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大切な人

イタリーノの豊かで小さな町。そこに一人の男の子が生まれた。

しかし両親は、何かが気に食わず、その子を捨てた。

そしてその子は、学校兼孤児院に拾われた。

しかし、孤児院もその子を嫌った。

何故って、それはその子の目付きが、子供とは思えないほど悪いからだ。

それだけではない。泣きもせず、怒りもせず、何を考えているのか分からず、何も話さないからだ。

でも孤児院が子供を捨てる事は出来ない。

だから仕方なく、その子の面倒を見た。

面倒を見たといっても、最低限の衣食住。

そしてその子が大きくなるにつれて、周りの人間は近寄らなくなっていった。

最終的にはその少年を虐めるようになった。

だが少年は前から変わらず、泣きもせず、怒りもしない、無表情だった。

あの言葉を聞くまでは……


その日はいつもと違って、朝から雨が降っていた。

少年はいつも通り、何もせず部屋の隅にいた。

そこへ二人の少年が近付いた。

二人の少年は十二歳で、少年より四つくらい上だった。そして虐めっ子だった。

「オイ。」

少年に名前は無かった。

拾われたが、誰にも相手にされなかったので、名前なんて付けてもらえなかったのだ。

「お前、親に捨てられたって知ってたか?」

「……!?」

今まで何にも反応しなかった少年が、初めて反応した。

「ここにいるやつはほとんど、親が死んだとか、一緒に居られないかとだけど、お前だけ、捨てられたんだぜ。」

少年が反応したのが面白かったのか、二人の少年は説明した。

「まぁ仕様がねぇよな。お前“化物”みてぇだもんな。」

二人の少年は笑った。

“化物”

