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5億km²の牢獄  作者: Wolke
16/19

16:必中

 胸に、血花が咲いた。


 しかしそれは愛莉が流した血ではない。


 愛莉は呆然と、小柄な少女を見下ろした。先程の一撃は、七枷愛莉の命を奪うには十分過ぎる要素をいくつも孕んでいた。しかし、愛莉は生きている。そして、腕の中に天笠瑠華を抱いていた。


「なん、……どう、して……」


 震える唇から漏れる声は、か細く脆い。愛莉の双眸は動揺と悔悟によって揺れていた。


 言葉を発している間にも、腕に生暖かい感触が広がっていく。白いコートが、自分のものではない血に染まる。


 天笠瑠華は熱線を受けた。結果、彼女の胸部には風穴が開いていた。現実感のない血風が、愛莉の鼻腔を擽る。


 ――庇われた。


 愛莉には絶対に避けられなかった死神の吐息を、瑠華が身を挺して救ってくれた。


 まるでわけが分からなかった。気付けば身体が動いていた。そんな善人めいた行動をする少女では断じてない。会って数日の愛莉にすら、それだけは断言できた。


 愛莉の腕に抱かれ、瑠華は笑う。血の気のない、今にも死にそうな土気色の肌をしながら、それでも尚少女は邪悪に笑みを零す。


 しかし余裕そうに見せているのは表情だけだ。瑠華は自分の足で立つことすら出来なくなり、その場に崩れ落ちた。すかさず、愛莉は瑠華を抱き留める。


「ふふふ。うふふふふふふ」


 脳髄に、瑠華の不吉な笑い声が木霊した。笑える状況では断じてない。なのに、少女は自分自身の死を、愉しんでいる。


 死に瀕して尚、瑠華の瞳は輝きを失わない。双眸から溢れ出る愉悦の色に、愛莉は背筋を凍らせた。少女の心の在り方は、人として大きく道を踏み外している。


 しかし天笠瑠華に対する畏怖は、腕の中で誰かを死なせる恐怖に塗り潰された。


「どうして……? なんで貴女が、私を庇うの!?」


 僅かな時間の中、目に見えて血色を失っていく瑠華に愛莉は叫ぶ。口端からは血が溢れ、邪悪な笑みからも活力が消えていく。


 こふっ、と喀血をした後、瑠華は弱々しく口を開いた。すでにその声からは、ハリも艶もなくなっている。


「……やれやれ、ね。あそこまでお膳立てしておいて、一度で決められないなんて……」


 次は、一体誰が、死ぬのかしら? まあ、これで影沼徹は――死ぬでしょうけどね。と、瑠華は言った。咎めるようであり、優しげな眼差し。糾弾するようであり、容赦する声音。そして、そっと瑠華は右手を伸ばした。血で濡れた手で、愛莉の頬に触れる。


 それはしくじりを意味する証。破滅へのカウントを早めた血判。自己嫌悪を促す標。


 しかし、愛莉の意思は、心は、ここで停滞しなかった。一時の後悔で立ち止まることをしなかった。ここに来るまで、散々思い悩み、動揺し、打ちひしがれ、歩む足を止めてきた。その遅れを取り戻すように、七枷愛莉は前へ進む。


