05:勧誘
一夜明け、天笠征悟は〈特殊防災戦略事務局〉の仮眠室で目を覚ました。
この後に待ち受ける質疑応答を思うと爽やかな目覚めとは言い難いが、まともな寝床で昨夜の疲労を和らげることが出来たのはかなり楽になったと言える。
征悟が〈事務局〉へ連行されたときは深夜遅くであったため、事情聴取等の雑務は翌日に持ち越されたのだ。現時点で天笠征悟は身元不明の不審人物であるのだが、性格は兎も角態度だけは従順に振る舞ったおかげで局内での一泊を許可された。
当然信用されているわけではなく、仮眠室の出入口は監視カメラの視野に収まっており、部屋自体にも何らかの魔術的な監視手段が設けられていたが、征悟にとってそんなことは瑣事であった。独房にぶち込まれないだけ、待遇としては良い方だと思う。
案内された仮眠室は簡素なものだ。室内にあるのはベッドくらいのもの。給湯室が隣接し、インスタントコーヒーなら好きなだけ口にすることが出来る。
深夜に宿を探しまわる手間が省け、一泊した部屋に文句はない。その上宿泊代も浮いたとなれば、これは僥倖と言うほかないだろう。
征悟はベッドから起き上がると、壁に掛けてあったジャケットに袖を通す。
そして給湯室に赴くと、備え付けのケトルで水を沸騰させる。紙コップの残量は多く、スティックタイプのインスタントコーヒーも補充は当分先になる量が置かれていた。マリームにも不足はないようだ。
水が沸き上がり、コーヒーを飲む準備を終える。紙コップの中では僅かに白濁した黒い液体が波打っている。征悟は仮眠室へと戻ると、ベッドに腰掛けインスタントコーヒーに口を付けた。細やかな味を感じる前に、沸騰したばかりの熱湯が舌を焼く。
しかし、その熱さも朝方ならば苦ではない。冬場の朝は手先が凍える程に冷え込んでいる。淹れたばかりのコーヒーをカイロ代わりとし、胃に流し込めば身体の芯から温まっていく。
そして寝起きからのんびりと一杯のコーヒーを味わっていると、仮眠室の戸がノックされた。
思いの外、対応が早い。携帯で時計を確認すると、現在時刻は七時二十三分。決まった時刻に起こしに来たというわけではないだろう。監視の目は付いていると思っていたが、まさかリアルタイムでこちらの動向を把握しているのだろうか。
コーヒー一杯分を飲み切る時間くらいは与えて欲しいと内心で愚痴を零しつつ、征悟はまだ半分近く残っているコーヒーを一気に飲み干した。灼けるように喉が痛い。空になった紙コップを給湯室のゴミ箱へ投げ入れ、その足で仮眠室の扉の前へ移動した。
戸を開けると、昨晩七枷愛莉と紹介された女の子が立っている。白いコートを羽織っているのは昨晩と同様だが、内に着込んでいるのは学校の制服だろうか。ブレザーの胸ポケットには近隣にある高校の校章が縫い付けられており、コートの裾からはプリーツスカートが覗いている。スカートからすらりと伸びた足は黒のタイツに包まれていて、何と言うか、まるで女子高生のような扮装だった。
「おはよう。ちゃんと眠れた?」
愛莉が口を開く。
他愛無い世間話のような話の振り方に、征悟は微笑を浮かべて応じた。
「ああ、おかげさまで。快眠とはいかないが、熟睡なら十全に出来たかな」
昨晩は七枷愛莉から強い敵意を感じていたが、目の前に立つ彼女からは身も凍るような激情は欠片も見受けられない。彼女の表情や口調は、こちらに必要以上の注意を払っていないことが伺える。仮にも戦闘中だったのだ。気が立ってしまうのは仕方がない。
征悟自身、昨夜の状況を考えれば敵意を持たれたとしても致し方ないと納得している。神話生物を素手で殴り飛ばすような人物、警戒されて当然だ。ここは大人しく連行されたことで、態度が少しばかり軟化したと楽観的に考えて良い場面だろうか。相手の物腰から自分が置かれている状況を再確認していると、彼女は続けて言葉を発する。
「それじゃあ、ついて来て」
踵を返す際、彼女がポニーテールに纏めていた頭髪が跳ねた。その後ろ姿を征悟は追う。
〈事務局〉の内部は迷宮のように入り組んでいるようだった。大勢の人間が出入りする公的機関の局舎にしては、建物の構造が複雑に感じる。顕著なのは部屋と部屋を遮る壁の厚みが若干違っている点だ。