その言葉に少年の身体が反応した。


殺したい…ころしたい…コロシタイ…殺シタイ…


少年の身体は、今まで凍っていたんじゃないかと言うほど、血が騒いだ。

少年は立ち上がり、近くにあった鉄パイプを手にとった。

そしてそのまま二人の少年を殴った。

二人の少年は、後頭部から大量に血を流し、倒れた。

周りの人間は何が起こったか分からなかった。

ただ一つ言えることは、少年が二人の少年を殺したということ。

少年が顔を上げた。

今まで無表情だった少年が笑っていた。

そしてその目は獣と化していた。

血を求める、獣と………

「きゃぁぁ――」

叫ぶ前に殺していく。


数十分後

その孤児院から何一つ音がしなかったという。

孤児だけでなく、学校に通う子もいるので、五十人近く居る孤児院。雨の日だろうと子供が多く、騒がしい孤児院。

そこから何も音が聞こえないと言う事は異常だった。

その真実を知っているのはこの世でただ一人。

そう。あの少年だ。

だって少年以外は全員、喋ることが出来ないのだから……



少年は孤児院を出て、まっすぐ歩いていった。

幸い雨の日なので、人々は外に出ていない。

受けた返り血は降っている雨が落としてくれる。

少し歩いて、少年はある一つの家の前で止まった。

そこは少年の生まれた家だった。

それは少年が知っているはずのないこと。

そう。少年を動かすのは……本能だった。


ドンドン

少年はドアを叩いた。

暫くして、ドアが開いた。

「はい。どちら様ですか?」

中からは一人の女の人が現れた。

少年は何も答えなかった。ただそこに立っているだけだった。

「…!!あなたは――」

女の人が少年のことを言いかけたとき、少年はその人を殴った。

女の人はその場に倒れた。

しかし、殴りが浅かったのか、まだ生きていた。

彼女が言いかけたことは、少年が自分の息子だった事だった。

こんなに小さい町のことだ。

いくら捨てたからといって、この町の中で、会わないはずが無い。

「うぅっ……」

少年は女の人を踏み、家の中に入った。

そしてもう一度女の人の前に現れた時、少年の手に握られていた物は……包丁だった。

きっと台所から持ってきたのだろう。

女の人の顔は青ざめた。

彼女の中で『殺される』と警報が鳴ったのだろう。

女の人はそこから逃げようと立ち上がろうとするが、さっきの衝撃で目の前が眩んで立てない。

叫ぼうとするが、恐怖で声が出ない。

グサッ

そしてそのまま、息絶えた。

少年は死体をそのままにして、包丁を持ったまま二階へ上がっていった。



二階へ上がっていって、奥から二番目。

その部屋からは音楽が流れていた。

それは優雅なクラシックだった。

普通の人なら心が安らぐような音楽。

しかし、血を求める少年に、そんなものは耳に入らなかった。


ドアを開けると、一人用のソファーに一人、男が座っていた。

「ノックぐらいしなさい。」

そう言って、ドアのほうを見た。

するとその男は目を見開いた。

それは、少年が…実の息子が立っていた事。

そして、血まみれの包丁を持ち、返り血を浴びていること。

下には自分の妻が居たはずだから、少年の返り血は自分の妻の血と判断したからだ。

男は護身用の拳銃を瞬時に構えた。

少年はそれにも、応じなかった。

少年が地面を蹴った。

それとほぼ同時に男が撃った。

しかし少年はそれを軽々と避け、男を刺した。

その軽々とした身のこなし、鋭い剣術。

それはまさに、プロから教わったとしか思えないものだった。

しかし少年は、ずっと孤児院に居たため、教わっているわけが無い。

つまり、根っからの“殺し屋”なのだ。



実の両親の返り血を浴びた少年は、そのまま外へ出た。

雨はまだ、降り続いていた。

そして、次第にそこには、人が集まり始めた。

きっと、さっきの銃声音を聞いたからであろう。

そして少年を見るたび、騒ぎ出す。

「“化物”」と言って。

それを少年は殺していく。

警察が出てきても意味が無い。

それにこんな小さな町の警察なんて、たかが知れている。

少年を止められる物など、この町には居なかった。



一時間。

たったそれだけの短い時間で、その町は滅びた。

たった一人の、血まみれの少年を残して…

雨は未だに降り続いていた。

少年は鍛冶屋へ行った。

この町の鍛冶屋は祭りの時、神に備える、神剣を磨いでいる鍛冶屋だ。

本業ではなく、副業だった。

少年はその神剣を取り、腰に挿した。

神剣とだけあって、刃先はとてもよく、切れ味も最高だった。