 愛莉は瑠華の手に自身の手を添わせる。そして小さな少女の手を強く握り締めた。


「死なせない。徹は死なせたりしない。これは、この本心は、貴女が私に気付かせてくれたことよ」


「そう。なら、程々に、愉快な結末を、期待して――」


 消え入る語尾を愛莉は聞き取ることが出来なかった。ただ代わりに――


 ――ごめんね、お兄ちゃん。


 と、微かな謝罪が、聞こえた気がした。


 頬に添えられていた瑠華の手から、力が抜け落ちる。目蓋は重く閉ざされて、口唇ももう邪悪に歪むことはない。


 こんなにも間近で人の死を看取るのは、初めての経験だった。


「いいや許さん。後で説教するから覚悟しとけよ」


 感傷は抱けなかった。感慨も無かった。瑠華の死をきちんと受け入れる前に、少女の兄が口を挟む。


「さて、現状を打破できる案が無いなら、俺が仕切らせてもらってもいいもんかね?」


 飄々とした兄の物言いに、愛莉が抱いた感情は一言では言い表せない。


 瑠華の死に顔から視線を上げ、愛莉は声の元を睨み付ける。


 視線の先では、少年がメタトロンから照射される熱線を素手で掴み、力技で捻じ伏せていた。とんでもない光景だ。どのように法則を捻じ曲げているのか愛莉には想像すら出来ない。だが、愛莉と瑠華を蒸発させる筈だった攻撃を彼が肩代わりしているのは紛れもない事実である。


 彼は守っていた。碌でもないことを仕出かす妹に付き合い、最期の最後まで妹の意思を尊重した。感情を爆発させたいのは彼だろうに、瑠華が選択した死に様を穢させないため、盾となることに徹していた。


 くだらない言葉は吐けなかった。


「打開案があるなら乗るわ」


 愛莉はすぐに、彼の言葉に応じた。天笠征悟は弥生たちの方にも視線を向ける。


「しゃーねーなー。土地枯らしても窮鼠が歯を突き立てる程度の効果しかなかったし、乗ってやるよ」


 言葉を発したのは紅谷弥生。植月禅蔵も異存は無いようであった。


 むしろ、手詰まりと言える。今のメタトロンは『グレート・オールド・ワン』や『外なる神』の召喚にすら匹敵する厄災。招来されてしまった場合、対処すべき方策は大きく分けて二つある。一つは正気や精神を対価に差し出し、正当な手順を踏んで邪神を退散させること。そしてもう一つは、徹底的に抗い邪神の命を刈り取ることだ。


 今回の場合、前者の方法は取れない。宿神に暴走というデメリットが存在することを、愛莉たちは初めて知ったのだ。対処法など確立されている筈がない。故に、彼女たちが取るべき策は後者となる。


 幸いにも、七枷愛莉の心象兵装が有効であることは実証されている。問題は、十全な効力を発揮する前にメタトロンが彼女の心象兵装を排してしまうことにある。


 弥生然り、禅蔵然り、防御に重きを置いた戦闘スタイルである彼女らには、愛莉の攻撃をサポートする手段が限られている。もしも〈事務局〉に残った宿神憑きの中にもっと攻撃的な心象兵装を宿すものが居れば、防戦一方の戦局にはならず積極的にメタトロンの猛攻を迎撃していたであろう。そこを突破口に愛莉の弾丸をメタトロンの奥深くへ届かせる手法も取れた筈だ。


 そして今、その足りない火力を天笠征悟が補おうとしている。


 三者三様の返答を聞いた天笠征悟は、満足気に鷹揚と頷いた。そして彼は現状を打破するための策を簡潔に口にする。


「露払いは任された。七枷はアイツの魔力結合を解くことと止めることだけを考えてろ。紅谷は七枷を防護膜で取り囲んで射出。植月はそのサポート。概要は以上だ。――じゃあ、天使の制圧に取り掛かろうか」


 誰よりも前に立ち、メタトロンの攻撃を一手に引き受けながら、事も無げに征悟は言った。間断なく弥生から異論が上がる。


「おいおい。防護膜たって、簡単に言ってくれるなよなー。あの中に突っ込ませるなら、即席じゃ無理だ」


「知ってるよ。だから、ソレを使え」


 そう言って彼が示したのは、彼が溺愛する妹の亡骸だった。天使の煌きを受けて輝く銀髪は、死して尚美しい。喜悦を滲ませた死相は完成された芸術品のようであり、侵し難い可憐さに包まれている。


 少女の遺骸を抱く愛莉は、彼の言に抵抗を示した。自分でも意外な反応だと思う。瑠華が生きているときは苦手意識を持ち、なるたけ距離を置こうとしていたのに。無論、彼が妹の亡骸を徒に辱めようとしているわけがないことは理解している。それでも死人に鞭を打つ理由を説明してもらわなければ、納得は出来なかった。


