13:加速
スカートの裾を翻し、瑠華は踊るように弥生と禅蔵に近付いた。編み上げブーツが軽快に靴音を鳴らす。
「さて、取り敢えず共闘をしましょう」
この時、小銃を構えた局員の戸惑いは大きかった。上司であった裏切り者に対し引き金を引いた直後、駆逐すべき神話生物に物量的な劣勢を助けられたのだ。神話生物を使役する人間もまた驚きの種であるし、その人物から「共闘をしましょう」と提案されたところで、自分はどうすべきなのか見失っていた。
そんな彼らを弥生は真っ先に戦闘員の勘定から外した。あの状態を重く患った結果が七枷愛莉なのだろう、と要らぬ考察を挟んだ後、弥生は瑠華の問いに答えた。
「オーケー。露払いは任せろ」
言葉はそれだけだった。闖入者に対する誰何すら無い。目的が合致している以上、面倒な問答を後回しにし、より厄介な面倒事の処理に回ったのだ。
弥生と禅蔵が新たな符を放つ。続々と生産されている下級天使を蹴散らし、メタトロンの穢れ無き翼を撃つ。弥生と禅蔵が白翼を手折るのに腐心する横で、ショゴスが動く。音よりも尚速く、肉眼では到底捉えきれぬ速度で、メタトロンの眼前に躍り出た。
当然、勢いを殺し切れるわけもない。音速を超える速度で衝突したショゴスは、錐揉みしながらメタトロンと宙を舞う。そして地面に激突するまでの長い浮遊時間を、ひたすらメタトロンを乱打することに費やした。その仕草は、メタトロンの神聖さを全否定するかのように泥臭い。
下級天使が生じようとも、構わず纏めて殴り殺す。白翼が動けば、機先を制するように弥生と禅蔵が妨害する。燃え盛る肉体も、元が液状生物であるショゴスには脅威には成り得ない。表面の細胞が死滅し、死骸をコーティングすることで被害を最小に抑えている。
何よりも、ショゴスの力が段違いであった。ショゴスと相対した類例は世界中にある。その全てと比べても、瑠華の玩具は一線を画していた。
「お兄ちゃんを殺せるレベルにまで魔改造した甲斐があったというものね」
眼前で行われている光景を見て、少女は自画自賛の言葉を呟いた。無論、彼女の表情には不吉な笑みが彩っている。
普遍的なショゴスと比べ、瑠華の玩具は密度が違う。数百メートルにまで達する山と見紛う巨体を、僅か二メートルにまで圧縮しているのだ。黒鉛ですらスーパーダイヤモンドに化ける圧力が、現在のショゴスの動力源となっている。そして瑠華は、ショゴスの肉体全てを鋼よりも強靭な筋繊維と改造していた。生きるために必要な内臓は初めから不要。頭頂から爪先まで、相手を物理的に殺す凶器に仕立てあげたのだ。
その結果、玉虫色の拳は岩盤をも砕く力を内包している。
一打一打がダイナマイトの爆発すら生温い威力を孕んでいた。
そしてここで、地力の差が露呈した。初めから神話生物であるショゴスはどれだけ不当な目に遭わされたとしても、マプローの所持者に唯々諾々と従い続ける。例え限界を越えた力を要求されようとも、使い潰される未来が待ち構えていたとしても、愚直に命令を守るしかない。命令を判断する頭脳を瑠華が奪ったという背景はあるが、ショゴスは己のダメージを顧みずひたすらに拳を振り下ろす機械と化している。
対してメタトロンは違う。宿主の意思を離れ宿神そのものが力を振るったとしても、出力機が人間であることに代わりはない。肉体が変化している最中だとしても、ベースはやはり人間の身体なのだ。無理が祟れば死んでしまう脆弱な身体に他ならない。
その脆い肉体が、地形すら変えかねない暴力に晒されていた。
故に、メタトロンは優先順位を覆す。