それは鞘と柄が黒く、刀は鋭く光っていた。

そしてそのまま、森へ入って行った。



こんなに小さな町でも、さすがに一日で滅びた事により、他の町では噂になっていた。

人が死んだのは、誰かに殺されたからだ。

それは、あの光景を見れば分かる。

しかし分からないのは、犯人とその動機。

それが分からない為、他の町の人は怯えているのだ。

だが、一番分からないのは、町を滅ぼした日にちだった。

後二日も待てば、あの町では伝統的な、年に一度の大きな祭りがあった。

それは、町の人は全員参加で、町の人のみ。

という、それはとても好都合だったはずだ。

しかし犯人は、その二日前に行動を起こした。

それが一番の謎だった。


答えはこう。

犯人は、あの少年一人。

動機は、血を求めたから。

日にちの謎は…その日に“化物”と言われたから。

こんなに簡単…いや逆に難しい答えだった。



他の町がその事件で騒ぎになっているとき、少年は森を抜け、隣の町へ行く途中だった。

さすがに雨は止んでいた。

しかし少年はまだ、獣であった。


町に入るとき、門番をしている警官に止められた。

「ちょっとキミ、その腰に挿しているものは何だ。」

ドサ

警官が倒れた。

いや…死んだ。…殺された。少年…に。

はたから見れば、警官が倒れただけだった。

しかしその直後、警官の腹から血が吹き上がった。

「きゃぁぁぁ!」

近くでそれを見た町の人が叫んだ。

少年は笑みを浮かべ、斬っていく。



三時間後。

また一つの町が滅んだ。

前の町より大きかったため、時間がかかった。

それに、他の町へいける道がたくさんあるので、生き残った人もいるだろう。

しかし今、この町に居るものは全て消した。

全て消した。…つもりだった。

パチパチパチ

いきなり少年の後ろから、拍手が聞こえた。

「凄いねー。お前が、町潰しの犯人?」

男は感心するように少年に言った。

少年はただ、心の無い瞳で、その男を写している。

「へぇー。こんな男の子だったの。」

男は楽しそうに少年を見ている。

「さっき、お前の殺ってる所見たけど…なかなかのものだね。でさぁ、俺と戦わない?俺、結構強いよ?」

男が笑って少年に訊く。

少年は「弱いやつらばかりで詰まらない。」と思っていたところなので、笑みを浮かべて、男を見た。

ガン

それを合図に、互いに抜刀し、戦闘が始まった。

「ふーん。やっぱ、綺麗だね。」

少年はそんなことには耳を貸さずに、襲い掛かる。

「誰から習ったかは知らないけど、そんなんじゃ俺には勝てないよ。」

少年が弾き飛ばされた。

「隊長!遊んでないで、早く任務の方を片付けてくださいよ。」

建物の上から、男の部下に見える男が、現れた。

「えー。詰まんないなー。まぁ仕様がないか。この任務が終われば、いつでもできるしな。じゃ、いっちょやりますか!」

男の顔つきが変わった。

そして少年の目から男が消えた。

それと同時に、少年の記憶が途絶えた。



「お、起きたか?」

少年が目を覚ましたのは、見知らぬベットの上だった。

少年の目は、もう獣の目ではなかった。

普段の少年の目に戻っていた。

「さっきは悪かったな。俺の名は、ラメッタ・フェンデレだ。年は二十六。趣味は部下と遊ぶことで、特技は剣術だ。お前は?」

「………。」

少年は黙っていた。

「もしかしてお前、喋れないの?」

少年は首を振って、否定した。

「名前が…ない。」

少年は俯いていった。

「……やっぱ、そうか!そりゃぁ嬉しい!!」

ラメッタは、謝ると思いきや、逆に嬉しがった。

「??」

少年は、頭の上にクエスチョンマークを浮かべ、不思議そうにラメッタを見ている。

「ああ。悪い悪い。やっぱてぇのは、お前のことを調べても、名前が出てこなかったからだ。ってことで、俺が付けてもいいか?」

ラメッタは笑顔で訊いた。

少年は戸惑った。

「隊長。その子、戸惑ってますぜ。もう少しちゃんと説明してあげんと。」

「……俺は、お前が気に入った。お前、帰るところないだろ?だから今から、ここがお前の家だ。で、ここにいるヤツらは、全員お前の家族だ。どうだ?」

ラメッタは少し考え、少年に説明した。

少年は驚いたような顔をしている。

「…ないのかよ。」

「ん?」

顔を俯せ、少しして、少年が口を開いた。

「怖くないのかよ。俺が…俺が怖くねぇのかよ!町を潰した記憶はある。でもあれは俺じゃない!調べたんなら分かってんだろ。俺がどんなヤツか。それを知ってて、怖くねぇのかよ!」

