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ケモノ目見聞記  作者: 高宮竜多朗
9/12

クロスボウ

 バイス、ネイト、シャノン、ローグの一行の歩みは思った以上に遅かった。ネイトの怪我が思いのほか深刻で、まともに歩く事が出来ず、先頭を行くバイスがネイトを担ぎながら走っているからだ。その為一行の移動速度は小走り程の速度になっていた。

 至るところに少し前までは生きていた筈の死体が転がっている。死体のほとんどが、ネイトやシャノンとよく似た様式の衣服を纏っているが、死体の幾つかは見覚えのない衣服や鉄の鎧を身に着けている。ほとんどの村人は抵抗らしい抵抗も出来ず殺されたらしく、逃げてる最中に殺されたのか、うつ伏せに倒れ背中に傷を負って事切れている者が多く見られた。村人の死体の中には、武器を持ったまま、正面から斬られて殺されている死体もあったが、そういったのはごく少数しか見つけられなかった。

 もともとこの村の総人口は200人程と多くない上に、戦う術を持つ者は総人口の一割程の数の、動物を獲って暮らす狩人達だけだ。狩人以外にも普段は戦いとは無縁ながらも、この非常時に薪割に使用する鉈や、木こりが使う斧等を武器として戦った者達もいるだろう。そういった人も考慮すると、戦える村人は40人弱といったところか。

 武器を持った村人の死体が見られないのは、彼等が善戦しているからと、楽観は出来ないけども、かといって希望が無いわけでは無い。そもそもこの村は人間と、人間を上回る身体能力を持つ獣人の混成集落だ。人間達はともかくとして、獣人達がそう簡単に、外部の人間達に後れをとるとは、考えにくい。バイスはそう状況を分析する。

 走りながらも視界に入ってきてしまう遺体からシャノン目を逸らす。知り合いの遺体を見つけてしまえば、その場で立ち止まって、動けなくなってしまいそうだった。そうすれば避難場所への到着が遅れてしまう。今はすこしでも早く、避難場所に辿り着かなければならない。

「!」

 突然先頭を走るバイスが足を止めると、素早く近くにある破壊された家の残骸に移動し態勢を低くする。その様子に慌ててバイスの後ろを走っていた、シャノンとローグもその後を追う

 お父さん?とシャノンはバイスに呼びかけようとして気付く。前方30m程先に人がいる。数は4人、全員鎧を身に纏っている事から敵である事は明白だった。

「どうしました?」

 ローグがバイスの様子を訝しんで、尋ねる。

 バイスは鼻に人差し指をあて、静かにするように示すと、前方を指差す。30mも離れていれば、大声を上げない限り気付かれる事は無いだろうが、それでも用心せずにはいられなかった。

「4人くらいいますね。敵か味方か分かりますか?」

 やや驚いた表情で、バイスとシャノンはローグを見る。

「分からないのか?」

 声を潜めながらのバイスの質問にローグは少し戸惑ったような表情を浮かべた後、一人納得したように頷く。

「人間は獣人程視力が良くないので、人がいる事とその人数しか、分からないのです。」

 バイスは猫の獣人であるシエティ族で、シャノンはシエティ族と人間のハーフだ。二人とも人間に比べれば、遥かに視力がいい。その為ローグが判別出来なかった鎧を、二人は判別する事が出来ていた。

 ローグの説明を受けて納得したバイスは、前方の4人が敵であるとローグに教えると、再び視線を前方に向ける。人数は4人、全員槍を手に持っていて鉄の鎧を身に纏っている。先程は意識しなかったが、兜を着けていない。何かに集中しているのか、周囲を警戒する様子は無く、こちらに背を向けており、たまに身じろきする程度だ。

 バイスは後ろにいるシャノンとローグを見て自分達の状況を確認する。

 動けない程の怪我をした子供が一人、戦えない子供が一人、信用出来ない剣士が一人、それに自分。あの4人を倒してしまうか、それとも迂回して別の道を探すか、バイスは思案する。

 ローグに子供2人を守ってもらい、バイス1人で4人を相手にするとした場合、恐らくバイス1人であの4人を倒すのは不可能だ。バイスの得物であるナイフでは、鎧を着ている相手に対して、致命傷を与えるのは難しい。鎧で守られていない首から上を狙えば致命傷を与える事は出来ても、不意打ちで倒せるのはせいぜい2人。2人を倒している間に残りの2人に警戒されてしまう。そうなってしまえば、シエティ族のバイスと云えど、1対2という状況で、獲物はナイフ対槍。明らかに不利だ。最悪殺されるだろう。

 しかも厄介なのはローグという男だ。信用出来ない味方は敵よりも恐ろしい。もしローグが実は敵だったという事にもなれば、あの4人を殺そうと動き出そうとした途端、ネイトとシャノンを人質に取られてしまう、という事も考えられる。