ショゴスが激突してから、彼は体勢を整える隙を与えられず無様にも地べたに這い蹲っている。そしてショゴスが与えるダメージは、確かにメタトロンの装甲を抜いているのだ。このままでは影沼徹は遠からず死んでしまう。
ショゴスにマウントを取られた形ではあるが、精一杯の抵抗としてメタトロンが拳を振るう。燃え盛る炎を固く握り込んだ拳は、しかしショゴスの表皮を灼くだけだ。
メタトロンが殴り合いに応じた。この瞬間、小ヤハウェは神話生物との泥仕合に加担させられたのだ。その姿には、威厳も尊厳も神々しさも神として信仰される重要な要素があまりにも欠如していた。
天笠瑠華は、メタトロンから神聖さを奪い取った。次に彼女は――命を奪う。
そして彼の身体が地面に付いたことで、緩やかに状況も変化していた。アスファルトに舗装されているとは言え、大地であることには変わりない。黒く固められた層を剥げば、そこには多量の土が眠っている。
「禅の字。あの羽、毟るぞ」
弥生の呼び掛けに答え、今一度、禅蔵は禹歩を行使した。水を制するためではなく、純粋な土地への懇願として。
――場に土気が満ちる。
母なる大地から沸き上がる霊気を大いに活用し、弥生は金符を地面に叩き付けた。土生金の理に従い、集められた土気が金気へと転ずる。そして一四四枚の白翼の中で刃を咲かせたのだ。土中から鋭い刃が幾枚も芽吹き、彼の白翼を斬り刻む。
容易く傷付けられたのは、メタトロンがショゴスの暴威を全霊で防いでいるからだろう。白翼を構成する魔力すらも防御に回した結果、彼は翼を失った。少なくとも、白刃に絡め取られた状態ではおいそれとショゴスを迎撃することが叶わない。
後はもう一方的に嬲るだけだった。
容赦なく、ショゴスの拳がメタトロンに突き刺さる。目にも留まらぬ速さで行われる一心不乱の打撃連撃。疲れを知らぬショゴス相手では嵌ったパターンから抜け出すのも至難の業。神の代理人は無慈悲な攻撃を懸命に防ぎ続けるしかないが、ダメージは確実にメタトロンを蝕んでいた。
無貌のショゴスが愉悦に表情を歪ませている。あるいはそれは、操縦者の無意識の表れなのかもしれなかった。
「トドメは?」
弥生は背後に控える瑠華に問うた。
「そう急かさないでもらえるかしら。こっちにも段取りがあるのよ」
答える少女は本心を一切悟らせない、不穏な笑みを浮かべている。メタトロンを無力化したに等しい現状で、ようやく弥生と禅蔵は天笠瑠華と向き合う時間が取れたのだ。
メタトロンから意識を離すことなく、すぐ攻撃へ移れる体勢のまま、禅蔵は口を開いた。
「今更だが、君が天笠瑠華君でいいのかな?」
「ええ、そうよ。わたしが天笠瑠華。一泊とは言え、ウチのお兄ちゃんがお世話になったようね」
礼を言うわ。と、笑いながら瑠華は宣った。その言葉に謝意は欠片も感じない。上澄みだけで構成された謝礼は夜闇の中に虚しく融ける。
「その天笠征悟君はこの場には現れないのかな? 彼と共にウチの局員が一名、行動しているらしいんだが。彼女を惑わせた元凶は君だと聞いている」
「さて、ね。わたしも一から十まで全てを把握しているわけではないの。いつ頃到着するかまでは答えかねるわ。まあ、お兄ちゃんに限って言うなら、必ず姿は見せるでしょう。アレは自分の娯楽にはとっても敏感だから」
「私と弥生君ではどうにも火力不足が否めなくてね。メンバーの不在を嘆いていたところなんだ。よければ、愛莉君を誑かした理由を話してもらえないかな」
初老の男は老いを感じさせない鋭い眼光で瑠華を見遣る。
「だって、そっちの方が色々と楽が出来るもの。何についてかは――今に分かるわ」
にまにまと瑠華は笑った。悦楽によって弓形に歪んだ口元は邪悪でありながら美しい。
