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限定恋愛  作者: 久遠夏目
2/16

02 開始

 わけがわからず憎き男の顔を見れば、ヤツはにっと笑みを濃くした。


「頭大丈夫?」

「至って普通だけど」

「あんた、わたしのことすきなの?」


 ストレートに尋ねれば、ヤツは一瞬瞠目したが、すぐに目を細めて再びふっと笑った。


「いや、別に?」


 それはある程度予測していた答えだったので、特に驚きはしなかったが、だったらどうしてそんなことを言ったのか、と怒りがわいてきた。


「じゃあ、何がしたいわけ? イヤガラセにもほどがあるでしょ。わたし、会場に戻るから」


 キッパリと吐き捨ててきびすを返すと、信じられない言葉が耳に飛びこんできた。


「すきなんだよね」

「……は?」

「楓くんの嫌がるカオが」

「いい加減に……!」


 これはもう一発殴ってやらなきゃ気が済まない。そう思って勢いよく振り返れば、いつの間に移動したのだろうか、目の前に男の顔があった。

 それに驚いてできた躊躇いの隙をつかれ、腕を掴まれる。そして、そのまま壁に押しつけられてしまった。


「……離してくんない?」

「嫌だね。楓くん、今すっごく良いカオしてるよ?」

「悪趣味だな」

「それはどうも」

「いや、誉めてないから」

「知ってる」


 にこり、腕を押さえたまま高梨は笑う。マジで死んでくれないかな。


「で、あんたは何がしたいわけ?」

「楓くんの嫌がるカオがもっと見たい」

「死ね」

「ムリ」

「離せ」

「嫌だ」


 交錯する視線。会話は平行線をたどり、終わりが見えない。さて、どうしたものか。

 ていうかこの状況を誰かに見られたらどうするんだよ。ああ、こいつはわたしの「嫌がるカオ」がすきなんだっけ。もし見られたとしても、むしろそのシチュエーションはこの男を喜ばせてしまうだけなのだろう。

 じゃあ、本当にどうすれば――


「ねえ」

「何」

「俺と付き合ってくれない?」

「ふざけんな。すきでもないヤツと付き合えるか」

「俺はすきだよ? 楓くんの嫌がるカオ」

「それだけでしょ。そんなの、愛がない」

「それはつまり、愛があれば付き合ってもいいってこと?」

「は、そんなの絶対有り得な――」


 嘲笑うかのように男を見上げれば、ヤツは今までのような憎たらしい笑みではなく、真剣な眼差しでこちらを見つめていた。初めて見る表情に、ひゅ、と息が詰まりそうになる。


「……逆に聞くけど、あんたはわたしと付き合いたいわけ?」

「そうだね」

「すきでもないのに?」

「すきだよ?」

「わたしの嫌がるカオが?」

「うん」


 即答かよ。これではまた話が堂々巡りだ。あー、もうメンドくさいなぁ。

 はあ、と一つため息をつき、わたしは腹をくくることに決めた。


「いいよ、あんたと付き合ってあげる。それで、あんたは満足するまでわたしの嫌がるカオを見ればいい。だけど、」


 掴まれた腕の拳をぎゅっと握りしめ、ヤツをめいっぱいにらみつけた。


「わたしは絶対あんたのことをすきにはならない」

「いいよ。俺も別に楓くんのすべてがすきなわけじゃないから」


 ふっ、と鼻で笑った男の返答に、だったら付き合う意味ないだろ、と思ったけど、もう宣言してしまったから仕方ない。半分ヤケクソだ。


「じゃあ、いい加減離してくんない? 戻りたいんだけど」

「ああ、ごめんね」


 あー、やっと解放された。と思ったのも束の間、ヤツからわずかに離れたところでぱしっ、とまた腕を掴まれてしまった。


「何す……、っ!?」


 振り向いた途端にぐいっと引き寄せられ、ヤツの顔が近づいてきたかと思った次の瞬間、唇にあたたかいものが、触れた。

 ほんのわずかな沈黙を経て、固まったままのわたしから離れた高梨はにっ、と至極愉快そうな笑みを浮かべた。


「これからよろしくね、楓くん?」

「っ、あんたなんか大っ嫌いだ!」

「俺はそのカオが大すきだよ」

「死ね!」

「って!」


 ありったけの力をこめて足を踏んづけてやると、ヤツはそこを押さえるようにしてうずくまってしまった。今日は低いけどヒールだから、予想以上にダメージを与えることができたようだ。そんなの、わたしが受けた衝撃に比べれば大したことはないけれど。

 それでも、ヤツの余裕をなくすことができて、とりあえずは満足だ。


「ざまぁみやがれ!」


 わたしは声高々にそう叫び、早足でその場をあとにしたのだった。もちろん、そこに残されたヤツのつぶやきなど、知るよしもない。


「まったく、これからが楽しみだよ、楓くん」




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