少年の叫びが部屋中に響いた。

しばらくの沈黙が続く。

「怖くなんかないよ。」

その沈黙を破ったラメッタは、真剣でそして温かい目差しで、少年を視た。

「お前のどこが怖いんだ?確かにあれは、お前自身の意志でやった訳じゃない。でもあれだってお前だ。俺達のことを心配するお前、町を潰したお前、どっちもお前だ。それでいいじゃないか。もしああなったら俺達が止めてやるから心配すんな。な?」

ラメッタは微笑んだ。

…いやラメッタだけでなく、その場にいた全員が少年に笑みを向けた。

そのとき少年は、初めて人の温かさを感じた。

「ということで、今からお前の名前は、ザギィ・フェンデレだ!」

「何でザギィなんだい?」

いきなり出てきた名前の由来を一人の男が聞く。

「ん?だってなんだか、カッコイイだろ?」

ラメッタはニタリと笑った。

「あのねぇ…。」

「それでいい。」

黙っていた少年が、口を開いた。

「それが…いい。」

顔を上げた少年の目には、光が灯っていた。

今まで、人を信じられなかった、傍にいてもらえなかった、孤独でガラス玉のような目だった少年の目は、喜びと信頼に満ち溢れていた。

「お前さんがそういうなら…いいか!」

その男は、納得したように手をたたいた。

「よっしゃ!じゃぁ遊ぶか!!」

「「おおぉー!」」

ラメッタが言うと、その場にいたラメッタの部下は、「何して遊ぶか。」などと言って、外へ行ってしまった。

「ほら、ザギィも行こうぜ?」

「え…?」

初めて他人から名前を呼んでもらい、戸惑いを隠せない少年。

「俺達は仲間だ。いや、家族と思ってもいいぞ。」

ラメッタは自信に満ちた顔で、そう言った。

「早く来いよ、隊長!ザギィ!」

外から部下の声が聞こえた。

「な?さ、行こう。」

ラメッタに手を引かれ、少年は外に出た。

この時初めて、少年――ザギィに仲間というものができた。

それは初めてザギィに優しく接してくれた、家族だった。



ラメッタと出会ってから二日目。

ザギィが起きたのは、午前六時三十分頃。

ザギィはベットから降り、廊下へ出た。

しかし廊下にも誰もいなかった。

昨日来たばかりで、どこへ行ったらいいか分からない。

仕方なく部屋に戻ろうとしたとき、声を掛けられた。

「いたいた。」

声を掛けたのは、ラメッタだった。

「何?…たっ隊長?」

ラメッタのことをなんて呼べばいいか分からないザギィは、ラメッタのことを隊長と呼んだ。

「隊長ってお前…。俺のことはラメッタって呼べ。お前は俺の部下じゃない、家族なんだから。な?」

ラメッタはザギィの頭をポンと叩いた。

ザギィは頷いて答えた。

「じゃ、食堂に行こうか。腹減ってるだろ。」

そう言って、ラメッタは廊下を歩き始めた。

そのすぐ後ろをザギィがくっついていく。

廊下の突き当たり。三メートル近くある、両開きのドアを開けると、活気のある声が行き交っていた。

食堂。そこでは大勢の人が、朝食をとっていた。

その場は、和気藹々とし、暖かい雰囲気に包み込まれていた。

「おはよう隊長。」

 「おはよう、ザギィ。」

 そんな声が次々に飛び交っていた。

 “ザギィ”

 その言葉を聞いたザギィは自然と笑顔になる。

それを見たラメッタは、嬉しそうに笑っていた。

 

ザギィはラメッタに食堂の使い方を教わった。

料理長のカッタルタは、

Guten(グーテン) Moegen(モルゲン).」

と、ドイツェラ語で挨拶をしてきた。

「ぐーてんもるげん??」

聞きなれない言葉に、ザギィは首を傾げた。

「ドイツェラ語でおはようって意味さ。」

カッタルタは笑顔でザギィに教える。

 

