放課後ストライク
放課後を告げるチャイムがなると、教室から、一人の女子が、今日も飛び出していった。
狭い教室のドアを勢いよく、走り抜けるには狭い廊下を、苦もなく、人にぶつかりそうな危ない場面はあるものの、それでも全力で肉食の獣のように、駆け抜け校門から飛び出していく。
伊藤つかさは、特に部活に入っているわけではないのに、急ぎ帰っていく、何か用事があるのか、ただただ、単に見たいテレビがあるのかは知らないけれど、まぁ毎回全力ともいえる速度の帰宅方法が、次第にクラスの名物とかしている。
まぁ名物というか、また今日も楽しく元気に走っているなぁぐらいの感覚だった。
巻き込まれなければそんな感じだ、廊下を走るなんて、中学3年になった今、小学生がやる事か、授業に遅れそうな人ぐらいなものだと、僕は思っていたから、理由もなく走り去る彼女は、本当に元気そうだ。
放課後のホームルーム前に頼まれていた、授業の片付けが原因で遅れ、もうどんなに急いでも、ホームルームには、間に合わないだろうと思い、クラスにカバンを取りにいくのにもゆっくりと歩いていた。
しかし、クラスへと向かう僕とは、対照的に校門へと向かって、一直線の伊藤つかさが、廊下の曲がり角を曲がった瞬間に、目の前から猪突猛進に、向かってきていたのだとしったのは、吹き飛ばされた後だった。
吹き飛ばされた後、頭を打ち、さらには腕や、足、腰などの廊下に面する身体から、ジンジンとした痛みが伝わってきて、目がちかちかする。
もうこのまま、人目というものがなかったら、このまま倒れたままで過ごしていたかった。
「杉山、ごめんごめん、大丈夫?」
こちらはまだ、動けないでいるのに伊藤は、ぴんぴんとしている、僕がひ弱なだけか、彼女が丈夫なだけか、まぁ多分後者だろう。
流石に、女の子とぶつかって、僕だけが吹き飛ばされたなんて事は、ないはずだ。
「そっちこそ大丈夫か」
一応、女の子だし、自分だけが気遣われるのは、おかしな話だろう。
「大丈夫、私はなんともなかったから」
「そうか」
こちらを心配そうに覗き込む伊藤、いつまでも起き上がらないこちらを心配しているのだろうか
「杉山立てるか?」
刺し伸ばした手を、やんわりと断る。
この状況でも気恥ずかしいのに、さらに追い討ちをかけるように手を貸してもらうのが、存外に恥ずかしい。
「大丈夫、じきに立つから」
「いや、もしかして立てないんじゃないかって、杉山ひ弱、いやひ弱そうだし」
若干の気の使いようが、こっちが被害を受けているのに、さらに追い討ちをかけるように言ってくる。
「大丈夫だって」
力を入れようとした足や手の部分が、力を入れる事を拒否するように痛みで答えてくれる。
「涙目になっているよ、ほら」
大分恥ずかしいが、再度差し出された手をつかむように促される。
「いいって、急いで帰る理由があるんだろ早く帰れよ」
「あぁそんなのはナイナイ」
怪我をさせてしまった事もあるのだろう、こっちの意地を察してくれず、相変わらず手をさし伸ばしたままだ。
それでも伸ばさない僕の手を無理やり引っ張り、身を起こす。
女の子としては、力があるほうなのか、それとも本当に僕がひ弱なだけなのだろうか、伊藤は力をこめるそぶりも見せずに、起こしてしまう。
「あぁやっぱり、痛いんじゃない腕とか青くなっているし、それに涙目だし」
身長さもあまりないせいか、伊藤の肩を借り、気分的には伊藤に引きづられるように廊下を進んでいく。
途中、何人かの生徒が何事かとこちらをみて、あるものは嘲笑をしているようで、あるものはもの珍しいものを見ている。
「ちょっと、どこに連れて行くの」
「保健室に決まっているでしょ、しかし本当にひ弱、いやひ弱じゃない軽いな」
僕は保健室で保険医に手当てをしてもらい、伊藤は保険医に怒られた。
廊下は走るなと注意されていた、僕は一応ベットの上で痛みが引くまで寝ながら、その保険医の小言を聞いていた。
保険医の注意も終わり、担任の先生に報告するといい、保健室から出て行った。
「ずいぶんと怒られたな」
「まぁしょうがないよ、実際私が悪いんだし」
「なぁなんで放課後廊下を走るの?」
「まぁ理由はいろいろあるけど、解放感かな、ほら学校って色々縛られるし、それがさふっと弛むんだよね、弛んだらもう、捕まりたくないとか思って、気がついていたら走っていたんだよね、いや逃げていたのかもね、普通の中学3年にはなりたくないとか思っていたのかもしれない」
「まぁ普通の中学3年は、廊下は走らないからね」
「でも杉山にぶつかって、反省したし、普通の中学生でもいいかなって思ったよ」
楽しく元気に走っているわけではなくて、なにかの重圧から逃出していたのか。
今まで能天気だなぁとか、心のどこかで思っていたのかもしれないけど、伊藤は伊藤で、悩んで走っていたのかと思うと、能天気なのは案外僕なのかもしれない。
そう思っていると、なにか照れくさい空気を変えるように、伊藤は口にした。
「でもぶつかっていかないと、分からないものだね」
「僕が、ひ弱すぎるって事か?」
「うん、それもあるけど、廊下は走らない、杉山もやっちゃだめだよ」
「やらないよ」
「女の子との出会いを求めて角でぶつかると言う事もしちゃだめだよ」
「それこそないよ」
「もし、やるとしたら私にしなよ、私、杉山より丈夫だから受け止められるよ」
「もし、やるなら鍛えてからやる事にするよ」
なんで受け止められる前提なんだか、まぁ確かに僕がもう少し丈夫だったら伊藤を受け止める事ができたかもしれないけど。
「そうだね、私と付き合うにはもう少し筋力が必要かな」
「大丈夫付き合うことはないよ」
「そっかぁ、ならもう一度ぶつかってみようかな」
「わざとかよ!」
ノリで突っ込んでみて、言葉の意味を噛み締めて、頭が混乱する。
「やばい頭をうったようだ」
「それは大変だね」
恥ずかしくなり、保健室のベットの毛布を頭までかぶる前に、伊藤つかさの顔を見ると、肉食の獣が獲物を見ているように、笑いながらこっちを見ていた。
「やっぱり何事もあたってみるものだね」