03 元凶
「よっ」
「ああ、お疲れ。急に呼び出してごめんね」
「まったくだよ。彼氏と約束があったのにさ」
「オイ。だったら何でオッケーした」
「あははっ、ウソウソ」
そう言ってにこっ、と明るく笑ったのは、幼なじみであり親友でもある水宮友羽だ。高校を卒業してからは別々の大学に進学したものの、遠いところに住んでいるわけではないので、今でもこうしてちょくちょく会っている。
そして、この前の同窓会に行くことをせがんできた幼なじみというのは彼女のことだった。
友羽はわたしの正面に座るとメニューを開き、それに目を通しながら口も開いた。
「で? 相談って何?」
「あー、メンドくさいから単刀直入に言うわ」
「? うん」
「高梨と付き合うことになった」
「……は?」
ぽかーんとしたようなカオがメニューからわたしに向けられる。うん、そうだよね。わたしもあいつに「付き合わない?」と言われたときはそんな感じになってたもんな。
ちょっとした同情を寄せていると、その呆けたカオから一転し、友羽の目がギラギラと輝き始めた。
「何それ、どゆこと!? 高梨ってあの高梨でしょ? ギャグじゃないよね?」
「あんたのせいであいつに散々な中学生活を送らされたのに付き合うなんて、そんなタチの悪い冗談は冗談でも言いたくないんだけど」
「……すいません」
淡々と反論すれば、乗り出していた身を元に戻し、しゅん、と小さくなる友羽。しかし、これは嫌味ではなく、ただの事実だ。友羽が墓穴を掘ったせいで『あの男』にわたしのすきな人がばれ、わたしの中学生活は黒歴史と化したのだから。
もちろん友羽に悪気がないのはわかっているけれど、悪気がないからタチが悪いとも言える。まあ、それが彼女の性格だから仕方ないのだけれど。
思わずはあ、とため息をつくと、友羽はこちらの機嫌を窺うように、おずおずと言葉を発した。
「……じゃあギャグじゃないってことで、説明よろしく」
「うーん、話すと長いんだけど……」
そう前置きをして、わたしは先日の同窓会での出来事を一部始終話したのだった。
「――というわけなんだけど」
「うん、わけわかんない!」
「ですよねー」
すっかり元に戻ったテンションでけろっと言い切った友羽に同意して、深いため息をつく。
「とりあえず、砂名たちはお互いにお互いのことがすきじゃない、と」
「うん」
「でも、高梨は砂名の嫌がるカオだけはすきだ、と」
「わたしはあいつのどこもすきじゃないけどね。むしろ大っ嫌いだし」
吐き捨てるように言って、ずずっ、と飲み物を吸い上げる。あー、思い出すだけでイライラしてきた。
「んー、ダメだ、意味わかんないわ。それ、どう考えてもそれ恋人じゃないじゃん」
「だよね」
「ていうか何で砂名はオッケーしちゃったのさ。それが一番の問題だと思うんだけど」
「……だよねー」
うん、まったくもって友羽の言うとおりだ。わけのわからないことを持ちかけてきたのはあの男だけど、それを承諾したのはわたしなのだから、わたしも十分悪い。
「何ていうか、売り言葉に買い言葉、みたいな?」
「バカだね」
「友羽には言われたくないよ」
「ですよねー」
お互いに頭を垂れてため息をこぼす。すると、
「あー、何か彼氏に会いたくなっちゃった」
「え、どういう流れで?」
「うーん、砂名の恋バナ聞いたからかな?」
「これのどこが恋バナ?」
「だってこれで一応砂名も彼氏持ちでしょ?」
「うーん……」
あいつが彼氏だなんて認めたくないけれど、付き合ってるのだからつまりそういうことなのであって、でも、わたしたちの間に愛なんかなくて。ああ、何て矛盾している。
改めて何故わたしはヤツの誘いに乗ってしまったのだろうか、と今さらながら激しい後悔が押し寄せてきた。
「あ、彼氏といえばさーあ?」
「ん?」
「高梨ってあたしの彼氏と同じ大学で、学部も同じらしいよ」
「え、マジで? あいつもあそこの大学だったの?」
「うん。今度中学の同窓会に行くんだー、って言ったら、そういやうちの学部に同じ中学出身のヤツがいたなぁ、って言うからさ。聞いてみたら高梨だった」
「マジでか……」
世間は狭い、とはまさにこのことか。こんな近くにつながりがあったとは。わたしの通う大学とそんなに離れてないし、あいつがそう遠くないところに住んでいる可能性も高い。
わたしはジト、とにらむようにして友羽を見つめた。
「余計なこと言わないでよ」
「やだなぁ、何もしないって。砂名が高梨を嫌ってるのは十分知ってるし」
「誰かさんのせいでね」
「……いや、うん。大丈夫だって!」
その間は何だ、その間は。怪しすぎる。が、あまりに人を疑うのもよくないよな。
「……信用するからね」
「うん! それじゃあ今日は砂名に一応彼氏ができたってことで、カンパーイ!」
「全然めでたくないんだけど」
「いいからいいから。カンパーイ!」
「……カンパーイ」
ああ、彼女のことも含めてこれから先が不安で仕方ない。