机に座ると、大勢の人が押しかけてきた。

男の人でだけでなく、中には女の人もいる。

そして一気に話し掛けてきた。

「ザギィ、お前剣術すごいんだってな。」

「久しぶりに子供見たわ。可愛いぃ♪」

「意外と大人しそうだな。」

などと四方八方から声が聞こえる。

今まであまり人と話したことのないザギィは、いろいろなところから聞こえる声に、だんだん頭がくらくらしてきた。

「ストーップ!!」

隣に座っていたラメッタがザギィの様子を見て、部下を止めた。

「何スか?隊長。」

「何スかじゃねーよ。ザギィが可哀想だろうが。」

ラメッタがそれぐらい分かれという口調で言う。

自分のことを気に止める皆。

自分のことを思ってくれるラメッタ。

ザギィは、それがとても嬉しかった。

今まで感じたことのない、持ったことのない、“仲間”というものを持つことができたのだ。



朝食を済ませ、部屋に戻ろうとしたとき、ラメッタに呼び止められた。

「お前、来たばっかりで、何処に何があるか知らないだろ?だから案内するぜ。」

ザギィは目をキラキラさせた。

何せ、こんな大きい建物に入ったこと自体初めてで、内心ものすごくわくわくしていたのだ。

「隊長ばっかりずルいっスよ。俺らも一緒に行かせテもらいまス!」

そう言ってやって来たのは男三人に女一人。

「ってこトで、俺は戦闘班(コンバッテンテ)のガリオだ。」

真ん中のリーダー的な存在な男が自己紹介を始めた。

「僕は情報班(ダート)蒼翠(そうすい)だ。」

ガリオの右隣の眼鏡を掛けている黒髪の男が、淡々と喋る。

「俺は研究班(インダガトーレ)のジャロットだ。よろしくな、ザギィ。」

ガリオの左隣でだらしなく白衣を着、頭にはバンダナをした男がザギィに笑いながら言った。

「あたしは医療班(リサナトーレ)のセレネーっていいますぅ〜。」

一番左端でこちらも白衣を着ている。しかしジャロットと違って、ちゃんと着ている。四人の中で唯一の女性で、金髪の髪を二本で三つ編みにしている。

「お前らなぁ…仕事はどうした。」

ラメッタが少し怒り気味に言った。

「ほらな言っただろう?そんなことしたら隊長に怒られるって…。」

蒼翠が呆れたように言う。

「じゃぁ付いてこなければいいダろーが。それにいつそんなこと言ったンだ?」

ガリオが威張って言った。

「さっきここに来るときガリオにも言ったはずだよ。君は知るかって返事したじゃないか。」

そんなガリオにも一切動揺せずに言う。

「してネーよ。ってか知ってルか?言葉っテーのは、相手に伝わって初めて意味をなすンだゼ?」

蒼翠の言葉を聞いて、ガリオが憎まれ口を叩いた。

「君が言うことかい?それ。…あ、そっか。君の耳は飾りだったね。」

蒼翠もがリオに負けないくらいの憎まれ口を叩く。

「ンだとー!?やルかテメェ!!」

「すぐ熱くなるのが君の悪い癖だ。」

「テメェは冷静すぎンだよ!」

「この仕事は冷静な方が勤まるんだよ。」

ガリオと蒼翠が喧嘩を始めた。

行動派のガリオ、頭脳派の蒼翠。

正反対のこの二人が喧嘩をするのは、日常茶飯事なのだ。

「喧嘩はやめてくださいですぅ〜。」

「あっはっはっはっは。」

止めようとするが、手が出せないセレネー。

その光景を腹を抱えて笑って眺めるジャロット。

ラメッタはすでに諦めて、呆れてそれを見ていた。


「さ、ザギィ。あいつらのことはいいから行くぞ。」

ザギィは戸惑ったが、ラメッタが行ってしまったので、ラメッタの方に付いていった。

「セレネー、早く来い。そいつら置いてきていいから。隊長行っちまうぞ。」

「え、えーと…ガリオ〜。蒼翠〜。置いてっちゃいますからねぇ〜。あっ!待ってくださいですぅ〜。ジャロット〜。」

そう言って、喧嘩している二人を残して、ジャロットとセレネーは行ってしまった。

二人がそれに気付いたのは、その十分後だったとか…そうじゃなかったとか………



「あのさ…」

ずっとラメッタにくっついてきたザギィが、急に止まって口を開いた。

「どうしたんですかぁ?」

セレネーがしゃがみ込んで、ザギィの顔を覗き込んだ。

「コンバッテンテとか、ダートとかって…何?」

戦闘班(コンバッテンテ)とかのことですかぁ?それはですねぇ〜」

「待て。」

ザギィの質問に答えようとしたセレネーをラメッタが止めた。

「後で俺が説明する。他に話したいこともあるしな。」

「分かりましたですぅ。」

「じゃ、行くぞ。」


建物の中にはたくさんの施設があった。

さっきいた食堂。部下一人一人に与えられた、自室。蒼翠の働く情報室と情報処理室。ジャロットの働く研究室。セレネーの働く医療室。ラメッタ専用の隊長室。他にも風呂場、図書室、倉庫など、普通の人が使うような施設から、訳の分からない施設まであった。

