謎は迷宮入り
子どもが遠足の前の日に眠れなくて、当日寝坊をする。
そんな話聞いたことあるだろうか。
俺も何度か経験したことはある。
次の日のことを考えすぎて、寝なきゃいけないのに目は冴えていく一方、そんな感じだ。
俺は前の世界で20年ほど、今の世界で10年ほど、低く見積もっても30年余り生きてきたわけである。
...まさか、まだそんな経験をすることがあろうとは夢にも思わなかった。
今日は入学式前日の夜。
明日から白石高校に通うことになるのだが、俺、御影繡は眠れなかった。
明日はシンとリョウの二人と一緒に登校する予定である。
寝坊するわけにはいかない。
しかし、眠れない。
期待と不安が、交互に頭の中をすごい速度で駆け巡っていく。
...ダメだ、一旦寝ようとするのやめよう。
ベッドから降り、水を一杯。
なになに?と3匹は俺の周りに集まってくる。
かわいい。
3匹を撫で回す。
明日の入学式には当然この子たちも連れて行く。
休み期間中、四六時中一緒にいたのだ。
急に離れ離れになろうものなら俺は、俺は。
この子たちは眠る必要も食べる必要もない。
今まで色々調べてわかったことは山のようにあるのであるが、眠れないし、ちょっと整理してみようか。
この子たちは形だけは食べたり、眠ったりするのだが、全く食べずとも、眠らずとも、平気で活動可能なのである。
...とは言っても、最大一週間ほどの期間しか試してはいないのだが。
おそらく、全く必要ないはずである。
その理由がこの子らの種族にある。
まず、ハク。
この子は前にリンネさんが言った通り精霊で間違いないだろう。
精霊は基本的に食事や睡眠という概念はなく、魔力さえあれば勝手に生きると言われている。
なのだが、うちのハクは非常によく食べるし、寝る。
特に最近は甘いものを好んで摂取しようと必死である。
時々、本当は精霊じゃないんじゃ、と思うことがよくある。
調べれば調べるだけ、精霊から離れていくハクである。
まあ、種族なんてそんな重要ではない。
ハクを理解するために精霊について調べていたのであって、ハクが精霊じゃないと困るわけではない。
危うく本質から外れるところだった。
そうは思うのだが、ハクは何者なのか気になって仕方がない。
ハクと精霊の違いを明確にするために、特徴を並べてみよう。
まず、精霊について。
精霊は謎が多い種族であり、肉体を持たないエネルギー体であるらしい。
一説では意思を持った魔力の塊と言われており、魔力を手足のように自由自在に操る。
その魔力操作能力は非常に高く、【スキル】と似た性質を持っているらしい。
これがどういうことかというと、他の種族について説明する必要がある。
まず、俺たち《スキル持ち》以外の魔力で魔法を発動させる者たちを《魔法使い》と呼ぶ。
《魔法使い》は魔力さえあれば魔法を使用することができる。
だがしかし、俺たち《スキル持ち》はそれとは別に【スキル】がなくてはならない。
知っての通り、俺たちは【スキル】を持っていなければ魔力を使うことすらできないのである。
例えば、エルフ族という非常に魔力の扱いに長けた種族がいるのだが、この者たちは様々な種類の魔法を使いこなすことができる。
それは、後天的なものであり、努力次第であらゆる種類、威力、効果のある魔法を習得することが可能なのである。
完全に上位互換だと思うかもしれないが、もちろん俺たち《スキル持ち》にも優れている点は存在する。
それは、全くの無知、無経験だったとしても、【スキル】さえ持っていれば、ある一定以上のレベルの魔法を使用可能ということだ。
また、異常な成長速度も驚異的であり、《スキル持ち》は1日2日で全く魔法の熟練度が変わってくるのである。
そして、話は戻って精霊についてなのだが、どうも精霊は《スキル持ち》に似た性質を持っている。
それは、精霊は一つとして例外なく一つの系統の魔法しか使用できないというものである。
それも、非常に高度な魔法技術を持っているらしい。
彼に勝るものはないと世界に言わしめた大賢者、その彼を遊び半分で使用した魔法一つで引き篭もらせたなんて逸話があるほどである。
恐ろしい。
また、精霊が意思を持った魔力と言われている所以は、実体がなく、触れることができないことにある。
魔力とは魔法に変換され、初めてこの世に干渉することができるのだが、魔力そのものは何かに影響を与えることなどできない、故に精霊と魔力が結びつけられるのである。
ここまで調べてあれ?と思ったのが3つ。
一つが実体の有無である。
確かに、召喚した瞬間から名前をつける瞬間までの間は実体はなかった。
どういう理屈だろうか。
そして、二つ目がハクの使う魔法についてである。
どんな文献を漁っても、ものを消したり出現させたりすることができる精霊は存在しなかった。
そして、その魔法の限界について知ろうと試行錯誤してみたのだが、これが非常に驚異的な能力だった。
まず、容量であるが、どの程度消せるのか試してみた結果、底が知れなかったことが知れた。
どんなに大きいものでも、どんだけの数を入れても根を上げることはなかったのである。
また、恐ろしいことに、その中から欲しいものを思い浮かべるだけで目の前にそれを出してくれるのだ。
何となく想像はつくだろうが、時間についても調べてみた。
召喚して約ひと月の間であるが、ずっと消したままでいられた。
つまり、底は見えなかったわけだ。
そして、消えた物体はどこへいき、どうなっているのか気になった俺は、ある実験をした。
出来立てのごはんを消してもらって、ある程度時間を置いて出してもらったのだが、ごはんはまだ温かかった。
消しているものは消している間時間が進まない、もしくはすごくゆっくり時間が流れていることが判明した。