雑な仕事と断じるのは簡単だが、これを征悟はウィンチェスターの館のようだと面白がった。場所柄の所為か、伏魔殿に迷い込んでしまったかの錯覚。享楽から溢れる笑みを噛み殺し、征悟は先導する少女に追従する。
そして七枷愛莉は立ち止まる。彼女の前には到着を待ち構えていたドアがあり、愛莉はドアノブへ手を伸ばした。
掴み、回し、開く。
歓迎を表すように、ガチャリと音を立て扉は二人を迎え入れる。
「入って」
愛莉が振り返り、端的に告げた。征悟は一つ頷くと、ドアを押さえている彼女の前を通り、室内へ足を踏み入れた。空調が利いた暖かい空気が征悟を包む。後ろから扉が閉まる音が響いた。
普通ならば、このシチュエーションにはどういった反応を返すのが妥当だろう? 萎縮するか、あるいは虚勢を張るか。どちらにしても、社会に存在を認められて尚、内情が不透明の組織に目を付けられたのだ。警察よりも緊張し、自身の未来を案じて不安になるのが自然と言える。
しかし、天笠征悟は自然体で部屋に侵入した。心にも身体にも、力を込め過ぎて強張っている様子はない。強いて言うなら、自分の処遇に対する好奇の色が見え隠れしている程度か。
変わっている。不自然と言えた。しかし異常者かと論じれば、その表現は大仰過ぎる。
室内には二人の人間が居た。しかし、征悟は彼らに言葉を掛ける前にのんびりと部屋の中を見回した。彼の中で〈事務局〉の職場風景に対する興味が他の物事に勝ったのだ。物珍しそうに部屋の隅々へ視線を投げる。
一見すると、ここが職場だとはすぐに看破は出来ないだろう。確かに部屋の中央には幾つかのワークデスクが鎮座している。大型ディスプレイのパソコンや、資料を纏めているのであろうファイル類が山となって連なっている様は、雑然とした印象しか得られない。職場ではなく、散らかった研究室と見紛えるかもしれない。
部屋にはソファがあった。二人掛けの大きな物だ。このソファの上に寝そべっている少女が居るからこそ、いよいよ職場には見えないのかもしれなかった。
昨夜会った紅谷弥生である。何故か彼女をお姫様抱っこして車まで運んだといった不可思議な経験はまだ記憶に新しい。改めて、十分な光量のある場所で彼女を見ると、第一印象は全て彼女の髪へ収束される。長いのだ。途方もなく。背中から腰を覆い、毛先は太腿の半ばまで達している。うつ伏せで横になっているためか、より際立って目に留まる。
弥生は起き上がることはせずに顔だけをこちらに向ける。ニット生地で仕立てられたオフショルダーのロングワンピースから覗く色白の肩が、彼女の黒髪と対比して妙に艶かしい。彼女特有の退廃的な雰囲気が色気に拍車を掛けているのかもしれない。
「適当に座ってくれよー」
と、弥生は言った。彼女の言に従って、征悟は近くにあったリクライニングチェアを手繰り寄せた。腰を下ろすと、デスクを挟んだ反対側から同じ様にキャスターを転がす音が響く。目を向けると、愛莉も席に着いたようだった。
「では、天笠征悟君。話を聞こうか」
全員が着席したのを合図に、低く重みのある声が室内に広がる。征悟は声の主と向かい合うように椅子を回転させた。征悟にとっては初めて見る相手だ。髪をオールバックに纏めた初老の男性。厳しい顔付きと泰然とした佇まい。掛けている銀縁眼鏡は様になるほど似合っている。強い芯が通っているかに見える背筋からは、彼に年齢を感じさせないでいた。姿勢の所為か、着込んだダークスーツが鎧であるかのように幻視してしまう。
この男が二人の上司であることは火を見るより明らかであり、巌のような風格から只者ではないことが十全に伝わってくる。
「いや、その前に」
敢えて、征悟は会話を区切った。
「どう、お呼びすれば?」
「植月禅蔵だ。好きに呼べ」
「では、植月さんと」
改めて、征悟は居住まいを正した。年長者と向き合う最低限の礼儀は弁えていると言うよりも、ここは真剣に話し合った方が面白いと彼は判断したようだった。現に、彼の瞳に宿る好奇の色が強まっている。
天笠征悟の心情に気付いた上で瑣事と判断しているのか、禅蔵を含めた三人が醸し出す空気に変化はない。