そしてその全ての施設は大きく、ザギィは驚くばかりだった。

その所為か、夕方には疲れて寝てしまった。



ザギィが起きたのは、早朝だった。

時計を見ると五時を指していた。

昨日、夕方に寝た所為だろう。

ぐぅぅぅ〜…

ザギィの腹の虫が騒いだ。

そういえば、昨日、夕飯を食べていない。

疲れきって寝てしまったので、食べていないのだ。

廊下へ出て、自分の部屋に一番近いジャロットの部屋へ行った。

ドアを開けると、まだ慣れないまぶしい光に目が眩んだ。

ジャロットは、部屋の奥にある自分のベットで熱心に紙を読んでいる。

おそらく資料だろう。

ザギィは目が慣れるのを待ち、ドアを開け、静かに部屋へ入った。

「おっ、ザギィ。おはよ。どした?」

周りが静かなため、ジャロットの声は自然に小声になっていた。

「お腹減った……。」

ザギィも自然と小声になった。

「腹減ったのか。昨日晩飯食ってねぇもんな。よし、食堂行くか。」

ジャロットは自分の仕事より、ザギィのことを優先してくれた。



「あれぇ?ザギィにジャロット、おはようですぅ〜。」

食堂にはセレネーがいた。

「おはよう、セレネー。」

「おっ覚えててくれたんですか!?嬉しいですぅ〜。」

ザギィに自分の名前を呼ばれ、セレネーは喜んだ。

「っていうか、何でセレネーが居るんだ?」

ジャロットが珍しそうに、首を傾げた。

「え?あたしは毎日居ますよ。普段は忙しくないから、カッタルタさんが紅茶を煎れてくださるんです!それがとっても美味しいんですぅ〜。」

セレネーは恋する乙女のように言った。

「ふーん。そうだったのか。さ、ザギィ。飯食おうぜ。俺も匂い嗅いだら腹へってきた。」

ジャロットは、自分が訊いたにも関わらず、特に興味を持たなかった。

そしてザギィを連れて、カッタルタの方へ行ってしまった。

周りから見れば、失礼な奴だと思う。

「Guten Morgen、ザギィ。」

「Guten Morgen、カッタルタ。」

カッタルタがドイツェラ語で挨拶すると、ザギィもドイツェラ語で返した。

といっても鸚鵡返し状態。

「お、嬉しいね。覚えててくれたんかい。じゃ、おまけでオレ特性のデザートつけてやるな!」

たとえ鸚鵡返しであったとしても、ドイツェラ語で返してもらって、すっかり上機嫌のカッタルタ。

「俺には無いんですか、カッタルタさん。」

カッタルタ特性のデザートをもらうザギィを見て、ジャロットが不満げに尋ねた。

「無いね。元々、ザギィのために作ったんだからな。」

「え?」

ジャロットが不思議そうに、カッタルタを見る。

ザギィはすでに朝食をもらい、セレネーの方へ行っていた。

「オレにもあれぐらいの息子が居てな。あいつ見てると、息子を思い出すんだ。気付いたら身体が勝手に動いてたんだ。」

カッタルタの顔は、とても優しかった。

それはそう、一人の息子を持った父親の顔だった。

「気が向いたら今度作ってやるよ。」

そう言って厨房の奥へ戻ってしまった。


「遅かったですねぇ〜。カッタルタさんと何話してたんですかぁ〜?」

朝食をもらい、セレネーとザギィの座っている机に座ると、早速セレネーが先程の話を聞いてきた。

「ん?特に何でもないよ。」

そうって朝食を食べ始めた。

「ふ〜ん。」

セレネーは特に気にしてないようだ。


「そうだ。あのさ、ジャロットとかって何歳なの?」

ザギィは気になっていたので、訊いてみた。

見た目は十代くらいなのだが、本当の歳が気になっていたのだ。

「俺達は四人とも二十一だよ。」

「あ、でも、あたしは誕生日まだなんで二十歳ですぅ〜。」

その返答に、ザギィは驚いた。

一見、ジャロットが年上で、セレネーが年下のように見えるのだが、実は全員同い年なのだ。

と言っても、誕生日的に言うと、ジャロットが一番上で、セレネーが一番下になる。

「後、あたし達は同期なんですぅ〜。」

付け加えるようにセレネーが言った。

「どうき??」

ザギィはその聞きなれない、意味の分からない言葉にクエスチョンマークを浮かべた。

「そのうち分かるようになるさ。今日辺り、隊長から話があるだろう。」

「“どうき”について?」

「いや、その話は無いと思う。」

と言いつつも、手を左右に振る動作は、完全に否定していた。



「あぁ!!今日は仕事だったですぅ!まだ報告書仕上げてないですぅ〜!!」

先程まで、優雅っぽく紅茶を飲んでいたセレネーが、いきなり飛び上がった。

「仕上げてないって…先輩に怒られるぞ。特に班長。」

ジャロットの“班長”という言葉を聞いた瞬間、セレネーの動きが止まった。

「班長…班長…アルミーナ班長……アルミーナ班長に怒られるですぅ〜〜!!!!」

そして班長という言葉を繰り返し、さっきよりもグレードアップしてじたばたした。

「アルミーナ班長って…そんなに怖いのか?」

じたばたしているセレネーからザギィを守るように席を替え、“班長”という言葉を言った事に後悔をしたジャロットが、冷や汗を掻きながら訊く。

「怖いってもんじゃないですぅ〜!他の班長さんとは違って、じわじわと追い詰めてくるような怒り方なんですぅ〜!!普段はとても素敵な方なんですけどぉ〜……」

そう言っているうちに、萎んできたのか、じたばたしなくなった。

「よし!あたし報告書取りに言ってきますぅ!!」

突然セレネーが、立ち上がった。

「取りに行くってたって、自室だろ?そんなに意気込み入れなくても…。」

「いや…それがですねぇ…医療室に…あるんですぅ……。」

セレネーが再び萎んだ。

「げっ!医療室かよ!!この時間ならアルミーナ班長…いるぞ?」

「そうなんですぅ〜!でも行かなきゃ、更に怒られるんで、行ってくるですぅ〜…」

そう言ってセレネーは、萎れながら食堂を出て行った。

「ごしゅーしょーさまでした。」(※御愁傷様でした。)

