはいかない。



「やあ。

君が一番やりそうだね。」




背後で知らない声がして振り返る。



そこには、知らない男が宙に浮いていた。



「すまないけど、この村はパイフウの姫様の我儘でなくなってもらうことになってるんだ。

大人しく逃げることをお勧めするよ。」




その男は黒のスーツを着て、白いシルクハットを被り、モノクルを掛けている。




若い。




「忠告はしたから。

まあ、逃げられるかどうかは別だけどね。

あ、逃げるんなら一人をお勧めするよ。

うちのお姫様血が大好きだから。

満足しなかったら何処までも追いかけてくるんじゃないかな?

あはは。」




ふわりと宙返りしたかと思うと姿が消える。



同時にドッと汗が吹き出る。



得体の知れない男の魔力に当てられたのだろう。



あれはまるで、






––––––––––––化け物だ。








絶対に敵わない。




本能でそう感じ取った。




少女の父は一瞬で決断する。





「父様!」



「アリス。

二人で逃げるよ。」




少女は首を傾げる。



「村のみんなは?」




「...アリス。

今から父さんは村の人達を見捨てて逃げる。

どう思ってくれても構わない。

もう一生父さんと口を利かなくてもいい。

けど、それは全部が終わった後にしてくれ。

...ごめん。」




「ちょっと?

父様?

ルーカスは?

それにあの泣き虫のネビルも連れて行きましょう?

それに花屋のマリーだって。

ねえ、父様?

お願いよ!

みんなも一緒に逃げましょ!」



少女を抱え、最低限の身支度を整えるとそのまま駈け出す。



少女は今まで見たことのない父様の冷たい表情を見て言葉を噤むしかなかった。



***




「「うわあぁぁああ!!」」



「うガあ!!」



「「きゃあぁあぁああ!!」」



村の惨状を表す悲鳴が聞こえる。




まるで逃げた二人を追いかけて責め立てるように。




「あらららら?

本当に逃げ切ったんだ。

すっごー。」




そこには先程の男がまたも宙に浮いていた。




少女の父は斧を構え少女を背後に隠す。





「おお。

子を守る父は仲間さえ見殺しにするってことかな?」




感心したように面白そうに、謎の男は手を叩いて賞賛している。




「...何が目的だ。」



何とか絞り出した声は、少女が今まで聞いたことのない父のものだった。



「いやいや。

本当は一人残らず殺せって命令だったんだけどね。

面白いもの見つけちゃったから、特別に見逃してやろうかなと思ってね。」




男の見ている先には少女が。




「君、持ってないのに持ってるでしょ?

四人目の《無能者》だよ。

うれしい見つけものだよ。

これでやっと対抗できるかな。

徹くんも許してくれそうだ。」




「娘に手は出させんぞ。」




「大丈夫、まだ、ね。

ここでその嬢ちゃんに恩を売っとくよ。

そうだねえ、約束まではまだあるし、その時になったら迎えに行くよ。

ノルマまであと少しだし、そう遠くないかな。」





よく分からないことをぶつぶつ喋っている男。



「ま、いっか。

どうせ運命とかいうあいつらの強引な脚本に踊らされるし、なるようになれって感じかな。

あ、嬢ちゃん。

村のみんなはパイフウのお姫様がお遊びで土に還っちゃったわけだけど、いや、月に還ったのかな?

どっちでもいいか。

パイフウには気をつけてね。

特に姫様は君のお母さんも殺しちゃったんだってさ。

ははは。

残酷だね。」




そう言うと男はくるりと踵を返し、振り返る。



少女と父親は男の言動の意味についていけず、ただただ固まっていた。



「最高に間抜け面だね。

...君の仇はパイフウ族のお姫様だ。

覚えといて。

あ、僕はただの案内人だから。

じゃ、また。

きっとすぐ会うことになると思うよ。」



そう言って手を振る男は森へと消えた。



後には男の言葉に惑わせられた親子二人の姿があった。

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