訝しげな視線を禅蔵は送るが、言葉の真意を追求することは出来なかった。
偶然か、はたまたタイミングを測ったのか。瑠華が黙した瞬間に、ショゴスが二つに裂けた。頭頂から股下まで一閃によって破断され、左右の半身は転がりながら崩れ落ちる。
「斬ッ!!」
弥生が叫ぶ。
普段の間延びした口調からは想像すら出来ぬ、裂帛の気合。
大地に隆起する文字通りの剣山を、弥生は一言で使役した。地面から生えた太刀は不意に根本から折れる。不自然な遠心力と加速度が加わり威力が増した切っ先は、メタトロンが横になっていた場所へ叩き付けられる。
ショゴスの殴打によってアスファルトは疾うに割られていたようだ。斬り付けた衝撃で激しく土埃が舞った。
粉塵の中で、ゆらりと影が舞う。
続け様に弥生は刀印を結んだ。
「風斬ッ!」
言霊を乗せて、刀印を振るう。大気によって形作られた不可視の刃は、真っ直ぐ揺れるシルエットへ向かう。
刃は影を裂いた。宙を舞う粉塵が吹き飛ぶ。
土煙の中から姿を現したのは、所々服が裂け血を滴らせた影沼徹その人であった。
彼は――とても不自然な格好をしている。
第一に、先程まで猛威を振るっていたメタトロンとしての力が鳴りを潜めていた。七十二対の白翼も、燃え盛る肉体も、頭上で輝く冠も、その全てが消え失せていた。傍目から見れば茫然自失の男が居るだけだ。
第二に、彼の体勢が少しばかり異常だった。上半身を起こした影沼は全身の筋肉から力を抜き、弛緩しきっているようである。茫洋とした双眸はどこを見詰めているのか分からず、口はだらしなく開かれている。力が込められていない両腕は風のない旗のように垂れ下がり、両足も無造作に地面へ投げ出されていた。
にも関わらず、彼は立ち上がろうとしていた。地面に手も膝も付けず、重心すら移動させていないというのに、影沼は己の足で直立しようとしているのだ。
臀部が浮き上がり、両踵を基点にして起き上がる。
その姿は糸で操られるマリオネットを彷彿させた。天界から垂れた見えざる糸に、影沼は繋がれているかのようだ。
「……射撃班」
異様な光景を目にしながら、禅蔵がハンドシグナルと共に低く呟く。
そう。超常の存在に対し、鉛弾は効きが悪い。だが、相手はどう見ても生身の人間である。人間を相手にした場合、銃弾が勝ち得てきた信頼性は今更疑うまでもない。
自動小銃を持った局員たちが、再び影沼へと銃口を向ける。影沼は自分の足で地面に立てたようであるが、第三者に無理矢理立たされている感覚は拭いきれなかった。呆然と立ち尽くす影沼は、弾丸の通り道に立っていることに気付いた様子はない。
そして禅蔵は合図を送り――大量の自動小銃が火を吹いた。
スコールが地面を叩くような激しい轟音と共に、死神の吐息が影沼を穿つ。
呆気無い幕切れになった、と誰もが確信したときだ。
銃口から吐き出された弾丸は、影沼の身体に触れる寸前で静止した。宙に浮かんだまま、一ミリも進まない。時間を止めたかの光景が時流の中に生じたのだ。
掃射が、止まる。
コレでは殺せない。誰もが悟った。影沼徹に銃弾を防ごうという意思が無いことは明らかだ。魔術的な障壁すら展開されてはいない。
しかし、届かない。通じない。
焦れた弥生が新たな符を放とうとするが、
「それはやめておいた方がいいわよ」
と、瑠華から行動を諌める声が上がった。
「今のアレは破裂寸前の風船のようなものだもの。下手に霊的な衝撃を与えれば、爆発してしまうわ。弥生なら見えるでしょう。物質界の法則すら阻害する、濃密な魔力の塊――さながら、繭のようなものが。焦る必要はないわ。気長に持久戦と洒落込みましょう」