ジャロットが手を合わせ、一礼した。

「ごしゅーしょーさま??」

ザギィが首を傾げた。

「蒼翠が言ってた。あいつの故郷、つまりジャンネパじゃ、人の不幸に際し、その時に同情するときに使う、言葉なんだって。」

「ふーん。って蒼翠って、ジャンネパ人だったの!?」

全員イタリーノ人だと思っていたザギィは驚いた。

「そうだ。ちなみに俺は、オースリア人だ。ガリオはメーリカ人、まっ、セレネーはイタリーノ人だけどな。カッタルタさんはドイツェラ人だから、昨日も今日もお前にドイツェラ語で『おはよう』って言ったんだ。」

ふーんと、ザギィが納得したように首を縦に振った。

「つまりここには、世界中からいろんな人が来てんだ。面白いだろ?」

ジャロットが笑みを浮かべた。

今まで外の世界を見たことが無かったザギィは、それはとてもとてもワクワクした。



「さーてと。早いけど仕事行きますかね。」

朝食を取り終えたジャロットが立ち上がった。

「仕事行っちゃうの?ジャロット……。」

ザギィはジャロットを見上げて言った。

「そっか、お前一人になっちまうんだな。じゃ、一緒に来るか?」

「うん!」

ザギィは、ジャロットの誘いに嬉しそうに返答した。


ジャロットの仕事場は研究室である。

ジャロットが言うには、ここは主に武器の研究を行っている場所で、武器の開発や改良など、様々な事をしていると言う。

「ベルダ班長、おはようございます。」

ジャロットが、部屋の奥にいる身長百九十センチくらいの男に挨拶した。

「お、今日はヤケに早ぇじゃねぇか。しかもザギィまでおる。どうしたんだ?」

ベルダはしゃがんで、ザギィと同じ目線になった。

「いや、ザギィが暇でしょうがないんで、連れてきやした。いいっすよね?」

ジャロットが訪ねると、

「もちろんだ!むしろ嬉しいね!」

と大声で言った。


午前七時。

続々と研究室に人が入ってきた。

そしていつの間にか、ザギィの周りにはたくさんの人がいた。

「おー。こんな近くで見たの初めてだよ。隊長がいないからさらに嬉しいね。」

ザギィは緊張しているのか、何も言わずにただそこにちょこんと座っていた。

「そうそう。隊長ばっかりズリーよ。隊長だからって、ザギィを独り占めしないでほしいよな。」

「うんうん。」

そのうち話の内容は、ラメッタの愚痴になってきた。

「あの人、任務の時もだらしないらしいですよ。まぁ、やるときゃやるらしいですけど……ホントに仕事してんすかね?」

ある男がその愚痴を零している最中に、何人かの男が顔を引きつらせながら、仕事に戻った。

「ほう。誰が仕事してないって?」

その理由は、いつの間にか研究室に入ってきたラメッタがこちらに歩いてくるのを見てしまったからだった。

先程、愚痴を零していた男たちの顔は血の気が引いていた。

「いや、隊長のことなんて誰も言って…ません…よ??」

男達は死にものぐるいで、言い訳をした。

「じゃ、何で俺を見て冷や汗を掻いているんだ?」

ラメッタがニコニコしながら、ジリジリと追い詰める。

「いや、そのぉー…えーっと……」

「お前らも仕事しねぇか!!」

「はっはいぃぃぃ!!!」

そういって、やっと全員が仕事を始めた。

「いやー、すんませんな、隊長。」

ベルダがラメッタに謝った。

「いや、別にいいさ。それより、ザギィ連れてくぞ。」

「お願いします。ザギィがここにいることは嬉しんですが、班員が仕事に集中できなくなってしまうので……。もちろんいい意味でですよ?」

それを聞くと、ラメッタはザギィに手招きした。

それを見たザギィは、椅子から降り、ラメッタのところへ走ってきた。

まるで、主人に忠実な犬のようだった。

そしてそのまま研究室を後にした。

その後の研究室は、嬉しさと悲しさが交じり合っていたとか……。



ラメッタの部屋は他の人の自室とは違い、家具も豪華で、そして広かった。

ザギィとラメッタは向かい合いの状態で、座った。

「ザギィ、率直に言うが、ここはテネブラファミリー、つまりマフィア機関だ。」

「マフィ…ア?」

聞いたことの無い言葉に、ザギィは首を傾げた。

「マフィアって言うのはな――――」


マフィアとは。簡単に言ってしまえば、裏組織である。

しかし、裏組織と言っても警察と繋がっているところもある。

警察の出来ない事、例えば殺しなどを引き受ける。

警察の銃は“脅しの銃”とするならば、、マフィアの銃は“殺しの銃”と言うような感じである。

一つの組織の事をファミリーと言うが、それは組織全体の事を指すのであって、決して家族ではない。

しかし、ファミリーのボスは必ず前のボスと血が繋がっている。

これは全てのファミリー、マフィア全体の掟であった。

そして、大体のファミリーが一つの町を守っていると言っていいだろう。

但し、それは良いマフィアの話だ。

やはりその世界にも悪いものは付きものである。

悪いマフィアは、略奪を繰り返す。

町を襲い、支配するか、潰すか。

そんな輩もいる。

これから先は、テネブラの話だが、大体他のファミリーのこんなものだ。

まず、ファミリーの一番上にボスがいる。テネブラの今のボスは、十五代目である。

その下に、ボス直轄の親衛隊、通称守護者がいる。

守護者は、火の守護者(フォーコ・パラディーノ)・水の守護者(アックア・パラディーノ)・雷の守護者(トゥオーノ・パラディーノ)・風の守護者(ヴォント・パラディーノ)・土の守護者(テッラ・パラディーノ)と、五人いる。

火などの言葉が示しているのは属性ではなく、性格だ。

例えば、(フォーコ)なら全てのことに真剣に取り組み、(アックア)なら全てのことを冷静に見るなど。

そしてまた、守護者(パラディーノ)とは別に、幹部(ファットーレ)がいる。

幹部は全部で三人いて、第一幹部(カポリスタ・ファットーレ)第二幹部(セコンド・ファットーレ)第三幹部(テルツォ・ファットーレ)となっている。

この数字は、強さを表すのではなく、第一(カポリスタ)は地上・第二(セコンド)は海・第三(テルツォ)は空と、それぞれ専門の場所を表すものである。

そして幹部一人一人の下に隊が三つある。

その隊のリーダーを隊長(コロンネッロ)と呼ぶ。ラメッタはこの位置にいるのである。ちなみにラメッタの隊は、第一幹部の下に属している。

隊の中には戦闘班(コンバッテンテ)情報班(ダート)・研究班(インダガト−レ)・医療班(リサナトーレ)料理班(クチナトーレ)生活班(クオティディアーノ)と、六つの班があり、その名の通りの働きをする。

それぞれの班のリーダーを班長(カポクラッセ)と呼ぶ。カッタルタやベルダはこの位置にいる。

そしてこの下に班員がいる。ガリオ、蒼翠、ジャロット、セレネーはこの位置である。

これがテネブラファミリーの構成である。

また、部下と一緒に任務をこなす隊長や幹部をディヴェルリと呼び、独りで任務をこなすのをインディペンデテと呼ぶ。

ラメッタは、部下を引き連れ任務に行くので、ディヴェルリだ。

と言っても幹部には大きい任務しか来ないのだが。


一通り話し終えたラメッタが、一息ついた。

よく分からない言葉もあったが、それでもザギィは真剣になって、ラメッタの話を聴いていた。

「ザギィ、強くなりたいか?」

「え?」

ラメッタのいきなりでわけの分からない質問に、反射的にザギィが声を出した。

「豹変したお前はどっからどう見ても、根っからの“殺し屋”だった。どの道、帰るところも無いんだろう。なら俺達と一緒に、マフィアにならないか?強くならないか?」

「強くなる…?マフィアに…なるの?」

ザギィはどこか怯えているような声で問い返した。

きっと普通のザギィには人を斬ることが、殺すことが恐いのだろう。

「そうだ。お前はもっともっと強くなれる。豹変したお前だってコントロールできれば、誰にも負けないくらい強くなれる。ここにいるのならば、マフィアになるしかない。それ以外の人間は置いておけないからな。それとも外で暮らすか?多分独りで生きていくことになると思うがな。それはお前の好きにしろ。」