もう一度、禅蔵が語りかける。
「確認しよう。君は昨夜、神話生物と遭遇し戦闘を行う運びとなった。その際、近辺で犯罪者の捕縛活動をしていた我々とかち合ってしまい、結果として、神話生物を連れ立ってこちらの仕事を妨害する形になってしまった。相違ないかね?」
「流れとしてはその通りでしょう。しかし、誤解しないでもらいたいが、決して他意があったわけではありません。神話生物と遭遇したのは全くの偶然ですし、ニュースの中でしか知らない貴方方の活躍を先読みして妨害するなんて、若輩の身には荷が勝ち過ぎますよ」
朗々と征悟は答えた。最後の言葉は取って付けたような響きだったが、少年一人に出来ることなどあちらも承知の上の筈だ。むしろ、そうでなくては困るとばかりに征悟は口角を吊り上げた。
「まー、そりゃあそうだろうなー。意図して乱入したんなら、ショゴスだけ暴れさせればいいことだ。わざわざ見つかってもいないのに姿を晒す馬鹿はいない。それに、神話生物を操れるのなら、ソッチの方が興味深いしなー」
つーか、こっちが知りたいくらいだってーの。と、ソファの上から間延びした声が上がる。紅谷弥生の呟きだ。ふと視線を向ければ、彼女は枕を抱いて横になっている。髪が絹布のように広がっており、立ったままでは視認できなかったようだ。
これ以上はないという程に寛いでいる。いや、その姿は寛ぐというよりも、だらけきっていた。
一応、俺の処遇を下す場面だよな? そんな問い掛けを双眸に込めて、デスクを挟んだ位置に座る愛莉へと視線を投げ掛けた。征悟の視線に気付いてくれたのか、愛莉と瞳が交錯する。そして、彼女の目は口程に物を言っていた。
〝弥生の態度は諦めて〟
と。
おそらく、彼女の怠け具合には日頃から苦労しているのだろう。それを証明するかのように、諦念が篭った微苦笑を浮かべている。
彼らの態度から、征悟も自身が置かれている状況をより詳しく察することが出来た。この三人は、征悟が仕出かした夜の出来事を何とも思っていないのだ。偶然とは言え、職務を妨害する形になってしまった征悟に対し、負の念をまるで抱いていない。昨夜取り逃がした犯人の手下とも考えてはなさそうだ。公務執行妨害になるのかは定かではないが、彼らは征悟を拘束するつもりもないのだろう。少なくとも、そんな雰囲気ではない。
思っていたよりも悪い立場でないことは、端的に言えばありがたかった。痛くもない腹を探られ続けるのはあまり面白いとは言えないからだ。
だから、下手に犯人の一味扱いされるよりも厄介な面倒事が潜んでいると察したとき、天笠征悟は純粋にこう思うことが出来た。
――面白くなってきやがった。
「そうだな。昨夜の出来事は全て不幸な偶然が重なった結果だろう。私たちは君を囚えるつもりはない。ましてや、罰することなど出来る筈がない。神話生物の存在を赦したこと、民間人の侵入に気付けなかったこと。どちらも我々に非があったために防げなかったことだ」
征悟の想像を肯定するように禅蔵が言葉を紡ぐ。
「だが、不幸な出来事とは重なるものだ。天笠君が飛び込んできたタイミング、第三者から見ればあまりにも出来過ぎているように感じられる。こちらとしても残念なのだが、君を無罪放免と今すぐに決定することは出来ないんだ」
「へぇ……。要するに、俺にどうしろと?」
「そう構えないでくれ。難しい話じゃない。ただ君が、我々が追っている男の仲間ではないと証明できればそれでいいんだ」
ハッと笑い声を乗せて呼気を吐き、征悟は幾分か楽な姿勢に座り直した。
征悟からすれば初対面の人間にいきなり殺されかけたようなものだが、それを芝居だと確約する証拠が何一つとして存在しない。
「おいおい。その身の潔白の証明とやらは一筋縄じゃいかないと、素人の俺にも想像できるが? 犯行の証明じゃなくて人間関係の証明となれば、それはもう悪魔の証明みたいなもんだろ」
予め口裏を合わせておくなり、最悪他人を装ってしまえば、その時点で詰みじゃないのか? と、征悟は当然の疑問を口にした。いつの間にか口調もすっかり崩れている。しかし、禅蔵は特に気にする風もなく言葉を続けた。