 愛莉のような真っ当な倫理観からではないが、弥生もまた何色を示す。彼女は防護膜をどうするか尋ねたのだ。人間の死体が代用品になるとは到底思えない。瞬きする間もなく、死体は灰になるだろう。


 彼女たちの言葉にしない反論に、反駁を重ねるモノがあった。


 天笠瑠華の死体そのものである。ごぼりと水泡が弾けた。音源は風穴が開いた胸元から。愛莉が視線を落とすと、鮮やかな真紅に紛れ、名状し難い玉虫色の粘液が少女の躰から零れ落ちている。


 ショゴスは、全滅したわけではなかった。天笠瑠華という少女は、最後の奥の手として体内に神話生物を飼っていたのだ。


 彼女の選択に、最早言葉も無い。マプローと合わせ、想像を絶する苦痛が少女を蝕んでいた筈だ。なのに、弱みは一切晒さなかった。


「流石愚妹。これは泥人形を創った程度でいい気になるなっていう皮肉かねぇ」


 死体に起きた異変を、目敏く征悟も見つけたようだ。追随するように弥生と禅蔵もショゴスの体液を視認する。


 そこからの展開は速かった。


 パンッと弥生が柏手を打つ。静謐な音に合わせ、弥生を取り巻いていた『夢移り』が虚空を漂い、愛莉と瑠華を巻き付ける。どろり、という擬音と共に天笠瑠華の死体は玉虫色の液体へと変じた。粘液はそのまま愛莉の身体を包み込む。ショゴスの肉体がメタトロンの

炎に数瞬でも耐えられることはすでに実証済み。そして数瞬もあれば、七枷愛莉は装填された弾丸を全てメタトロンに撃ち込むことが出来る。


『夢移り』が渦を巻く。宙を舞う優美な羽衣は、滑らかな動作で七枷愛莉を押し出した。


 彼女の心象兵装の本質は『流転』。神道では弁財天は龍神として描かれることもある。龍神は河の水流を神格化したもの。故に、単純な流体操作は弥生にとって造作も無いことである。意思を持たない液体生物(ショゴス)の支配など紅谷弥生は苦もなくやってのける。


 しかもそれだけには留まらない。ショゴスに包まれた愛莉がメタトロンに到達するまでの僅かな時間にすら、弥生は干渉してみせた。ショゴスの移動速度を極限まで高め、取り巻く時間すらも倍速で流す。光にすら到達しかねない勢いで、愛莉を包んだショゴスはメタトロン目掛けて猛進した。


 神話生物に取り込まれた負荷と急激な重圧に耐えかねて、七枷愛莉を守っていたルーンの加護が音を立てて崩壊する。


 しかし、七枷愛莉本人が命に関わるようなダメージを負うことは無かった。


 宣言通り、メタトロンの攻撃を天笠征悟が全て迎撃したからだ。光と比較できる速度で移動する愛莉の軌道を、征悟は予見したように守ってみせた。その手法は至って単純。進路を阻害する攻撃を、先駆けて殴り付ける。最早人間とは思えない機動力と膂力であった。