ラメッタは真剣で、でもどこか優しい眼差しでザギィに言った。

独りは嫌だけど、人を殺すのも嫌だ。

それがザギィの心情だった。

「一つ言っておくが、俺達は人を殺すために戦ってるんじゃないぞ。」

「?」

ラメッタの言葉にザギィは疑問を抱いた。

「守るために戦ってるんだ。」

そう言ったラメッタは、どれほどザギィの瞳に格好良く映ったことだろう。

その強い眼差しがザギィの恐怖を打ち消した。

「俺達は“自分の何か”を守るために戦っているんだ。」

「何か…?」

「仲間、恋人、正義、信念、命、と人によって様々だが、俺達はそれを守るために戦っているんだ。」

ラメッタは…いや、ここにいる人達は皆、“自分の何か”を守るためにそれぞれのやり方で戦っている。

今まで守るものも、捨てるものも無かったザギィには、彼らがどれほど素敵だっただろう。

「ねぇ、ラメッタ。俺は何を守ればいいかな?」

「!?…フッ…それはマフィアになるってことでいいのか?」

ザギィはその強い眼差しで、ラメッタの質問に答えた。

「そんなにすぐは守るものは分からない。ゆっくりゆっくり時間をかけて、捜してみればいいさ。」

「うん!!」



それからと言うもの、ザギィは来日も来日も剣術を磨いた。

そして一年という月日が流れ、大の大人が十人がかりでも倒せないほどに、ザギィは成長していた。

しかし、それが間違いだったのかもしれない。

『人は“何か”を守ることで強くなる事が出来る。』

後々ラメッタに言われた言葉だった。

『じゃぁ俺はここに居る皆を戦う。』

それがザギィの答えだった。

しかしそれがこんな悲劇をもたらすことになることは、誰も知らなかったのだ。



「おい、ザギィ!」

「何?ラメッタ。」

ザギィが外で修行を一人でしていたときだった。

「今度の任務、一緒に行かないか?」

「うん!行く!!」

ラメッタは、ザギィを任務に誘ってきた。

実を言うと、これが初めてではないのだ。

初めての任務は、半年前だった。

その頃のザギィは、人を斬ることが出来ず、ただその場に震えて立っていただけだったのだ。

しかし、任務を回数重ねるごとに次第にその傾向は見えなくなり、今では大の大人を十人相手にしても倒せないほどに強くなった。

今回の任務は、“密輸会社のアジトを潰せ”と言う簡単な任務だった。

だからこそ、気が抜けない物だ。

簡単簡単などと抜かしていると、隙をつかれ、命を落としかねないからである。

「それじゃ行くぞ、お前等!!」

「おう!!」

こうしてザギィを連れて、敵のアジトに向かっていった。これが、悲劇の任務の始まりとも知らずに……



密輸会社のアジトは、アドヴァ海に面した、港のひとつだった。

港沿いの倉庫の並びにそのアジトはあった。


バンッ!!

戦闘班・第一部隊がアジトの扉を突き破った。

「覚悟しろ、テメェら!我等テネブラファミリーが貴様らを潰しに来た!!」

「テネブラだと!?かかれー!!」

こうして対面戦闘が始まった。

もちろんその中にはザギィもいた。

そしてその力は相手に負けず、強かった。

一瞬も迷うことなく、相手を斬る。

九歳という幼さを全く感じさせない、ザギィにとって戦うことは、本望だったのかもしれない。

「何だこのガキ!?“化物”だぁ!!」

一人の男が叫んだ。

ラメッタ達といて、決して耳にする事の無かった言葉―――“化物”。

その言葉は、一年前にザギィを狂わせた言葉だった。

ガクン

ザギィの首が垂れ、禍禍しい殺気がザギィを包み込んだ。

その殺気は「殺してやる」ではなく、「殺したい」というものだ。そしてそれは尚更、周りの人間を恐怖へ陥れた。

「うわぁぁぁ!!」

逃げ出したのは、敵だけではなかった。

テネブラ側も、何人か逃げ出した。

それほどザギィの殺気は強いということである。

「おい、ザギィ!!」

人を殺しつづける、豹変したザギィをラメッタが止めようとした。

ガン

刀同士がぶつかり合った。

「おいザギィ!目を覚ませ!!お前は“化物”なんかじゃない!人間だろうが!!」

ラメッタは必死に、ザギィを宥めた。

しかしそれは、ザギィに届くことは無かった。

この一年で強くなったザギィに、更に元から強かったザギィが一緒になり、一年前とは比べ物にならないほど、強かった。

ラメッタでも勝てないくらいに…

グサ

その音と共に、ザギィの剣先から血が垂れた。

ザギィの剣は、ラメッタの腹部を貫いていた。

「やっと…止まったか…。この…馬鹿野郎が…。」

そう言って、とった行動に周りにいた人間は、目を見開いた。

ラメッタが剣を頼りにザギィに歩み寄ったからである。

つまり、ラメッタが自分から剣に深く刺さっていったのだ。

「正気に戻れ…ザギィ…。俺…以外にも…仲間…を殺す…のか…?やめ…グァ!!」

ザギィが剣をラメッタから引き抜いたとき、ラメッタが叫び声をあげた。

「隊長!!」

部下が倒れたラメッタを見て、叫んだ。

その途端、ザギィが正気に戻り、その場に膝をついた。

それを見た部下達が、ラメッタに駆け寄った。

その中で一人、ザギィに駆け寄ってきた者がいた。

それは、ガリオだった。

「大丈夫か?ザギィ。」

ガリオは訊くが、ザギィは返事もしないで、ただただ震えていた。

「どうしよう、ガリオ。俺…俺…ラメッタ…刺しちゃった…。俺、ラメッタ刺しちゃったよ、ガリオ!!」

ザギィは興奮していた。

そしてその瞳からは、涙があふれていた。

「オイ、ザギィ!ザギィ!!」

ずっと首を横に振り続けているザギィの肩をガリオが揺さぶった。

それでもザギィは、耳をふさいで首を横に振りつづけていた。

なぜなら、その自分の名前を呼ばれることが、自分が責められているように聞こえるからだ。

「ザギィ……。」

そのラメッタの声だけには、振り向いた。

「ラメッ…タ…?」

「ザギィ…俺が…死ぬのはお前…の…所為じゃ…無いから…な…。これから…も…ちゃんと…生きて…いけ…よ……――――――」

ラメッタが静かに目を閉じた。

「ラメッターーーーーー!!!!!!!」

その少年は、決して再び目覚める事の無いその名前をずっと叫び続けていた。

次回はライヤナの事実が明らかに。

この話に長々とお付き合い、ありがとうございました。

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