04 譲歩
「何で……」
バカだ。わたしはバカだ。ああ、わたしがバカだった!
「あ、楓くん。オカエリ」
「何であんたがここにいるんだよ!?」
「さて、何ででしょう?」
にこっ、と笑みを浮かべてドアから背を離したのは、憎き宿敵・高梨千尋だった。
どうしてこいつがここに――わたしのマンションの部屋の前いるんだ。同窓会のあとで一応電話番号とアドレスは交換したが、住所まで教えた覚えはない。
「ストーカーか、ストーカーなのか? あんたがそこまで最低な人間だとは知ってたけど、まさか本当にそうだったとは……」
「相変わらず酷いなぁ、楓くんは。ていうか俺、別にストーカーじゃないからね? 正規のルートでここに来たんだよ?」
「正規のルート? まさか……」
あった。一つだけ情報が漏れそうなところが。
そんな嫌な予感をたずさえながら、ゆっくりとヤツと目を合わせれば、ヤツはにっと不敵に口角を上げた。
「水宮サン、だっけ? 楓くんの友達」
「あんのアホ……!」
墓穴を掘るのが得意な幼なじみの何も考えてなさそうな笑顔が目に浮かぶ。この前注意したばかりなのに、彼女は何かわたしに恨みでもあるのだろうか。
悪気がないのは重々承知しているが、それにしたって毎回毎回酷すぎる――アレ。
「ちょっと待て。何であんたは友羽の連絡先を知ってんの?」
「ああ、水宮サンの彼氏、俺と同じ大学の同じ学部でさ」
「そうだった……」
悪い意味でバカップルめ! もう嫌だ。二人してわたしに恨みがあるとしか思えない。わたし何かしたっけ?
ドアに手をついてがっくりとうなだれていると、にこにこ――いや、ニヤニヤとでも言うべき表情をした高梨がこちらを見ていた。
「……何?」
「寒いし早く入ろうよ」
「は? 何であんたを入れなきゃいけないわけ?」
「いやいや、何のためにここで待ってたと思ってるのさ」
「何のために来たの?」
「楓くんの嫌がるカオを見にきた」
「死ね。そして楓くんて言うな」
余計に入れられるか! こんなストーカーまがいのことをしてまでわたしの嫌がるカオを見たいとか、こいつホントにバカなの?
さわやかな笑みを浮かべているけれど、わたしには悪魔の微笑みにしか見えない。
「キモイ。どんだけわたしの嫌がるカオがすきなんだよ」
「え、大すきだよ?」
さらり、眉間にシワの寄ったわたしの顔をのぞきこんで、ヤツは言った。かなりの至近距離だし、そこだけ聞けば、普通ならドキッとするのかもしれない。高梨は顔もそれなりに良かったりする。
しかし、それまでの会話を聞いていれば、それが愛の告白でも何でもないことは火を見るよりも明らかで。こんなのただの性癖の告白だ。やっぱりこいつはバカだ。
「わたしはあんたなんか大っ嫌いだよ」
「知ってる」
「ムカつく」
「それも知ってる。ね、楓くんも寒いでしょ? 早く入ろ?」
「ちっ」
確かにこいつの言うとおり、冬の夕方は冷え込みが厳しいので、そろそろ暖を取りたいところだった。
つまり、こいつはそんな寒い中に、わたしよりも長い間いたわけか。そう思うとほんの少しだけ悪いような気がしてきた。
でも、ただで入れてやるほどわたしはやさしくない。
「その呼び方をやめてくれたら入れてやってもいいよ」
「うわ、楓くん鬼だね」
「帰れ」
まったく、そこまでしてわたしをその名前で呼びたいのかよ。先輩の名前で呼んだって、もうすきじゃないからダメージを受けたりはしないのに。
だったらわたしも反応しないでスルーすればいいんだろうけど、二年弱で染みついたクセは簡単には消えてくれないらしい。それはお互い様だと言えるだろう。
「砂名、入れてよ」
「いい加減に……アレ、今あんた」
「何かな? 楓くん」
「やっぱり帰れ」
「ひっど」
くくっ、と眉を下げて笑う高梨の息は白かった。あー、もう!
ゴソゴソと鞄の中を探り、鍵を取り出す。驚いたようなカオでこちらを見ていたヤツを尻目に、わたしはドアを開けた。
「……どーぞ」
「え、いいの?」
「帰りたいなら帰れ」
「まさか。お邪魔します」
これは寒さに負けただけだ。別にヤツを思いやったわけでは断じてない。うん。コーヒーか何かあたたかい飲み物を一杯だけ与えて、さっさと帰ってもらおう。