 ただそれだけの作業を数十回も繰り返せば、七枷愛莉をメタトロンの構成魔力の中へ突っ込ませることも可能になる。


 ショゴスと『夢移り』に守られた七枷愛莉は、炎という不定形の肉体へ侵入を果たした。


 燃え盛る見た目とは裏腹に、不思議と熱さは感じない。しかし完全な世界を乱す異物感だけは犇々と感じ取っていた。ここでの異物とは、無論、七枷愛莉のことである。


 直ぐ様、異物を排除する動きが生まれた。浄化という名の下に、彼の肉体は紛れ込んだ闖入者を灰燼に帰す。


 だが、存在を焼き尽くす灼熱が愛莉に届くよりも速く、撃鉄が咆哮を上げた。


 銃口から吐き出される一発の弾丸。


 それが、メタトロンの防衛システムを狂わせた。


 銃声は契約文。銃弾は契約書。穿たれた魔力をインクとし、愛莉が望むままに契約を為す。


 念じる。「解けろ」と。まずはそれだけを念じ続ける。メタトロンを構成する濃密な魔力の結合を、強制契約を媒介に阻害する。途端、苛烈な浄火は目に見えて火勢を弱めた。


 魔術師として未熟な愛莉に、天使と肉体の主導権を奪い合う技量は無い。小手先の呪戒で力を削ごうとも、かの浄火は強制契約という概念すらも白紙に焼き戻し、ゆるりと自身の一部を取り返した筈だ。


 しかし、その当然とも言える帰結は起こらない。


 制御役の居ない空白の魔力地帯を、『夢移り』が漂った。大部分は愛莉を守るように取り巻いたまま、一端がひらひらと宙を舞う。蝶のようにはばたく羽衣は、間隙を突いて魔力の制御を掠め盗る。


 現在〈事務局〉の土地は枯れ果てている。これは紅谷弥生が時流すらも流転させ、霊脈から膨大な魔力を強奪した証である。言うなれば、彼女はすでに世界から魔力を奪い、自分の支配下に置いたのだ。対象が世界から天使へ変じたところで、行うべき工程に歪みはない。そして齎される結果にも、万に一つの狂いは無かった。


 異物を灼く浄火と愛莉を守る浄火が絡み合う。


 次いで、七枷愛莉は引き金を無造作に引き絞った。


 撃って、撃って、撃って、撃つ。


 都合四発。弾倉に込められた契約は、一様にメタトロンの構成魔力を解き放つものであった。『夢移り』を媒介とし、紅谷弥生が支配権を広げていく。


 五重契約による強制執行は凄まじい効力を孕んでいた。僅か一秒が過ぎ去るごとに、支配領域が倍になって膨れ上がる。大胆にして精密な陣取り合戦に忌憚なく興じられる紅谷弥生あっての反撃だった。


 それでも、右足首から爪先までの極僅かな一部分に限られる。肉体の全権を奪取しようとすれば、先にこちらの体力が尽きてしまう。


 しかし、現状に限れば、切羽詰まっているのはメタトロンの方であった。


 ただでさえ現界するためには莫大な魔力の維持量が必要だというのに、無駄なリソースを割かせる雑事が多過ぎる。対処すればする程に、メタトロン自身が己の現界時間を削っている。


 ここでメタトロンは優先順位を定めなければならなかった。当初の目的通り、外界の浄化を強行するか、内界の秩序を取り戻し、万全を期すかの二択である。


 メタトロンは前者を選択する。逐一異物に対処していれば、背理が満ちる世界を浄化しきれないという至極合理的な判断からであった。


 そしてその瞬間、右足首を除くメタトロンの肉体が白焔によって輝き出す。


 小さき主を構築するシステムが全て外界へと目を向けた瞬間だった。


 その変化をメタトロンの体内に居る愛莉は誰よりも敏感に感じ取っていたと言っていい。


 自分を圧し潰さんとしていた重圧が掻き消え、弥生の侵蝕率が格段に向上する。最早メタトロンの眼中に無いことを肌で感じる。


 好機、であった。


 影沼徹。彼に言葉を届かせるなら、おそらくこれが最後のチャンスとなる。


 弾倉に残された最後の呪に七枷愛莉は想いを込める。


 天笠瑠華は言っていた。彼は世界と上手く繋がることが出来なかった哀れな存在だと。その所為で、自身を取り巻く世間や社会といったものを認識できずに過ごしてきたのだと。


 世間や社会なんて、決して大それたものでも、大袈裟なものでもない。気の合う友人を見付けて、共通の話題で語り合えば、それで世間は出来ている筈だ。職場の人間や家族と空間を共有し、先の展望について話していれば、それが社会となる筈だ。


