暴力エルフ系女子
朝、チャイムの音で目がさめる。
えーっと、俺ちゃんと目覚ましセットしてたよね?
嫌な予感がして時計を確認する。
時刻は午前8時。
...寝坊だ。
やっちまった。
「ご、ごめん!
先行ってて!」
飛び起きて、扉を開けた先にはリョウとシンがいた。
「な、初日から遅刻とか第一印象最悪だぜ!」
「い、意外だね。
ヌイが寝坊するなんて。」
...本当に申し訳ない。
「時計が壊れてたみたいでさ、アラームが鳴らなかったんだ。」
本当にそうだからね?
だから、疑わしい眼で見ないで。
「ま、そういうことにしといてやるよ。
じゃー、俺たちは先行ってるぞー。」
「それは災難だったね。
じゃ、また後でね。」
ああ、友だちとの初登校が。
部屋に戻って急いで準備に取り掛かる。
昨日眠れなかったおかげで、準備はほとんど出来てる。
...そのせいで遅刻したんだけど。
そんなことを考えながら着替えを済ませ、洗面所へ。
もう朝食なんてどうでもいい。
急いで身支度を整え、家を出たのが8時21分。
入学式が始まるのは9時頃であるが、学校には8時30分には着いておかねばならない。
学校までは普通に行って20分ほどかかる。
飛ばせばギリギリ間に合うか?
そう思った俺は【風魔法】を発動させる。
この約一月の間、自分なりに練習して、使いこなせるようになってきたと思う。
風を無駄に全身に纏わせるのではなく、部分的に纏わせることによって、推進力を上げる。
一気に視界が後ろへ流れていく。
側から見た俺の姿は、なかなかに危なっかしく映っているに違いない。
だが、そんなこと気にしている暇はない。
俺の学校生活の第一印象がかかっているのだ。
こっちは本気である。
そんなことを考えていると、曲がり角からなかなかなスピードで人が飛び出してきた。
一瞬反応が遅れたが、それでも俺は危なげなく回避する。
スキルを極めたと言っても過言ではないこの俺が、こんなところで人にぶつかるはずがない。
寝坊して焦っているおかげで、変な思考に陥っている俺が見たのは、飛び出てきたその人が華麗な動きで回避する姿だった。
...俺と同じ位置に。
避け切って油断していた俺の目の前には、驚いた顔を浮かべた女の子が。
たぶんその子も俺と同じ思考をしているに違いない。
何で避けるんだ、と。
どっちかがそのまま突っ切っていさえすれば、ぶつかることはなかったのだ。
なぜ避けてしまうのか、それも同じ方向に。
そんな八つ当たり気味の思考で、現実から逃げていても解決はしない。
俺はこの一月の間、スキルの練習に没頭していたのだ。
ここで避けなきゃ何やってたんだって話である。
覚悟を決め集中する。
急な方向転換に悲鳴をあげている体に鞭を打ち、再び回避行動をとる。
繊細な魔力操作が必要な、纏わせた風をまたも慎重に制御していく。
無理やり操作すればお互い怪我は免れないだろう。
世界がゆっくりと映る。
【思考加速】による効果である。
ゆっくりとした時のなかで、俺は操作が上手くいったことを確信する。
一拍遅れて体に今までと違うベクトルの力が加わり始める。
よし、今度こそ避け切った。
そう確信した俺は目の前でぶつかりかけて固まっている女の子を見る。
...おいおいまじかよ。
恐るべきことに彼女もまた、同じく回避行動を始めていた。
俺の【スキル】は肉体を強化するものではなく、風を纏わせて操るため、側から見れば不自然な動きをしている様に見える。
それは、戦闘においては非常に有利な点ではあるのだが、今回ばかりは裏目に出た様だ。
彼女は俺が避けるのを諦めたと思い、自分が避けることにしたのだろう。
それも、また全く同じ方向に。
この短時間にその判断を下したことと、それを可能にする何らかの【スキル】に素直に驚きつつ、ゆっくりと動き始めた俺の体に俺はもう避けられないだろうと悟った。
せめてぶつかっても痛くないようにと、風を操作し始めた俺の視界は、彼女が拳を握りしめ、俺に向かって振り抜いてきたのをとらえた。
...え、何で?
俺の頭を埋め尽くした疑問は解消されることはなく、思いっきり殴り飛ばされ、近くの電柱に顔面から突っ込むことになる。
ガンッ。
...いってぇ。
俺じゃなかったら笑い事じゃ済まないんじゃないか。
そんなことを考えていると俺を殴り飛ばした張本人が近づいてきた。
「危ないわよ!