「勿論そうだ。だがどうかな? 状況は刻一刻と変わるものだ。いつまでも事前に取り決めておいた古い情報が最後まで通用すると君は考えるのか? もしも君がクロだったとして、その時君の行動を封じられるのならば、我々の思惑通りに事が運ぶ証左ではないかね?」
「矛盾しないか? さっきアンタは囚えることも罰することもしないと言ったが、その言い分だとまるで俺を拘留するように聞こえるんだが」
まさか、と禅蔵は征悟の言葉を一笑に付した。禅蔵は眼鏡の弦を押し上げて、征悟を見遣る。
「天笠君。これはあくまでお願いだよ。当分監視役が付くことは免れないだろうが、我々の目の届く範囲に居てくれるのなら、出来る限り便宜を図るつもりでいる。衣食住をこちらが保障するだけでもかなり楽になるんじゃないかな?」
確かに、その日暮らしの根無し草である征悟にとっては悪い話ではない。むしろ、今の生活に至るまでの簡単な経緯はすでに調べられていると考えるべきか。一体どこまでの事情を知られたのか逆に関心を持ちながら、征悟は身も蓋も無いことを口にした。
「それで本音は?」
容疑者の扱いにしては厚遇過ぎる。といった副音声を付けて改めて尋ねる。
すると禅蔵は、にやりと少しだけ唇を歪めた。
「なに。天笠君の奮闘ぶりはこの二人から聞いていてね。私も純粋に興味を持っている。そして情けない話だが、ウチの部署は万年人手不足なんだ。天笠君にはウチで働く適正がありそうだから、今の内に縁や恩を作っておこうというわけだな」
思惑を語るときの禅蔵は、少年がこれから行う悪戯を得意気に披露するような、無邪気な笑みを浮かべていた。巌の風格も今ばかりは柔らかくなり、いくつか若返ったようにさえ感じる。
彼の表情を見て愛莉は呆れ果てた溜息をついていた。弥生は欠伸を噛み殺しながら場の推移を見守っている。二人の様子を見る限り、この勧誘はそこまでおかしなことではないらしい。
征悟がシロの場合は区切りの良いところで〈事務局〉で働くことを勧められるのだろう。そしてクロの場合は――特例措置があるのかは知らないが――何か特殊な手段を法的に講じた後、首輪を付けられて馬車馬の如く働かされると予想した。
禅蔵が言っていることを要約すれば『不自由のない生活を提供するから、そこで大人しく監視されてね』と、一言で済む内容だ。ただそこに就職先の支援など、やたら好待遇な条件が絡んでくる。それも天笠征悟が公共の敵だった場合にも適応されそうな雰囲気で。
破格の条件と言えば聞こえはいいが、事情が分からなければ不気味でしかない。それに征悟の現在の立場は容疑者である。今は穏便な対応だが、機嫌を損ねたことで不遇な扱いを受けるのは流石に面白くない。
征悟は素直に白旗を揚げた。
「生憎だが、世事に詳しいわけじゃないんだ。俺が厚遇を受ける理由を教えて欲しい」
そう言うと、逆に禅蔵は驚いたように目を丸める。女性陣からも意外なものを見る視線は感じ取れた。しかし、征悟にはその原因が分からない。まさか日本に戻る前にヴァチカンで我を失った神官をフルボッコにしたことは関係あるまい。
「……神話生物と殴り合ったと聞いたからてっきり自覚しているものとばかり思っていたが、無自覚なのか……?」
何を? という問いには七枷愛莉が答えてくれた。
「自分が特別なことをしてるっていう自覚はある?」
「ないな。自分は特別だなんて自惚れる程自信家じゃないもんでね。周りの連中に出来ない事が多いだけだろ」
謙虚なのか傲慢なのか図りかねる物言いだ。茶化すような言い方ではあるものの、気取った素振りは見られない。事実、神話生物と素手で殺り合える程度の異常性は、征悟がこの世に生を受けてから、ずっと彼の身に宿っているものだった。
「ふぅん。なら、私たちと同類なんでしょうね」
出生からの体質を聞いた愛莉は深く考えることもなく結論付ける。絶対に間違えようのない問題に直面したときと同じ、確信を抱いた声音だった。
自分の予想を大きく外した先行きの見えない展開に征悟は自然と頬を緩める。そして征悟が口を挟む前に禅蔵が解説を引き受けた。
「宿神憑き、と我々は呼んでいる。おそらく、君もその一人だろうな」