 難しいことは何もない。ただほんの少し、見方を変えればそこにある。


 何よりも、悲しいではないか。少なくとも、愛莉や弥生や禅蔵は、影沼のことを認めていた。こちらは彼を世界の一部だと認識していた。それが一方通行の絆でしかなかったとは、哀しすぎるではないか。


 彼は求めている。自分だけの世間を。彼だけの社会を。影沼徹が中心となる世界を。ならば気付いて欲しい。影沼徹は断じて独りではなかったことを。


 だから、こんなやり方は止めなければならない。全てを壊した上で残るものなど、本当に在りはしないのだから。すでに持っているものを捨てた後で気付いてしまっては、それこそ救いようのない悲劇だ。


 瑠華はずっと真実を言葉にしていた。


『貴女の心象兵装なら確実にメタトロンを止められる』


『あなたの父と母を敬いなさい』


 邪悪に、これ以上なく最悪な話術を以って、少女は愛莉に伝えていた。七枷愛莉が抱え込む問題に対する、全ての解法を。


 受け入れよう。そして向き合おう。


 実父を殺害しかけたとき、誰よりもその事実に恐れたのは七枷愛莉本人だった。だからこそ、無意識の内に愛莉は自分自身に強制契約を執行したのだ。知らず知らずに人を傷付けないように。瑣事で力が暴発してしまわぬように。


 今こそ、己に課した枷を解く時だ。


 文字通りの全身全霊。後先考えず、全ての魔力を弾丸に。万感の想いを契約に込めて。


 同時に、紅谷弥生の支配領域も変化を見せた。魔力の略奪を激化させるわけではない。愛莉の機微を『夢移り』で感じ取ったのか、弥生はメタトロンから奪い盗った魔力を全て七枷愛莉の力へと変換していく。愛莉個人の許容量を大きく超えて尚、魔力を注ぎ込むことを止めようとはしない。


 全てを利用しなければ決定打を与えられないというのが、一流の魔術師である紅谷弥生の試算なのかもしれなかった。


 限界を超過して注ぎ込まれる魔力を、愛莉は全て心象兵装へ回す。神霊を器として武具にしている心象兵装は、人間の限度を超えた魔力をも容易く呑み込んだ。


 初めに、銃身に変化が現れた。4インチだったバレルは倍の8インチまで伸び、口径は五〇口径の大口へ転じた。そのフォルムは世界最強の拳銃と名高きS&WM500。


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 普段とはまるで違う重みを手の内に感じながら、七枷愛莉は確信した。当然、そこには理由も根拠もない。しかし愛莉には、この世の真理同然に起こるべくして起こる必定だと受け入れられた。


 理屈を付けようと思えば付けられる。元々愛莉の心象兵装は『必中』という呪戒を受けていた。無意識で行っていた制御を意図的に強化できるようになったのだから、発射された弾丸は必ず影沼に届く。加えて、愛莉が今居る場所はメタトロンの体内だ。物理法則に囚われた既存の距離間は通じない。逆説的に、『必ず中たる』という結果を銃弾に与えておけば、異空間など簡単に飛び越してくれる。


 そんな理路整然とした思考は愛莉には無い。絶対に外れない確信を胸に抱き、七枷愛莉は両手で銃を構え、指先に力を込めた。トリガーが引かれ、ハンマーが弾を叩く。


 埒外の反動に愛莉の細腕が耐えられたのは、『夢移り』とショゴスのおかげであった。


 浄火を裂き、影沼の元へ弾丸は奔る。七枷愛莉の想いを乗せて。事のついでに、世界の命運も託されて。


 現状において、愛莉は最良の手段を尽くしたと言っていい。それでも、人事を尽くして天命を待つことは出来なかった。


 昂ぶる感情。止めどない激情に身を任せ、七枷愛莉はただ叫ぶ。


 徹、と。彼の名を声が枯れる程に絶叫する。


 絶対に、死なせはしないと覚悟を決めて。

 

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