どこ見て走ってんのよ!」
...そっくりそのままお返しします。
「あ、ごめん。
けど、殴ることはないんじゃないかな。」
怒りをグッと堪え、冷静に言い返す。
起き上がりながら、鼻をさする。
鼻血出ていないだろうか。
起き上がった俺は、しっかりと殴り飛ばされた犯人を確認する。
金髪の髪に真っ白な肌。
青い目に少し尖った耳。
そこにはすっごい美人が腕を組み驚いた顔で立っていた。
「あ、あんた私に殴られといて意識があるの!?」
意識まで奪うつもりだったんかい。
確かにシャレにならない威力だったけども。
その細い体のどこにあんなパワーが秘められているんだ。
「あのさ、いきなり殴っといてその反応はどうなのかな?」
ちょっとイライラしながら言い返す。
俺も悪かったし強くは言えない。
「は?
あんたがぶつかってきたんでしょ!?
なに被害者ぶってんのよ!」
いや、トータル的には被害を被ってるの俺だけなんですけど。
「それは確かに悪かったよ。
けど、殴ることはないんじゃないかな?
てか、なんで殴ったの?」
「ぶつかって私が怪我でもしたら、どう責任とってくれるのかしら?
むしろあんたは私に怪我させなくてよかったと思うべきじゃないのかしら?」
かっちーん。
頭にきた。
何様だこいつ。
この手の女はアニメで何度も見てきた。
関わるとめんどくさいやつだ。
さっさと無視して学校に急ごう。
多少納得はできないが、このまま話し続けても怒りしか湧いてこない。
そんな気がする。
「あー。
そうですね。
じゃあ、私は急ぎますので。」
そう言って俺は空を飛ぶ。
地面を走っていたからぶつかったんだ。
初めからこうしとけばよかった。
「なっ!?
あんた魔法が使えるの!?
わ、私も連れて行きなさい!」
何か後ろで吠えていたが無視して学校へ向かう。
...はあ。
さっきの女は俺と同じ制服を着ていた。
恐らく同い年だろう。
嫌な予感しかしない。
そんな考えを無理やり忘れ学校への道を全速力で飛んでいく。
後ろからはまだ喚き声が聞こえていた。
***
「おっ。
本当に間に合いやがった。」
「さすがだね。
早速だけどヌイ。
嬉しいお知らせと悲しいお知らせ、どっちが聞きたい?」
校門へギリギリ到着した俺をリョウとシンが待ってくれていた。
お知らせ?
何の話だろうか。
「本当に今日はごめん。
じゃあ、よくわからないけど、悲しいお知らせからお願いしようかな。」
そう言うとシンはニヤニヤとした顔で告げる。
「お前が一組、俺らが四組だ。
一人でも頑張れな!」
リョウは苦笑いをしている。
何でそんなに楽しそうに報告するんだよ、シン。
離れ離れかー。
結構ショックが大きい。
「ま、たまに遊びに行ってやるよ!
だからそんな顔すんなって!」
「そ、そうだよ。
いつだって会えるんだから。」
衝撃の事実に意気消沈していると、焦った様子で二人が告げてくる。
優しいな。
ま、確かにその通りか。
気持ちを切り替えていこう。
「そうだね。
じゃあ、嬉しいお知らせは?」
「聞いて驚くなよ?
お前のクラス、一組には、あの二人が一緒なんだぜ!」
興奮した表情で告げてくるシン。
誰だろうあの二人って。
「ちょっと、それだけじゃわかんないよ!
なんとあの、早乙女瑠璃さんとアリス=フェーンさんの二人だよ!」
珍しくリョウが興奮している。
けど、誰?
「えーっと、ごめん。
誰だっけ?」
「えっ!!
知らないの!?」
「ばっか、おまえ!
有名人だぞ!
早乙女瑠璃さんは、あの早乙女家のお嬢様で、すっげー美人らしいぜ!
アリス=フェーンさんなんてエルフとのハーフで、すっげー美人らしいぜ!」
...美人ってことしかわからない説明をどうも。
「シンってばそんなことばっかり!
二人はこの白石高校始まって初めての、二人同時新入生代表に選ばれたんだ!
つまり、満点合格だよ!」
おお、それはすごい。
「それに、二人は中学時代も結構な有名人で、その美貌もあるんだけど、神童って騒がれてたんだ!」
そんなのと同じクラスなのか。
なんか自信なくしそう。
「あ、やっべ!
もうこんな時間だぜ!」
「あ!