〈特殊防災戦略事務局〉に勤める人間には三種類のタイプが居る。
まず、公務員試験に受かっただけの一般人と大差ない区分。実際に神話災害の現場に居合わせることは滅多になく、〈事務局〉で処理しなければならない事務仕事や現場へ赴く人間たちのサポートを主な職務としている。簡単に言えばホワイトカラー。比率を言えば最も多いのが彼らになる。
次に多いのは直に神話災害と相対することになる魔術の心得がある者たちだ。俗に言えば魔術師。〈事務局〉の花形と言える存在で、世間の注目を集めているのは基本的に彼らの仕事だ。
魔術と一言で言っても内実は多岐に渡り、その系統系譜は人によってそれぞれ異なる。神秘を題材として扱う技法に、神話・宗教の存在は必要不可欠になってしまう。本来ならば宗派ごとに対立を深めそうな事案であるが、日本という宗教観がゆるい土地柄のおかげかそういった深刻な事態に陥ったことは未だ無い。
しかし、現代における魔術師たちはある爆弾を抱えている。それが最後の分類。先程禅蔵が口にした宿神憑きと呼ばれる者たちである。その人数をグラフで表せば、数パーセントにも満たない数字に収まるだろう。それだけの少人数でありながら、彼らには細心の注意を払わなければならない理由がある。その理由こそ、宿神と呼称される存在だ。
宿神とは、神そのものと言っても過言ではない。その宿神に憑かれた人間は、神話で語られる特性や体質を人の身で発現させることが出来る。彼らは個人でクトゥルフ神話に名を連ねる神話生物たちと真っ向から戦える戦力を有しているのだ。神が与える残虐な試練を打倒できる唯一の奇跡。それこそが宿神憑きに付いて回る風評でもあった。
そして、誰に憑くかといった最も重要視される問題については、ランダムなのではないかと噂されている。生まれつき神を宿している者が居れば、成長の過程で身中に超常の存在が宿ったと認識する者も居る。宿神憑きとなった者の性格と、伝承に残された宿神そのものの性格の不一致は珍しいことではない。善神が悪人に、悪神が善人に憑くことも特筆する事柄ではないのだ。
だからこそ、個人の資質に強大な力が宿ってしまうからこそ、この業界に携わる者は宿神憑きの存在を隠匿しようとする。一度箍が外れてしまえば、神話生物と宿神憑きを区別する境界線は完全に消えてなくなってしまうからだ。
「分かるかね、天笠君。君はもう宿神憑きとして我々に認識されてしまった。おそらく君が死ぬまで監視の目が消えることはないだろう」
宿神憑きとして無自覚とも言える態度を保つ征悟に、禅蔵は一から丁寧な説明を聞かせた。自身に宿る力の正体も知らぬまま、その強大な力を暴発されては困るからだろう。
対する征悟は、説明を聞いている最中も淡い微笑を崩さなかった。
「デリケートな問題ってのは理解してるよ。さっきここの部署は常に人手不足だと言っていたが、それはここがその宿神憑きを受け入れるための収容施設だからってわけか」
「収容施設とは穏やかじゃないが、概ね正解だ」
「で、世間様に迷惑を掛ける行いをする神様が居れば、ここに居る面々が始末を付けに駆け付けると」
「ああ。私を含め、紅谷君と七枷君も宿神憑きだ。国家に仇なす害敵だと判断すれば神話生物も宿神憑きも関係なく滅ぼす決まりになっている。ただ、宿神憑きをそのまま殺してしまうのは流石に惜しい。出来れば、身柄を確保した後、首輪を付けて飼い馴らせというのが偉い人たちの御意向でな」
人権を欠片も考慮しない陰惨なセリフを吐いているが、それを語る禅蔵の表情に暗い感情は見受けられない。それは弥生にしても同様で、興味のない話題に関心を向けようともしていなかった。ふあぁ、と大きな欠伸を漏らしている。
ただ、七枷愛莉の表情だけはやや硬くなったようだが。
目敏く三人の挙動を観察しながら、征悟は口を開く。
「いつ爆発するかも分からない爆弾を野放しにするつもりは無いし、どの道〈事務局〉で扱き使われることになるから今の内から心証を良くしておけっていう意図は分かった」
「それは重畳。では、本題に戻ろうか。こちらは天笠君の生活を不自由がない程度には保障しよう。受け入れてくれるかね?」
「断る」