「ほー。そういう天笠妹はずいぶんと余裕じゃないか。ちゃあんと、アレの解体方法を知ってるんだろうなー?」
「当然よ。爆弾の解除法なら今時小学生でも知ってるわ。――安全な場所で、爆発させてしまえばいいのよ」
今はまだ、起爆させる時ではないようね。と、瑠華は鈴を鳴らすような声で笑う。
「……要するに、現状はまだ君が描いたシナリオ通りに進んでいるということか」
「ええ。おかげさまで。大筋には今のところ修正を入れる必要性を感じないわ。どうせ日の出まではやることも無いし、どなたかお茶を淹れてくださらない?」
忘我の境地に達した影沼を緊張した面持ちで眺める面々に、瑠華は優雅に微笑みながら小休止を提案した。
「……君は、何を企んでいる?」
禅蔵が問う。
「ただ状況を引っ掻き回したいだけでないことは分かる。その左腕、ショゴスを操るためにマプローを憑けているんだろう。それの装着は、硫酸の水槽に腕を突き入れるのに等しい激痛を伴う筈だ。常時身に憑けているとは正気の沙汰ではない。何がそこまで、君を狂気に駆り立てる?」
「難しい問いね。普段なら舞台を整えていると言うのだけれど、今はわたし自身が舞台上に立ってしまっているし……」
「難しい話じゃないさ。君は初めに、何か大きな絵を描いた筈だ。だからこそ、ヴァチカンでの反乱を逸早く鎮圧し、ウチの愛莉君を甘言で弄したのではないかね? 全ての行為はどこへ繋がっている?」
「それはわたしにも分からないわ。わたしはキャスティングボードを握っていない。分岐点には立てないのよ。極論を言えば、世界が滅亡するかしないか、どちらに転ぶか面白可笑しく眺めていたいのね」
「おいおい。呑気に傍観が出来るなら、あたしだってやってるってーの。こんな面倒な事態はこっちから願い下げだぜー。――でもまあ、それが出来ないからあたしはここに居るわけで、それは天笠妹も同じじゃないのか? 一緒に踊ってはいるけどさー、リードしてるのはお前だろー。生き残るとか分かりきった解答はいいから、何を狙ってるのかくらいは教えろよなー」
「そうねぇ……。これはお兄ちゃんにもまだ伝えてないんだけど、まあ――いいか」
わたしはね、ちょっと――神様を殺したいのよ。そして、サンタクロースを作りたい。
言って、瑠華はころころと笑った。その笑みは瑠華が弥生たちに初めて見せる無邪気で可愛らしいものだ。
だからこそ、セリフと表情の不一致に言い知れぬ悪寒を覚える。
「天笠は、よくもまあこんなヤツの兄貴をやってられるなー」
天笠瑠華は頼りにすべきではない。直感と理性が同じ判断を下す。
そして弥生と禅蔵は、現状を打ち破る打開策を自分たちで模索するため、硬直状態を受け入れた。
その瞬間、自動小銃を手にした数多の局員たちは、ショゴスが振るった触肢によって薙ぎ払われた。
弥生と禅蔵がメタトロンの足元へ視線を投げる。影沼に両断された筈のショゴスの一部が、水溜りのように薄く広く伸びている。その一端が、太さと重量のある触肢へと変化し、局員を攻撃したようだ。
吹き飛ばされた先からは、くぐもった呻き声が幾重にも響いてくる。ざっと見たところ、死人は出ていないようだった。偶然でも幸運でもない。これは瑠華が手心を加えたことによる必然的な結果だった。
目の前で、気配なく行われた凶行に、禅蔵は目くじらを立てた。非難の目を瑠華に向ける。すると少女は取り敢えず弁明を述べるために口を開いた。
「それと勘違いしないでほしいのだけど」
と、言いながら、瑠華はショゴスの末端ではなく本体を移動させる。ショゴスは瑠華の背後で登場時と同じく豪奢な椅子へと変形した。