ほんとだ!」
「い、急ごう!」
3人で走り出す。
その二人はどんな人なんだろうか。
...エルフのハーフかー、なんかなー。
***
体育館へ3人で走って向かう。
受付を済ませて指定の席へ。
「ふう、間に合ったー。」
「どっかの誰かのせいでな。」
「ごめんってば。」
そんなことを言いながら席に着く。
まだみんな雑談しているみたいだ。
しばらくそうしていると先生が動き始めた。
時刻は8時40分を少し過ぎた頃だ。
もうそろそろ何か話があってもいい頃だが、遅いな。
場内のざわざわが大きくなっていく。
なんだなんだ?
「では、今から入学式になるのですが、少しだけ説明をさせていただきます。」
結局、それから5分ほど経っただろうか。
マイクをとったのは30代だろうか、少し遠いためはっきりわからないが、綺麗な女性である。
「では、入学式のプログラムの説明ですが...」
何事もなかったように話し始める。
何だったんだろうか。
それから少し事務的な話が続く。
とはいっても大まかな流れと起立のタイミングや返事のタイミングなどを少し、といった程度である。
ぶっちゃけそんなに聞かなくてもいいような内容である。
でも、シンとリョウが別のクラスになるのか。
...よく考えたら最悪じゃないか。
知らない奴ばっかのクラスか。
てか何でシンとリョウは一緒のクラスなんだ。
7クラスもあるんだぞ?
どうなってんだよ。
...大丈夫かな。
イジメられたりしないだろうか。
そんな風に落ち込み始めた頃、話も丁度終わり、入学式が始まった。
「ではまず、新入生代表の言葉です。」
そうやって出てきた二人は確かに美人だった。
そして、思った通りだった。
「あの、暴力エルフめ。」
小さな声で呟く。
シンとリョウの二人と一緒のクラスになれなかった俺の精神状態はかなり荒んでいた。
だいたい俺は何で殴られたんだよ。
意味わかんねえよ。
「では、アリス=フェーンさん。」
あの暴力エルフは先に挨拶するらしい。
噛め、噛んでしまえ。
恥をかいてしまえ。
「木々もすっかり芽吹き、新緑の葉が...」
なんか偉く普通の言葉だな。
殴られたイメージが強すぎてなんか拍子抜けする。
スラスラと噛むことなく話を進めていく。
姿勢も正しく落ち着いており、安定感がある。
こうして見ると普通に美人だ。
いかにも優等生らしい見た目をしている。
そうやって観察しているとちらっと目が合う。
一瞬固まった暴力エルフさん。
気づかれたか。
しめた。
さっきの仕返しとばかりに舌を出す。
所謂あっかんべーである。
効果はてきめんで、固まったまま動かない。
やりすぎたか?
そう思って心配していると、非常にいい笑顔で俺を見つめてくる。
...何このとてつもなく嫌な予感は。
「そうですね、ではそちらの方壇上にどうぞ。」
そう言って俺に手招きをする。
は?
どういうこと?
「ほら、そちらの方ですよ。
赤い髪の隣に座っている長身の方。」
赤い髪とはシンのことである。
その隣に座っているのは、もちろん俺だ。
視線が俺に集まる。
教師陣も何事かと俺と彼女の二人を交互に見比べる。
「時間がもったいないですよ?
早く上がってきてください。」
周りも、その言葉に急かすような視線に変わる。
「お、おい。
どういうことだよ。」
「...俺が聞きたいくらいだよ。」
「行かなきゃ、ダメみたいだよ?」
...はあ。
覚悟を決めて立ち上がる。
視線を一気に感じる。
恥ずかしい。
「では、よろしくお願いします。」
壇上に立った俺にマイクを渡しさっさと端に寄る暴力エルフ。
...は?
こいつめ、丸投げしやがった。
信じられねえ。
普通気に入らないからってそんなことするか?
