杖の理由
悲鳴を上げて左足を抑えるローグ。
慌ててバイスはボルトが飛んできた方を見る。視腺の先には先程殺した筈の男の一人が、地面に伏したまま右手だけでこちらに向けて、クロスボウを構えていた。
バイスはネイトを左肩に担いだまま駆け出すと、右手に持ったナイフをクロスボウを持った男の首に突き刺す。
悲鳴も無く、一瞬だけビクンと体を跳ねさせると、男は今度こそ息絶える。
男が息絶えた事を確認すると、バイスは男が持ったクロスボウを見つめる。
(間違いないこれは・・・)
バイスの胸に後悔がよぎる。そのクロスボウは間違いなく、先程バイスが興味を持ち、手に持ったクロスボウに他ならなかった。
「お父さん!」
シャノンの呼ぶ声にハッとすると、バイスは急いで苦しんでいるローグに駆け寄る。
「じっとしていろ。」
バイスは、心配そうにローグに寄り添っているシャノンの隣にくると、ネイトを下ろしシャノンに周囲の見張りを任せるとローグの左足の具合を見る。
クロスボウのボルトはローグの左足の踵を横から貫いていた。しかし左足にボルトは刺さっていなかった。どうやらボルトはローグの足を貫通し、その勢いのままどこかに飛んで行ってしまったらしい。
矢傷の手当てをする場合、まず刺さった矢を引き抜かなければならない。しかし刺さった矢を引き抜くというのは手間が掛かるうえに、引き抜かれる側からすればものすごい激痛に襲われる事になる。そういった手間が省けたと考えれば、今回は幸運だったと云えるだろう。
しかしローグの傷を見て、バイスは思わず顔を顰める。クロスボウによって抉られたその傷口が余りにも痛々しかったからだ。
バイスは自分の服の上着を脱ぐとそれを破き、包帯の代わりにローグの足に巻き付ける。
(俺のせいだ。)
ローグの足に布切れを巻きつけながら、バイスは後悔の念を抱く。自分がしっかりとクロスボウを敵の手元から遠ざけていればという思いが頭の中で渦巻く。
「立てるか?」
バイスは包帯を巻き終えると、ローグに肩を貸し立ち上がるのを助ける。
「むず…かしいですね。」
ローグは辛そうに答える。実際本当に辛いのだろう。バイスが肩を貸さなければローグはまともに歩く事は出来まい。
「私を置いて行って下さい。」
自分が足手まといのなると判断したのだろう。ローグはそんな事を言いだす。
「馬鹿を言うな。恩人を置いては行けない。」
自分の不始末のせいでという罪悪感と、子供達を二回も救ってくれたという恩義から、バイスとしてはローグを置いていくという選択肢を取りたくは無かった。
とはいえ、ローグはバイスが肩を貸さなければ歩けないうえに、ネイトも自力での移動が難しい状態だ。ローグに肩を貸したうえでネイトを担いで歩くというのは無理だ。時間もあるとは言えない状況。どうするべきかとバイスが考えを巡らせていると。
「父さん。」
声がした方を見ると、ネイトがゆっくりと立ち上っていた。しかし、辛いのか立ち上がってもすぐに倒れそうになる。
「ネイ君!」
シャノンが駆け寄り、ネイトを支えようとするが、そのまま二人そろって倒れてしまう。
二人に駆け寄ろうとして、一旦ローグを座らせようと二人に背を向ける。
「僕は大丈夫だから。」
バイスが振り向くと、そこにはシャノンに肩をかりておぼつかない足取りながらも、こちらに向かってゆっくりと歩いてくるネイトが視界に入る。
「僕はこうすれば歩けるから。だから…」
喋るのも辛いのかそこから先の言葉は出てこなかったが、ネイトの意志は今の言葉だけで十分に理解した。
ネイトに肩をかしているシャノンを見る。シャノンはバイスに見られている事に気付くと、バイスの目を見て力強く頷く。
本来ならバイスが親として取るべき行動は子供の安全を優先する事だ。そういう点ではローグを置き去りにしてさっさと子供二人を連れて集合場所に急ぐべきなのだろう。
しかし、ローグが恩人であるという事と二人の子供がローグを見捨てまいと意志を示したのだ。
バイスはローグに再び肩を貸すと、立ち上がる。
「行こう。」
子供達に顔だけ向けて言うと、バイスは集合場所に向けて歩き出したのだった。