「メタトロンを倒すための共闘はするけれど、進んで貴方たちの仲間になった覚えはないわよ」
瑠華は玉虫色に輝く椅子へ腰掛ける。見惚れる程の優美な所作。彼女の格好も相俟って、中世の姫を連想させるには十分な要素だった。邪悪に歪んだ笑顔さえなければ、同性すらも虜にする華やかさがある。
弥生も禅蔵も瑠華を信用したわけではなかったが、まさかこうも堂々と、これ程に速く手の平を返されるとは思ってもみなかった。ある意味、盲点を突かれたと言っていいかもしれない。
「大局を見据えているのは君も同じだと思っていたんだが、買い被り過ぎていたかな?」
冷徹な眼差しで禅蔵は瑠華を見据えた。
「あら? 過大評価なんて嬉しいことをしていてくれたのね。ありがとう。わたしの好きなことの一つは、行き過ぎた評価をさらに上回る結果を叩き出すことなのよ」
けらけらと戯けるように瑠華は笑う。
「下手に有効策を見付けられると困ってしまうの。真打ちが登場するまで、楽しく踊っていましょうよ」
それこそ、道化のようにね。と、瑠華は言った。
「あっはっは。冗談きついなー。一緒に踊ったりなんかしたら相手に気を遣って、自分が全然楽しめないだろー。そもそもさー、あたしは疲れる真似は嫌いなんだよ」
七面倒なことは、とっとと終わらせるに限るのさ。瑠華の笑い声に被せるように、弥生もまた笑う。瑠華の笑顔が全ての事象を享楽に繋げて考えるが故の邪悪さならば、弥生のそれは全てを拒絶しているかのような凄絶さを孕んでいた。
今現在、影沼徹は魔力を感知する爆弾となっている。もしも扱いを間違えて爆発させてしまった場合、核爆弾よりも厄介な被害が世界を襲うことになる。具体的な内容までは把握しかねるが、碌でもない結末を迎えることは想像がつく。
そして弥生は、それを重々承知の上で、心象兵装を顕現させた。
「ダメだな。面倒だからさ、あたしも頭空っぽにして踊れるなら、それに越したことはないんだよ。天笠のヤローに誘われたときは、まあそれでもいっかー、って気分だったのになー」
「後学までに、何が不快だったのか教えてもらっていいかしら? もちろん、わたしの人格以外でよ」
「じゃああたしから言うことは何もねーなー」
魔力が渦を巻いた。事切れた人形のように腑抜けていた影沼の頬を、乱暴に撫でる。
そして影沼徹は――その内に眠るメタトロンは凄絶な目覚ましによって活動を再開した。
失策とも、暴挙とも、紅谷弥生は思わない。植月禅蔵からも咎める声は上がらない。不気味に不敵に微笑む瑠華も、この時は弥生や禅蔵と同じ心境だった。
メタトロンは世界滅亡を目標に行動していたのだ。放っておいても、時が満ちれば活動を始める。どうせその時になれば死力を尽くして戦う破目になることは目に見えている。ならば――先手は打たせない。無防備な姿を晒しているこの瞬間を全力で叩けばいいだけの話だ。
均衡が崩れた結果、影沼と同様にショゴスにも異変が生じる。メタトロンが目覚めた今、瑠華も再びショゴスを戦闘形態へと変化させたのだ。歪な共闘関係は、まだ解消されたわけではない。
双方の異変を感じ取りながら弥生は笑う。いつもの気怠げで締りのない笑みではなく、年頃の娘のように、実に楽しげに、愉快げに、忌憚のない笑顔を浮かべたのだ。
「さーてと。そんじゃあまー、天使ってヤツが本当に『永遠』を生きてるのか、試してみっかなー」
するすると半透明できらびやか、見る者全てを魅了する美々しい羽衣が、弥生を取り巻く。そして彼女の言葉を切っ掛けに、時流が変わる。
――ぐるん、と。世界が加速した。