かといってバイスが子供2人を守り、ローグに4人を相手してもらうとした場合、恐らくバイス同様4人全員を倒すのは不可能だ。ローグが敵だった場合は前方にいる4人を呼び寄せてくるだろう。

 やはり迂回するべきかとバイスが決断した時である。

「俺が左の2人を倒しますから、貴方は右の2人を倒してください。」

 ローグが前方に身を乗り出しながら、バイスに告げる。

 その言葉を聞いて、バイスは気付く。

(2人で分担すればいいじゃないか。)

 どうも子供2人の心配をするあまり、バイスかローグのどちらかを子供の守りに就かせるという発想に囚われていたようだ。

「分かった。」

 ローグに了承した旨を告げると、バイスは周囲を見渡してシャノンとネイトが隠れられそうな場所を探す。少し離れた所に、蹲れば子供二人が隠れられそうな茂みを見つける。

 ローグはその茂みに近づくと、ゆっくりと屈み、肩に担いでいるネイトを優しく地面に横たえる。

「いいか、シャノン。ネイトとここに隠れているんだ。」

 不安そうなシャノンを落ち着かせるため、バイスは出来るだけ優しく、落ち着いた声でシャノンに告げると彼女の頭を優しく撫でる。しかし、それでもシャノンは不安そうだ。

「少しの間だけ、ネイトを頼む。」

 その言葉を聞いたシャノンは一瞬ネイトに視線を向けると、力強く頷く。まだ不安そうだが、ネイトを守りたいという思いが、彼女を奮い立たせているようだ。

「良い子だ。」

 バイスはもう一度シャノンの頭を撫でると、周囲を警戒しながら立ち上がる。

 異常が無い事を確認すると、4人を見張っているローグに近づく。

「大丈夫ですか?」

 ローグの問いかけにバイスは頷く。

 それを合図に身を潜めていた家の残骸から、ローグとバイスは二手に別れて、移動を開始する。

 ローグは左から、バイスは右から前方にいる4人を挟み込むようにして、足音を忍ばせながらゆっくりと近づいて行く。

 近づくにつれ四人の声が聞こえてくる。4人はどうやら談笑しているようだ。談笑するのに夢中になっているのか、周囲を警戒する様子は全くない。

(好都合だ。)

 2人は4人の背後から5メートル程の距離まで近づく。

 バイスとローグはお互いに目を合わせると共に頷くとそれを合図に、ローグは左端の男に、バイスはやや遅れて右端の男に向かって素早く駆けだす。

 バイスがやや遅れて飛び出したのは、まだローグに対する疑念が拭えなかったからだ。

 しかしその疑念に反してローグは左端の男を背後からしっかりと斬り殺す。

 そして遅れてバイスが右端の男の喉笛を素早く掻き切る。

 完全に不意を突かれた4人の男は呆気なかった。残る二人も、一人はバイスが喉笛を掻き切り、もう一人はローグに右肩から左わき腹にかけて斬られた事で地に伏す。

 ふう、と一息吐くと二人は周囲を見渡し周囲に敵がいない事を確認する。

「上手くいきましたね。」

 その言葉にバイスは頷く。

 その時、バイスは見慣れない物に気付く。それは弓の様な形をした武器と思われる物だ。しかし、弓と違うのは鉄で出来た矢が番えられたままだということだ。

「これは?」

 気になって拾い上げた時だ。

「クロスボウがどうかしましたか?」

 バイスの様子にローグが問いかける。

「クロスボウ?」

 耳慣れない言葉をオウム返しに聞き返してしまうバイス。

「ご存じ無いのですか?」

「ああ。」

「クロスボウとは・・・」

 ローグが説明しようとするのをバイスは遮ると手に持っているクロスボウを地面に置く。

「説明は後で聞く。今は避難を優先しよう。」

 その言葉にハッとした様子でローグは頷く。

 バイスは急いでシャノンとネイトを隠した茂みに近づく。

「シャノン、ネイト、いるか?」

 二人を驚かせないよう、声をかけてから茂みを覗き込む。

「お父さん?」

 シャノンの返事がある事にホッとする。

 バイスはゆっくりとネイトを担ぎ上げると、シャノンに付いてくるように言う。

「お父さん、大丈夫?」

 自分を心配してくれる優しい娘の言葉に、ローグは優しく頭を撫でて答える。

「大丈夫だよ。さ、行こう。」

 周囲を警戒しているローグに一声かけると四人は再び、バイスを先頭に避難場所に向かう・・・はずだった。

 ピュンという音がした。何かがシャノンの胸元に飛んで行く。咄嗟にローグが飛び出しシャノンを突き飛ばした瞬間、グシャっと嫌な音共にローグの左足に、クロスボウのボルトが突き刺さった。


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