連れ帰って
遅くなってしまい申し訳ありません。
ネイトが罠にかかった女性を見つけて一時間程たった頃、ネイトは村の自宅の居間にて一人の男と、向かい合って座っていた。
「なあ、ネイト。」
男は、少し諫めるようにかつ言い聞かせるようにして口火を切った。
この男の名はバイス。ネイトの父親に当たる人物だ。ただし、育ての親であり、ネイトの実の父親ではない。ネイトは、15年程前にバイスが山から下りる用事があった時に、偶然拾った子供だ。
当時は赤ん坊とはいえ、外部の人間を招き入れることに反対だった村人たちを、バイスが必死に説得して了承してもらい、今に至る。
さて、このバイスという男だが、普通の人ではない。
というのもこの男の容姿を見れば一目瞭然なのだが、この男の容姿を簡潔に表すのであれば、黒猫が服を着て二足歩行しているというものだ。
彼は獣人と呼ばれる存在であり、獣人で分類される中でも、猫と人の特徴を持つ猫人族と呼ばれる存在だ。
全身を覆う黒い体毛、頭頂部には黒い猫の耳があり、瞳は金色で瞳孔は光や、感情によって大きく変化し、人間でいう尾骶骨がある場所からはシッポが生えている。だが、その体の大きさは人間と大差なく、更に人と同じく人語を理解し、人間と同じく喋ることが出来る。
因みに猫人族とは人間が勝手につけた呼称であり、彼等は自分達の事をシエティーと呼んでいる。
そんな明らかに容姿に差がある二人だが、バイスはネイトを実の子として可愛がり、ネイトもまたバイスの事を父親として慕っている。
さて、父であるバイスが成人を迎えている息子を諫めるように、口火を切った理由だが先程の罠にかかっていた女性の事である。
ネイトはこの金髪の女性に見覚えが無く、外部の人間である事は明白だった。
最初はこの罠にかかり気絶している女性を、罠だけ解除してその場に置き去りにしてしまおうと思っていた。
この村の人々は以前、この山に迷い込んだ人を助けた結果酷い目にあった事があり、ネイトもその時の事を鮮明に覚えていた。
故に外部の人間とは極力関わらない、という村のルールの意味をネイトは理解しており、そのルールに従ってこの女性を置き去りにしようとした。
しかし、そこで一つ思い至る。それはこの気絶している女性が、罠の事を覚えているかどうかだ。
野生動物や魔物が地形等の天然の罠を利用して狩りをする事があっても、ネイトが仕掛けたような物を自作して使用するという事は普通は考えられない。
いわば罠は、近くに人が住んでいるという痕跡だ。
彼女が罠に引っ掛かった瞬間に、訳も分からず気絶したなら何の問題も無いの だが、逆に罠の事を女性が記憶していた場合、近くに人が住んでいるという事をこの女性に知られてしまったという事になる。
もしそうならば、村は過去の悲劇を繰り返すことになりかねない。
その為ネイトにはこの女性をどうすべきかの判断をする事が出来ず、結果女性が気絶しているうちに、罠に使用したロープで女性を縛り、目隠しをして村に運んできたのだ。
そして冒頭に至るのである。
ネイトはバイスが諫めるような口調の理由は分かっていた。
外部の人間を村に連れ込んだのだ。例えそれが必要な事だったとしても、小言の一つでも言いたくなるのだろう。
「お前が異性に興味があるのは分かる。お前も年頃だ。そういった事もあるだろう。」
しかし、ネイトの予想とは違う内容が、バイスの口から紡ぎだされた事に、ネイトは頭に疑問符を浮かべる。
「だけどな、女を捕まえた挙句縛り上げて攫ってくるなんて、鬼畜の所業だぞ。」
「違う!違う!!そんなんじゃない。」
バイスの言葉に反射的に反論する。実際そんな目的ではないのだ。当然である。
「ほんとにか?」
誓って本当の事のため、ネイトは頷く。
「まあ、冗談はこの辺にしておいてだ。」
ほんとに冗談で言っていたのか、ネイトは父への疑念が拭い切れない。
「なんで連れてきたんだ?」
そう問われ、事の経緯と女性を連れてくるに至った過程を話す。
ネイトの話を聞き終わり、黙り込むバイス。これから先の事を考えているのだろう。
数分の沈黙の後。
「まあ、とにもかくにもだ・・・」
バイスが口を開いた時である。
「ネイ君!帰ってる!!?」
女性の声と共に、玄関のドアが壊れかねない勢いで、開かれる。
その声と勢いよく開かれた玄関の戸に思わず、そちらに視線を向ける二人。
そしてそこにいたのは、怒りにシッポの毛をパンパンに膨らませ、ネイトを睨み付ける一人の少女だった。
まだ、旅立ちません。もうしばらくお待ちください。