例外として生き物は消すことができなかったことも重要である。
つまり、アンは生物ではないという衝撃的な事実も発覚したのである。
そして、最も重要な結果だと思うのは、俺の所有物ではなくとも能力が有効だったことである。
つまり、人のものだろうが公共のものだろうが、瞬時に消して持ち運ぶことができるのである。
もう、やりたい放題である。
そして、さらにハクは最近変な魔法を使うようになった。
それが、瞬間移動のようなもので、急に消えたと思ったら目の前に現れたり、目の前にいたのに急に消えて違う場所に現れたりといった具合だ。
【時空魔法】とかいうやつなのかもしれない。
時間を止めたり、空間を操ったりしているんじゃないかと俺は睨んでいる。
最後の三つ目が言葉にしにくいのだが、ハクが感じていることをイメージにして俺に伝えてくるのである。
俺の側から急に消え、まるで、ここにいると言わんばかりに、見ているものであったり、気持ちであったり、匂いや音なんてものがイメージとなって俺に伝わってくるのだ。
これはハクだけではなく、レイもそうであり、俺は【召喚魔法】による効果なのではないかと考えているのだが、確証がない。
ざっと、俺がハクについて調べた結果についての考察である。
総括としては、生物は消すことができず、また、それ以外のものであればどんなものであろうと瞬時に消すことができ、いつでも消す瞬間の状態で取り出すことができるのだ。
...今のところは制限なしで。
本当に恐ろしい子である。
次はレイについて。
この子はスライムだと思われる。
大きさや形を自在に変えたり、分裂したり、一瞬で汚れを落としたり、核がなかったり、瞬時に傷を癒したり、魔法が使えたり、そういう点を除けば普通のスライムである。
...つまり、ハク同様よくわかっていない。
一般的なスライムは、ほぼ形は一定で、核を持っている。
液体というより固体に近く、レイのように自在に形が変わることはまずない。
スライムとはゼリーのような半透明の体を持っている生物のことを指し、分類上は魔物である。
しかし、こちらから仕掛けない限りは襲ってこないため非常に不思議な生き物とされ、様々な研究がされている。
スライムの体は酸のような効果を持っており、纏わり付いてゆっくり獲物を消化する。
また、レイのように何も食べずに生きていける個体も存在する。
一説には魔力を吸収することによって生命を維持しているのではないかと言われている。
スライムはこちらから手を出さない限りは全くの無害であるのだが、一度敵と判断されようものなら逃げることなく襲ってくる。
しかも、謎の耐久力を誇っており、並の攻撃ではまるで物ともせず、じりじりと追い詰めてくる。
どれだけダメージを負っても核さえ無事であれば何の問題もないらしく、平気で向かってくる。
逆に核さえ潰してしまえば楽勝であり、むしろ一撃目を確実に先制できるため、《ランカー》にとってはいいカモであるのだが。
そんなスライムの弱点である核を持っていないのがレイである。
また、形状が非常に流動的で物理的なダメージを全くものともしない。
また、魔法を使うスライムなどおらず、レイの使う【治癒魔法】のようなものを説明することはできなかった。
これはレイがスライムに近い全く別の生命体だからだろうか。
謎は深まるばかりだ。
その【治癒魔法】のような能力についても結構チートな臭いがした。
まず俺が知りたかったことは、どれ程の傷までならどのくらいのスピードで治せるのか、である。
そんな都合よく大怪我をしたやつを見つけることはできなかったため、泣く泣く自分で実験するほかなかったのだが、...思い出したくない。
とりあえずどんな傷も一瞬で治してしまったとだけ言っておこう。
レイも半端ないやつだということがわかった。
どういう仕組みだろうか。
そして最後にひとつ。
最近のレイは分裂するのが楽しいのか2、3体に分裂して過ごすことが多い。
そして、その分裂した個々がそれぞれ意思を持って行動するのだ。
どのくらいの数分裂できるのか数え始めた俺は、200を超えたあたりから諦めた。
大きさも同様であり、何処までも大きくなることができたのである。
逆に小さくなるのには限界があり、全長5cmくらいが最小であった。
最後にアンについて。
この子は他の二匹以上に謎だった。
ヒントも何もなく、探しても探しても手掛かりは何も出てこない。
ちょっとでもアンのことを知りたかった俺はリョウにアンを【鑑定】してもらうことにした。
もちろんこのままの姿ではなく、アンに石ころの形に変形してもらったものを持って行くことにしたのである。
俺はこの石をさっき拾ったという体でリョウに【鑑定】してもらった。
鑑定結果はシンプルで、こんな感じらしい。
闇黒
【不壊】
【変形】
...たったこれだけ。
眉を寄せたリョウの思考をアンから逸らすのには骨が折れた。
今まで見たことがない表記だったらしい。
...ぶっちゃけ、ますます謎は深まった。
以上のことが、春休み中に手に入れた情報である。
何度も図書館に通い、実験し、たったこれだけである。
結局わかったのは3匹とも規格外の能力を持っていたってことだけで、俺はもう考えるのをやめた。
「お前らは一体何なんだよー。」
答えることなどないとわかっていても時々尋ねてしまう。
ハクは首を傾げ、レイはプルプルと震える。
アンはハクの真似をして形を変える。
最近のアンはハクの真似をしているのか、ほぼ一日中精霊の見た目で過ごしている。
...もう考えるだけ無駄だろう。
疲れてきた。
「...ふあ。
...眠い。」
俺は当初の目的である眠りにつく。
その頭にはすっかり明日のことはなかった。