どうしよう。
さっきっから視線を集めっぱなしだ。
暴力エルフを見てみれば、してやったりとした顔で俺を見てやがる。
思いっきり睨んでやる。
...やってやろうじゃねえか。
「あー、こほん。
アリス=フェーンさんからご紹介にあがらせて頂きました。
御影繡と申します。
皆さん何が始まるのかと気になって仕方がないかと思います。」
とりあえず名乗っとく。
俺を呼んだことを後悔させてやる。
「そうですね。
まずは謝罪をさせて頂きます。
皆さん申し訳ございませんでした。」
そう言って頭をさげる。
暴力エルフは俺が諦めたと思ったのか、満面の笑みで立ち上がろうとする。
...まだだよ。
「本日8時40分を予定していました式の事前説明なのですが、遅れてしまったことを深く反省させて頂きます。」
暴力エルフの笑顔が固まる。
「実はその原因はある人物の寝坊であったのですが、その人物がどうしても謝罪を行いたいとのことだったため、こういった機会を与えさせて頂きました。」
教師陣が暴力エルフを驚いた目で見つめる。
...ビンゴ。
「もう、皆様おわかりだと思いますが、その人物こそこのアリス=フェーンさんでございます。」
驚きの声があちこちであがる。
そんなばかな、とか。
あの人が寝坊、とか。
ふふふ。
驚くのはまだ早い。
「その際、間に合わないと悟った彼女は私を押し飛ばし登校を急いだのです。」
驚きの波が広がっていく。
中には怒りを表している者もいる。
後ろに控えている彼女は引き攣った笑みでフリーズしている。
「しかし、もちろんそのままでは話は終わりません。」
皆の視線が俺に集まる。
皆一様に俺の言葉を聞き逃さないように必死な形相である。
「彼女はその真面目な性格から遅刻を焦り、思わぬ行動に出てしまったのです。
その後、自分の行動を反省し、後悔した彼女は私に謝罪がしたいと申し出てくれました。
そして、こんな私が新入生代表であっていいはずがないと泣きながら訴えかけてきたのです。」
疑問や怒りの篭った視線は次第に薄れ、皆真剣な面持ちで話を聞いている。
...思ったよりいい反応だ。
「しかし、当日に辞退してしまっては進行上に問題が出てきてしまう。
そのため彼女は泣く泣く壇上に立ち、言葉を述べることを決めたのです。
それでも自分を許せない真面目な性格の彼女は、当事者である私に、全てを語ってもらいたいと涙ながらに訴えかけてきたのです。」
皆最初の疑問の視線を浮かべていたのが、尊敬の眼差しに変わっていった。
目に涙を浮かべている生徒まで存在する。
「しかし、私は思うのです。
なぜ彼女は寝坊してしまったのかと。」
何言ってんだこいつ。
そんな言葉が聞こえてくるほどに呆れた視線が俺に突き刺さる。
うっ。
そんな目で見るのはやめてくれ。
「そう!
この名門白石高校の代表。
そんな重要な役割を任され普段通りに生活できる人間がどれだけの数いるのかと!
彼女は前日の真夜中まで、きっと寝坊をしてしまうほどの時間までずっと、今この時のことを
考え、責任に押しつぶされないよう必死に戦っていたのではないでしょうか!」
その通りだ、そんな気持ちの篭った力強い視線が俺を射抜く。
耐えきれず涙を流す人もちらほら存在する。
「私は彼女の汚い面を直に見ました。
それにもかかわらず、私は何故か彼女こそ代表にふさわしい人物ではないかと、そう思えて仕方ないのです。」
うん、うん、と頷く生徒一同。
なんか楽しくなってきたぞ。
「自分の嫌な部分をこんなに多くの人に全てさらけ出せる、そんな人物は果たしてどのくらいいるのでしょうか。
こんな一生徒である俺の為に、涙を流してくれる人がどれだけいるでしょうか。」
ちらりと暴力エルフを見やる。
真っ赤な顔をして引き攣った笑みで固まったままだった。
ふっ、まだまだ。
「俺のことなど無視しても何も問題はないのに、わざわざこんな場を借りてまで謝罪をしたいという彼女の意思を、否定したい者はして頂きたい。」
そう言って見渡す。
誰一人として声を上げる者はいない。
...よっしゃ。
「だそうですよ。
アリスさん。」
振り向いた彼女の目には羞恥からか、涙が浮かんでおり、顔は真っ赤である。
...勝った。
「...では、この場を借りて謝罪させていただきます。」
そう言って頭をさげる暴力エルフ。
「では、これで私からの言葉とさせていただきます。」
そう言って下がる彼女。
俺も席に戻る。
「すげえいい話だったぜ。」
「うん、本当に上手だった。」
席に戻った俺を笑顔で迎えてくれた二人。
...殆ど嘘でできてます。
そんな言葉が喉から飛び出そうになるのを必死にこらえる。
「ああ、うん。
ありがとう。」
その後入学式の間ずっと勝利の余韻に浸っていた。
しかし、一か八か暴力エルフが遅刻したことにかけてみたのだが、当たってよかった。
ふと座った暴力エルフと目が合う。
いい気分になっている俺は、満面の笑みで返してやる。
こ・ろ・す。
彼女は大きくゆっくり口を開きそんなことを言う。
その顔には冗談の色は全くなく、本物の殺気を感じた。
殺気なんて今まで感じたことないからわからないけど。
じわりと汗が吹き出る。
拳を握りしめ、必死に恐怖を押し殺す。
...捕まる前にダッシュで逃げよう。
そんなことを決意し入学式は幕を閉じた。




